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姉に弱味を握られて隣国への密偵(スパイ)を押し付けられましたけど、全然向いてないので気に入られました。  作者: 藤谷 要


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第九話 アクセサリーはご遠慮します。

 ベッドの寝心地は最高だった。フカフカの掛け布団は羽毛で、とても軽くて快適な温度だった。

 ウィンリーナは朝早く起きて、さっそく気になっていた殿下の論文に目を通す。

 ベッドに座ってページをめくる。

 人間の黒色は、魔力が高いものに現れると最初に結論が書かれていた。

 魔物は自然から溢れる魔力が元になっており、魔力の色である黒をまとって現れる。百年ごとに魔力が強まる時期が周期的に繰り返されて、魔物が増えると同時に人間にも黒い色を持つ者が生まれているらしい。国に保管されていた古い文献を調べて、魔物の被害と黒い人間の出現の痕跡を一つずつ調べていったようだ。


「すごい……」


 口から思わず感嘆の声が漏れていた。殿下自身も黒髪なので、ずっと不吉だと恐れられていたはずだ。

 でも、殿下はそんな環境の中、コツコツと証拠を集めて、それを論文にまとめ上げるまで研究に心血を注いでいた。

 ウィンリーナはただ耐え忍ぶことしかできなかったのに。

 殿下の論文のおかげで、黒目であるにもかかわらず、男爵夫人に温かく歓迎された。それだけではない。


『夜空に浮かぶ星のように美しいですね』


 嫌われまくった黒い瞳に対して、こんな素敵な言葉までもらえた。

 思い出すだけで、キラキラと宝石のように気持ちが輝く。とても大切な宝ものになっている。


 殿下は死神と恐れられていても、こんな功績を残せる素晴らしい一面を持っている。この論文のおかげで気づくことができた。


 彼は自分の道を自ら切り開いた。この論文はウィンリーナにとっては奇跡の書物だ。故郷にも知らせたい。そう強く願うほどだった。


 殿下は人間の色と魔力の関係についても詳しく調べていた。千人ぐらいの髪と目の色を調べたようだ。どんなことが書かれているのだろう。期待を込めて読もうとページをめくる。


「リナ様、朝ごはんのご用意ができました」

「ええ、今行くわ」


 アニスに声を掛けられて、途中で残念だが論文をすぐに閉じた。ベッド側のテーブルに本を置いておく。続きは朝食が終わってからだ。


 出された朝食は素晴らしいものだった。ウィンリーナの好みが分からないからか、様々な料理が少しずつ皿に盛られて用意されている。

 感動したのもあるが、体力をつけるためにウィンリーナはモリモリとたくさん食べた。食欲が戻っていたのも幸いだった。


 こんなに豪華な食事はアグニス国で経験したことがない。ウィンリーナがいると嫌がる人が多かったので、夜会には積極的に出なかった。公式な行事には王女として出席するが、いつもすぐに下がっていた。


「えっ、フィル様からお手紙が?」


 食事後にメイドが手紙を差し出してきた。

 そこには昼前に会いたいと簡潔に書かれていた。彼はウィンリーナの担当だと言っていたので、会わない理由はない。


「フィル様に了解の返事を出してください」

「はい、かしこまりました」


 命じられたメイドは、すぐに下がっていった。


 それから新しいドレスに着替える。普段よりも念入りに身支度を整えていたら、あっという間に約束の時間になり、フィルトが会いにきてくれた。従者らしき人まで連れている。


「わざわざお越しくださり、ありがとうございます」


 ウィンリーナが丁寧に挨拶すると、彼は瞬きをしながら、じっとこちらを見つめて固まっていた。


「どうされましたか?」


 フィルトの反応に戸惑って、ウィンリーナが尋ねると、彼は照れくさそうに笑う。


「いえ、リナ嬢がとても綺麗で、びっくりしたんです」

「あ、ありがとうございます」


 ウィンリーナは褒められるとは思ってもみなかったので、嬉しすぎて顔が熱くなっていた。きっと赤くなっている。

 今まで喪服みたいに地味な服だったから、印象がだいぶ違うのだろう。

 今日の格好は、明るい黄色の少し襟が広いドレスだ。レースも使われているので、華やかさが違う。既製品だけど、サイズが合っていてよかった。少し胸が苦しくウエスト部分が少し余っているくらいだ。首元に久しぶりにネックレスもつけている。

