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姉に弱味を握られて隣国への密偵(スパイ)を押し付けられましたけど、全然向いてないので気に入られました。  作者: 藤谷 要


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第十三話 貴族嫌いの侍女。

 ウィンリーナは滞在先の王宮に戻った後、二人の侍女から報告を受ける。

 ソファに腰をかけ、メルシルンから渡された報告書をめくる。

 メルシルンの働きはとても素晴らしかった。彼女には妃候補たちを直接確認してもらったのだ。わざわざ店の付近で待機してもらって。


 女性たちの容姿と、メルシルンが持つ貴族の未婚の令嬢情報を照らし合わせて、おおよその目星をつけてくれた。


 4番の女性は伯爵家の三女だったようだ。

 8番の女性は、予想どおり平民だったようだ。突然の変色で、侯爵家の養子となり、境遇が変わったようだ。彼女なりに大変だったのだろう。


 メルシルンが集めてくれた殿下の情報も、本日令嬢たちの会話で得た内容と同じだった。

 夜会に出席せず、研究室にこもっている。顔は美形らしい。死神の名前の由来も魔法の凄まじさが理由で、特に残酷な人ではなさそうだ。


 でも、スーリア国に仕えている人間が殿下を悪く言いにくい点を考慮に入れると、安心はまだ早い気がした。


 それに、周辺国が侵略されたのは事実だ。無茶な要求をされて従属を求められる恐れもある。

 引き続き、油断せずに任務を続行しようと気合を入れる。


「それから、セングレー卿についてですが、彼は子爵家の者のようです。ですが、申し訳ないことにフィルト様については私では確認できませんでした」


 メルシルンが立ったまま、両手を胸の前できつく握り、とても無念そうにしている。彼女のプライドをかけて調べた上の結果だったようだが、上手く結果が出なくて悔しそうだ。


「気にしないでメルシルン。殿下の側近だから、もしかしたら詳しい素性を隠しているのかもしれないわ」


 もしかしたら、もっと上の爵位を持つ家の嫡男か、分家筋かもしれない。上位の貴族の当主は、爵位を複数持つこともあるので、状況によって家族に与えることがある。

 彼の瞳の色は碧眼だった。上位貴族の可能性が高い。


「一番気になっていたのは、殿下と妃候補の情報だったから、とても助かりました。褒美を差し上げます」


 アニス経由でお金を渡すと、彼女は顔色を歓喜に変えた。


「こんなにもらって良かったんですか?」


 メルシルンは手のひらの硬貨とウィンリーナを交互に見つめる。


「ええ、とても助かりましたから」


 笑顔で答えると、メルシルンも満足そうに目を細めた。でも、すぐに気まずそうに顔を伏せた。


「……でも、今まであんな態度をとったのに、なぜ私を信用して取引をしてくれたんですか?」


「そうね。ただの失礼な人だったら、わたくしもあなたを見限っていたかもしれない。でも、あなたは今までも立派に仕事をしてくれたわ。だから、もっと信頼関係が築けたら嬉しいなって思ったの。貴族としてではなく、一個人としてわたくしを見て、嫌うなら嫌って欲しいなって思ったの」


 そう正直に伝えると、メルシルンは驚いたように目を見開いた。動揺したように表情を震わせ、次の瞬間には泣きそうな顔をした。


「お嬢様は私が知る貴族とは違ったようです。これまでの言動を謝罪します。申し訳ございませんでした」


 頭を深く下げるメルシルンの声は震えていた。


「ええ、許します。でも、どうしてそんなに貴族を嫌うの? もし、あなたさえ良かったら、教えて欲しいの」

「はい、全てお話します」


 メルシルンは全て話してくれた。彼女の姉のことを。


 メルシルンには姉がいた。生まれつき魔力持ちで、色が赤毛だった。メルシルンの家は長く続く裕福な商家だったので、先祖に下級貴族が嫁いで来たこともあり、魔力持ちが生まれやすかった。

 姉は穏やかな性格で見目も美しいので、多くの人に好かれていた。メルシルンにとって自慢の姉だった。

 だから、幼馴染だった男爵家嫡男と姉の婚約は、なんの障害もなく円満に決まった。


「あの方に嫁ぐのが、昔から夢だったの」


 姉は指折り結婚の日を待ち望んでいた。だが式の数日前、悲劇は起こった。顧客の一人であるルヒンキー侯爵家の令嬢に呼ばれて姉が仕事で伺ったとき、侯爵家の嫡男に襲われてしまい、貞操を汚されてしまったのだ。


 前からその男が姉を気に入っていたのは皆が知るところだったが、愛妾に誘われようと、既に婚約していると、キッパリと断っていた。まさかそのような非道な真似をするとは誰も思ってもいなかった。


「あの女が誘ってきたのだ。手をつけてしまった以上、責任を取って愛妾にしてやる。感謝しろ」


 被害者顔をされてしまえば、貴族相手に文句は言えない。証拠がなければ、不敬罪や侮辱罪で訴えられてしまう。裕福とは言え、ただの商家の親は何も出来ず泣き寝入りしかできなかった。


 姉は侯爵家に囚われて、実家に帰ることすら許されなかった。たまに同性であるメルシルンが面会を許されたが、姉は見るからに痩せ細っていた。表情に正気はなく、絶望の中にいた。


「姉さん、大好きよ。また、会いに来るわ」


 そう言って励ますことしかできなかった。

 だが、数年後、姉は首を括って自ら命を絶ってしまった。元婚約者が別の女性と結婚した数日後だった。


「あの男が結婚したと知った途端に死ぬなんて、なんて女だ! 私への侮辱だ! 早く死体を引き取ってくれ!」


 あの男はメルシルンの実家に文句を言い、自死で部屋を汚したと、賠償金まで要求してきた。

 反吐は出そうな相手でも、貴族には逆らえない。しかも、両親は姉の埋葬が終わったあと、姉の話を全くしなくなった。

 復讐したいと願うメルシルンを叱り、姉の話をするなと、姉の存在ごと家から消してしまった。まるで、何事もなかったかのように。

 そんな実家に居づらくなり、メルシルンは家を出たいと申し出て、王都から遠い知り合いの男爵家に預けられた。


「男爵家のご夫婦の良い人柄を知っていたので、穏やかに過ごしていたんです。でも、殿下の妃になるためにお嬢様がやってきたとき、身分狙いの腹黒な令嬢が来たと思い込んでしまい、姉のことを思い出すと許せなくて、色々とひどいことを言いました。本当に申し訳ございません」


 メルシルンは目に涙を溜めながら、再び頭を下げて詫び続けていた。

 ウィンリーナは彼女の胸中を想像するだけで胸が張り裂けそうだった。ソファから立ち上がり、メルシルンに近づき、彼女をぎゅっと抱きしめる。


「お姉様、可哀そうでしたね。メルシルンも辛かったですね」


 そう優しく声を掛けると、メルシルンは我慢しきれなくなったのか、嗚咽をもらして泣き出していた。

 本当に可哀想に。我がことのように非道な侯爵家に恨みを感じずにはいられなかった。

 ウィンリーナは、彼女が泣き止むまで、ずっと抱きしめ続けた。


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