第二十二話 芋づる式の余罪。
ウィンリーナは、フィルトたちと屋敷に強行突破した。門は軽々と吹き飛ばされ、玄関の扉ごと風穴が開けられる。
「フィリアンク殿下への公務妨害容疑、さらに殿下の妃候補者に対する脅迫容疑と誘拐容疑の現行犯で逮捕します。逆らう者は、罪を認めたとして、裁判なく処罰が下されますのでご覚悟ください」
フィルトの仲間たちが、屋敷の家人たちに一方的に用件を告げる。屋敷の中は、何も知らない使用人たちが大騒ぎだ。
ウィンリーナはフィルトを連れてメルシルンの居場所へ大急ぎで向かう。途中の鍵のかかった扉は魔法で破壊する。
地下の階段を降りると、牢獄みたいな空間が広がっている。明かりが少なくて薄暗く、ほのかに異臭が漂っていた。
「メルシルン!」
ウィンリーナが彼女の名前を呼ぶと、一番奥の部屋からうめき声が聞こえてきた。
そこに駆けつけると、部屋の床に一人の女性が転がっていた。メルシルンだ。
牢屋の鉄格子を壊して中に入り、彼女の拘束具を全部取り除く。怪我は特にないようだ。
「もう大丈夫よ! 今、犯人たちは捕まえられているわ」
ウィンリーナが安心させるために声を掛けると、横たわっていたメルシルンが上半身を起こしたと思ったら急に抱き着いてきた。
「あ、ありがとうございます……! このご恩は一生忘れません!」
メルシルンはよほど怖かったのか、大声を出して泣き出していた。こんな冷たい場所に一晩もいたら、さぞかし辛かっただろう。殺されずに済んで、本当に良かった。
彼女が落ち着くまで、ウィンリーナは冷え切った彼女を抱きしめ続けた。
「もう大丈夫だな。私は上に行ってくる」
「はい」
今まで黙って見守っていたフィルトは、目にも留まらぬ速さで階上へ去っていった。きっと彼には、まだまだ重要な仕事が残っているのだろう。
ウィンリーナの腕の中にいたメルシルン嗚咽の声がだんだんと弱まると、メルシルンは眼鏡をずらして目元を自分のハンカチで拭いながら、よろよろと立ち上がった。ウィンリーナはふらついた彼女を見て慌てて支えようと彼女の体に触れる。
「大丈夫です、お嬢様。さぁ、私たちも上に行きましょう! 私は侯爵家の人間が捕まるところを是非見に行きたいです」
メルシルンの強い意志を感じて、ウィンリーナも覚悟を決めてうなずいた。
階段を上り切ったとき、誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。
「今までスーリア国のために尽くしてきた私に対して無礼だろう! ただではすまんぞ!」
侯爵家の当主と思われる中年の男性が、顔を真っ赤にして怒っている。両手を硬そうな器具で拘束されていた。
「そうだそうだ! 侯爵家が犯罪に手を染めているわけないだろう! 証拠はあるのか!」
次にその息子と思われる男性までも連行されながら怒り狂っていた。
そして最後に以前見かけた令嬢が、顔色を真っ青にして黙って連れていかれていた。
ウィンリーナを騙したフードの男も一緒だ。
それをメルシルンと黙って眺めていたら、彼女がまた泣き出していた。
「ようやく、あいつらが捕まったんですね……! これで姉の無念が晴らせました。本当にありがとうございます……!」
彼女は今まで溜め込んでいた辛い感情を吐き出すようにボロボロと涙をこぼしていた。
そんな彼女の背中にそっと手を添えて、ウィンリーナは事件の収束を黙ったまま眺めていた。
騒動が終わったあと、ウィンリーナたちは、フィルトに保護すると言われて王宮に再び連れていかれた。
事情聴取されたあとは、妃候補だったときから世話になっている部屋でのんびり過ごしている。
あの脅迫状もフィルトに渡したので、ウィンリーナには何もやることがない。
黒髪はみんなにバレてしまい、しかもカツラはあの店に置きっぱなしで手元になくて地毛のままである。
(カツラのない生活って、こんなに快適だったのね……!)
