温厚な人こそ怖かったりする
「……分かった。こちらの依頼が終わり次第、すぐに行くね」
〈念話〉を切ると、イグノアはディズの頭をガシガシと掴んだ。
「な、何すんだよ!」
しばらく考え込んでいたディズは、突然のことに驚き、声を上げた。
「デルニールからだ。どうやら向こうの依頼で手に余る事態になっているらしいんだ。今の戦いに思うところはあるだろうけど、ひとまず一緒に来てくれないかな?」
「手に余る? アイツの?」
ディズはにわかには信じ難いと言った表情でイグノアを見る。
「僕も驚いているよ。彼はうちの支部の中でもトップレベルの術者だからね。そんな彼が手に負えないものを、僕にどうこうできるとは思えないよ」
「イグノアにも無理だったら、王国軍の助力も受けるのか?」
イグノアは少し考えると、首を捻る。
「どうだろうね……基本的にギルドと国軍は原則不可侵だから。別件でこれを撤廃しているものはあるけれど、この依頼がそれに値するかどうかは、見て見ないとわからないね」
「まぁ、そうだよな。それで、俺はそこに必要か?」
ディズは素朴な疑問を投げてみた。
デルニールの手に余る依頼で自分が役に立つ姿を想像出来ないためだ。
「それは分からないよ。けれど、ディズもそろそろAランク昇格試験にチャレンジしてもいいと思うんだよね。さっきの魔法を見て、そう思った。だからこれは勉強だと思って、来てくれると嬉しいな」
ディズはどこか納得がいかない様子でもあったが、一応ギルドのお偉いさんであるイグノアのお願いを断る訳にも行かないと思ったのだろう。
「まぁ、勉強は大事だよな」
何度か頷きながら、彼は同行を承諾した。
「それで、どこに行くんだ?」
「すぐそこだよ。坂を登ったところにある武器屋だね」
ディズは「あぁ、あそこか」と相槌を打つ。
「んじゃ、歩いていくか」
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ話が……!」
回復魔法を施されている途中のフラウが声を荒らげる。
「君はまず、傷を治すことだ。後で帰ってきたら話をしよう。僕も聞きたいことがあるからね」
「はい、到着」
二人はデルニールとべスティがいる武器屋の前に到着した。
訓練場から徒歩五分ほどのその武器屋の店内には、あらゆる獣が彷徨いていた。
「ここは動物園か?!」
ディズはポカンと口を開けた。
「武器屋だと聞いていたんだけどね……」
イグノアもその光景は想定外だったらしく、苦笑いをしていた。
「ディズ! 来てくれたんだね! 嬉しい!」
「え、あ、うん……」
それでディズは合点がいった。
「そっか、べスティの獣たちか」
店内を闊歩する猛獣達は、ディズが依頼で時折一緒にじゃれ合っていた。
中には異常に懐いている奴もいるのだが、どうやら今日は呼び出していないらしい。
「うん! リーダーの魔法でも手がかりが掴めないらしくて、嗅覚の鋭い子にお願いしているんだ」
なるほど、それで店内に獣が溢れていたのか。
「思わずツッコミを入れてしまったぜ」
ふぅ、と額を拭うと、ディズはニカッと笑う。
「相変わらず騒々しいな。それぐらい状況から察しろ。それでは国家試験は受からないぞ」
「うっせぇ! Aランクの昇格試験を受けるなんて、誰も言ってねぇぞ!」
「だがいつまでもBランクのままではカクテスたちに笑われてしまうぞ」
「そういうあんたこそ、万年Sランク止まりじゃねぇか、デルニール!」
「あはははは! ディズは面白いことを言うね。デルニールだって、本来は僕と一緒にSSランク昇格予定だったんだよ?」
「え、そうなのか?!」
「でもちょっとした事情があってね。延期になってしまったんだ」
ディズとべスティは目を合わせた。
二人とも初耳だったのだろう。しきりに瞬きをしていた。
「そういう話は、この依頼が終わってからにでもしてくれ」
デルニールは一本の剣をイグノアに差し出すと、店内に目を向けた。
