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第三話 あの漆黒の死神が来たらしい。

「初めまして。フィリアンク殿下にお仕えしておりますフィルト・セングレーと申します。あなたが、リナ・バートン男爵令嬢ですか?」


 ここはスーリア国のバートン男爵家の屋敷だ。当然ながら、流暢なスーリア国の公用語で話しかけられている。


 ウィンリーナの目の前には、あの漆黒の死神と二つ名がついている殿下の部下が立っている。

 軍服姿がとても凛々しい若い男性だ。二十歳の殿下と同い年くらいに見える。暗い茶髪を肩に垂らしている。彼の驚くべき特徴は、とても顔が整っているところだ。芸術のようなバランスの良さ。彼と道ですれ違ったら、思わず振り返って二度見してしまうくらいだ。

 宝石みたいに青く透き通った瞳を好意的に向けられている。


「お初にお目にかかりマス。リナ・バートンと申しマス」


 緊張しながらも、失礼にならないように慣れないスーリア語で簡単な挨拶を口にした。

 どうして殿下の部下が訪問してきたかというと、話は少し遡ることになる。



 あれは、スーリア国の衛兵に怒られた当日。ウィンリーナたちは男爵家の邸宅に無事に到着できた。もうすぐ日が暮れそうな時刻だった。

 男爵家夫婦がウィンリーナたちを優しく出迎えてくれた。今後、ウィンリーナはこの夫婦の養子となる。夫婦の実子である三兄弟はこの屋敷には不在だそうだ。男爵家当主はすぐに奥に下がり、世話を任せられた夫人は笑みを浮かべて歓迎してくれた。


「まぁ! あなた目の色が黒いのね!」


 夫人はウィンリーナの黒い目を見て非常に驚いていた。この色で、がっかりされたのでは。ウィンリーナは養子縁組を断られるかとビクビク怯えながら就寝したが、その驚いた理由を翌日夫婦に招待された朝食で、夫人から教えてもらう。


「リナ様。黒い色はね、国の保護の対象になるくらい珍しいのよ」


 ウィンリーナは建前上アグニス国の王女ではなく、伯爵令嬢だ。偽名としてリナと名乗っていた。会話は全てスーリアの公用語になっている。


「そうなんで、ゴザイマスカ?」


 髪の色は魔力の色で、ずっと金髪碧眼が最高色だと言われてきた。だから、すぐには受け入れづらかった。


「ええ、黒色は不吉ではなくて、魔力が強いからなの。特に黒い目は貴重らしいわよ。一年前、フィリアンク殿下が研究されて論文を発表されて、それを元に神殿からも黒色を魔力色として認めてもらったのよ。私は殿下と直接お会いしたことはないけど、殿下は黒髪碧眼みたい」


