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箒機使いのアメリア  作者: 迦楼羅
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落ちた翼されどそれは再起の一步

箒機使いが生まれ地アルデン。

一万メートルはある山に築かれた街には四つの特色をもつ。

北はアルデンの玄関口である空路湾を中心とした物と人が集まる正門街。

東は最初の箒機が作られた鍛冶と職人が寄り合う工房街。

南は箒機に魅入られた人々が居住まう団欒街。

 

そして西には多くの箒機使いが日々鍛錬を重ねる空練街がある。

昼も過ぎ腹も満ち眠気と戦う人々が、明日の糧を得るために働き出す午後のアルデン。

空練街もまた昼休憩から戻り練習に励む新人(ニュービー)から古参(ベテラン)の箒機使いが空を駆けていた。

だがその中にはアメリアの姿は無く、彼女達は空練街の端っこ人が滅多によりつかない場所にいた。

理由は安全への配慮とやむなしとはいえ、墜落を前提とした飛行など周りに見られたくないアメリアの気持ちを汲んだアーサーの気遣いによるものだった。


「いや〜懐かしい。相変わらず寂れた場所だなここは」

 三人がやって来たのは空練街にある人々に忘れ去られた過去の遺跡が僅かばかりに形を残すアーサーの思い出の場所であった。

「アルデンにこんな場所があったなんて知らなかったです」

 左目の周りに新しく青痣をこしらえたアーサーは、景観に見とれて前に進む少女の肩を掴み止める。

「危ない危ない。そこから先は箒機に乗ってから進むのをオススメする」

 止められた少女が促されるように前を向くと、あと数歩進めばそのまま落下し天に還る事になっていたであろう崖が広がっていた。

 普段生活して忘れているが標高一万メートルはあるアルデンに築かれた街もまた天空といっていい高さに存在している。ここのように人気の少なく手入れもされない場所は何処が、立ち入って良い境界線なのかが曖昧で、毎年無茶をしたがる若者が命を落とす事件が多々あると聞いたことがある。

危うくアメリアも彼らの仲間入りを果たすと思うと恐怖で背筋が凍る。


「あの柱から先は行かない方がいい。まだ死にたくはないだろ?」

 アーサーが指さす鷲のレリーフで彩られた柱はかつての威厳を失い所処崩れていたが、安全標識としての役割ぐらいは果たせていた。

 注意を促されコクリとアメリアは頷く。

「さて箒機の準備はどうだクリス?」

 荷台に乗っている先程まで中見が露わになっていた箒機には白い装甲が取り付けられ、固体魔力を給口に注ぐクリスが苛正しげに振り向いた。


「……アーサーもう一度言うぞ。整備士として不備のある箒機で飛ぶのは反対だ!」

 問題を何も解決してないのに、事を進めるアーサーにクリスは食ってかかる。

 とても危険な行為なのはアーサーも重々承知だが、やる意味はある。

「だが、俺達のクライアントは乗り気だぞ」

 そして当の本人であるアメリアはやる気十分とばかりにストレッチを始めていた。

「私なら大丈夫ですよクリスさん。それに箒機使いは箒機に乗ってなんぼでしょ?」

 純粋でやる気に満ちた少女にこれ以上に何を言っても意味がないと悟ったクリスは髪の毛を掻き毟る。

「っ! ああもう好きにしろ。正し少しでも危険と私が判断したら直ぐに中断するぞ!」

 数秒の葛藤のすえ諦めたクリスは、万が一箒機が落ちてもいいように追加のブースターを取り付けに掛かる。


「さて、此方もスーツの調整をやろうか」

 箒機を万端に整備する親友に温かな視線を送るアーサーはアメリアの方を向く。

「この試験は君の命が最優先だ。スーツには本番以上の安全対策を施す」

 

超高速で空高くを飛ぶ箒機使いは安全対策の為に特殊な魔術で編まれた特殊スーツを着ている。箒機が例え墜落や山などに激突しても箒機使いが死なないように防御と浮遊の魔術が仕込まれたスーツに、新たな装備が取り付けられていく。

 腰と足首に取り付けられた緊急時に発動されるブースターと背中には万が一に備え遠隔操作式のパラシュートが内蔵された小型のバックパックが装着された。

「あの、これって凄く高い装備なんじゃ?」

 安全対策が取られているスーツも万能なわけじゃない魔術では防ぎきれず死んでいく箒機使いも多くいる。アメリアも下手をしたらあの試合で命を落としていたかもしれない。

そのためスーツではカバーできない事を他の装備で補い死亡率を下げるのだが、その装備はとても高く、今のアメリアの所持金では到底入手できない物が殆どだ。

 淡々とするアメリアにアーサー苦笑する。

「クリスからのプレゼントだよ。受け取ってやってくれ」

「えっ?」

 あんなことを言っていたクリスもまたこの少女を影ながら応援しているのだ。本気で止めたいなら箒機を飛行不能に壊す筈だ。それをしないで高い装備を無償で提供したのは、心の奥底では彼女に協力したい気持ちを否定しきれなかったからだろう。

(ユリカ)が生まれて多少性格も丸くなったようだが、相変わらず不器用な友だとアーサーは思った。

 

アメリアが大声で感謝を告げるとクリスは前を向いたまま手を上げていた。

 きっと顔は羞恥の余り真っ赤なはずだと、してやったり顔のアーサーは心の中で笑い、アメリアに装備の使い方を事細かに説明するのだった。


「いいかい。何度も言うが君の命が最優先だ。危険だと思ったら直ぐに脱出してくれ」

「はい」

 クリスの説明を頭の中で反芻しアメリアは目を瞑り集中する。ザワつく心を落ち着かせるために数回深呼吸をし気持ちを落ち着かせる。

「……よし」

 スイッチが切り替わった。

アメリアのことをのほほんとした普通の優しい少女だとクリスは思っていた。だが、その評価を改める必要があると反省する。

「……君は本当に良い顔をする箒機使いだよ。まるで------みたいだ」

 箒機に向かって歩く少女の満面の笑顔。箒機に乗りたくて乗りたくてしょうがない、といった心の中を隠す気もない笑顔を見て、アーサーは切なさの籠もった声音で誰かの名を呟いた。

