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姉に弱味を握られて隣国への密偵(スパイ)を押し付けられましたけど、全然向いてないので気に入られました。  作者: 藤谷 要


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第十九話 殿下の反省

 フィルトはウィンリーナを王宮内の部屋まで送り届けたあと、そのまま魔法研究所へ向かう。


 通常の通路は利用しない。屋外に出た途端、魔法で加速をつけ、屋根や壁を目にも止まらぬ速さで通過していく。

 あっという間に目的地にたどり着く。


 フィルトが研究所の建物の入り口の扉を通過し、まっすぐに所長室に向かう。

 部屋に入り、部屋に置かれた執務用のデスクセットに力尽きるように着席する。苛立ったように自分の茶髪を鷲掴みして、力を入れて引っ張ると、ブチっと嫌な音を立てて引きちぎるようにカツラがとれた。黒い癖のないショートボブの髪が、露わになる。

 重くため息をついて、乱雑にカツラを机の上に投げ捨てる。飛んでいったそれは端に置かれていたレタートレーにぶつかって止まった。


「殿下、失礼します」


 扉の向こうから、ノックとともに声を掛けられる。馴染みの声なので、誰なのか確認する必要がなかった。


「入れ」


 ぶっきらぼうに答えると、扉が開いて側近のゼロンが姿を見せた。

 彼は不機嫌そうな部屋の主人を見て、眉をひそめて怪訝そうな顔をする。


「殿下どうされましたか?」


 ゼロンはフィルトを殿下と呼び、部屋の中に躊躇なく入ってくる。その手には、書類の束が握られている。

 正式名称フィリアンクは、よれよれと弱った様子で頭を抱えて机に肘をつく。重苦しく息を吐いたあと、「もうだめだ」とこの世の終わりのような声を絞り出した。


「ああ、最悪だ。自分の無能さに吐き気がする」

「何があったんですか?」


 ゼロンは殿下の落ち込み具合に動じずに、尋ねながら持っていた書類をレタートレーに置いた。


「……彼女を泣かせてしまった。私の失言のせいで」

「それで、謝罪はされたんですか?」

「もちろんだ」

「でも、許してもらえなかったんですか?」

「そんなことはない。彼女は許してくれたとも。すぐに笑顔を浮かべてくれて、その後は問題なく食事にも行ったとも」


 美味しそうにモリモリ食べていた。見ていて気分がいい食べっぷりだった。彼女の姿を思い出すだけで、緊張したみたいに胸がドキドキする。


「では、もうすでに仲直りされたのなら、殿下がこれ以上落ち込む必要はないのでは?」

「そんなことはない!」


 クワっと噛みつくような勢いでフィリアンクが顔を上げた。


「嫌われていたら、どうするんだ! 女性を泣かせるなんて、そんな最低なことをしてしまったんだぞ!」


 そう叫んだあと、苦悶の表情を浮かべて、また頭を沈めるように下げていった。


「それでなくても、彼女には嘘をついているのに」


 罪悪感がフィリアンクを苛んでいた。


「……どうしてこんなことになってしまったんだ」


 後悔の念を吐き出すと、ゼロンが今さらそれを言うのかと呆れた顔をする。


「それは、殿下が選考会に不満を言うやつが出たら面倒くさいから、言い逃れできるように魔法の契約で縛ってしまおうと決めたからですよ」


 あらゆるトラブルを想定して、問題なく選考会に挑んだはずだった。

 フィリアンク自身に直接落とされたら女性も傷つくだろうと、側近を審査員として代理に立てた。

 審査に不正があると言われないために魔法の契約で身の潔白を証明できるようにした。

 フィリアンク自身は、側近の一人として振る舞い、最終選考までは身分を偽ることにした。


「ううう……。まさか自分好みの女性が現れるなんて、全く想定していなかったんだ」


 黒髪でも構わないと言ってくれる女性の中で、嫌いなタイプでなければ、誰でもいいかと低テンションで挑んだ結果がこれである。

 まさか黒目の乙女が現れるとは思ってもみなかったのである。興味本位で彼女に会いに行き、一目で恋に落ちた。本当ならそこで選考会は止めたかったが、魔法の契約を行った以上、もうフィリアンクの一存で中止にはできなかった。