 神殿に黒色を認められた。しかも、標的の第二王子が黒髪と聞いて、ウィンリーナは雷に打たれたみたいに激しい衝撃を受けた。


『黒き髪の禍の子が生まれるとき、厄災が世界に訪れる。』


 そう昔から言い伝えられている中、黒髪を公表して生活していたとは。

 それと同時に、彼の黒髪から「漆黒」と二つ名がつけられたのだと、遅まきながら気がついた。

 彼は生まれつき黒髪なのだろうか。それとも彼も急に黒髪になったんだろうか。稀だが、大人になる前に色が急に変わることもある。


「その論文は、読むことはできマス?」

「ええ、あとで貸して差し上げますわ」


 どんなことが書かれているのか、楽しみにしながら朝食を終えた。

 その後、部屋で妃に応募するために必要な書類に記入していると、夫人から驚くべき情報を教えてもらった。


「フィリアンク殿下がこの領地に来たのでゴザイマスカ?」


 国境の衛兵も同じことを言っていた。まさか、その殿下がフィリアンク殿下だったとは。


「ええ、一昨日に国境付近で災害級の魔物が出たから、応援として殿下率いる精鋭部隊がいらしたみたいなの」

「そんなすぐに王都から来れたんでゴザイマスカ?」

「ええ、移動ポータルを使ったんだと思うわ」


 そんな便利なものがあるなんて、さすが広大な国土を持つ大帝国だ。


「ポータルはしばらく使えないから、数日は近くの軍施設に滞在されると思うわ。だから、リナ様。これはチャンスよ!」


 夫人の目がキラキラと輝いていた。その興奮気味な反応の理由が分からず、ウィンリーナは困惑気味に首を傾げる。


「チャンスとは、なんでゴザイマスカ?」

「もしかしたら殿下がリナ様に会ってくださるかもしれないわ。だって、珍しい黒い瞳の持ち主ですもの。絶対リナ様を気に入ってくださるわ」

「そうだといいデスネ」


 ウィンリーナは不安を感じながら、殿下と面会する覚悟を決める。

 それから昼には妃に志願するために必要な書類を用意できた。故郷から持参した肖像画も夫人に渡す。


「まあ、手際がいいですね。明日には、これを使用人に持っていってもらって面会を願い出てみましょう。今日、旦那様がリナ様を正式に養子にしてくださるから」


 男爵家でも、慌ててウィンリーナを養子縁組の手続で奔走しているようである。男爵が朝から不在なのは、そのためだったようだ。


 そして翌日の本日、使用人が予定どおり殿下の元へ出向いたと思ったら、フィルトと名乗った男性が急きょ一緒に来たわけである。


 まさかの驚きの展開に心臓が口から出てきそうだった。

 フィルトには応接室で待っていてもらい、急いで夫人——ではなく今は養母と向かったら、ウィンリーナの姿を認めた途端、彼は立ち上がり挨拶をしてきた。

 それから彼に目をよく見せてほしいと言われたので、ウィンリーナが前髪をずらしたとき、彼は大きく目を見開いた。


「釣書にあったとおり、本当に黒目なんですね」


 フィルトの口調は興奮気味だった。食い入るようにウィンリーナの両目を覗き込んでいた。


「夜空に浮かぶ星のように美しいですね」

「あ、あの……」


 いつも不吉な色だと貶された目をこんなにも称賛されたのは初めてだ。

 しかも、そう言ってくれた相手はびっくりするほど美形な男性だ。こんなにも期待に満ちた目で見つめられて、しかも嬉しそうに目を細めて頬を赤らめている。相手の反応が大げさすぎて、ウィンリーナまで非常に恥ずかしくなり、顔が熱くなっていく。

 慣れない状況に全く落ち着かない。思わず視線を相手から逸らすと、フィルトは我に返ったのか、冒頭のように畏まって挨拶をしてくれた。


「セングレー卿。さっそくお越しくださり感謝いたします。どうぞお座りになってください」


 養母が間を取り持ってくれたおかげで、想定どおりの流れに戻った気がした。

 ソファに客と向かい合うようにウィンリーナたちは座る。

 使用人がお茶を客に給仕して静かに下がる。部屋には三人しかいない。


「そうそう。一つ確認事項がありました。バートン男爵令嬢の釣書を先ほど確認しましたが、応募に必要なものが一つ入っておりませんでしたね」

「あら、ごめんなさい。一体、それはなんですか?」


 フィルトの指摘に養母は恐縮気味に返す。


「ご本人の髪を入れて欲しかったのです」

「まぁ、そうでしたね。殿下の論文は拝読しておりましたのに、うっかり失念してしまいましたわ。申し訳ございません」


 ウィンリーナは髪の毛が必要だと言われて、内心冷や汗をかいていた。

 昨日は地毛を脱色する暇もなかった。カツラの下は、黒髪のままである。今から髪の毛を求められても、カツラをかぶっているので、周囲に見せているのは自分の地毛ではない。このカツラの別人の髪で調べられて何か不都合があったらと思うと気が気でなかった。


「今からご用意した方がいいでしょうか?」


 養母の申し出にさらに不安が募るばかりだ。

 ウィンリーナは固唾をのんでフィルトの返事をじっと見守る。


「いえ、大丈夫です」


 フィルトの答えを聞いて、ウィンリーナは心の中で万歳をしていた。


「お会いして瞳の色を確認できたので問題ないです。瞳は誤魔化せませんから、わざわざ髪で魔力を測定する必要もないです。直接バークレー男爵令嬢にお会いできてよかったです」


 彼はにこりと碧眼を細めて微笑む。しかも、感極まったように目まで潤んでいる。イケメンの眩いばかりの光に晒された気がした。

 けれども、ウィンリーナは殿下の妃候補で、彼は殿下の部下。お互いに初めから対象外だと理解しているので、何も期待するところはない。

 大帝国の王子の部下ともなると、選りすぐりのエリートばかりなのだろう。顔の良さも評価の範囲なのかもしれない。目の保養にしておこうとウィンリーナは冷静に考える。


 そう思って彼を眺めていたら、突然彼の目から涙がほろりと零れ落ちた。


「まぁ、どうされたんですか?」


 養母が驚いた声を上げる。


「ああ、すいません。堪えきれませんでした。まさか、黒目の乙女が現れてお会いできるなんて夢みたいで。調査を続けていて初めてだったんです。理論では黒目はいるはずだと思っていたんですが、今まで確認できず非常に歯がゆかったんです。ですが、本当にいたんだと思うと感激のあまり。しかも妃として応募してくれるなんて、ううう……」


 フィルトは慌てて目元を手袋したままで押さえようとした。彼の手袋が濡れてしまうと思い、ウィンリーナは咄嗟に自分が持っていたハンカチを彼に差し出す。


「どうぞ、これを使ってクダサイ」

「ああ、ありがとうございます……」


 フィルトは素直にハンカチを受け取ってくれた。すぐにそれで目元をぬぐう。とりつくろう余裕もなさそうだ。人前で泣いてしまって彼自身が少し動揺しているように感じた。


 もしかしたら――とウィンリーナは察する。

 フィリアンク殿下によって、彼は脅されていたのかもしれない。

 ウィンリーナを散々いじめ続けた姉ですら、「アグニスの青い薔薇」と言われるほど彼女の美貌と立ち振る舞いを評価されていた。

 一方で、フィリアンク殿下は、「漆黒の死神」だ。他人から見ても恐ろしい人なら、彼に仕えている部下たちはウィンリーナ以上に日頃からひどい目に遭っている可能性は多いにあった。


