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018 自分と言う人間を人として存在しうる形に構成する要素の何割かはあなたと言う存在があったから出来上がったのですと私はあなたに言うのです

健康診断ヤバい

 基本的に自分の住んでいる地域で全て事足りるので、あまり地元の生活圏から出る事はないのだけど、用事があって一年に一度行くかどうかと言う地域に行った。


 用事自体は再就職に関する事だったのだが、その用事を済ませた頃にはちょうど夕方となり、繁華街であるその地域では早い営業開始の居酒屋が開店し始める時間になっていた。


 約三十年前。

 高校卒業して働き始めた会社の直属の上司というか先輩であり、ありとあらゆる人生の生き方を教えてくれた先生のような師匠。

 誰もが生きてきた中で自分の人生の中のキーパーソンと呼べる人が何人か居ると思う。

 自分の思想や、価値観。

 そして存在理由や行動原理。

 それを正しい方向に180度転換させてくれたような存在。

 そんな人生の師匠が近所で焼き肉屋を経営しているので、七年ぶりに合いに行くことにしたのだった。


 自分の仕事が忙しかったり、ギャンブルで作った借金でお金がなかったり、合わせる顔がないとかいろいろな思いがあってなかなか顔を出せずに七年間も店に行ってなかったので、色々と心配をかけているのではないかと思っていた。


