012 エンジンは焼き付いてしまっているのだけれども、焼き付いたところで動かないという選択肢は息を止めるのと同義であるに等しい。
くさりそうだよ
「杉岡さん、いま無一文?」
そんなlineを送ってきたのは一緒の部署で共に働いていた一六歳年下の蘇我乃君だった。
元々は業界最大手の全国展開している大企業で働いていたのだけれど、そんな大企業でも業界自体の落ち目の時代に抗う事はできず、組織の再編という立て直しの中で、生まれ育った地元を離れ関東圏に転勤になって働いていたが、そこの空気と強い圧に嫌気がさして地元に戻ってた。
地元で再就職先を探していた時に、転勤を拒否して大企業を会社都合で辞めた元上司が再就職していた先が、僕も働いていた倒産した会社だったのである。
今から一年ちょっと前の事だ。
「あともうちょっとで退職金が振り込まれるんだよね。325万なんだけど。それが入らない事にはにっちもさっちもいかないね」
会社が倒産してから何度かlineでやり取りをしていたので、その中で出ていた飲みに行こうという事なのだと理解したのだけど、本当にお金はなかったのである。
お金が無くて、生命保険の保険料とネットの接続料を滞納しているくらいである。
「退職金が出たら一気にお金持ちじゃないですかwご馳走してくださいよw」
「二十年間の汗と涙の結晶だよ?会社が毎月14000円くらい払ってくれてたみたいだけれど、残業代も休日出勤代はらってなかったんだから、それを払うくらいなら安いものだよね。46歳無職独身、老齢の両親にニートの甥っ子と同居する身としては、切り崩しながら暮らしたとして、いつまで持つか不安になるよ」
「糖尿が目に来て、失明しそうな弟と、行方不明になって八年経つお姉さんが戻ってきたら四重苦ですねw どんな星の下に生まれ落ちたんですかw」
「まさに砂浜にてカニと戯れるだね。地獄の賽の河原で石積の如し。そう言えば、失業保険給付説明会に行ってきたよ」
「自分は一年前に行ったばかりだったので、全く同じ内容でしたけど、どうでした?」
「いやぁ、仰ることは全くもって、その通りと言う話なんだけれど、とにかく早く動いて次の就職先を決めなさい。なんでもいいから就職しなさい。贅沢言ってないで就職しなさい。積極的に仕事を探さない人には失業保険をだせませんからね。……みたいな。職業選択の自由はどこにあるんだ?みたいなw」
「求職者より、求人の方が多いらしいですけどね。でも、給料15万くらいが相場な感じですし、低い所はそれよりも低いですからね。正社員より、準社員とか、派遣扱いも多いですし。そもそも時給でアルバイトだろというところもありますからね。自分らは独身だからいいですけれど、家族のいる人とか食っていけないじゃないですか?」
「山辺部長なんて、息子さんはこの春から専門学校に入学して、一人暮らしするらしいんだけど、どうするんだろうね?56歳だから再就職も厳しいだろうし。入社して半年で会社が倒産してしまった佐藤さんも高校生と中学生の息子さんがいたはずだけど」
「無理ですねw」
「だねぇw」
そんなどうしようもないやり取りをして退職金が出る日の夜に飲みに行く約束をしたのである。
閑話休題。
退職金が振り込まれる日がやってきた。
前の日が休日だったため、振り込まれるのは早く見繕っても午前七時過ぎであったので、僕はその時間めがけてコンビニに行ったのだけど、まだ振り込まれていなかったのでいったん家に戻る。
入金の日が書かれているはがきを見ると、午後からの振り込みになる場合もありますとも書いてあった。
何度もコンビニと行き来をするのが面倒くさいと思ったとき、スマホで口座を作っている銀行のアプリをダウンロードすれば、口座を確認することが出来るという事に気が付き、早速インストールをする。
多少めんどくさい入力作業もあったのだけど、それが終わるころにはすでに退職金325万円が振り込まれていたのであった。
残高を見て、ウッホーイ!!などと叫びたくなるのは心が叫びたがっているんだ。
こんな金額は働いているころにはお目にかかれなかった代物である。
働かず喰っちゃ寝のうんこ製造機と化している今がまさに人生の最盛期であると言っても過言ではないだろう。
すぐさまコンビニに行き、20万を降ろす。
弟にせがまれていた支援金2万5千円を振り込んでやる。
家に帰って親に先月分の生活費と、スマホ料金にその他もろもろで11万渡す。
一年変えてなかった車のオイル交換。
九年変えてなくて天命の最後が近いバッテリーの交換。
新しい生活には新しいちょっと贅沢な財布。
等々その日のうちに17万ほど消えていく。
閑話休題。
退職金が振り込まれたその日。
蘇我乃君と待ち合わせして飲みに行く。
17時待ち合わせと言う早い時間に待ち合わせたのは、まだ働いている人たちがいる時間に飲んでいると言う優越感に浸るためであった。
案の定、居酒屋に入った時点では僕らの他にはまだお客はいなかったのだが、花金であった為に予約客が混み始めるので、二時間で時間を制限される。
別の店に行けばいいだけなので了承し、席について飲み会を始める。
最初に出たのは僕らの直属の上司である浅川課長の事だった。
「浅川課長とは飲みに行けないですよ。あの人って小姑の様にうるさいんですもの。自分一人で楽しむために飲みに来ているようなものですからね」
たった二人きりの解散会になった最大の理由でもある。