 その名は突風に遮られアメリアの耳には届かず、風と共に去っていった。


 全ての準備が整い待機していたクリスが、手に持っていたヘルメットを投げて渡してきた。

 アメリアは難なくヘルメットをキャッチする。

「君が無茶をするのは今に始まったことじゃないが……気をつけて行ってこい」

「はい!」

 

 クリスに背中を押されアメリアは一日ぶりにシートに柔らかな尻を乗せハンドルを握る。

 一日しかたっていないのにハンドルを握る感触が、とても懐かしく感じた。

 早く飛び立ちたいという気持ちを抑え、アメリアは二人に準備が整ったことを伝える。

 少し離れたところで待機する二人がコクリと頷くのを確認しエンジンをかける。


甲高い音と共にシート越しに振動が伝わってくる。

アクセルペダルを踏みエンジンが好調に唸る。どうやらエンジンがいきなり止まる事は無いようだ。

ハンドルブレーキを徐々に離していき箒機の下部に設けられた四つのサブエンジンによって、フワリと荷台から浮き上がっていく。

体重を前に少しかけると箒機が自然と前に進む。

しっかりと動くことを確認したアメリアは、鷲のレリーフが印象的な柱よりも少し上の高さまで高度を上げた。


「うん。行けるわ」


 体重を更にかけ注意を促された崖の方に向かった。

 地面に足をついていたときは恐怖した崖も箒機に乗ればもう怖くない。

 

 何故なら空はアメリア達箒機使いのテリトリーだからだ。


 心地の良い強風が吹くの体で感じる。

 こんな最高の風を感じたのならついスピードを出したくなってしまうじゃないか、とアメリアはゾクゾクとした顔で思う。

 

柔らかな尻をシートから離し、前屈みの状態で全体重を前にかけ急降下する。


「「っ!!」」

落ちたと思った二人は慌てて崖の縁まで走り下を覗き込んだ瞬間。

崖から閃光の如く純白の箒機が空に駆け上がっていった。


「ヒャッーーーーーーーホーーーーーーーーーーーー!!」

エンジンの轟音にも負けず劣らずの少女の喜ぶ声が聞こえ二人は安堵する。

「ヒヤヒヤさせてくれる」

「だが、楽しそうじゃないか?」

 箒機使いらしく自由に楽しげに少女は飛ぶ姿に、思わずアーサーの顔がはにかむ。


「さて、俺らも仕事に取りかかるか。モニターの監視は任せるぞクリス」

「ああ。あの子をしっかりとサポートしろよアーサー」

 クリスは手に持つタブレット型の魔道具を食い入るように見ながらそう言った。

 分かってるさ、とアーサーは返し耳元にインカムをつける。

『テステス、聞こえるかアメリア?』

『はい! 感度良好です!』

 耳元から返ってくる声は意気揚々としていた。

 昨日までのどこか元気の無かった少女とは、まるで別人と思えるほどアメリアの声は明るかった。

 よほど鬱憤が溜まっていたのだろう、負けて大切な物が壊れたアメリアのここ数日の負の感情が、一気に解放されたかのように生き生きと空を走る。

『アメリア楽しんでいるところ申し訳ないが、そろそろ元の目的を果たそうか』

 耳元の声で楽しい時間は一瞬で終わり現実に引き戻される。

『準備はいいかい?』

『何時でも行けます!』

 墜落の謎を探るためにアーサーから指示された内容は一つだけ。


「あのレースを思い出して飛ぶ……思い出す」

 眼を瞑り思い出す。

 あの日の情景を出来るだけ鮮明に思い出す。


 時間は突風の吹き荒れる夜だった。

 バランスを取りながら飛ぶのが難しくて、手間取っている内に他の選手に追い抜かれ最後尾を飛んでいた。

 音響の魔術で遙か彼方で試合を観戦している実況者や観客の声が木霊するのが聞こえた。

 それは選手にとって励みになる場合もあるが、アメリアには苦痛でしかなかった。

 

 初のレース誰も応援してくれなくてもいい。

 母の様な格好いいレースが出来なくてもいい。

 ただ勝ちたいと少女は思った。


アクセルペダルを限界まで踏み込みエンジンが獣の様に咆哮を上げる。

いつの間にか周りの音も前にいた選手全てがかき消え、空に輝く綺羅星の如く光る一本の道が見えた気がした。

少女は無我夢中で光る道をひた走った。

まるで妖精に導かれた迷子の少女が最後には無事我が家に辿り着くお話みたいに、アメリアは光の道に導かれ先頭を走る強者(トッププレイヤー)の背を目前にまでやって来た。

 

 空を見上げるアーサーとクリスは互いに驚愕していた。

「ハハ……なるほど。そう言うことか。謎が分かったぞ!」

「おい! 魔力の流入が起きて……どうなってる、固体魔力の4倍以上の魔力がエンジンに流れているぞ。っ! ダメだ消費し切れてない。このままじゃまた止まるぞ!!」

 手に持つ端末から送られてくる詳細な情報源が指し示す事は、後数分で箒機が地に落ちる。

「アメリア聞こえるか? 今すぐ箒機を止めるんだ」

『……』

 記憶に飲まれた少女から返答は返ってこない。

 

 そして魔力の流入が臨海まで到達したエンジンは、暴走爆発する前に安全装置が働き機能を停止した。


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