 髪型もアニスが時間をかけてトップを編み込んでくれた。カールをかけていつもよりオシャレになっている。

 化粧もして、目鼻立ちがはっきりしていた。自分でもずいぶん大人っぽく変わったと思っていた。


「今日の格好が、好印象で良かったです」

「あっ誤解のないように言いますが、以前のリナ様だって、とても可愛らしかったですよ!」

「フィル様にそうおっしゃっていただけて、こ、光栄です……」


 顔から湯気が出そうな勢いだ。殿下の妃候補に可愛いだなんて、お世辞に決まっているが、こんなハンサムな人に顔を赤らめて言われると勘違いしそうになる。


「と、ところで、何かご用でしょうか?」


 恥ずかしすぎたので、慌てて話題を変えた。


「はい、お礼の品をお持ちしたんです。よろしかったらお受け取りください」


 フィルトが従者に目配せすると、彼は箱をこちらに差し出してきた。片手で受け取れるくらいの長方形の箱である。


「アニス」


 ウィンリーナが声を掛けると彼女は受け取り、箱を開けて中身を見せてくる。


「まぁ、髪飾りですか?」

「はい、気に入ってくださると嬉しいです」


 草花をモチーフにしたものだ。花を白い真珠であしらい、葉の形の上にきれいにカッティングされた透明な宝石がいくつも散りばめられて輝いている。

 こんなに宝石を贅沢に使っているので、見るからに非常に高価なものだ。故郷にいた時でさえ、見たことがない。

 おそらくフィルトのお礼と言うのは、心当たりがあるとすれば、ハンカチを貸したことか、護衛を助けたことくらいだ。

 彼の好意をとても嬉しく感じる。なにせ、他人から贈り物をもらうのは初めてだ。

 でも、そのまま素直に受け取れなかった。胸に刺すような痛みを感じる。


「……申し訳ございませんが、これはフィル様からは受け取れません。わたくしの故郷では、身につけるアクセサリーなどは異性なら婚約者か恋人相当の間柄でしか贈りません。スーリア国では違うのでしょうか?」


 アクセサリーを受け取れば、相手からの好意を歓迎する意味になる。誤解を招くので受け取れなかった。

 そう指摘すると、彼はハッと何か気づいて焦った表情を浮かべる。


「いえ、あの、その。リナ嬢、大丈夫です。これは、その、殿下からです!」


 なぜかフィルトは慌てて、珍しく口調まで乱れていた。


「そうなのですか? ですが、殿下からのお礼となると、心当たりがないのですが」


 首を傾げると、フィルトがにっこりと笑みを浮かべていた。


「こちらまでわざわざ遠方よりお越しくださったお礼です。書類選考を通った皆様にお礼をお贈りしておりますので、お気兼ねなくお受け取りください」

「そうだったんですね。ご厚意に感謝いたします」


 殿下からの贈り物なら問題ない。せっかくの好意を拒否せずに済んで、胸をなでおろすことができた。

 でも、逆にフィルトからの贈り物だと誤解してしまった自分の勘違いにとても恥ずかしくなった。


「あの、フィル様からだと誤解してしまい、申し訳ございません」


 すると、フィルトは目を丸くして、彼も気を遣った表情を浮かべる。


「いえ、私こそ紛らわしい説明で申し訳なかったです。今度は私からのお礼をお持ちします」

「そんな、ハンカチくらいで気になさらないでください」

「いえ、私がリナ嬢に是非お贈りしたいのです」


 彼の申し出をこれ以上遠慮するのも無粋な気がした。


「それなら、食べ物が嬉しいです。スーリア国の料理は口に合ってとても美味しいです」

「気に入ってくださって良かったです。では、何か考えておきますね」


 食べ物なら後に残らないので、誰に対しても贈れる。

 わだかまりもなくなり、笑みを浮かべながらフィルトと見つめ合う。


「リナ嬢、これから選考がありますが、あまり気負う必要はありませんよ。いくつか質問に答えていただくだけですから」

「はい」


 返事をしながら、頭の中でどんな難しい質問が来るのか考えてしまい、かえってドキドキと緊張していた。


「それに、道中でかなりスーリア語が上手くなりましたね。今では気にならないです。ずいぶん努力されたんですね」


 褒めてもらえて純粋に嬉しかった。そういえば、厳しい指導のメルシルンから昨日今日と何も言われていない気がした。

 ここまで早く完璧に習得できたのも、メルシルンの細かい指導のおかげだ。でも、元々かなり使いこなせたのは、強国の言葉はいずれ必要になる可能性が高いと母に言われて、故郷にいるときから熱心に勉強しておいたおかげだろう。

 その苦労が、彼の言葉で報われた気がした。


「その髪飾りにはお守りの効果もあるので、できるだけ身につけてください」

「そんな効果があったんですね。分かりましたわ」


 選考のときにさっそくつけていこう。

 殿下はいないと聞いていたが、側近経由で話が伝わるかもしれない。


「では、後ほど会場でお会いしましょう」


 フィルトはそう別れの言葉を告げて去っていった。


「殿下の論文を持ってきてもらえる? 時間になったら教えてね」


 ウィンリーナは寸暇の時間を惜しんで論文に目を通そうとした。


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