 一回目の選考会は、他人を見下す女性を省いた。黒髪を理由に散々疎まれたので、理由があれば相手を叩く人は論外だった。

 二回目の選考会では、自分の意見を言える女性を選んだ。フィリアンクは仕事柄、色々と意見を出し合える相手が好ましかった。


「でも、選考会があったからこそ、見た目に惑わされず相手の人柄が客観的に判断できて良かったのではないでしょうか」


 最終選考に残った女性は三人だ。

 王子という客観的な視点で彼女たちを審査しようと考えていた。


 8番の黒髪の女性は、見た目は可愛らしいが、残念ながら元庶民という生い立ちを考慮しても思慮が物足りなく感じていた。妃とするには、現状では教育不足で、色々と問題がある。


 4番の女性は、人柄的には問題ないが、実はフィリアンクと魔力の釣り合いがギリギリだ。結婚しても子ができるか不安があった。フィリアンクは子がなくとも気にしないが、王子の妃としては彼女が将来苦しめられる恐れがある。最初の書類選考で彼女を残したのは、保険のためであった。初めに絞りすぎて、選考で誰も残らなかったら失敗に終わってしまう恐れがあった。


 10番の女性リナ嬢は、魔力の釣り合いも良く、人柄も好ましい。知識も申し分ない。彼女を知れば知るほど、彼女の優秀さが伝わってくる。


 あの瞳を隠すような前髪から察するに、彼女は故郷で黒目を疎まれていたはずだ。着古したドレスを使用していた一方で、教育はしっかりと受けているように感じる。

 今回、リナ嬢を怒らせてしまったが、そのお陰ではっきりとわかったことがある。

 彼女は両親と祖国を愛している。でも、両親以外の誰かが彼女を迫害していたのだろう。だから両親は彼女の境遇に同情して、アグニスからスーリアに出したのでは。彼女の高い魔力に本人も周囲も気づかないまま。

 そう感じ取っていた。


「たしかに、そうだね。でも、身分を偽ったまま接するのは、心苦しい」


 すでに一度フィリアンクはウィンリーナに自分の正体を話そうとして、魔法が発動していた。顔を怪我したのは、そのためである。


「次に会うときに名前をやっと名乗れるではありませんか。もうしばらくの辛抱ですよ」

「う、うん……」

「そうそう、あと半時はんときで陛下との会議があるので、この資料にも目を通しておいてくださいね」

「う、うん……?」


 弱音を吐いていたはずなのに、気づいたら仕事の話になっている。でも、愚痴を聞いてもらったおかげで、気分は前より上昇していた。


「いつもすまないな。世話をかける」


 選考会では彼を矢面に立たせてしまったので、本人のフィリアンク以上に気苦労をかけさせている。


「いえいえ。殿下が無事婚約されたら、次は私どもの番ですので」

「選考会を開くなら任せておけ」


 フィリアンクの返答にゼロンは苦笑する。


「さて、殿下。着替えもあるので、お急ぎください」

「ああ」


 言われたとおりに書類に手を伸ばす。そもそも無理なスケジュールを立てたのはフィリアンク自身なので、一息つく時間がないのは仕方がなかった。




 その後、予定どおりフィリアンクは会議に義務として参加していた。

 王子らしく身なりを整えて、高官たちと顔を並べている。長いテーブルに高官たちと向かい合うように着席している。研究に没頭したいところだが、王子として国の内情を知らないのは問題なので、陛下に参加を命じられ、いつも嫌々出席している。


 議長の司会により、議題が提示され、議論が交わされる。結論が出る場合もあれば、調査が必要となり、次の会議に話題が持ち越される場合もある。


 興味がない話題が多いので、フィリアンクはいつも黙って聞いているだけだ。話しかけられたこともない。


「次は軍事問題です。終戦後も警戒のために北東部国境付近に常駐していた第三部隊ですが、状況が安定してきたと報告があるため、現地から撤退は可能だと報告が上がっています」


