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姉に弱味を握られて隣国への密偵(スパイ)を押し付けられましたけど、全然向いてないので気に入られました。  作者: 藤谷 要


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第二十一話 ルヒンキー侯爵家令嬢の企み

 ルヒンキー侯爵家令嬢ルトビアは、自室でほくそ笑んでいた。

 フィリアンク殿下の妃選考会に残った三人を無事に特定できたので、さっそく脅しをかけたからだ。


 4番と8番の女性の実家は、王都に住まいがあったので、わざわざルトビアが屋敷に赴いて圧力を掛けることに成功した。

 ところが、10番の実家が分からなかった。リナという名前らしいと他の候補者から聞いたが、そんな貴族の令嬢の名前は今まで知らなかったので、恐らく最近養子でどこかの貴族の家に入ったのだと思われた。

 だから、実家に圧力を掛けられず、10番の女性が滞在している王宮を侯爵家の手下に見張らせるしかなかった。

 そこで判明したのは、10番の女性が二人メイドを連れてきていることだ。王宮にまで同伴させているのだから、相手にとって信用の篤い使用人に違いない。このメイドを攫って脅迫すれば選考会から辞退させられるかもしれない。そう考えて手下に実行させた。


「お嬢様、法に触れる行いは、外部の者を使えと旦那様から言われております。足がつくからと」


 ルトビア付きの従者が苦言を呈してくる。


「そんなことは言われなくても分かっているわ。でも、相手は黒目だから、魔力が強いはずよ。だから、あの開発したばかりの魔法具を使うつもりなの。まだ試作品だから、使い方に慣れている者も出向かせたほうがいいわ。実験できて一石二鳥じゃない?」


 最近開発したのは、魔力制御装置だ。装備した者の魔力を抑えるので、魔法の使用を不可能にする。


「なるほど」


 従者も納得したようだ。魔力のない女になれば、相手は脅威ではなくなる。

 ルトビアは笑った。当家の自慢の最高の手下を使っておけば失敗はありえないはずである。ここまで侯爵家が魔法具で成功できたのも、彼らのおかげだ。

 準備は全て整った。これですべての妃候補たちは全員辞退して、選考会は失敗する。そうすれば、再びルトビアに妃になる機会が巡ってくるだろう。

 そう信じて疑わなかった。


「あの捕まえたメイドはどうしているの?」

「地下の牢屋に転がしております」

「そう。あの女も運がないわね。すべてが片付いたら、処分してちょうだい」

「了解しました」


 ルトビアは思い出す。あの緑髪の女を。ルトビアは仮面をかぶって変装して、当初彼女に取引を持ちかけた。10番の実家を教えろと。でも、あのメイドは断った挙句に罵ってきた。


「ルヒンキー侯爵家なんて滅べばいいのよ。姉さんを殺した報いを受けるがいい」


 良く分からないが、侯爵家の仕業だとバレた以上、生かしてはおけない。


 うるさいメイドに猿ぐつわをして、逃げないように両手首を背中の後ろで縛った。

 にもかかわらず、緑髪の女はルトビアを睨みつけるように見上げていた。


 その憎たらしい目つきが腹立たしくて、思わず魔法で切り刻みたくなったが、まだ人質として使わなくてはならないので、思いとどまった。


 この魔力のない庶民なら、あと腐れなく処分できる。


「ふん」


 あと少しの命だから、人質の生意気な態度を今回は見逃してあげることにした。




※※※※※



 ウィンリーナがフィルトの前から瞬間移動で去ったあと、王宮の門近くにいた。早朝に馬車を手配したところ、使用可能だったので、ありがたく使わせてもらう。


 御者に行き先を告げて、犯人に指定された場所にウィンリーナは向かう。

 人気のない暗い場所に入っていく。薄汚れた人たちが多く、治安が悪そうな場所だ。近くの大きな通りから、さらに細い路地に入る必要がある。ショールを頭からかぶって馬車から降りる。御者には別の場所で待ってもらうが、約束の時間までにウィンリーナが戻ってこなかったら、御者には王宮に戻ってもらい、アニスへの伝言を頼んでいる。


 指定された場所は、寂れたお店だった。看板だけが壁に掛けられている。

 望遠魔法で店の中を透視するが、二階建ての中にはどこにもメルシルンの姿はなかった。

 ウィンリーナは目算が狂って頭から冷水を掛けられた気がした。

 てっきり彼女もここにいて囚われていると思っていた。だから、ここに直接来て、彼女を救出すれば問題が片付くと楽観視していた。


 このままメルシルンがいない場所に入りたくないが、ウィンリーナが来なければ、彼女の命の保証はなくなる恐れがある。人命救助が優先なので、勇気を振り絞って店の扉をノックした。

