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006.5 黄金時代

そんなじだいもあったかも

 黄金時代というものは、その時代からそれなりの時間が経ってから、あの時は光り輝いたと思うものであると感じる。

 振り返るものであり、過去のもので、そしてもう戻ることなんて出来ない。

 夜空に浮かぶ星の瞬きのように一瞬でしかない日々。

 甘酸っぱく、ほろ苦い、美化補正された時代。

 誰にでもあり、そして一つとして誰かと同じものは無いのである。

 そんな事を言っている僕にも、そんな時代があったのかと聞かれれば、もちろんあったと言っておこう。

 正確に言うならば、おそらく僕はまだその黄金時代というものの、途中過程であるために、自分自身ではその存在を認識できないのであると言っておく。

 誰もが目を背けて青ざめるような、暗黒時代を生きてきたわけじゃないのだ。

 僕にもきっと輝かしい日々があり、思い出に涙することも出来るのだと思いたい。

 「クソですか」

 僕の黄金時代についての考察を、話半分で聞いていた我が社の期待の新人、田所さんは手を休めることもなくモニターに向かいながらそう口汚く罵った。

 「いいですか、現実という奴を見て下さい。どこの世界に40を目前にして、黄金時代について熱く語るおじさんがいますか?」

 「ところがどっこい、ここにいる」

 僕は胸を張ってそう言った。

 「お病気ですか?杉岡さんは私の人生のほぼ倍を生きているんですよ?保健所に行った方が良いレベルです。バイオハザードって言う奴ですよ」

 そう言われると身も蓋もなく、M属性の僕は嬉しくなって、涙を浮かべるくらいだった。

 田所さんはまだ二十歳。

 実際のところはまだ専門学校に通っている学生さんだったが、三ヶ月前に就職活動で僕の勤め先に何を血迷ったのか面接に来て、翌日から働き始めていた。

 高卒で現場上がりの僕とは全く別の生き物であると言って良く、パソコンを使った作業ではさすがに専門学校を出ているだけあって、ぜひ、入門したいレベルである。

 元々、女性社員がほぼいない職場であったので、職場に一輪の華が咲いたと言って良い。

 まさに鬼百合のような人であったと言っておこう。

 「僕がこの業界で働き始めたときには、田所さんはまだ生まれてなかったなんて歴史を感じるよ」

 「孫でもおかしくないんですからね。そんなことより、そろそろ自分の仕事をして下さいよ、じぃじぃ」

 「じぃじぃは酷いな。まだ結婚もしていないのに。夢は40過ぎて16才くらいの嫁さんを貰うことなんだから」

 「はいはい、アウトですよ~。じぃじぃは呆けちゃったんですね~。惚けにも良い惚けと、悪い惚けがありますよ。警察に行ってください。介錯なら拙者がしてあげるでござるよ」

 「合意の上だよ!!妄想すら許されないのか!!そして切腹!?」

 「妄想も今は規制されつつあります。Twitterならアカウント停止ですよ。世界はシビュラシステムの下に」

 そう言って、僕の頭にポリバケツを被せた彼女を僕はなかなか出来る奴だなと感心したのである。

 「と言うことは、何ですか?私も水前寺さんの射程圏内なんですか?」

 彼女はとても嫌そうな顔をして、私と目を合わせることもなく言った。

 「いいや、それは無いよ。ほら、俺ってロリコンだから、下は胎児から上は16歳までと言う年齢制限があるんだよね。田所さんはナッシングと言うことで」

 「おまわりさん、こいつです~ぅ」

 彼女は作業ジャンバーのポケットから、愛用のiPhoneを取り出すと、操作を始めてそう言った。

 そんな楽しい毎日の職場で働けるようになるとは思っていなかった。

 これはもはや黄金時代と言って良いのではないかと思うのだ。

 寝る暇も、作業の時間も全く無く、ただひたすら物量と時間に追われる日々が普通だったのだが、彼女一人が入社してきただけでずいぶん変わったと思う。

 「僕は夢があるんだよね」

 「夢は寝ているときに見て下さいね。血圧上がっちゃったのかな?お薬、きちんと呑んでます?」

 「もう手放せないよね。一生使い続けるのさ」

 「不治の病ですね。人生が」

 「医者にはもう長くないって言われたよ。あと256年くらいだって」

 「憎まれっ子世にはばかりっていう奴ですね。何なら背中を押してあげましょうか?」

 「若い娘さんにそんなことはさせられませんよ。イク時は自分でイキますから」

 「……そうですか。それは素晴らしい自己完結です。個人的には後ろから刺されたりする方が向いているんじゃないかと思いますけど」

 「いやぁ、そう言う趣味は無いんですよ。罵られたりするのは好きなんですけどね。痛いのはちょっと苦手だね」

 「そこは、僕、タチだから、ネコじゃないんだよね、と返すのが正解です」

 「それは考えたんだけど、普通すぎるかなと思って」

 「そう言えば、杉岡さんって、露骨な猥褻話、いわゆる口伝セクシャルハラスメントって言いませんね。童貞なんですか?」

 「魔法使いになると言うのも夢の一つだけど、露骨な話は下品じゃないか?淫靡な言い回しが好きなのさ。僕ははいつまでも誇り高くありたいと思う」

 「童貞なんですね?」

 田所さんに襟首を捕まれて肉薄されながらも、僕は作業ジャンバーのポケットから、愛用のiPhoneを取り出すと、涙ながらに操作を始めて、

 「おまわりさん、こいつです」

 と、言ってやった。



 「僕はどうして結婚できないんだろうね。女性の目から見てどう思う?」

 ある日、そんなことを田所さんに聞いてみた。

 「基本的に杉岡さんは結婚する気がないでしょう?出来ないと言うのはおいといて」

 「何か、気に触るけど、まぁそれはあるよね。僕の僕による僕のための人生みたいな」

 「基本的には、キモイ、汚い、金がないの3Kだからなんだと思いますけどね。あと、妄想癖」

 「まあ、解ってはいたけれど、はっきり言われるのも気分が悪いよ」

 「でも、それが現実ですからね」

 彼女はそう言って、両手を叩いて笑う。

 「昔は良く、杉岡君は優しい人ねとか言われたけど、優しさだけじゃ駄目なんだろうね」

 「目が腐ってますよね、そう言った人。もしくは哀れに思われたんでしょうね。他に言いようがなかったとか。基本的に優しい人が駄目なんじゃなくて、優しくて駄目な人が駄目なんだと思いますよ。そう言う人って、自分にも優しい駄目人間ですから」

 「厳しいなぁ。じぃじぃ、血圧上がっちゃったよ」

 「いっそひと思いに……」

 田所さんはそう言って、笑いながら私の首を絞めていた。

 ちょっと洒落にならない閉め方だったので私は意識を失って、救急車で運ばれることになったというのはご愛敬と言うことで。


 こんな日々を過ごすことが出来る私は幸せであると言えるだろう。

 しかし、そんな幸せな日々を過ごしすぎたせいで、勤務態度の悪さの為にクビになったと言うことはご愛敬。


 


 この物語は事実をもとにしたフィクションです。

 個人名、団体名は架空のものであり、実存するそれらのものとは無関係です。

 そしてこの話は過去に書いたものを加筆修正したものであり、田所さんのモデルになった方はそこまで口は悪くありません。

きょうくん

しゃないのくうきはこれくらいのほうがいい

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