蒸れて痒くなることもない。通気は良く、頭は軽い。部屋にいる間は何も気にせず過ごしていた。
でも、黒い髪は正直目立つので外出には抵抗がある。
「それにしても、犯人はどうなったんでしょうね?」
ウィンリーナがソファに座りながら内心の不安を逃すように独り言ちる。あの脅迫事件から二日経つが、黒髪のフィルトの謎や、妃選考会の結果、誘拐事件の続報など、何も聞いていない。
「きっとお忙しいのでしょう。セングレー卿がリナ様を忘れるはずはございませんわ」
アニスが慰めの言葉をかけてくれる。
「うん……」
フィルトのことを思い出すと、ますます落ち着かなくなる。
別れのつもりで彼に告白した件が、後からじわじわ来ている。
なぜかフィルトの髪が黒く、しかも周囲から殿下と呼ばれていた。
殿下は黒髪碧眼で、最後にあったフィルトも黒髪碧眼だった。
それらの事実からたどり着いた一つの答えを知りたいような知りたくないような複雑な心境だった。
本人がいない今でも顔から湯気が出そうになる。
「お嬢様、フィリアンク殿下よりお手紙をお預りしました」
部屋付きのメイドの声を聞いて、鼓動がひときわ激しくなる。
ウィンリーナは手紙を渡されて、さっそく中身を開封する。
それは呼び出し状だった。ウィンリーナだけではなく、侍女二人も指名されている。
「二人とも準備をしてちょうだい。殿下の元に一緒に行きます」
アニスとメルシルンにも声を掛けてウィンリーナは立ち上がった。
ウィンリーナたちは、魔法研究所の応接室に案内された。
応接セットのソファに座るのは、主のウィンリーナだけで侍女の二人は背後に立っている。
「殿下のおなりです」
扉を開けた使用人から声を掛けられたあと、黒髪のフィルトが側近を引き連れて現われる。
(やはり、フィル様が殿下だったのね)
彼が自身を側近と名乗っていたときとは、服装が異なっていた。上質な布地に手の込んだ巧みな刺繍。金や銀の糸も贅沢に使われている。ボタンのように宝石がいくつも襟に飾られている。
ウィンリーナたちは目上のフィリアンク殿下を迎えるために起立して膝を折って礼をする。
「挨拶はいい。座るように」
「はい、殿下」
ウィンリーナは畏まった返事をして腰を下ろした。
殿下は向かいのソファに腰掛けて、こちらをじっと見つめている。お互いに今は黒い髪なので、見慣れなくて変な風に感じる。前までは二人とも茶髪のカツラをかぶっていたが、地毛の色まで同じだったとは。本当に奇妙な偶然だ。
「元気だったか?」
「はい、おかげさまで」
ウィンリーナだけではなく、メルシルンも穏やかに過ごしている。むしろ、彼女は姉の仇がとれたと、晴々としていた。人質で怖かったと言っていたが、そのおかげで侯爵家が捕まったのなら、頑張った甲斐があったと喜んでいた。
「そうか。それは良かった。あの日、侯爵家が捕まったおかげで、余罪も追及することが可能になった。大変な目に遭わせてしまったが、捜査に協力してくれて感謝する」
「お言葉、ありがとうございます。微力ながらお力になれて光栄です。ですが、侯爵家はこのあとはどのような処分を下されるのですか?」
「まだ決定はしてないが、余罪の方が影響が大きく、恐らく家の断絶は免れないだろう」
それを聞いてウィンリーナは安心した。メルシルンの姉を不幸にした人たちがしっかりと罰を受けたら、もう二度と誰かが犠牲にならないからだ。
気持ちを分かち合いたくて、メルシルンを振り向いたら、彼女は目を潤ませながら微笑んでいた。
アニスもかすかにうなずいて隣にいる彼女を温かく見守っている。
脅迫されたときは、どうなるかと不安だったけど、フィリアンクのおかげでみんな無事だった。
「ところで、脅迫で指定された場所にどうして殿下がすぐに現れてわたくしを助けてくださったんでしょうか?」
あまりにも彼の救出が速かったので、後から不思議に感じていた。
「ああ、実はあなたに以前差し上げた髪飾りに魔法をかけていたからだ。お守りだって言っただろう?」
