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第八話 明日選考だけどドレスがボロい。

 ウィンリーナたちは、スーリア国の王都スマルトリコに着いた。

 すっきりした青空の昼下がり、大通りには溢れんばかりの人がいる。商店が所狭しと建ち並び、店頭には様々な商品が陳列されている。店員の活気ある呼び込みの声があちこちから聞こえ、眺めているだけでも陽気な雰囲気に圧倒される。


 人混みの中を馬車が進むので、速度はゆっくりとなる。ウィンリーナは感心しながら窓から景色を眺めていた。


 隙間がないくらいに高層の建物が立ち並ぶ。家は重厚な石造の基礎と木材を組み合わせて作られている。明るい白色で塗られた漆喰の壁には、小さな四角い窓がいくつもある。どの建物も朱色の三角屋根で特徴的だ。ウィンリーナの故郷と比べて、圧倒的な人口の多さだ。さすが大帝国の首都だと誇れる繁栄だ。


 ウィンリーナはすっかりお上りな気分で、見るもの全てに目を奪われていた。

 品揃え豊富な専門店がたくさんだ。美味しそうなお菓子屋も見つける。

 可愛いぬいぐるみの店までも発見して、思わず「あっ」と声を上げてしまった。


「どうしたんですか?」

「いえ、なんでもないです」


 フィルトに尋ねられても本当のことを言えなかった。成人したのに、子供っぽいと思われたくなかったからだ。

 でも、やっぱり気になって最後にチラリとお店に視線を送ってしまう。



 やがて馬車は王宮へ到着し、門のところで護衛たちが衛兵と手続きをする。

 大規模な王宮が遠くから見えていたが、近づくと圧巻だった。

 優雅なデザインの半円アーチ型の建築物が、いくつもの棟で連なり、重々しく待ち構えていた。

 途方もない高さの壁が石で精巧に積まれている。

 何も問題なく城内に入れたので、本当にフィルトたちは殿下の部下だとしみじみ感じる。妃候補としてやってきたが、元は小国の価値の低い王女。しかも、今着ているドレスだって、かなり着古してへたっている。彼らは気さくに接してくれるが、立場の違いを改めて感じて恐れ多い気がしてきた。


 そう考えたとき、息をのんだ。

 殿下にお会いするのに今のドレスでは、きっと第一印象が悪くなってしまうだろう。

 この都市で購入できたら良いが、懐事情も心許なかった。

 今回の密偵用に資金を母からもらっていたが、ドレスのような高額な買い物をしたら、あっという間になくなってしまう。計画当初から大金は使えなかった。


 ただでさえ難しい任務なのに先行きが怪しすぎて内心泣きそうになる。


 王宮の敷地内に入っても、広大な芝生が一面に広がっている。遠くにある城に向かって石畳の上を馬車で近づいていく。


 さらに建物内に入っても、使用人に案内されてひたすら歩き続けた。やっと「こちらでお寛ぎください」と言われて入った部屋は、調度品が高級すぎて本当にここに座っていいのかと躊躇するぐらいの格式の高さだった。

 しかも、部屋に使用人まで用意されて、至れり尽くせりだ。ウィンリーナ自身の場違い感が甚だしかった。


「道中ご苦労でしたね。よく来てくれました」


 ここまでついてきてくれたフィルトが、ウィンリーナを労ってくれる。


「セングレー卿こそ、道中守ってくださり、感謝いたします。おかげで無事に到着できました」


 ウィンリーナは彼の碧眼をじっと見つめる。彼も優しくこちらを見下ろしている。


「よかったら、また一緒に魔法の話をしましょう。これからは、私のことをフィルとお呼びください」


 名前を呼ぶことを許された。それは信頼の証だろうか。護衛が終われば、もう二度と会えないかもと思っていたので、その申し出に希望を感じて嬉しくなる。彼と知り合いくらいにはなれたのだろうか。


「はい、フィル様。それでは、わたくしのことはリナとお呼びください」


 そう伝えると、彼も嬉しそうに綺麗な目を細めた。


「いつ頃、殿下とお会いできるのでしょうか?」


 ドレスの件もあり、予定を早々に立てたかったので、フィルトに今後の状況を尋ねた。


「二回選考を行った後ですね。妃の選考は側近たちが行います」

「……そうなんですね」


 王子と会うのが遅いほど、殺される確率は、ぐっと低くなりそうだ。

 両手を上げて喜びそうになるが、フィルトの前なので行儀よく平静を装っていた。


「では、選考はいつから始まるんですか?」

「ええ、実は着いて早々で申し訳ないことに明日の午後に予定しています」

「まぁ! そうだったんですね。でも、わたくしの応募が締切ギリギリだったので、それは謝る必要はございませんわ」


 そうフォローすると、フィルトは安堵した笑みを浮かべる。


「お気遣いありがとうございます。ずっと馬車に乗っていたのでお疲れでしょう。今日はゆっくりとお休みください。何か御用があれば、部屋付きのメイドに伝えてください。もちろん、私に言っても構いません。リナ嬢の担当は、引き続き私になりますので」

