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第二話 手配したはずの護衛がいない。

「護衛がいないって、どういうこと……?」


 ウィンリーナは戸惑いの声を思わず上げていた。

 早朝スーリア国に旅立つため、アニスと一緒に予定どおり城門まで向かったら、馬車と御者以外に誰もいなかったからだ。

 国境付近の道は結界があまり効いていない。結界の外では魔物がさらに発生しやすく、まめな討伐も難しいため、魔物と遭遇する恐れが多いにある。護衛なしで移動なんてありえない。


「あら、どうしたの? 門の前を塞いで邪魔よ」


 鈴が鳴るような美声がして振り返れば、姉のナーセルンがぞろぞろと自分の護衛騎士を引き連れて近づいてくる。


「申し訳ございません。護衛がいなくて困っておりました」


 ウィンリーナが頭を下げて姉に詫びる。


「あら、リナったら、護衛を手配していなかったの?」

「いえ、王妃陛下からスーリア行きを命じられてすぐに馬車と一緒に手配しました」

「でも、あなたがミスしたから、こういう状態になっていたのでは? ねぇ、リナから申請があったか覚えている?」


 姉が話題を振った先には、騎士団長がいた。

 彼はサーバーク公爵家の当主だ。彼の弟が、姉の婚約者になっている。


「いいえ、何も」


 騎士団長は嘲笑いながら否定する。


「ほら、ご覧なさい。彼は何も知らないそうよ。手続きをミスするなんて間抜けね」


 姉は勝ち誇ったようにほくそ笑む。

 また姉の嫌がらせだったようだ。こんな朝早くに来たのは見送りでなく、妹が困っている姿を見たかっただけだろう。

 騎士団長は姉の言いなりだ。彼の弟が姉の婚約者だから。

 ミスはしていないが、反論しても無駄だと分かっていた。姉に逆らえば最悪黒髪をバラされる恐れもあった。

 スーリア行きは母の命令だが、姉には関係ないようだ。


「サーバーク公、隣国まで行くには、護衛はどのくらい人数が必要なのかしら?」

「一部隊つまり十人くらいは必要ですよ、ナーセルン殿下」

「それをいきなり用意できるのかしら?」

「無理ですね。調整が必要なので、数日前にはおっしゃっていただかないと」

「まぁ、それではリナが約束の期日までにスーリア国に行くのは難しいですわね」


 姉はクスクスと楽しそうに笑う。

 応募の期限がもうすぐ迫っていたので、日にちに余裕はなかった。

 間に合わなければ、密偵の任務は大失敗だ。ウィンリーナは泣きそうになり、思わず唇をかんだ。


「リナ様、このまま行きましょう」


 アニスが近づいてきて、こっそり耳打ちしてくる。彼女の覚悟を決めた目を見て思い出した。弱者のままは嫌だと、悪女にすらなろうと決意していたのは自分だと。このまま負けたくなかった。


「……護衛なしで出発します」


 魔物から身を守る方法が他にないわけではない。

 ウィンリーナの決断に姉だけではなく、周囲の護衛騎士まで失笑する。


「あなた死ぬ気なの? 護衛なしで国境を超えるなんて、無理に決まっているわ」

「でも、期日に間に合わないので、急ぎたいと思います」

「そう、そこまで頑ななら仕方がないわね。私は止めたわよ? 後は知らないわ」


 姉は勝ち誇ったように吐き捨てると、踵を返して去っていった。妹がどうなろうと構わないようだ。

 ウィンリーナはアニスに目配せをする。


「さあ、行きましょう」


 乗り込んだ馬車の中は、水を打ったように静まり返っていた。ウィンリーナは車輪の規則的な振動音を先ほどから聞くともなしに聞いていた。

 かろうじて用意されていた馬車は、貴族用とは思えないほど質素で、乗り心地がひどく悪い。振動が直に伝わってくる。これも姉の嫌がらせだろう。

 アニスも浮かない顔をして四人掛けの席の斜め向いで俯いている。

 窓から見える景色は、住み慣れた城下町から寂れた郊外に移り変わっている。農地を通り過ぎた後、ついに恐怖の国境付近に侵入していた。


「アニス、ごめんなさいね。わたくしのせいでこんな危険な目に遭わせてしまって。絶対にあなたと御者は守ってみせるわ」


 姉の暴力から身を守るために、結界魔法なら鍛えられて自信があった。

 今も馬車の周囲に結界を張って、突然の襲撃に備えている。

 転移魔法を使えたら便利だが、他人を運ぶ自信がなかった。

 ウィンリーナが申し訳なさそうにアニスを見つめると、彼女は深い茶褐色の目を細めて微笑んだ。


「リナ様。謝る必要はございませんわ。実は私、これを機にスーリア国でいい夫を見つけようと考えております。アグニス国は小さいので、適齢期の令息が少ないのです。でも、スーリアのように大帝国なら、若者も選びたい放題ですよ」