あれはそういう意味だったのかと、納得であった。
「たしかに、殿下がすぐに駆けつけてくださったら、なによりも心強いですわ」
感謝を込めて彼をじっと見つめると、フィリアンクは視線に気づいた途端、恥ずかしそうにうつむき、頬を赤く染めた。それから、わざとらしく咳払いをする。
「話は変わるが、実は私の妃の件について折り入って話があるんだ。人払いをしてもらっても構わないだろうか」
そう言うフィリアンクは、とても照れくさそうだ。
「まぁ、良かったですわリナ様。メルシルン、行きましょう」
アニスが鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌な様子で、メルシルンと一緒に部屋から出て行く。殿下の側近たちもみんな下がっていった。なぜか意味深に微笑みながら。
足音が遠ざかり、シーンと静まり返ったあと、フィリアンクが急に頭を下げてきた。
「すまない、リナ嬢! ずっと名前と身分を偽っていて申し訳なかった!」
「どうか、頭をお上げ下さい殿下!」
大国の王族が簡単に頭を下げるなんて、恐れ多かった。でも、フィリアンクはそんなことに構わず、ひたすらウィンリーナのために謝罪を続けていた。
「大丈夫、他に誰もいないから。リナ嬢と二人きりだ。本当に申し訳ない」
「でも、本当にもう気にしてないので、どうか頭を上げてください」
そう懇願すると、やっとフィリアンクは元の姿勢に戻ってくれた。
「わたくしもカツラをかぶってましたし、アグニス国出身なのにスーリア国の貴族の令嬢なのでお互い様ではないですか。怒る理由がありません」
そう言うと、彼は白い歯を見せて笑った。
「そうか。理由を聞かずに許してくれて、本当にありがとう。でも、殿下ではなく、今までどおりにフィルと呼んでほしい」
フィルという愛称は、真実だったようだ。彼との間に培った関係性は偽りではないと言われた気がして、ウィンリーナは純粋に嬉しくなった。
「はい、フィル様」
快く了解すると、フィリアンクも安心したように笑った。
彼は選考会の関係で身分を偽っていた理由を説明してくれた。
「でも、初めて会った時からリナ嬢、あなたに惹かれていたから、正体をもっと早く打ち明けたかったんだ。だが、魔法の契約で最終選考まで言えず、本当にすまなかった」
惹かれていた。その言葉を聞いた途端、身体に流れる血管が沸騰しそうなほど、急にドキドキ鼓動が激しくなる。
「もしかして、この王宮に着いたとき、何か言いかけましたけど、口元を怪我したのは、それが原因だったんですか?」
「実は、そうなんだ」
フィリアンクは真面目な顔つきになったと思ったら、急に立ち上がって、ウィンリーナの横に座り込んだ。こちらに身を乗り出すように見つめてくる。
その表情は、歓喜に満ちていた。
「リナ嬢、あなたが私のことを好きと言ってくれて、本当に嬉しかった。私の身分を目的に近づく者が多い中、私自身を見てくれたと思うと、とても貴重なことだと思った」
うっすらと潤んだ殿下の目は、熱い情熱に溢れていた。手を伸ばし、ウィンリーナの手をおそるおそる握りしめてくる。その気遣いを感じる彼の手がとても愛しかった。
「どうか、私と結婚してもらえないだろうか。私の妃になって欲しい」
張り詰めた声色から、彼の緊張が直に伝わってくる。彼は本気で望んでくれている。
夢のような言葉に感極まって涙が出そうになる。
「本当にわたくしでいいのでしょうか?」
黒い色で疎まれて、嫌われ続けた日々が、幸せになってもいいのかと、不安を与えてくる。だから、思わず尋ねていた。
「あなただから、いいんだ」
その迷いのない言葉を聞いた瞬間、気持ちとともに涙がこみ上げてくる。
そんな風にキラキラと宝石のようにかけがえのない言葉を彼が言ってくれるから、ウィンリーナも彼に心惹かれていった。任務なんて関係なかった。
「フィル様、喜んでお受けいたします」
「そうか」
フィリアンクは安堵の表情を浮かべ、それから愛おしそうにウィンリーナを抱きしめてくれた。