 だからこそ余計に行きづらくなっていたのだった。


 師匠の焼肉屋が開く18時まで時間を潰す事にした。

 天気が良すぎて異常に暑く、歓楽街を歩くには汗が吹き出してきて参りかけて、ちょっと一杯引っ掛けようと、大手焼き鳥チェーンの店に行く。

 開店五分前の店の前には行列ができていて、自分も並んだ。

 16時半からビールと焼き鳥を味わえると言う、働いていた頃には考えもしなかった至福の時間。

 そして既に満席となった店内を見渡して、世の中にはこんなにも至福の時間を過ごす人がいたのかと、ブラック勤めの人生だった自分は驚愕するのであった。

 ビール一杯で済まそうと思っていたのに、気がつけばビール3杯チューハイ2杯。

 焼き鳥の皿は5皿を超えて、ガッツリと飲み食いしてしまい、お会計が五千円。

 師匠の店の開店時間となり、隣のマンションの一階にある店に千鳥足で向かう。

 歩いて1分。

 店は開店してるようだけど、中に人の気配は感じられない。

 扉を開け中に入るが、まだ店内にお客さんはいないようだった。

 最初に出迎えてくれたのはまだ、二十くらいの若いお兄ちゃんただった。

 もう八年も来ていないので、きっとアルバイトとか何か思う。


 「いらっしゃいませ」


  そう言われるが、自分的にはもういいだけ飲み食いしてきてしまっていたので、ちょっと挨拶して話をし、今日のところは帰ろうと思っていた。

 だからお客と言う感覚がないので、いらっしゃいませと言われてどうしようかなと思ってると師匠の奥さんがすぐにやってきた。


 「お久しぶりです。押利鰤鰤です」


 久しぶりなので奥さんも、俺の顔を見て一瞬ポカンとしたのだけど、すぐに大きな声で、


 「ああああぁぁぁっ⁉︎ 久しぶりねー!ちょっと、お父さん‼︎お父さん‼︎ 鰤鰤くんが来たよ‼︎ 」


 と奥にいる師匠を呼んだ。



 「……おう。ずいぶんとお久しぶりでございますね」


 八年前より随分と額にシワを増やした師匠が僕を小突きながら言う。


「お前何年ぶりでだよ。8年ぶりか? 全然来てくれないんだもん。いまいくつになったんだよ?」


「46になりました」


「18で始めて会って、お前ももう46か!元気だったのかよ?」


「血圧が210/100で引っかかってから薬を飲んでいるくらいで、後は問題ないです」


「太ったからだろ?体全体膨らんでいるもの。初めて会った頃は60キロとか言ってたのに、いま何キロなんだよ?」


「98ですね」


「だからだよ。タバコと体重と不規則な生活!もっと健康に気をつけ無いと、血管がバーンしちゃうぞ? ところで八年ぶりに今日はどうした?」


「2月に会社倒産しちゃったので、今いろいろあってこの近くに用事があったので、顔を出さずには帰れないなと」


「え!?、会社倒産した? それは知らなかったなぁ。俺はもうそっちの業界と全く関わりが無いから全然情報が入ってこないんだよ。。そりゃ失礼した」


 それからしばらく師匠と会社の倒産に至る経緯や、共通の知り合いの事についても話をした。


 もともとは俺が高校を卒業して初めて社会に出たときに働き始めた会社に師匠がいた。

 最初は部署も違い、接点も無かったのだが入社3ヶ月で退職者が出たことで、師匠いる部署に異動することになり、そこからの縁だ。

 初めて会ってから二十九年。

 仕事にタバコにお酒に風俗。

 自分が後に痛い目に合うことになるギャンブル以外の事は全て師匠から教えてもらったと言っていい。


 そろそろお客さんも来始めるのではないかと思い、今日のところは帰ろうかなと思ったら、とりあえず座って話そうと言われ席に着く。

 師匠はビールの入ったジョッキを2つ持ってきた。心の中ででは秋だけ読んできたんだけど何も食べ物を頼まないままだと思ってキムチ盛り合わせをお願いする。

 椅子に座った師匠が言った。


「いいかい、ぶりぶりちゃん。俺が言うのもアレだけど、疎遠になっちゃういけない。縁を切っちゃいけないよ」


 同じ会社の同じ部署で一緒に働いていた師匠は、実は社長の息子であった。

 正確には再婚した母親の相手が会社の社長であり、いずれは社長も後をつがせようと、高校も行かせずに中学卒業と同時に自分の会社で帝王学を学ばせる為に働かせられていた様な人だった。

 だから初めて会った師匠が22歳の頃には、経験と技術も認められていて既に係長だった。

 時代は弾け飛ぶ前のバブル末期。

 そしてバブルの崩壊とともに会社は傾いていく。

 僕がが入社した時には、既に一度倒れて体が不自由になった社長の代わりに、師匠の母親の弟である叔父さんが常務として実行権力を持っていたのだが、業績不振の責任を取らされて、全盛期の常務の意向で設立された仙台営業所を手切れ金に与えられて縁を切られるくらい会社の状況は悪くなり、それを立て直すために師匠は25再の若さで取締役工場長として現場を仕切る立場になっていった。

 そこに社長と繋がりのあった会社が支援に入り、乗っ取りを図ろうとしたので、師匠は会社を辞めて焼肉の道に進むのだけれど、残った社員に為に経営を引き継いだ会社と折衝はしていた。

 しかし、交渉の最中のある日、新経営陣の判断で会社は倒産してしまった。

 会社を倒産させてしまい、当時の社員に申し訳ないと思う気持ちであろうとは予測していたが、本人の口から漏れる。

 

 「いずれは自分が会社を引き継いで、社長として会社を経営していくはずだったけど、世の中の流れが悪い方に悪い方に流れていって、自分が世の中に認められる年齢と信用を積み重ねる前に会社が無くなってしまった。25歳の若造に金を貸してくれる銀行なんてなかったし、それを納得させる信用も実力も当時の俺は持ち合わせていなかった。だけど焼き肉屋を17年経営してきた今ならば、銀行や取引先を納得させるし、あの頃にもう少し、歳を取っていれば良かったと思うんだ。考えてみろよ。25歳の若造が、俺が会社を立て直すので、お金を貸してくださいと言ったところでかさないでしょ?この年になって、やっとわかってきたんだけどもう根本的に1番重要なのは、人と人とのつながりだよ。ちょっと今月は厳しいから、支払いを来月に回してくれないかな言えば、今は取引先も信用でいいよって言ってるし、そう言う人間関係がお金よりも重要なんだよ鰤鰤ちゃんもねぇ、これから仕事を探して働き始めるんだろうけど、お金じゃないから。多少給料安かったって人間関係がつながってこそ、お金をより価値のあるものが手に入るんだよ。それが人間関係さ。人間関係さえつないでいけば結局お金に戻っていくんだから。おーい、ナマ二つ!!」


  師匠がそう言うと、バイトの兄ちゃんがナマ二つを持ってきた。

 

 「そう言えば、会ったことないよな。ウチの息子。いま専門學校に通ってるんだよ」


 バイト店員にしては愛想がないなと思っていたら、なんと師匠の息子だったのである。

 

 「おねぇちゃんとは会ったことありますけど、一緒に働いていた会社が倒産した後に産まれてるから初めてですね」


 「鰤鰤ちゃんだ。鰤鰤ちゃんが18歳の頃からの付き合いで、今もこうして会いに来てくれる。七年ぶりだけどな。どうだ父ちゃんに七年経っても会いに来てくれるって、なかなか父ちゃんは凄いだろ?鰤鰤ちゃんにも言ったけどさ、お前も人との縁を大事にしろよ?そういうのが自分の財産になっていくんだからさ」

 

