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姉に弱味を握られて隣国への密偵(スパイ)を押し付けられましたけど、全然向いてないので気に入られました。  作者: 藤谷 要


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第十六話 ルヒンキー侯爵家令嬢の抗議

 ウィンリーナはパンッと自分の頬を気合を入れるために叩いた。

 今日はいよいよ二回目の選考会だ。

 とうとう人数は五人にまで減っている。選考を通過するためには、さらに難度が上がるだろう。

 一体どんな問題が待っているのか不安だったが、何も対策はできないので、良く食べて良く寝て健康的に過ごした。

 つまり、何もしていない。

 唯一、殿下の論文を読了したくらいだ。

 髪の色が同じ場合、瞳の色が上位色のほうが魔力が強いと書かれていた。

 すると、黒髪碧眼の殿下や金髪碧眼の姉より、黒髪黒目のウィンリーナのほうが魔力が強いことになる。


(でも、そんなこと、すぐに信じられないわ――)


 アグニス国であれほど最高色を崇められていたのは、魔力が強いからである。それゆえに強い結界を自分の領地に張れるので、魔物の脅威は著しく低くなる。それほど貴重な存在なのだ。


 フィルトが魔法具で魔力を測定してくれると言っていたので、きっとそれで確認できるはずである。


「さぁ、リナ様。ついに時間になりましたよ。行きましょうか」

「分かったわ」


 アニスが声を掛けてくれたので、ウィンリーナは椅子から立ち上がり、部屋を出た。


 前回と同じ選考会場に案内されて向かうと、なにやら入り口で騒がしかった。

 金髪の女性が殿下の部下たちに食って掛かっていた。

 以前、ルヒンキー侯爵家と名乗って落選を抗議していた令嬢だ。


(ルヒンキー侯爵家? もしかして、メルシルンが言っていた例の家と同じかしら?)


 メルシルンの姉は、侯爵令嬢に呼ばれて仕事で屋敷に出向いて襲われたのだ。凶悪な行為に手を貸したのは、この令嬢なのだろうか。そう考えただけで背筋が思わず寒くなった。


 入り口に侯爵令嬢が侍女を引き連れて立ち塞がっているので、ウィンリーナは中に入れず廊下で立ち往生だ。つい盗み聞きする気はなくとも、彼女たちの会話が聞こえてくる。


「前回の選考会の結果には納得できません。別の審査で再選考してください」


 令嬢が堂々と要求を口にしている。それを殿下の側近ゼロンが真正面から対応していた。彼の背後にはフィルトもいた。ウィンリーナに気づいたらしく、目線をこちらに向けて一瞬笑顔を浮かべる。


「結果に変更はございません。お帰りいただけますか」

「あなた、なんの権利があって、わたくしの言葉を軽んじるの!」


 ゼロンが全く動じないので、ついに令嬢が切れた。


「私は殿下に今回の選考会の全ての権限を委任されております。つまり、今回の選考会での私の決定は殿下のご意志と同じです。また、殿下も選考の決定に変更はないとおっしゃられておりました。ご理解いただけましたか?」

「殿下ご本人を出してもらえないと、納得できませんわ!」


 話が通じなくてゼロンは困ったのか眉をひそめた。すると、隣にいたフィルトが一歩前に出た。


「お帰りください。衛兵を呼びますよ」

「無礼な! ルヒンキー侯爵家の娘であるわたくしを軽んじるなんて、あとで後悔しても知らないわよ!」


 令嬢はフィルトにも威嚇するように責め立てる。


「殿下の決定をこれ以上無視されるなら、無礼ととりますがよろしいのですね?」


 フィルトにとどめの台詞を吐かれたあと、侯爵令嬢は何も言い返せなくなったようだ。彼女が悔しそうな顔をして側近たちから顔を背けたとき、運悪くウィンリーナは彼女と目が合ってしまった。頭のてっぺんからつま先まで見定めるようにウィンリーナは瞬時に観察された。

 それから射殺すような勢いで睨まれる。


「こんな下級貴族風情が残って、わたくしが帰されるなんて、許されないわ。黒色がまだ不吉と考える人もいる中では、わたくしの実家の援助が必要なのではないかしら?」


 ウィンリーナの身なりから、だいたいの階級が推測できたみたいだ。


「五年前、デビュタントのときに殿下に対して魔力が合わないとおっしゃられて断られたのは、あなたでしょう。私も殿下とご一緒していたので、よく覚えておりますよ」


 ゼロンの言葉に侯爵令嬢は血相を変えて慌て出した。


「あれは、あのとき殿下の黒い髪が、魔力が強い証拠だと知らなかったからですわ。それにわたくしの家では、現在そんな魔力の相性など関係がなくなる魔法具を開発しておりますのよ。けれども、このような心ない対応をされては、王家とのお付き合いについてお父様に考え直していただいた方がいいですわね」


 侯爵令嬢はついに脅しを口にしていた。


「それは、あなたの一存で、王家との取引を止めると?」


 フィルトが不快そうに眉をひそめる。すると、侯爵令嬢は少し怯んだような様子を見せた。もしかして親の威光を利用しただけなのかもしれない。


「お、お父様も同じようにお考えですわ。よくお考えになってくださいませ」


 そう侯爵令嬢は吐き捨てると、フィルトたちから離れていく。

 ウィンリーナの横を通り過ぎるとき、なぜか彼女は立ち止まり、こちらを鋭い眼差しで見つめる。


「あなたが噂の黒い目の方ですのね。あなたみたいな下級貴族が殿下と釣り合うとでも思っているの? 最近色々と物騒ですもの。平穏に過ごしたければ、早々に辞退されたほうがいいと思いますわ」