 すると、わずかに扉が開き、フードつきの茶マントをかぶった男が現れた。相手が何者なのか分からない。全神経を集中させて、いつでも魔法を使えるように警戒する。


「入れ」


 ウィンリーナを招き入れるので、おとなしくついていく。

 内装は飲食店のような造りだった。

 乱雑に散らかっている店内には、先ほどの男を含めて四人の男がいた。残りの三人は、いかにも下衆といった感じでニヤニヤと笑っている。格好も質素なものだ。


「座れ」


 フードの男からテーブル席を勧められたので着席する。どうやら彼が場を仕切っているようだ。


「あの、選考会は辞退したので、メルシルンを返してください。彼女はどこにいるんですか?」

「選考会が終わるまで、お前にはここにいてもらう。だから、おとなしくしてもらうために、これを付けてもらう」


 フードの男が、腕輪みたいなものを手に持っていた。


「それはなんですか?」


 何か嫌な予感がして、ウィンリーナは立ち上がってフードの男から距離をとる。


「指示に従わなければ、人質の女の命はないぞ」


 そう言われたら、男の命令に逆らえない。だが、本能は危険だと告げてくるので、必死に恐怖を抑える必要があった。


「本当に言うことを聞いたら、何もしませんか? 無事に帰してもらえますか?」

「ああ、選考会が中止になることが目的だから、命まではとらない」


 その男の言葉をひとまず信用することにした。

 ウィンリーナの左腕に腕輪をつけられる。ぎゅっと締め付けるように腕輪がフィットしたと思ったら、体から急に奪われるように力が抜けていく。立っていられず、床に座り込んでしまった。


「さっそく効いたな」


 男が嬉しそうな声を上げる。


「こ、この腕輪は、なんですか……?」


 ウィンリーナが激しい虚脱感と戦いながらも尋ねると、男は低く笑った。


「魔力を封じる魔法具だよ。黒目は強い魔力と聞いていたから効くのかと不安だったが、しっかり効いてくれて嬉しいよ」


 男の説明を聞いて納得である。確かに力が抜ける感覚がする。

 動くにも、とても億劫な感じだ。重しを全身につけられているようである。


「さて、魔法具は効いたことだし、おいお前たち、さっそく出番だぞ」


 フードの男が、三人の男たちに振り向く。


「やっとかよ」

「へへへ、本当にこの女を好きにしていいんですか?」


 三人のガラの悪そうな男たちがニヤニヤと品定めするようにウィンリーナを見下ろす。身の危険をヒシヒシと感じ、生理的な嫌悪感に襲われる。


「どういうことなの!? 何もしないって言ったじゃない!」


 嘘をつかれた悔しさで相手を責めると、フードの男はクククと不気味に笑った。


「馬鹿だな。俺が言ったのは命まではとらないだ。二度と殿下の妃候補にならないように女を汚せと命令を受けていたんだ。悪いな」


 ウィンリーナは恐怖でガタガタと震えだした。これから何をされるのか、詳しく聞かなくても分かっていた。


 わずかな距離をあっという間に男たちが詰めてくる。魔法を使おうにも力が抜けて魔力を制御できない。必死に腕を振り回して抵抗するが、男の一人に髪の毛をつかまれて、あっさりと床に押さえつけられる。毛を強く引っ張られた拍子にカツラが取れて、黒い髪が露わになった。