 息子ちゃんは師匠の言葉を真面目に聞いている。


 「鰤鰤ちゃんはな、人が良すぎて毎週のように俺に飲みに付き合わされてたな。本人の意思も確認せずに行くことは決まってるのな」


 「平日に明け方の四時くらいまで飲んで、師匠に明日遅れるなよって言われて四時間後の八時に出社したら師匠来てなくてね。当時の課長に聞いたら具合悪いから、お昼から行くと連絡があったって言うのでやられたと思った」


 「鬼ですね」


 そう言う息子ちゃんは奥さん似だなといまさらながらに思う。

 奥さんも同じ会社で働いていて寿退社したあとも、人手が足りないとアルバイトで召集されていたりしていた。


 その辺りでお客さんが入り始めた。

 師匠は調理をするべく、店の調理場に向かう。

 そろそろお暇しようと思ったら、目の前に炭に火が付いた七輪が置かれたのであった。

 いいだけ飲み食いをしてきたのに。

 しかもお任せで用意するという。

 これはお代を貰ってもらえない奴だと思い、すでに食べてきてるのであまり食べれない事を伝える。

 この時点で19時。

 いつ帰れるか予想が立たなくなった。



 客足が途絶えたので、師匠がジョッキ片手に戻ってきた。

 

 「なに他で食ってきてるんだよ。ウチで食えよ」


 「いやいや、あまりにも日中は暑かったので、開店までの時間が待ちきれずに軽く一杯と思ったらガッツリ飲み食いしちゃって」


 「なんだよ。まぁ、こうして七年ぶりだけど来てくれたから許してやるさ。そう言えばこの店を開店させたその日に来てくれたよな。ほかの人も来てくれたけど、開店初日に来てくれたのは鰤鰤ちゃんだけだったな。そう言う気持ちは嬉しいし、大事にしないといけないよ。一緒に働いていた頃に仲良くしていたみんなもだんだん疎遠になっていって、近頃は来てくれないんだけれど、何度も言うけど縁を切っちゃいけないよ。疎遠にならないでね? 元々は俺が会社を続けられなかったのが原因で、倒産させちゃったからみんな散り散りになっちゃったわけなんだけれども、俺は鰤鰤ちゃんの人生に何か残せたのかね?」


 「何を言っているんですか。僕と言う人間の何割かは師匠で出来ているんですよ。それはこちらこそありがとうございましたと言わせていただきます」


 「おぉ?言うようになったねぇ」

 

 「そういう部分です。そしていくつになったと思ってるんですか。無職で独身ですけど


 その後、プロレスの話題で盛り上がったり、共通の知り合いが懲役一年で刑務所に服役していたとか、誰が亡くなったとかいう話をして気が付いたら終電間際の時間になっていた。


 「そろそろ終電ですんで帰ります」

 

 「送って行ってやるから、最後まで付き合え」

 

 「はい」


 

 もう何杯目のビールかわからなくなっていたが、飲むこともできなっていた。

 吐き気が押し寄せる。

 そんな中で師匠のとの会話も記憶があいまいになっていたのだけど、師匠がこんなことを言った。


 「店を出してから十七年。なんとかかんとかやってきたけれど、それもこれも何度も言うけど人の縁で、俺は前の会社でその縁を倒産と言う形で壊しちゃったわけで、それは俺の育ての親である社長に申し訳なく思っている。一代で築き上げたものを俺の代になる前に失くしちゃったんだから、それは本当に申し訳なく思っている。クリスチャンだったから仏壇みたいなものは無いんだけれど、社長の写真をA2に引き延ばして額縁に入れて、お菓子とか水を揚げてるくらい申し訳ないと思っている。そんな中で店を開いたころは、ガッツリ稼いで二号店だ、三号店だって言ってたけれど、17年経ってそれも叶えることはできずに失敗だったなと思うわ。そんなに甘くなかったと」


 「いやいや無職の僕から言わせてもらえば一国一城の主じゃないですか。2号店だってこれから何とでもなるじゃないですか」

 

 「めんどくさいんだもの。任せられる人を育てなきゃいけないし。鰤鰤ちゃんやる?」

 

 「飲食は怖いです」


 その後は集客をするために、YouTubeやインスタを使ったらどうだろうという話になったりしながら、気が付けば午前2時。

 入店18時という事は9時間滞在していたという。

 家まで送ってもらいました。


 


 2日後。

 ひと月前に行った健康診断の結果を血圧の薬を貰うついでに病院に聞きに行ったら

 血糖値280

 糖尿病を宣告される。

とりあえず、ダイエットしなさいって

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