「飲み方ってさ、誰かに教わるわけじゃない?自分一人で飲み始める人もいるかもしれないけれど、それは家飲みとかの話であって、誰かと飲みに行くとなれば、そこでの味方の基本ができるんだけど、僕の場合と浅川課長とは正反対だね。僕はみんなそれぞれ適当に頼んで、それをみんなでつまみながら飲むというのが主流だったんだけど、浅川課長は、これは俺が頼んだんだから手を出すな‼食べたかったら自分で頼め!!とかいう人で、鍋なんかも取り箸で取らずに自分の箸を使おうものなら説教が始まるから」
「自分も飲み方はみんなでつまむタイプですよ。あと杉岡さんは飲み会の間中ずっと浅川課長にパワハラされてますよねw」
「僕以外にイジれる相手がいないからね。だから一緒に次の場所に行こうとか言われてるけど」
「絶対にやめた方がいいですよw自分が一番下になるのが嫌なだけなんですからw杉岡さんがいればとりあえず自分の下が出来るというだけなんですから」
「当然だね。僕は新たなる地平に羽ばたくさ」
「46歳にして飛翔w」
「心はいつまでも14歳の未成年だからね」
「大人になれないだけじゃないですか」
そんな話をしながら宴は始まったのである。
閑話休題
あっという間に時間は過ぎ、次の店に行くことにした。
流石花金。
満席という事で次の店に入れたのは三件目の事だった。
高架下の縦に長い店で、左側はすべて窓になっていて、ビルの間に見えるネオンがとても綺麗に見える店だった。
窓に面しているカウンター席に並んで座る。
話題は「これからどうするか?」と言うはなしになっていた。
「自分はまだまだ同じ業種ですね。自分はなかなかやるんですよ。国家資格も持っていますしね。まあ、持っていたところで倒産した会社は別に特別手当がつくことも無い資格なんですけれど、前の会社でも上司からは年齢的には早いんだけど昇進させるつもりでいるから、残ってくれないかと言われてましたし。だから倒産した会社でもやろうと思えばもっとできたんですよ。いくらでもやりましたよ。前の会社と比べれば全然レベルの低い仕事ばかりでしたし。確かに前の会社は大手という事もあってハイレベルな仕事ばかりだったんですけど、今の会社の待遇じゃ定時から定時までが自分の価値を売れる最低レベルです。だから残業しなかったんです。やってられませんもの。残業代も出ないのに」
「そうだね。半分会社に騙されて入ったようなものだったという事は知ってたから、定時になったらお疲れさんっていってたけど。ウチの会社は騙して入社させるからね。給料もいくら払うか言わないしw」
「自分は最低年収300は無いと暮らしていけないといったんですけど、厳しいけど何とか出せるように頑張ってみると社長が言って働き始めて、最初の給料が出るちょっと前に、社長が頑張ったんだけど270しか出してあげられないとか言ってきたんですよwもう働いているんですよ?それでやめようか迷ったんですけど、残業代も改定するし、ボーナスも考えているというから、まぁそれを見てからでもいいかと思って待ってたらボーナスは出ないし、残業代は基本給が4万円下がって、固定残業代が4万ちょっと出るとか言う裏技使って来るしw」
「まぁ、払うお金も無かったんだろうけどwだけどウチの会社って債権が5億で債券者が90人いるらしいんだけど、何でそうなるんだというw五億も何に使ったんだってw債権者も90人のうち15人は社員なんだろうけど、残り75人も債権が出るような取引先があったかとwお金を払ってもらう相手はそれぐらいはいるかもしれないけれど、払う相手はそんなにいないだろってw」
「ウチの社長も要領が悪いんですよ。経営手腕もそうですけれど、経営していたのかもアレですけれどwいいですか杉岡さん。大手の会社でも出世していく人間は現場で仕事をバンバンこなしている人間でなく、人を要領良く動かす人間が出世していく人間なんですから。仕事ができる人間は動かさないで仕事をやってもらった方がいいんです。そうでなければ仕事が回らなくなるんで。大きい会社ではそんな人間はいくらでもいるんですから、そんな中で要領良い人間が出世するんです」
「僕は仕事もできないし、要領もよくないからなぁ。人生積んだかな?」
「杉岡さんは機械は動かせないけど、センスはあるじゃないですか。センスだけなら浅川課長より上じゃないですか。あの人おかしいですよセンスw」
「まだ曽我乃君もいなくて、僕と浅川課長二人でやっていた頃、社長が僕にも機械を覚えさせて動かさせろみたいな話が合って僕も動かしていたんだけれど、僕は移動になって違う部署で働き始めて、浅川課長は新しい機械が導入されてメーカーに研修に行ったりして覚えて動かし始めて、また浅川課長の下で働くようになった時にまた機械を覚えなおさないといけなくなった時、浅川課長に教えを乞うと、日本語で画面に書いてあるだろとか言うレベルでなw」
「自分以外にできる人がいたら、自分の存在価値が無くなっちゃいますからね。課長と言うのは部下を育てるのも仕事なんです。自分はいろんな課長を見てきましたが、あんな何もしない課長は見たことがありません」
「だからさ、あの人に教えてもらうにって嫌なんだよね。だから機械を動かす以外にもやらなきゃないといけないことはいくらでもあるから、僕はそっちをやることにしたんだよね」
「ウチは一人で何でもやるような会社でしたけど、他所は基本的に分業制ですからね。自分のやる事はここからここまでと言うきっちり決まってるタイプ」
こうして愚痴で飲み会は続いていったのである。
閑話休題。
寝て起きて、起きてパチンコ行って飯食って寝る日々が続いていて、退職金の残金も305万。
5万負けて、10万勝つと言う浮き沈みの激しい日々もそろそろ改めて就職活動、もしくは職業訓練に至る日々に変えなければならないのだけど、まだまだエンジンはかからない。
きょうくん みたことないげんきんはひとをだめにする




