盗まれた聖剣
「これは酷い……」
ディズがイグノアと共に訓練場に向かう頃、べスティはその状況に狼狽えていた。
「酷いなんてもんじゃありません! これでは商売になりませんよ」
そこはノールコメヴィル商業都市の商業区にある武器屋だった。
所狭しと並ぶ武器は、どのような客層にも答えられるよう、豊富な品揃えでべスティたちを出迎える――はずだった。
「自己紹介が遅れた。ノールコメヴィル支部所属のデルニールだ。ナイトメアというパーティをまとめている。ランクはSだ」
「私はべスティ。ナイトメア所属のBランクメンバーです」
「店主のアルムです。依頼受注、感謝します」
ナイトメアでは毎朝、幹部たちが朝一で受注した依頼を、会議をして割り振りを行う。
その中でディズはマスターからの指名依頼を。
べスティは盗難事件の調査依頼を任されていた。
「それにしても……これは……想像を絶するね……」
受注した依頼は盗難事件。
武器屋であるはずのその店には、しかし商品となる武器はどこにも見当たらなかった。
ある一つの武器を除いては。
べスティは隣にいるデルニールをちらりと見る。
彼は鋭い眼光を光らせながら、その悲惨な状況に目を凝らしていた。
「ふむ、これは……素晴らしい武器だな」
――否、物欲しそうに武器を見ていた。
「おぉ! お客さん、お目が高いね! それは最近仕入れたんだ。神話の時代、邪龍討伐戦に赴いた騎士が使ったとされる、アーティファクトの聖剣だよ」
「なるほど、なるほど。滅多に市場に出回らないアーティファクトがこんな所に残されているとは。手に取っても?」
すると店員はあたふたする。
「そ、それはいけねぇ! 固定魔法陣で購入者以外には触れられないようにしているんだ」
確かに、よく見れば聖剣の周りには魔法陣が描かれている。店でよく見られる、盗難防止用の固定魔法陣だ。
解除せずに触れれば何かしらの仕掛けが作用するだろう。
「防犯用の魔法陣? しかしこれは……」
彼はその聖剣に違和感を覚え、首を傾げた。
「ちょっと、リーダー! ここには依頼で来たんだから、剣ばかり見てないで、お仕事してよ!」
べスティは頬をふくらませると、聖剣を観察してばかりのデルニールに向けて怒った。
「しているさ」
「それなら武器を見てないで証拠を見つけなきゃ」
「まぁ、見ていろ」
「ちょ、デルニールさん!!」
デルニールは商人の叫びを無視すると、あろう事か魔法陣に手を添えて術式を破壊した。
魔法陣に流れる魔力の流れを、自らの魔力で乱したのだ。
それにより効果を保てなくなった魔法陣は解け、直接剣に触れられるようになる。
デルニールはそのまま聖剣を手に取ると、鞘から抜き出し構えた。
「やはり、偽物だな。見てくれこそ素晴らしいが、力を感じない」
「偽物? それならわざわざ守らなくてもいいじゃない。なんで魔法陣なんか……」
べスティは武器商人の方を向く。
荒れた店内に立ち尽くす彼の姿は、とても小さく、悲しげに見えた。
「……その武器は紛れもなくアーティファクトです」
武器商人は項垂れるように膝をつく。
「今朝出勤した時には既に、この惨状でした……」
静かな店内に、すすり泣く声が虚しく響く。
「俺もよくこの店は利用するが、このアーティファクトが正規の能力を持った武器だったはずだ」
そう言ってデルニールは自分の剣を鞘から引き抜く。
手入れの行き届いた彼の武器は、仄かに魔力を纏っていた。
「この剣もここで購入した。素晴らしい剣だ。その際にこのアーティファクトも手に取ったのだが、その時は確かに力を感じた」
そう言って、彼は剣を鞘に収める。
「一体何があった?」
アルムは涙を拭いつつも頭を横に振るだけだった。
「分からないのです。昨日店を出る時に変わった様子もなく、戸締りだってしっかりしました。しかし朝になると、店に商品はほとんどありませんでした」
「……なるほど。犯人は夜のうちに店内の武器を根こそぎ盗んだのか」
「それに加えて、そのアーティファクトです。剣はそのままに、力のみ盗まれました……」
デルニール納得したように頷いた。
「確かにそれは、ギルド案件だな。ただの盗難ならともかく、アーティファクトの力を抜きとる盗人など、王国軍の手には余る」
