ほんのひとつまみ
幼い頃、二人雨宿りをした東屋にまた二人待ち合わせをする。
それが逢瀬となったのはいつの日か。
婚約者という名に相手を知らぬまま胸はドキドキと高鳴り、待ち遠しかった夜を今でも覚えている。
しかし、初めて会った彼女はそこら辺にいる女の子となんら変わらないただの女の子で、僕は少々落胆してしまっていた。
そんな初対面を終え、彼女の家の庭を散歩している途中、通り雨が降った。
彼女は「こっち。」とだけ言って僕の手を握ってこの東屋に案内してくれる。
どうにか東屋に避難したが、雨に濡れて肌寒いと僕が感じていると察知したかのように彼女は自分の肩掛けを私に差し出した。
それは流石に違うだろうと肩掛けを返すと彼女は二人で分け合うのはどうかと言い始め、何度かのやり取りの後、結局、彼女の言う通り二人寄り添って肩掛けを共有する。
彼女とくっついていた二の腕は、はじめ冷たかったのに二人熱を共有するかのように少しずつ温かくなっていく。
気がつけば隣の彼女の頭は船を漕ぎ始め、見兼ねた僕は彼女の頭を自分の肩に乗せてあげた。
彼女の頭はずっしりとて重たかったが、不意にサラサラと肩から零れ落ちる彼女の髪に、まるでこの雨のようだとしばらく見惚れてしまっていた。
あれからもう十年ほど経つ。
自分の肩に寄り添う彼女の頭は然程重くもなく、しかし、なんだか心地よい重さに感じる。
「チクタク音がなっているわ。」
彼女は瞼を開け、僕の肩から頭を下ろすと、そのまま僕をまっすぐ見つめた。
「ああ、時計が入っているからね。」
胸ポケットから懐中時計を取り出して彼女に見せる。
「本当に時間が経つのは早いわね。」
「そうだね。」
陽も傾き、もうすぐ家に帰らなければならない時刻がやってくる、その事を彼女を言っているのだが、それとは別の哀愁を僕を感じていた。
来月にはこの逢瀬も無くなってしまう。
「…愛してるよ。」
あの時から時間をかけて積み重なった愛しい気持ちを、今どうしても伝えたくなって、突如口走る。
「私もよ。愛してるわ。」
彼女の嬉しそうに、愛しそうに、微笑むその顔が、過去よりも未来へと心を急かす。
溢れ出す愛しさから、いつのまにか彼女と唇を重ねていた。
時よ、止まれ、時よ、早く。
矛盾する心は今も未来も幸せが確定しているからだろうか。
そう、彼女が居れば、過去も未来も幸せなのだ。