「〈念話〉で伝えた古代武器だ。最近譲り受けたらしい。しかし今朝商人が出勤した頃には能力を抜き取られ、他の武器も根こそぎ盗まれたことを確認している」
「なるほど。依頼内容と現状はだいたい把握出来たよ。では、君がこの店の店主かな?」
イグノアはデルニールのそばに立っていた小太りで中年の男を見た。
「そうです。武器商人をしている、アルムです」
商人のアルムは頷いた。
「ノールコメヴィル支部のギルドマスターを任されている、イグノア・ジェンジスだよ。よろしくね」
アルムは彼の自己紹介に驚いた。
「その若さでギルドマスターなのか?!」
「おや、お世辞が上手い商人さんだね。僕はハーフエルフだから多分君よりは歳上だと思うんだけれど……まぁ、それは今は置いておこう」
イグノアは見てわかるような身体的特徴は特になく、一見すると人族と何も変わらない。
とはいえハーフエルフは、エルフほどではないが、それでもヒトの中ではダントツに寿命の長い種族である。
魔力操作に長け、高度な魔法を駆使することが出来る特徴を持っている。
「それで急ぎ依頼をしたんだね。ところで一つ確認してもいいかな? アルム」
「へい! なんでもお答えします!」
アルムの目がギラリと光る。
ここで上手く取り込めば、ギルドで自分の武器を売り込めるとでも考えたのだろうか?
商売人の顔になっていたが、ディズは恐ろしいことだと思った。
マスターは若く見えるから、見下されることが多い。そのためにつけこもうとする輩は後を絶たない。
けれどディズは知っている。
マスターはそういうタイプの人間を許すことは無い。
「ちょっと下がっておこう」
「うん、そうだね」
ディズはべスティと共に二歩後ろに下がった。
勘のいい猛獣は、我先にとべスティの陰に隠れる。
「君の店の噂は、ギルドメンバーからよく聞いているよ。とても質のいい武器を取り扱っているんだとか」
「お陰様で、ギルドの方にはご贔屓にして頂いてます」
アルムはゴマをするようにヘコヘコと頭を下げる。
「そんな優秀な君のことだ。能力が奪われていたことは知った上で依頼をしたのかな?」
イグノアの言葉に武器商人は頷いた。
「も、もちろんです! 私はこの店の店長であり、仕入れも自分の目と足で行っています。それが、能力を奪われたことに気が付かないわけが……」
そこまで話した商人はハッとした。
イグノアの目が微かに怒りを含んでいたからだ。
デルニールはイグノアの意図を組んだのか、懐から今回の依頼書を差し出す。
「……ふむふむ、なるほど。依頼書によると、そのような記述は一切ないようだね。もちろん、今の話の通りに依頼をした、ということでいいのかな?」
「え、あ、どうだったかな……あの時は焦ってしまっていたから……えっと……」
しかしイグノアの視線はなおも冷たい。
ディズとべスティはお互いに息を呑むと、さらに後ろに下がった。
鈍感な猛獣たちもさすがに異変に気がついたらしい。
怯えた顔でべスティの後ろに飛んできた。
デルニールは面倒臭そうに小さくため息をすると、いつでも魔法を使えるように構える。
「ギルドは開かれた斡旋組合を目指している。日々の困り事はもちろん依頼して頂いて構わないよ。けれど僕らは全能ではない。より適切な人材に適切な依頼を受注して貰えるよう、厳選な審査の上でランク付けをしているんだ」
イグノアの足元に魔法陣が展開される。
「そのためには虚偽申告は以ての外。一つの情報が欠けていたことで全滅したパーティだってある。依頼において情報は何一つかけることなく報告する必要がある。分かるよね?」
アルムが息を呑む。
表情はすっかり青ざめ、膝が笑い始める。
背後からでは見えないが、きっとイグノアはとても不機嫌な顔をしていると思う。
「問おう。君は、君が知り得た情報を全て、我がギルドに報告した上で依頼をしていたのかな?」
魔法陣はバチバチバチと音を立てながら魔力を放出する。