「おい! この女、髪が黒いぞ」


 髪の目立つ黒い色に怯んだのか、男たちの手が止まった。


「いや、止めて! 誰か助けて!」


 ウィンリーナが喉が枯れるくらい精いっぱい叫んだとき、突然大きな音を立てて何かが吹っ飛んだ。その板のようなものは壁に勢いよく衝突して、再び激しい音を立てる。


 男たちの手が止まり、一同は一斉に入り口側を見つめる。

 外から差し込む光を背景に一人の男が入ってきた。影になって顔まで見えない。


「おい、誰だ! 勝手に入るな!」

「誰か助けて!」


 男たちの仲間ではないみたいなので、ウィンリーナが侵入者に向かって咄嗟に叫んだ。すると、一瞬で男たちの体が壁に向かって吹き飛んだ。


 いや、一人だけ踏みとどまった者がいる。フードをかぶった男だ。彼の周囲に魔法で結界が作られている。無詠唱で魔法を使ったので、かなり腕利きの使い手だ。


「くそっ! 他言したらメイドを殺すといっただろう!」


 フードの男が恨めしそうに怒鳴る。

 侵入者が魔法で次々と攻撃するが、フードの男だけではなく、周囲にも攻撃していた。そのせいで、爆煙が上がり、店の中はボロボロだ。壁に大きな穴が開いている。

 フードの男は倒されたのだろうか。煙のせいで良く見えない。望遠魔法を使おうにも、腕輪のせいで魔法が使えなかった。


「リナ嬢、大丈夫か?」


 ウィンリーナに誰かが心配そうに声を掛けてくる。煙で姿は見えないが、聞き覚えのある声でそれが誰なのか、すぐに正体が分かった。


「フィル様ですか……?」


 彼が助けてくれたと気づいて、胸が高鳴るほど嬉しかった。逃げるようにフィルトの前から消えたのに、こうして心配してウィンリーナを追ってくれたのだ。


 ウィンリーナはゆっくりと上半身を起こして、声がしたほうを振り向いた。


「リナ嬢、無事か? すまない、遅くなって」

「いいえ、大丈夫です。フィル様、ありがとうございます」


 近づく足音が聞こえる。壁の空いた穴から風が吹いてきたとき、煙が消えて視界が急に開けた。


「フィル様……?」


 ウィンリーナは思わず息をのんだ。彼も同じように驚愕の顔でこちらを食い入るように見ている。


 彼の髪が、黒かった。

 そして、ウィンリーナの髪も、カツラがとれて黒かった。


「あの、フィル様、これは一体、どういうことなのでしょうか!?」


 頭が真っ白になって、ウィンリーナは何も考えられなくなった。

 一方で、フィルトは瞬時に膝をつくと、ウィンリーナの体をぎゅっと抱き寄せた。彼の深い安堵の呼吸を体で感じたとき、もう危険はないんだと、ウィンリーナは安心のあまりに泣きそうになった。

 ところが、彼はすぐに体を引き離すと、ウィンリーナの顔を真剣な顔で見据えてきた。


「すまない、詳しい話はあとだ。今は逃がした犯人を追跡したい。だから、リナ嬢の望遠魔法で是非犯人を追ってほしい」


 彼の懇願を聞いて、すぐに状況を理解した。

 フードの男が逃げたのだ。メルシルンのことも思い出し、すぐに緊張感が戻ってきた。


「それなら、腕輪を取ってもらえますか? これのせいで魔法が使えないんです」

「そうか」


 フィルトの魔法のおかげか、腕輪は急に締め付けを解き、鈍い音を立てて床に落下した。それをフィルトは素早く拾い上げる。腕輪がなくなり、体の調子はすっかり良くなった。慌てて立ち上がり、ウィンリーナはフィルトに手を引かれて、建物から大急ぎで移動する。外に出た途端、彼にいきなり抱き上げられる。


「きゃ!」

「すまない。きっとこの方が速いから」


 ウィンリーナの脇と膝の下に手を入れられて持ち上げられている。重くないのだろうか。

 ウィンリーナがフィルトの顔を見上げていると、彼のそばに魔力持ちの男が数人集まる。彼の仲間だろうか。


 妃候補が三人も一斉に辞退したのだ。何かしら事件性を疑って素早く行動してくれたのかもしれない。


「殿下、こっちです!」

「わかった」


 フィルトは示された方角に向かって走り出す。すごい速さだが、しっかりと彼が抱きしめているので、落下しそうな不安定さはない。


(今、殿下って呼ばれなかった?)


「リナ嬢は、フードをかぶった男を探して下さい」

「は、はい!」


 ウィンリーナは余計な思考を中断して目を瞑り、すぐに魔法に集中する。この望遠魔法は、目を開けては使いづらい。


 フィルトが進む先を狙って徐々に見える範囲を広げていく。すると、先ほど見かけたフードの男をすぐに捕捉した。周囲ののんびりした様子と比べて、男の様子は明らかにおかしいからだ。死に物狂いで、荒く呼吸をしながら、どこかに走り続けている。


「いました。どこかに走っています」

「目印を言って欲しい」


 見える情報をフィルトに伝えると、彼はさらに加速する。飛ぶような勢いで、明らかに人が走る速度ではない気がする。振動が凄まじく、速すぎて怖いので、ひたすら目と口を閉じていた。


 その間にフードの男は、大きな屋敷の前にたどり着いていた。門の鐘を鳴らし、急いで家人を呼び出している。


「男がどこかの屋敷に入るようです」

「ああ」


 同時にフィルトがピタリと立ち止まったので、ウィンリーナは何があったのかと目を開いた。


 すると、ウィンリーナは眺めの良い高層の建物の上にいて、目の前の豪邸を見下ろしていた。

 ちょうどフードの男を望遠の魔法で追っていたときに見た建物と同じだ。家人によって門が開けられて、フードの男が慌てて敷地の中に入っていく。


「あの男を捕まえないと! メルシルンがまだ人質として捕まっているんです!」

「そうか。なら、あの建物の中に人質がいるか調べてくれ」

「はい!」


 ウィンリーナは急いで望遠魔法を展開する。早く見つけないと、フードの男にメルシルンが殺されてしまうかもしれない。


「いました! 地下にいます!」

「じゃあ、行くぞ。突撃する」

「はい!」


 ウィンリーナは気合を入れて返事をする。


「お前たちは、フードの男を確保しろ」

「え?」


 振り向けば、フィルトの後ろに男たちがいた。いつの間にいたのか。ウィンリーナは全然気づいていなかった。


「じゃあ、行くよ」


 信じられないことにフィルトがウィンリーナを抱えたまま高い位置から飛び降りて地面に落下していく。

 もう本当に死ぬかと思った。

 怖すぎて思わずフィルトにぎゅっとしがみつく。彼が変な声を漏らして顔を真っ赤にさせていたが、ウィンリーナは必死過ぎて全く気づかなかった。


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