「まぁ、フィル様とまだご縁が続くんですね。嬉しいです! よろしくお願いします」


 ウィンリーナもにっこり笑って挨拶すると、フィルトはじっと物言いたげな目をして見つめていた。

 何か思い詰めたような重苦しい感情が、一瞬彼から見えた気がした。何かあったのだろうか。特に心覚えがウィンリーナにはなかったので、彼の変化に戸惑いを覚える。


「実は、リナ嬢に謝らなくてはならないことがあります。本当は私は――」


 フィルトが何か話そうとしたときだ。いきなり彼は口元を押さえた。彼の顔の皮膚を光の線が走り抜ける。一瞬の出来事だったが、確かにあれは魔法の仕業だった。おそらく、何らかの制約を受ける魔法だ。何か他人に漏らしてはいけない内容を彼は口にしようとしたのかもしれない。


「フィル様、大丈夫ですか?」


 彼は手で口元を押さえながら、必死にうなずいて答える。

 表情が険しいが、しばらく時間が経つと、彼は落ち着いてきたのか手をようやく口元から離した。


 少し口元の皮膚が、赤く切れたように痕が何本かついていた。


「まぁ、大変です! 顔に傷跡が残っています。フィル様から見えないでしょうし、わたくしが治しますか?」

「え? ああ、お願いします」


 了解がとれたあと、ウィンリーナはフィルトの顔に手を伸ばして軽く触れる。

 こうした軽い傷は、姉のせいでウィンリーナはいつも自分で治していた。

 今回もちょっと魔力を込めて元の艶々の肌に戻るように祈ると、ほのかに手が白く光った。

 手をどかして彼の顔を確認すれば、先ほどの傷が嘘のように綺麗に治っている。


「良かった。すっかり治りましたよ」


 そう言って手を引っ込めようとしたら、フィルトに急に手首を掴まれた。


「あのっ!」


 びっくりして彼を見上げれば、彼は間近で一心にウィンリーナを見つめていた。

 俯き気味で顔は陰っているのに、彼の青い瞳は水面のようにキラキラと光を反射しているみたいに輝いていた。


「ありがとう、リナ嬢」


 フィルトの低い声が、とても親愛に満ちている。彼は掴んでいたウィンリーナの手を彼の口元に運ぶと、軽く唇に押し当てる程度の口づけをする。それからすぐに手を離してくれたが、彼の手と唇の感触のせいで、ウィンリーナの頭の中は黄色い悲鳴を上げていた。ドキドキと心臓が激しく鼓動している。


「リナ嬢、全ての選考会が終わったら、伝えたいことがあります」

「は、はいっ!」

「それでは、またお会いしましょう」


 フィルトは挨拶を述べた後、足早に去っていった。

 パニックのまま反応したせいで、どういう意味なのか詳しく尋ねる機会を逃してしまった。彼も何か事情を抱えているようだった。

 でも、ウィンリーナも人には言えない秘密があるため、あえて触れなくて良かったのかもしれない。


 彼もきっと護衛の任務でずっと周囲に気を配っていたから疲れただろう。十分に休息をとってほしかった。

 いよいよ明日が選考かと思うと、緊張してくる。ひとまず休息が大事だと思い、侍女たちに視線を向ける。


「アニス、メルシルン。道中、お疲れ様でしたね。ひとまず汗を流しましょうか」


 部屋付きのメイドに先にお願いしたのは、風呂の用意だった。

 ところが、侍女たちがウィンリーナの部屋着を用意している最中で、メルシルンの悲鳴が聞こえてきた。


「こんなボロいドレスしかないんですか!? 侍女よりボロいドレスしかないってどういうことですか! しかも、なんでこんなところにクマのぬいぐるみが! これまでボロじゃないですか!」

「ボロいとはなんですか! あと、それはリナ様の宝物です! 粗末に扱わないでくださいませ!」


 アニスの叱責まで聞こえる。しかもカバンにこっそり詰めたぬいぐるみの存在までバレている。恥ずかしい。


 毎年国から支給される支度金はいつも姉に巻き上げられている。だから、王女にふさわしい豪勢なドレスは一着も持ってなかった。着古したドレスしか手元にない。それをメルシルンは見て、驚いてしまったのだろう。