 軍司令官より報告がなされ、最終確認が行われている。


「だが、軍が駐在しているからこそ威圧となり、抑えられているのではないか?」

「そうだ。まだ撤退は早いのではないか?」

「ですが、徴兵により、農地を離れた者が多くおります。働き手が減っているので、考慮しなくてはなりません」


 次々と他の高官から懸念事項が出てくるが、最善な解決案が出てこないので、話は決まる気配はない。


 早く終わって欲しい。軍隊が撤退しようが、滞在しようが、特にフィリアンクは関係ない。戦争になったら再び駆り出されるだけだ。そう思っていた。

 最後の選考会がもうすぐあるから、その前にリナ嬢にまた会えたらと願っていた。

 慰めるためとはいえ、彼女を抱きしめたとき、良い匂いと感触がして、手を離すのが名残惜しかった。

 いつもなら魔法具で魔力を測定してデータをとることを最優先するのに。

 それよりも彼女との会話が楽しいと思ってしまった。デートを優先したのも、お礼の約束をなによりも果たしたかったから。

 研究のデータとして記録が残せる絶好の機会を逃してまで。

 今まで研究をなによりも優先してきたフィリアンクにとって、ありえない行動の選択だった。


「陛下、このまま現状維持で、軍隊を駐在させますか?」


 最終確認でフィリアンクはふと思い出した。ちょうど選考会でリナ嬢が同じ話題を出していたことを。


 彼女は撤退させた方がいいと言っていた。聞いたとき、なるほどと感心した記憶がある。せっかくなので、試しに彼女の意見を試してみることにした。


「他国も我が国と同じように農業に専念したいと考えるはずです。もし、他国が軍隊を維持するなら、不足分の食料をどこからか調達する必要があります。輸入や輸送などのやりとりがなければ警戒する必要はないのでは?」


 フィリアンクがほんの好奇心から発言すると、一同が一斉に彼のほうを振り向いた。


「今、フィリアンク殿下が発言されたのですか?」


 高官の一人が、珍しいものを見るような目をしながら尋ねてくる。


「そうですが、何か?」

「いえ、殿下は撤退したほうが良いとお考えだったんですね」

「ええ、監視は必要ですが」

「なるほど。他国の注目すべき点が明瞭なら、縮小の選択肢も可能になります。どうなさいますか陛下」


 意見が出そろったあとは、女王陛下の決定を待つばかりだ。

 上座にいる陛下は、ゆっくりと口を開いた。


「軍は一部を残し、縮小しましょう」


 会議が終わり、陛下が退室する際にフィリアンクに声を掛ける。


「フィル、今日は珍しいわね。あなたが発言するなんて。いつもつまらなそうに座っているだけなのに」


 母である陛下が面白そうに笑っている。


「いえ、たまたま妃候補の一人が、そう申していただけです。一理あったので、参考までに話してみました」

「まぁ、なかなか見込みのある子が選考会で残っているみたいね。建国祭までには決まりそうなの?」

「ええ、その予定で選考会を進めております」


 フィリアンクがそう答えると、陛下は満足そうにうなずき、去っていった。それを見送りながら、今さらになって発言の重大さに気づく。


 リナ嬢の意見があっさりと通ってしまった。高官たちだけではなく、陛下までも一瞬で納得させるだけの提案だったということだ。


 もしかして、小麦の価格下落についても、彼女の意見を伝えれば良かっただろうか。


 どうしてリナ嬢のような聡明な女性をアグニス国は手放したのか、フィリアンクは本当に理解できなかった。


 こうしてウィンリーナの知らないところで、彼女が考えた悪女的な謀略が、実際にはスーリア国内の問題解決に貢献し、勝手に彼女の評価が上がる結果となっていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ウィンリーナは、いじわるなナーセルンの支配から早めに脱出出来て、そして話が進むにつれてナーセルンの綻びが見えてきたので、読むのが辛いと思うことなく、楽しく読めました! 第十九話で、フィルト…
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