彼女たち
月末、琴子は家のそばに借りている駐車場の料金を振り込むために銀行へ行った。仕事から離れて4か月程の間、琴子は貯金を切り崩しながら生活してきた。実家暮らしなので住むところと食事には困らないが、それ以外にかかるお金は琴子自身が捻出してきた。お金を振り込み通帳の残高を見ると、残り10万円程しかなかった。銀行を出て通帳をバッグにしまいながら、思わずため息が出た。仕事を探さなくては、と気が焦るものの、いったい今の自分になにが出来るのか、琴子には見当もつかなかった。毎日スマートフォンで求人サイトをチェックしているが、どれも琴子にとってはハードルが高そうに見えて、自分には無理だ、と思うばかりで、一歩踏み出すことができないでいた。しかし、体調が思わしくないとはいっても、最近はなにもしないで家に居るのも後ろめたく感じてきていた。家族は琴子の仕事のことについてなにも言わないが、それがかえって琴子にとっては肩身が狭く感じるのだった。
専門学校時代、琴子は成績優秀な生徒だった。テストでは常に1番だったし、課題や実習もそつなくこなしていた。教師たちが自分に期待していることも、同級生たちから一目置かれていることも感じていた。琴子自身、そのことで図に乗っていたわけではないが、自分の将来は歯科衛生士として順風満帆にいくのだろうという自信はあった。未来はどこまでも真っ直ぐで遮るものなど無く、例え困難な出来事が生じても、それを乗り越えられる力が自分にはある。そう思っていた。
なんて単純で、浅はかで、馬鹿なんだろう。琴子はあの時の自分を思い出すと死にたくなった。まぁ、若さとはそういうものなのだろうけれど。
5年前、最初に体調を崩してから、琴子は同級生たちと連絡をとるのを止めた。あれから親友だった梨絵とも一度も会っていない。みんな、どうしているのだろうか。今のわたしを知ったら、どう思うだろう。なんて哀れで気の毒な女だと思うのだろうか。琴子は思った。
しかし、琴子にはわかっていた。人がそんな風に思うのは一瞬のことで、すぐに自分の生活の、人生の流れの中に身を沈めて、他人のことなどすぐに忘れ去ってしまう。生きていくというのは、そういうものなのだ。