「お嬢様! 風呂の前にドレスを買いに行かないとダメですよ! こんなドレスで選考に行かれたら、男爵家が恥をかきます!」


「で、でも……。申し訳ないことにドレスを買えるだけの手持ちがないんです」


 恥を忍んで正直に告白する。でもメルシルンは全然動じなかった。


「お金の心配は不要です。私が万が一のために奥様に頼まれています。時間がないので、今から出かけましょう」

「お養母様があなたに? でも、もうすぐ夕方ですし、今からお店に行っても迷惑では?」

「もう、ごちゃごちゃ言わずに出かける準備をしてください!」


 メルシルンのすごい剣幕に押し切られ、言われるままに再び馬車で王宮を出る羽目になった。


 メルシルンは慣れた様子で御者に行き先を告げてお店に行く。

 そこは洋服も扱う大きな商店だった。


「ここは私の実家なので、色々と融通がきくから大丈夫ですよ」


 メルシルンはどうやら商家の娘だったようだ。彼女に連れられて色々と既製品のドレスを見繕われて、試着をしたあとに何着か購入を決める。それに合わせてアクセサリーも決める。手袋や靴まで一式揃えてくれた。

 全部メルシルンの見立てだが、ちゃんとウィンリーナに合うように選んでくれている。文句を言う点が一切なかった。


「久しぶりに実家に来たのなら、少しゆっくりお話ししたら?」


 そうウィンリーナが提案しても、メルシルンは興味ないといった態度で、「別に話すことはないからいいです」と素っ気なく断ってきた。


 夕焼けが色を濃くしていく中、門が閉まる前に慌ただしく再び王宮に戻り、今度こそアニスに手伝ってもらって入浴を済ませた。

 風呂場にはアニス以外の使用人はいない。自分の黒い髪を久しぶりに見る。少し緩くカールしている細い髪質。魔法を使って一瞬で水気を取り除く。同じようにカツラも綺麗にして、アニスがウィンリーナの頭につけてくれる。


 これで他の人に見られても大丈夫だ。自分の部屋着用のドレスに着替える。メルシルンも驚いたくらい、何度も袖を通してくたびれ気味だ。でも、誰も部屋着は見ないから大丈夫だろうと使っている。


 のんびりしたくてソファに座ると、部屋付きのメイドが飲み物を「どうぞ」と出してくれた。とても気が利いている。

 テーブルがある部屋以外にも寝室があり、風呂場まで付いている。こんな広い続き部屋を用意してくれるなんて、かなりの好待遇だ。隣には侍女たちの部屋まで用意されていた。

 ウィンリーナが妃候補だからだろうか。

 環境と格好が不釣り合いで、かなり申し訳ない。

 でも、養母とメルシルンのおかげで、明日の選考で恥をかかずに済んだ。自分のできることはやろうと奮起する。まずは殿下について知りたい。そう思ってメルシルンを呼び出す。


「メルシルン、先ほどはありがとう。とても助かりました。おかげで明日は気後れせずに選考に挑めそうです」

「奥様に頼まれた仕事ですから、お嬢様からのお礼は不要です」


 メルシルンはフンと鼻息を荒くして素っ気ない。


「あなたは王都出身だと聞いていたけど、殿下について何か知っていますか?」

「殿下について何か知っていても、教える気はないですけど?」


 メルシルンと数日一緒にいるが、まだ彼女の態度は悪いままだ。何が彼女をそうさせるのだろうか。


「どうしてあなたはわたくしに冷たいんですか?」

「ふん、嫌なら首にすればいいですよ。実家は近いから歩いて帰れます。こんな貴族ばかりの場所にいたくないですから」

「でも、あなたはお養母様の指示には従ってますよね?」


 彼女が厳しい態度をとるのは、ウィンリーナに対してだけだ。


「それは、給料分は働かないと給料泥棒になりますから」


 メルシルンの態度は頑なだ。取り付く島もないくらいに。

 彼女は養母に指示された仕事を完璧にこなしている。優秀な人だと感じている。その彼女と仲良くなれなくても、できるなら穏便な関係でいられたと思うが、その方法が思いつかない。何か考えようにも上手く頭が回らない。


「そう。今日はもういいわ。あなたも疲れたでしょう? ゆっくり休んでね」


 ウィンリーナもクタクタだった。ソファに座っているだけで、瞼が落ちてきそうになる。


 疲れすぎて食欲もなかったが、部屋に運ばれた食事をなんとかとったあと、早々にその日は就寝した。


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