 黒い目の乙女を見つかって安堵のあまりに泣いてしまったフィルトにウィンリーナは深い同情の気持ちを抱いた。


「大丈夫でゴザイマスカ?」


 ウィンリーナが気遣うと、フィルトは「ええ」と言葉少なくうなずく。


「お気遣いありがとうございます」


 そう言ったフィルトの目は少し赤くなっていたが、元の調子に戻ったようだ。話が逸れて申し訳ないと彼は謝罪していた。


「応募要項にも書かれていたと思いますが、これからのスケジュールについてご説明したいと思います。これから王都に私たちと一緒に行ってもらい、他の妃候補と選考試験を受けてもらいます。最後まで選考に残った女性が妃になり、建国祭のとき、殿下の婚約者として紹介される流れとなっております。滞在場所はこちらで用意しますので、滞在に必要な物だけお持ちください。何か不明点はありましたか?」


 ウィンリーナは養母と顔を見合わせる。


「あの、質問いいでゴザイマスカ?」

「はい、もちろんです」


 フィルトは笑顔で応える。


「応募した女性は、みんな殿下の妃になるのではゴザイマセンカ?」

「いいえ、とんでもないです! 何人も妃を娶るつもりはありません。いくつか質問をさせていただき、私——いえ殿下と性格の合う女性を一人選ぶ予定です」

「そう、だったんでゴザイマスネ……」


 選ばれる女性は、たった一人。ウィンリーナは目の前が真っ暗になった気がした。

 きっと大帝国でも指折りの美女たちが応募——いや参戦しているに違いない。流行や男に疎い小国の田舎娘のウィンリーナでは、勝ち目があるように到底思えなかった。

 しかも、養子に入ったバートン男爵家は、貴族の中では最下位の身分だ。家臣の爵位は高い身分から、侯爵、伯爵、子爵、男爵となっている。家柄において、殿下との釣り合いは大丈夫なのか不安だった。


「あのセングレー卿。王都に行くときは、リナ以外に誰か連れて行ってもいいのでしょうか?」


 養母の発言にフィルトは反応する。


「王宮内で過ごすので、私兵の立ち入りは禁止となり、付き添いは侍女二人までとなります。人手が足りなければ、王宮にいる者をお貸しします。それでも不便がある場合は、ご自分で滞在場所を用意してもらっています」

「なるほど、分かりましたわ」


 養母は納得したのか、満足そうにうなずいた。


「移動ポータルは申し訳ないことに関係者以外は使えないのです。なので、王都までは私や部下たちも護衛として同行します。最近、物騒なんですよ。攻撃系の魔法具を犯罪者が不法に所持していることが多いのです。なので、そちらで護衛を用意する必要はないですよ」

「まぁ、魔物だけでも怖いのに盗賊までも出るなんて。嫌ですわね」

「ええ、頭を悩ませておりますが、早期に解決できるように尽力します」

「ありがとうございます。セングレー卿や護衛をリナのために遣わしてくれた殿下に感謝いたします」


 フィルトの用事は終わったので、彼を見送るために玄関まで付き添う。


「あの、ハンカチを返してクダサイ」


 貸したままだったので声をかけると、フィルトは首を横に振る。


「汚してしまったので、代わりのものをお贈りしたいと思います」

「気になさらないでクダサイ」

「いいえ、お礼をしたいのです」


 どうやら彼はウィンリーナの要求を呑む気はないようだ。


「では、ハンカチは捨ててクダサイ。殿下に誤解されたら大変でゴザイマス」


 ハンカチを異性にプレゼントするのは、親しい間柄のみだ。

 万が一殿下にばれて、それを理由にフィルトが折檻でもされたら大変だ。

 そう思ってウィンリーナがお願いすると、フィルトは瞬きを何度かしたあと、今度は本当に嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「大丈夫です。殿下が誤解する心配はありませんよ。気を遣ってくださり、感謝いたします。では、明日の朝に迎えに行くので、出発の用意をお願いしますね」


 フィルトは馬に軽やかに乗ると、颯爽たる様子で去っていく。軍服姿の巧みな手綱捌きは、とても洗練されている。

 つい彼に見とれていたら、養母がウィンリーナに声を掛けてきた。


「さぁ、これから支度の準備をしなくては。大忙しですよ」

「はい!」

「あなたの言葉遣いもゆっくり直していくつもりだったけど、そんな余裕はなくなってしまったわね。綺麗なスーリア語を話せる侍女をつけるけど、ちょっと個性的でも目を瞑ってちょうだいね」


 養母の言葉にウィンリーナは苦笑いを浮かべる。

 スーリア語の公用語を丁寧に話していたつもりだが、やはり拙い部分があったようだ。

 直さなくては選考に不利になってしまうだろう。


「はい」


 言葉遣いを直すことに不満などなかったが、このとき養母が口にした「ちょっと個性的」を聞き流したことをウィンリーナはすぐに悔やむことになる。


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