「でも店内は荒らされてないから、証拠は見つからなそうだよ……」
べスティはぐるりと店内を見回す。
「だが、この店の全ての武器が狙いだったわけではないのかもしれない」
デルニールは剣を眺めつつ言った。
「アーティファクトとは、神話の時代に作られた古代武器だ。現代と比べられぬほど高等な魔法技術を用い、武器に魔法が込められたものだと云われている」
「でも、魔法を込めるだけならあるよね? リーダーが持ってるその剣も、そうでしょ?」
デルニールは頷いた。
「現代の魔法武器と古代武器は、魔法の込められた武器であるところに違いはない。違いは込められている魔法の種類と、その強さだ」
彼は聖剣の剣身に刻まれた文字に手を添える。
「見ろ。古代文字だ」
べスティが覗き込むと、記号のようなものが羅列しているのが見えた。
文字とは言うが、彼女にはそれが文字にはどうしても見えなかった。
「なんて書いてあるの?」
べスティはデルニールに尋ねるが、彼は首を横に振った。
「さあな。俺にも読めない。しかし、古代文字だということだけはわかる」
「昔の人はこんなに難しい記号を日常的に使っていたの?」
「今となってはわからない。古代文字は文字そのものに魔力が宿るらしい。現代ではこの技術は失われてしまったから、日常的に使えるものなのか分からないんだ」
「文字の技術が失われたってことは、アーティファクトを新しく作れる人はいないってこと?」
「そうだ。だからこそアーティファクトは価値が高い。新たに作られないことと、破損したり、消失してしまうこともあるからな。邪龍討伐戦で使われたと言われるほど昔の武器なのだから、仕方の無いことだ」
べスティは頷いた。
「そうだね。でも久々に聞いたなー。邪龍討伐戦……か」
「覚えているか?」
「うん。世界の破壊を望んだ邪龍に、創造神率いるヒトの軍勢が挑むお話だよね? 昔みんなが読み聞かせてくれた。私、あのお話好きだったんだ」
べスティはふふふ、と笑みをこぼす。
「そうだな。眠れないからと、ディズと一緒に俺の部屋に絵本を持ってきたこともあった」
デルニールは懐かしむように笑う。
「いつの話してるのー!」
ぷうと頬を膨らませると、べスティは少し赤らめた顔で古代武器を見つめた。
「この剣が、その邪龍討伐戦で使われたかもしれないんだよね……なんか変な感じ」
「おとぎ話として語り継がれるほど昔の話だ。俺も同じ気持ちだよ」
デルニールはそっと微笑んで剣身を撫でた。
「とにかく、だ。古代武器は強力であり希少だ。価値があるからこそ奪われた可能性は高い」
「だとしたら盗賊かもしれないね。店内にあったはずのかなりの数の武器も盗んでいるから、大人数なのかも」
「そうだな。現存している古代武器は高額で取引される。そのために盗難被害に見舞われる店が後を絶たない」
「盗賊とかはお金になるものはなんでも盗むからね」
べスティはため息をついた。
「依頼としては、盗賊を見つけ出せばいいってことだよね?」
べスティはアルムに確認を取る。
「そうです。そして奪い返してください。せっかく手に入れたアーティファクトなんです。このままでは譲ってくれたヒトに申し訳が立たない」
「譲ってくれたヒト?」
デルニールはアルムの言葉にぴくりと反応した。
「このような希少武器を譲ったヒトがいるのか?」
「えぇ。無口ではありましたが、とても気前のいい青年でした」
「対価は? 金以外になにか払ったのか?」
「いいえ、何も。ただ、譲ることで何かが起きた時は、あなた方に頼むといいと言われましたね」
アルム曰く、ナイトメアなら高ランクメンバーも揃っているので、トラブルの対応力に文句は無いだろうとその人物は説明したらしい。
「無償でアーティファクトを譲る者がいるとはな……」
「不思議なヒトでしたよ。最後まで名乗らず、正体が知られてはいけないと、顔も見せて貰えませんで」
「確かにアーティファクトは高価だからな。それを持てるだけの財力があると知られれば、色々と問題が起こるかもしれない。情報漏洩を警戒して当然だな」
しかし、古代武器は売れば金になるというのに、無償で譲る青年か……。
そのような人物が何故ナイトメアを名指ししたのか。
何かの依頼で面識があるのか?