 黒い目がもう噂になっているなんて情報が早い。昨日のお食事会での会話がもう漏れている。


 しかも、殿下への説得が難しそうだと判断したのか、今度は妃候補を脅しに来るとは。

 ウィンリーナが怯えて言いなりになると確信しているのか、彼女は余裕の笑みを浮かべていた。


 相手の思惑どおりにさせてたまるかと、思わず後退りしそうな足を踏ん張って屈しないように頑張った。


「お気遣い、ありがとうございます。でも、辞退する気はありません」


 任務を放棄して実家に帰るという選択肢はなかった。

 どんな攻撃が仕掛けられようとも防ぐ気でいた。皮肉なことに姉のおかげで、こんな脅しには慣れっこだ。

 そう考えて、なんとか相手の威圧から耐え切った。


 侯爵令嬢は返答を聞いた途端、目を吊り上げて睨みつけてきた。


「……後悔しても知りませんわよ?」


 歯ぎしりが聞こえそうなほど、凶悪な顔を向けられたが、彼女はすぐに何事もなかったように表情を戻して静かに去っていった。


 さすがに他に人目があるところでは、仕掛ける気はないようだ。

 ウィンリーナは彼女たちが消えるまで、つい後ろ姿を見つめてしまった。

 今頃、ブルブルと体に震えが来る。


「申し訳ございません。こちらの不手際でご不快な思いをさせてしまいましたね」


 いつの間にかフィルトが側にいて、心配そうな顔をしていた。


「わたくしは大丈夫ですよ。お気になさらないでください」

「何かありましたら、必ずご相談ください」

「はい」


 あまりにもフィルトが思い詰めたように真顔だったので、素直に返事するしかなかった。


 フィルトの反応といい、メルシルンの話といい、あの侯爵家はかなり危険そうだ。しばらく用心しようと、心に留めておいた。



※※※※※



 

 ルヒンキー侯爵家令嬢ルトビアは、激しく憤っていた。

 自分こそ殿下の妃にふさわしいと考えていた。家柄はおそらく応募者の中で一番上。選考で出された質問にも全部正しく回答していたと考えていた。

 実際には最後の回答は間違っていたが、それに気づかず自信に溢れていた。


 容姿も家柄も問題なく、落とされる理由が全然ないと思い込んでいた。その他人を見下して自己肯定する思考を殿下が嫌悪しているとは知らずに。


 殿下の側近は、魔法の契約であらかじめ選考基準を決めていたというが、あれはきっと嘘だと疑っていた。そうでなければ、落とされるわけがないと。


(たぶん、殿下は逆恨みしているのよ。先ほど側近も言っていたわ。殿下はデビュタントでわたくしが誘いを断ったことをずっと根に持っている。でも、誤解だと説明したのだから、潔く理解するべきだわ)


 そう考えて、全く諦める気はなかった。

 父は王家との姻戚関係を望んでいる。だから、なんとしてでも、殿下を説得しなければならない。家柄や容姿に問題がないのだから、選ばれなければルトビア自身に問題があることになってしまう。

 父は無能や役立たずには厳しい。殿下の妃になれなければ、家での立場はなくなる。そうでなくても、優秀な他の兄姉たちと比べて、ルトビアはいまいち家のために役立っていない。魔力はあったが、魔法具の製造に適性がなかった。複雑な制御装置の構造を理解できなかった。


「魔力と血筋は優秀なのだ。せめて王家との政略結婚で当家に貢献するのだ」


 そう父に命じられていた。

 なんとしても殿下を説得したかったが、選考会にすら現れない殿下を説得できない。

 侯爵家の名前で抗議の手紙を送っても、送り返される始末だ。選考に関する問い合わせは受け付けないと、あらかじめ応募要項に記載してあると説明され、魔法の契約まで盾にされた。殿下の用意周到さに苛立ったくらいだ。


 もう打つ手はない。でも、絶対に諦めるわけにはいかなかった。

 ルトビアはどうすればいいのか悩んでいたが、帰り際に下級貴族の令嬢を見て、すぐに解決の糸口が見えた。


(そうよ。下級貴族娘なんか、ちょっと脅せば逃げるわよね)


 ルトビアの口元に黒い笑みが浮かぶ。

 屋敷に帰ったあと、ルトビアはさっそく家人に命じた。


「彼女に来るように連絡してちょうだい。また選考の様子を教えてもらわなくちゃ」


 第一回目の選考会に残った令嬢を調べ上げて接触していた。侯爵家より下位の貴族が逆らえるわけがない。少しだけ威圧すれば、簡単に情報を提供してくれた。

 そのおかげで、黒髪だけではなく黒目の女性がいることを知った。


 今回の第二回目の選考会の様子も教えてくれるに違いない。

 その情報を元に妃候補の女性に選考会から辞退するように働きかけるのだ。そうすれば、誰も妃に選ばれなくなり、結果としてルトビアが再び妃候補として浮上することになるだろう。

 それはとても良い案だと感じ、ルトビアは再び安堵して自信を取り戻すことができた。


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