朝
台風が過ぎ去り、秋がまたひとつ深くなった。
昨晩までの雨は上がったが、風はまだ強く吹いている。ベランダに出ると、びゅうっという音とともに、琴子の髪が舞い上がった。時折、金木犀の香りがふわりと漂ってくる。この地域では、その甘く濃い香りを合図にあっという間に気温が下がり、誰もが長い冬の気配を感じとる。
部屋の中に戻ると、もうすぐ2歳になるセキセイインコのハルが、忙しそうにエサをついばんでいた。黄色い、美しい羽根を持つその小鳥に、琴子たち一家は虜になっている。
琴子は、もしもこの子が急にいなくなってしまったら…そう想像するだけで胸の奥がギュっとなり、涙さえ出ることもあった。
6時40分。朝食の時間だ。平日はほぼ同じ時間に母親の杏子と一緒に食べる。
一緒、とは言っても、朝食の内容はそれぞれ違う。琴子はパン(トーストだったりロールパンだったり)、はちみつときな粉入りのヨーグルト、温めた豆乳。杏子はごはんに納豆、あとは琴子と同じだが、ヨーグルトにはバナナも入れる。ちなみに妹の雛子は琴子と同じパン派だが、ヨーグルトには杏子と同じくバナナを入れる。つまり、各々こだわりがあるのだ。なので、自分の分は自分で準備をする。
琴子たちはいつも、新聞を読みながら朝食をとる。全国紙ではなく地元紙。たまによそで全国紙を読むことがあるが、琴子はローカル情報満載の地元紙の方が好きだ。まず杏子が読み、その後琴子に回ってくる。地元出身のロック歌手がふるさと観光大使に任命、先日のマラソン大会、今年の米の出来栄え…心が滅入るニュースの多い時代、それらのゆるりとした記事を読むと、自分の周りは安全なのだ、という心持ちになる。
新聞を読むとき、琴子は必ず「お悔み欄」に目を通す。18年前、琴子の父親である昭雄が亡くなりお悔み欄に載せてから、なんとなく毎日見るようになり、習慣になった。
毎日見ていると、たまに知っている人の名前を見つけることがある。昔住んでいた町の近所の人だったり、学校の先生だったり。亡くなった人の年齢は大抵高齢であり、その人と過ごした時代からこんなにも月日が経ったのだ、と寂しさと恐ろしさが入り混じったような気持ちになる。
そして琴子は毎日、ある名前を探している。そして今日も載っていなかったことに安心し、朝食を終えるのだった。