第十四話 盗賊の取り調べ
スーリア国の魔法研究所では、魔法具の管理も管轄となっている。所長室でフィリアンクが部下から報告を受けていた。
「殿下。盗賊から聞き出した魔法具の売人を捕えまして自白剤を用いましたところ、突然死亡しました」
「またか」
フィリアンクは物憂げに碧眼を伏せると、ため息をついた。持っていたペンを執務用の机に置き、前に立つ部下を見上げる。
「はい、また魔法の契約で殺されました」
売人は魔法具を誰かから仕入れた。その仕入先を聞き出そうとして、魔法の契約で始末されてしまった。
魔法具の売買は厳しい規制がかけられている。技術を盗まれることを防ぐため、国外に持ち出すことも禁止している。だが、誰かが細かい網の目を潜り抜けるように規則を破って魔法具を勝手に売り出している。金払いがよく、魔法具を欲している悪い連中ばかりに。
「人を殺せるほどの強い魔力。高位の貴族であることは間違いないな。だが、なかなか尻尾がつかめない」
契約で売主の名前を口外しないように禁止したのだろう。相手が用心深すぎた。
もっとも疑わしい高位の貴族は、ルヒンキー侯爵家だ。前々から怪しい噂が流れているだけではなく、この国で一番魔法具の製造に関わっている。
目星をつけて人の動きを見張っても、相手が用心深いせいか、直接やり取りしている現場を押さえられない。
ようやく容疑者を逮捕しても、直接侯爵家とは関わりのない外部の人間で、しかも口封じされる始末。
(せめて、侯爵家の人間を取り調べできれば、情報を聞き出せるのにな)
歯がゆいばかりだった。
王家でもあの家には強気には出られない。魔法具の一切の取引を侯爵家から断られたら、困るのは王家だからだ。有力者である侯爵家に追随している貴族も多い。あの派閥を敵に回したら厄介だった。
「領内でも我々の耳にまで報告がなかなか届かないので、途中で握り潰されている恐れもあります」
今回はたまたま護衛中に襲われたため、犯人たちを捕らえられたが、背後関係を追えないのは痛手だった。
盗賊が出るとは聞いていたが、まさか本当に襲われるとは。それほど治安が悪化しているようだ。早く解決したいと焦っていた。
国の安寧を損ねる犯罪行為を野放しにはできない。
「そういえば、あの侯爵家から妃の選考会の件で苦情の手紙があったそうだな」
「はい。殿下だけではなく王家のためにも侯爵家との縁組は重要だと書かれておりました」
フィリアンクは黒い柳眉をしかめた。その相手の言い分は遠回しな脅しにも聞こえたからだ。
「選考に関する問い合わせやご意見は受け付けないと回答しましたが、問題ございませんか?」
「ああ、全く問題ない。選考会の応募要項に選考の結果によっては落選する場合があるから、ご不快に感じる場合は応募を取り止めてくださいとまで念のために書いたのにな。理解できない者がいるんだな」
「自分の思うとおりにできると過信しているのでしょう」
フィリアンクはあの令嬢とは同い年だったため、デビュタントのときに会ったことがあったが、黒髪を理由にダンスさえ断っていた女だった。ところが、兄との縁組に望みが絶たれた途端、フィリアンクに猛アピールしてきた。王族と縁ができれば誰でも良かったらしい。
黒髪を理由に結婚すら諦めていたフィリアンクだが、あの女だけは嫌だと思っていた。
「あの令嬢は、私と同じ二十歳だろう。そろそろ行き遅れに突入するのに今まで未婚だったとは、相当王族に執着しているな」
「殿下もあの選考会の場にいらっしゃったというのに気づかれていませんでしたね。殿下の身分しか興味がないのでしょうね」
応える部下もあの侯爵家の令嬢に対しては辛口だ。
横流ししている魔法具の件といい、侯爵家の振る舞いは目に余り過ぎる。
「早くあの家の鼻っ面をへし折りたいものだ」
苦々しくフィリアンクが呟くと、同意するように部下が深くうなずいていた。
憂鬱な気分だったので、仕事をする気にもなれず、机の上に置かれていた書類に手を伸ばした。
表紙には「アグニス国報告書」と書かれている。フィリアンクが側近に頼んで作成してもらったものだ。
ページをめくると、アグニスについて書かれていた。スーリア国の東側に位置する小国で、山に囲まれた盆地で生活している。
古くからある一族で、スーリアと違い、王族同士での婚姻で魔力を継いでいる。国境付近で魔物発生が多く、しかも災害級の魔物も出やすいため、他国との交流はほとんどなかったが、今の国王の代になってから、細々と行商人を招き入れるようになったようだ。
封鎖的な国で、黒色はどのように扱われていたのだろうか。
アグニス国から来た彼女の姿を脳裏に思い浮かべたおかげで、苛立った気持ちが少し和らいだ気がした。
彼女の大きな黒目がちな瞳はとても印象的で、翳りのない宝石のような輝きを発していた。まるで夜空に輝く星のように。
鼻筋はきれいに通ってバランスがよく、艶のある唇は真っ赤な果実のように愛らしい。
白く透き通った肌はきめが細かく、赤く染まった頬がとても可愛らしい。
彼女の純真な笑顔を思い出すだけで、胸がきゅっと締め付けられる。
「はぁ、会いたいな……」
思わず気持ちが口から漏れていた。