 したたかに笑うアニスはとても心強かった。


「それに、私はいつもリナ様に感謝しているんですよ。私の恩人ですから」

「えっ、わたくし何をしたのかしら?」


 ウィンリーナは心当たりがなくて首を傾げても、アニスはにこにこと微笑むばかりで理由を言わなかった。


「ところで、リナ様。篭絡の対象である第二王子ですが、何か策はあるのですか?」

「残念ながらまだよ。はぁ、死体を吊すような残酷な人にどう接したらいいのかしら。正直なところ、今までの負けっぱなしのわたくしでは、殺されに行くようなものだと思うのよ。だから、生き残るためにも、わたくし自身が変わる必要があると思うの。そう、家族のように手段を選ばず悪女として生きていこうと思うわ!」

「……え?」

「ちょっとアニス。その反応は、すごく不安になるじゃない」

「はっきり言って、その案はどうかと。リナ様が悪女に向いているとは思えません。むしろ真逆」

「それって善人ってこと?」

「そうです。リナ様は苦境にありながらもアグニスのために尽くされていたではございませんか」

「それは王女としての務めだもの。当たり前でしょ?」


 ウィンリーナがきょとんと首を傾けたときだ。


「た、大変だ! 魔物が出たぞ!」


 御者の慌てた声が馬車の中まで響いてきた。

 ウィンリーナの体に緊張が走る。

 慌ててウィンリーナたちは馬車の窓から外を覗く。山の中なので道以外は切り立った崖や木々ばかりだが、少し離れた山の中に一頭の魔物が見えた。真っ黒い異形の存在。馬車めがけて近づいてくる。二つの目が爛々と黒い頭のあたりで光っていた。四つ足の肉食獣のようだ。

 魔物の生態は不明で、番と子をなすわけではなく、世界のどこかに突然湧き、人間などの生き物に害をなす。


「あれは護衛騎士でも数人いないと太刀打ちできないレベルの魔物ですけど、リナ様なら大丈夫ですわ」

「アニスったら、買い被りすぎよ!?」


 ウィンリーナは冷や汗をかきながら慌てて魔法を放つ。シュッと一瞬だけ音を立てたあと、シーンと静まり返った。

 その直後、外から御者の驚く声が聞こえた。


「魔物が消えたぞ!」

「えっ、そんなにあっさり?」


 ウィンリーナはあまりの手ごたえのなさに驚くが、逆にアニスはすんなり納得してうなずいている。


「さすがリナ様ですわ」


 アニスの称賛と魔物の弱さに首を捻りながらも、引き続き警戒しながら先に進む。


 魔物と直接戦ったのは今回初めてだ。だから、手に負えない魔物が出たらどうしようと不安で仕方がなかったが、出てきた魔物は弱すぎて拍子抜けするくらいだった。何かがおかしい。


 そう訝しみながらも、馬車は順調に進んでいく。隣国スーリアの国境の門にたどり着き、やっと安全な結界の中に入ることができた。

 張り詰めていた緊張が解れて、一息つこうかと思ったときだ。


「あんたたち、護衛もなしに国境を越えてきたのか!?」


 入国の手続きのために国境の警備をしているスーリア国の衛兵と話す必要があったのだが、そこでウィンリーナたちは大変驚かれてしまった。


「あんたたち、運が良かったな。昨日、災害級の魔物が出たけど、王都から殿下の精鋭部隊が応援に来て周囲の魔物たちを討伐してくれたんだ。だから運良く魔物に出くわさなかったんだぞ。こんな無茶な真似は二度とすんなよ!」


 こちらの質素な馬車と地味な装いのせいで、衛兵に高貴な身分だと全然思われなかったのだろう。説教までされてしまった。


「も、申し訳ございません。次からは注意します。でも、魔物には出会ったんですが、なぜか弱かったんですよね。おかげで全部倒せました」


 ウィンリーナは自分でも無茶をしていると自覚があったので、穏便に済ますために、ひたすら腰を低くして反省しているフリをした。

 姉のように猫をかぶるのだ。でも実際は、そう思いつつも、猫は猫でも子猫のようにプルプルと怯えて震えていた。


「全部倒せただって!? そ、そんな馬鹿な! そうか、応援の精鋭部隊が魔物を弱らせていたんだ。そうに違いない!」

「そ、そうですね! 精鋭部隊の方に感謝ですね!」


 相手の調子に合わせつつ、なんとか手続きを終えて、養子縁組先の男爵家に向かう。


「ふー冷や汗かいちゃった。魔物が弱くておかしいと思っていたけど、応援部隊のおかげだったのね。わたくしたち、本当に運が良かったわね」

「リナ様のおかげですわ」

「もうアニスったら」


 そんなに褒められると照れてしまう。

 いつもどおり大げさで彼女らしいと、ウィンリーナは微笑んだ。


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