依頼主なら全てではないが、ある程度デルニールも把握しているのだが、そのような財力がありそうな青年の記憶はない。
依頼履歴を一度見ておく必要があるやもしれない、とデルニールは心に書きとめておく。
「盗賊を探すには手がかりが必要だよね。でもそもそも……古代武器に込められた魔法だけを抜き取るなんて可能なの??」
「もちろん、本来であれば不可能だ。並の盗賊では無いのかもしれない」
デルニールは店内を観察するように歩く。
「魔力痕もほとんど見当たらない。手口も痕跡も俺に悟らせないとは……相当な手練のようだな」
「どうするの?」
デルニールは魔導種で、ギルドではSランクの資格を持っている。
その人物が音を上げるならば、べスティに出来ることはほとんどないだろう。
増援を呼ぶのなら、シエルは支援魔法が得意だが、デルニールと魔力は拮抗する。
それでは新たな手がかりを探し出すことは難しいだろう。
上回るとすれば、マスターくらいだろう。
「ヒトでダメなら……」
デルニールは顔を上げると、べスティを見る。
「動物の嗅覚なら、何かわかるかもしれない」
「……どう?」
べスティはしゃがんで目線を合わせると、その子に尋ねる。
「……そっか」
日は真上に登った。
外では正午を知らせる鐘が町に響き、共鳴する。
二人がこの店に来てから、既に二時間が経過しようとしていた。
「全然わからないって」
クウゥゥゥゥンと、申し訳なさそうに鳴く犬を抱き上げると、べスティは頭を優しく撫でてやる。
「他は? これだけいれば、少しはなにか見つからないか?」
べスティは店内にて蠢く獣たちに聞いて回るが、首を横に振る。
彼女は猛獣使いだ。
いかに獰猛で手のつけようのない獣でさえ、彼女にかかれば犬のように従順になる。
ただの純人種であるはずの彼女には、魔法とは違う、不思議な力が宿っていた。
「猛獣たちも、全然……」
彼女の権限で、飼われた獣達はべスティの役に立ちたいその一心で、店内を嗅ぎ回るが、思うような結果は得られないようだ。
そこでべスティは、自分を呼ぶ猛獣がいることに気が付き、店の奥へと駆け寄る。
「どうしたの? リュジット」
それは立派なたてがみが特徴的な獅子だった。
リュジットと呼ばれた獅子は、利口に座ると、尻尾を振りながらガオッガオッと鳴き声をあげる。
「なんて言ってる?」
店主と共に覗き込むデルニールは、べスティに尋ねる。
「微かに匂いを感じるって」
「追えるか?」
リュジットは肯定するように短く吠えた。
「どうするの?」
「アーティファクトを奪えるほどの力の持ち主だ。さらには大人数の可能性もある。俺たち二人では手に負えない可能性もある」
デルニールそういうと、頭に指を当て〈念話〉を飛ばす。
「イグノア、聞こえるか」
『デルニール、どうしたんだい?』
〈念話〉はすぐにつながり、訓練場に居るイグノアと、魔法による通話が始まる。
「べスティが今日受けた依頼について、二人では対処しきれない状況になってきた。増援を要請したい」
『……分かっていると思うけど、僕はギルドマスターだ。個のパーティに介入することは――』
「アーティファクトが盗まれた。それも能力だけを抜き取られ、さらには俺にも魔力痕を辿らせない技術を持っている」
イグノアは押し黙る。
「シエルを呼んだとしても、能力値に大きな差がない俺たちだけでは、恐らく手に余る」
『……分かった。こちらの依頼が終わり次第、すぐに行くね』
〈念話〉はすぐに切られ、デルニールは頭から指を離す。
「イグノアが依頼終了次第来る。それまでに、大まかな方向を割り出せるか?」
デルニールが尋ねると、リュジットは「任せろ」と言わんばかりにガオッと吠える。
「頼んだぞ、リュジット。お前の鼻が頼りだ」