荒れ狂う魔力は店内を這い、壁や床にヒビをつける。
「〈氷属障壁〉」
「〈雷よ堅牢な盾となり我を守りたまえ 雷属障壁〉」
デルニールは自身に、ディズはべスティや背後の猛獣たちを守れるよう大きめの〈障壁〉を張って、イグノアの魔力から身を守る。
「ひいぃぃぃぃ!! も、申し訳ございません!! 依頼料と報酬が高額になるのを避けるため、虚偽の申請をしていました!! ですから、何卒、命だけは!!」
商人は飛び上がるほどの勢いで地面に両膝をつくと、これまた頭が地面にめり込むのではないかと心配になるほどの勢いで土下座した。
それを見ると満足したのか、イグノアの足元からは魔法陣がスッと消えていった。
「よろしい」
イグノアは依頼書を魔法の力で書き換え、商人が書き換えることが出来ないように封印魔法を施すと、それを商人に突き出した。
「アーティファクトから魔力や能力のみを抜き出す手口は、Sランクのデルニールですら解析ができないと聞く。よって、この依頼はただいまよりSSランク依頼とし、依頼料は当初の五倍、報酬は十倍とする。それから罰金料については依頼状況によって決定する。現状は金貨十枚くらいが妥当かな?」
「金貨十枚?! そ、そんな、法外な!」
商人はその依頼書を見て唖然とするが、イグノアは一切の意見を許さない。
「本来適切な報告をしていればここまでの罰金は課さなかった。これは君自身の落ち度による、適切な対処と言えるよ。以後、ギルドに依頼する場合は気をつけるように」
「で、ですが……」
「支払わないと言うならば、規則に基づき、ノールコメヴィル支部は今回の依頼を強制破棄し、以後、君からの依頼は全て拒絶することとする。それで手を打とうか」
商人はここまで言われてようやく態度を改めた。
「……分かりました……。従います……」
ディズとデルニールは〈障壁〉を解除する。
「俺、マスターには逆らわないように、これからは気をつけようと思う……」
ディズが呟くと、べスティも猛獣たちも頭が取れてしまうのではないかと心配になるほど、ブンブンブンと頷く。
「同じこと考えてた。マスターには逆らっちゃダメ、絶対」
「聞こえてるよ、二人とも」
ギクリと、二人と猛獣たちは肩を震わせる。
それを見ると、イグノアとデルニールは笑った。
「僕だって普段は温厚だよ? 悪さをしなければね」
イグノアはそういうと、差し出された聖剣を手に取る。
「確かに、能力が宿っていたらしいね。それを抜き取るために魔力を使ったらしい痕跡は微かに見えるが、使った魔法の特定は難しそうだね」
「じゃあ、マスターでも難しいことをやって退ける犯人は、SSランク以上の実力者ってこと……?」
べスティが声を上げる。
するとデルニールが補足説明をする。
「あるいは、複数人いるという情報が正しければ、それぞれに特化した分野で証拠隠滅を測った可能性もある」
「それって、追跡が困難ってこと?」
ディズが聞くと、デルニールは答える。
「魔法ではな。リュジット」
デルニールが声をかけると、イグノアの魔法にも怯えなかった獅子は、ゆっくりとデルニールの元へやってくる。
「方角は定まったか?」
ガウガウと鳴くと、リュジットは店外へノソノソ歩いてゆく。
「ついて来いって!」
べスティは通訳をすると、背負っていたバッグを広げる。
「さぁ、みんなはおうちに帰ろうね♪」
するとリュジット以外の猛獣たちは、店内に列を作りながら、べスティのバッグの中へと入っていく。
魔法が使えないべスティが猛獣を連れ歩けるよう、デルニールが特注で職人に作らせた魔法道具だ。
魔力を使わず、バッグの口を開けるだけで別空間と繋がる優れものだ。
べスティ曰く、あの中はそれぞれが過ごしやすいように、温度や環境が完全に整えられているらしい。
「お待たせ!」
べスティのバッグに全ての猛獣が収納されるのを見届けると、四人は店の外に出る。
「お願いね、リュジット!」