もふもふを愛でるためだけにVRMMOを始めたらダメですか?
「ふぉ、ふぉおおお……」
わたし――高原雪乃は今、目の前の光景に興奮していた。
平原にいるのは、ふわふわした毛並みを持つ羊達。
ここは天国か……そう思いながら、わたしは羊達に触れ合おうとして――死んだ。
「あはは、あそこの平原は非アクティブだけど、触ったら襲ってくるよ」
「うぅ……そうなんだ。せっかく可愛い動物達を見つけたのに」
わたしは恨めしい、というばかりに隣に立つ友人――芝宮永に言う。
今は、『プレイヤーネーム』の『ミヤエ』という名前が表示されていた。
見た目は全身黒づくめの鎧で、とても女の子には見えないけれど――中身は立派な女の子。
そう、わたしは死んだと言っても――現実に死んだわけじゃない。
ここはファンタジーの世界ではなく、VRMMO……すなわち、バーチャルの世界だ。
仮想現実と呼ばれる場所で、自由に冒険ができる。そういう謳い文句で、『TeraFiledOnline』――通称、『TFO』は発売された。
わたしがプレイしているのはそんな自由な世界で、ログインして早々に可愛い魔物と触れ合おうとして殺されだ。
「それにしても『ユキノ』、本当に可愛い動物が好きだねー」
「当たり前だよ! もふもふした動物は癒し! ずっと触っていたい……っ」
「それなのに、リアルだと犬や猫は飼えないっていうんだからね」
そう、わたしは可愛い動物が好き。けれど、わたしは動物の毛で目が痒くなってしまう体質だ。その上、家は動物禁止のマンション――悲しいことに、わたしは可愛い動物達をテレビ越しや遠巻きでしか見ていることができなかった。
そんなわたしを、永――もとい、ミヤエが誘ってくれたのだ。
魔物と触れ合えるという、このゲームに。それなのに――
「触れ合うどころか殺されるなんて思わなかったんだけど……」
「あはは、まあ……ゲーム性を理解するにはまずいい経験かなって。あそこの平原の羊達。ああ見えて結構強いからさ。《テイマー》は自分より強い魔物は仲間にできないの」
「……そういうのは最初に言ってくれたら分かるから」
唇を尖らせて、文句を言う。
くすくすと笑うミヤエに、わたしはまた不貞腐れそうになる。
「ごめん、ごめんて。今度はちゃんとテイムできるところに連れていくから」
「……可愛いやつ?」
「もちろん。テイマーは魔物を育てて戦うタイプだからね。まあ、初心者がやるにはオススメしないんだけど……」
「いいよ。わたしは愛でたいだけだから」
「まさにめでたい奴! ってことだね!」
「……面白くない」
「そこは笑ってよっ。もう、しょうがないなぁ。じゃあ、近くの森に行こう」
「森? 虫とかはいらないよ?」
「そんないじめるようなことはもうしないからっ。可愛い魔物、ゲットしに行こ?」
スッと手を差し伸べられて、わたしは彼女の手を掴んで立ち上がる。
わたしの目的は、可愛い魔物を愛でること。
そのために、このゲームを始めたのだ。
それができないのなら、いつやめたっていい――そう思ったけれど、先ほどの羊の大群は近くで眺めているだけでもずっと楽しめそうではあった。
ミヤエに連れられて、わたしは近くの森へとやってくる。
彼女がすでにこのゲームを始めて一月は経過していると言っていた。
だから、レベルも当然わたしより高い。わたしなんて、まだレベルは『2』だ。
チュートリアルをクリアして、上がっただけの初期装備ガールなのだ。
このゲームでは、職業を最初に選んで……それ以外はゲーム内での行動はかなり自由になる。
クエストを進めてもいいし、素材を集めて物作りなんかに励んでもいい。
中には、釣りばかりしている物好きもいるとか……。
わたしがこのゲームに求めるのは、とにかく可愛い魔物を愛でることだけど。
「さ、ついたよ。ここが初心者の森!」
「そんな名前なの?」
「初心者向けダンジョンだからみんなそう呼ぶんだよ。魔物のレベルは『1』ばっかりだから、テイマーはここで魔物を仲間にするところから始まるんだ」
「そうなんだ。それで、可愛い魔物はどこに――いたっ!」
「はやっ!?」
ミヤエも驚く速度で、わたしはそれを視認した。
木々に覆われた森の中――蠢く白い毛玉。
わたしは早速、毛玉に向かって走る。
毛玉もまた、わたしに気付いたようで――臨戦態勢に入った。
「にゃあっ!」
「はぅわっ、か、可愛い……っ!」
そこにいたのは、やはり毛玉であった。
ただの丸い毛玉。真っ白で、円らな瞳をした『猫』がいた。
「おっ、珍しい。『ボールキャット』だ」
後から追いついてきたミヤエが、その魔物を見て言う。
「ボールキャット……?」
「いわゆるレアモンスターってやつだね。この森、初心者マップの割には結構広くてさ。その中に一匹しか出現しないのがこいつ。めっちゃレアモンスターだよ」
「レアもふもふ……!」
よくわからないけれど、なんだかすごそうだ。
「にゃっ!」
丸い身体で毛並みを逆立てて、ボールキャットは警戒してくる。
……やばい、すぐに抱き着いてもふもふしたい。
「も、もう抱きしめてもいい?」
「今は抱きしめても攻撃されるだけでしょ。まあ、せっかくだしこの子をテイムしたら? レベルは『1』だし、テイムスキルを使えば捕まえられると思うよ」
「……分かったっ」
わたしはミヤエの言葉に従い、スキル欄から『テイム』を選択して、ボールキャットを対象にする。
スキルが発動すると、ボールキャットの足元に『魔法陣』が出現して、
「にゃ――にゃあ?」
『ボールキャットのテイムに成功しました』
「や、やったーっ! 成功、成功したって!」
「おお、よかったじゃん。これで初テイム――」
「じゃあ、もう抱きしめてもいいよね?」
「え、ちょ――」
「はわわっ、すっごく可愛い……」
「にゃっ!? にゃにゃにゃ……!」
「あ、ちょ、嫌がらないで……!」
わたしの想いとは裏腹に、ボールキャットはつるん、とわたしの胸元から離れて行ってしまう。テイムしたのにどうして……!
「テイムしても懐き度とかあるからさ。それに、ボールキャットはレアモンスターだからちょっと懐きにくいよ」
「……そんなぁ」
「にゃっ」
キリッとした表情を見せるボールキャット。けれど、そんな姿も可愛い。
最初のもふもふは拒否されてしまったけれど、抱きしめた感覚は覚えている。柔らかくて、心地よかった。
「……決めた。今日中に懐いてもらうからっ!」
「あはは、やる気になってきたみたいだね?」
「わたしは初めからやる気だよ! 目指せ、全もふもふ制覇!」
「いきなり目標が高くなったね!?」
まずは第一の仲間――ボールキャットを加えて、わたしのもふもふ道はスタートした。
VRMMOで可愛い魔物達をコンプリートする。
そんな、わたしの大きな夢が。
「ちなみに、テイムできる数は決まってるよ」
「そうなのっ!?」
いきなり、わたしの夢は砕け散って、
「にゃあ……」
何故か憐れむような、猫の鳴き声だけが聞こえたのだった。
連載したらほのぼの百合になる予定なVRMMOネタです。
初めて書きましたが、こういうのもいいな……って思いますね。