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龍花の涙  作者: まのじ
第一章 ナイトメア編
6/39

銀の月

 

 翌日――


「……なんで俺が、こんなことを……」


 ブツブツと悪態をつくディズは、背筋に悪寒を感じながら、石畳の続く坂道を登っていた。


「ほら、堂々としなよ。街ゆく人が君を見ている」


 彼の腰に手を回したイグノアは、彼にだけに聞こえるよう、声を潜めて話しかけた。


「見て、あの二人……」


「なんとまぁ……美しいわね」


「あれは……イグノア様?!」


 二人が道を歩けば聞こえてくるのは感嘆だ。

 頬を少し赤く染めた人達が二人を見ては、ヒソヒソと話し合っている。


「じろじろ見てんじゃ――モガッ!」


 ディズの口を素早く塞いだイグノアは、怒鳴り声が響くことをなんとか阻止すると、町民に向けて笑顔で手を振った。


彼女(・・)、見られることに慣れていないんだ。許してあげてね」


 イグノアの微笑みにさらに頬を赤らめた女性陣は、黄色い声を上げる。


「……何見てるのよ」


 ディズがギロリと睨みつけると、男達は痺れるような冷たい視線の虜になる。


「よく似合ってるよ、ディズ」


 イグノアはニヤニヤと笑いながら、彼の事を上から下まで観察した。

 カツカツとヒールを鳴らしながら、ディズは不機嫌そうな表情でイグノアを見る。


「恨んでやる……」


 美しい銀髪のウィッグを風になびかせ、ドレスの裾を翻させる彼は、どこからどう見ても美しく魅力的な女性だった。


「いつもは喜んでやってくれるのに」


 その類まれなる女装の才能は、主にイグノアからの指名依頼(クエスト)によって鍛え上げられた負の才能だと、ディズは常日頃考えている。


ノールコメヴィル(ホーム)じゃないところでの任務ならな! ここじゃどこで誰に見られるか、わかったもんじゃねぇ……」


 そう言ってディズは周囲を警戒した。

 二人が歩いているのは、ギルドが管理する訓練場へと続く道だった。


「喜んで、という所は否定しないんだね」


「否定するわ! 好き好んで女装なんかするわけねぇだろ!」


クワッと噛み付く勢いでディズは抗議すると、人の目に気づきプイっとそっぽを向いた。


「……なんでわざわざ変装する必要があんだよ?」


「うん……実は、他支部で銀髪で一八歳の魔導種を探しているって人がいてね」


「銀髪? そんな珍しい色でもないだろうに」


 ディズはそういうと自分の髪をつまみ上げ、しげしげと眺める。


「この辺りでは珍しい色だよ。思い返してごらんよ。これまでに銀髪の人に出会ったことなんてあるかい?」


「うーん……ないかも……」


 ディズは首を傾げる。


「だろう? その上一八歳の魔導種ときた。探している目的も分からない中で、君の姿そのままに会わせるのは危ないとデルニールが判断してね」


「アイツが? 別にバレても大して困りはしないだろうに……」


 イグノアは苦笑する。


「念の為だよ。世の中怖い人はいくらでもいるから、お父さんは心配なんだよ。だから変装してもらってるってわけ」


「お父さん言うな」


 ディズはムッとする。


「まぁ、理由はとりあえず分かった。ただ、女装である必要性はあったかよ?」


「あぁ、それは僕の趣味」


 イグノアはテヘッと舌を出す。


「てめぇ!」


 ディズはカッとなり、思わず殴りかかろうとするも、イグノアの〈束縛(バインド)〉に阻まれる。


「怒ったらダメだよ。せっかくの美人が台無しだ」


「くたばれ! こんのド変態! 娘に嫌われてしまえ!」


「むっ! 大丈夫だよ。あの子は僕のことをずっと好きでいてくれるから、心配いらないんだな~」


 からかうように笑うと、イグノアはそのままディズを訓練場まで連れてゆく。


「少し待たせてしまったかな?」


 声をかけられビクリと肩を震わせたのは、訓練場に佇む一人の女性だった。

 ひたすら一点を見つめ立ち尽くす姿は、どこか緊張感を感じる。


「いえ、先程来たところです」


 彼女はそう言うと、イグノアに体を向ける。


「その方が、私の探していた方ですか?」


 ディズにかけていた〈束縛(バインド)〉を解くと、イグノアは頷いた。


「条件にあった、銀髪で一八歳の魔導種の子供だよ」


 ディズはその女性を観察する。


 年は二〇~三〇代ぐらいだろうか? ボブが綺麗にまとまっている。

 服装は動きやすいパンツスタイルで、ストレッチが効いた素材のようだ。

 背中には身の丈に合わぬ大剣を背負った女剣士。微量ながら武器から魔力も感じる。

 魔法を剣に纏わせて戦う魔法剣士なのかもしれない。


「確かに銀髪で、魔導種の様ですね」


 女性はカツカツと近づくと、ディズの前で立ち止まる。


「ですが、女性……ですか。いや、でも……」


 ブツブツと呟きながら観察され、ディズは少し不快な気分になったのだろう。

 キッと睨むと、女性はタジタジした。


「あぁ、これは失礼しました。気分を悪くさせてしまいましたね」


 彼女は両手をあげると、少し後ろに下がって丁寧にお辞儀した。


「フラウ・ベライウンと申します。以後お見知り置きを」


「……ディズよ」


 その見た目にふさわしいよう、彼は女性らしい声と仕草で対応する。


「ディズさん……ですね」


名を聞き、彼女はやはり残念そうにした。


「えぇ、そうよ。女である事を残念がっていたようだけれど……当てが外れたのかしら?」


「どうやら条件に男の子、というのを入れ忘れていたみたいです」


 つまりディズが男であると気づかれた時、何かしらがある可能性があるという事だ。

 イグノアはデルニールの判断に救われたことに安堵すると同時に、強い危機感を覚える。


「それは残念ね。次からは十分に注意する事ね」


「ええ、気をつけます」


 フラウは大人しく頷いた。

 それにしても、彼女は何故銀髪で一八歳の魔導種を探しているのだろうか?


 しかし尋ねるまでもなく、フラウはぽつりぽつりと語り始めた。


「私はある人を探して、旅をしています」


「人探し?」


 ディズが聞き返すと、フラウは頷く。


「この町に銀髪の少年がいるという噂を耳にし、こうして訪ねたというわけです」


「でも、マスターの知る銀髪は男ではなくて女だった。だから宛が外れたという事ね」


 フラウは再び頷く。


「けれど代わりに少し気になることが出来ました」


 フラウはそう言うと立ち上がり、ディズに向けて片手を差し出す。


「あなたの魔力波長は、私の知る人とよく似ています」


「っ!! それって……!」


 魔力には波長というものが存在し、波長の形は親族間で遺伝子することが多い。

 似ているということは、親子関係、もしくは親族である可能性があるのだ。


「私はこれでもマギアの出身でして、それなりに魔力感知は得意なのです」


 イグノアの様子が変化する。

 何か焦りを浮かべるような、そんな表情だ。

 隣にいるディズは気づいていないようだが。


「……そう。それで?」


「手合わせいただけますか? 私はあなたの魔力の深淵を知りたい」


「私は構わないわ」


 ディズがマスターをちらりと見ると、マスターは少し困った表情を見せる。


 見た目は変装で偽装ができる。

 しかし魔力を偽装することは簡単に出来るものでは無い。

 イグノアは、ディズの正体がバレることを警戒しているのだろう。


 しかしここで断る理由も、ディズには他に見つからない。


「いいかしら?」


 ディズは尋ねる。

 ダメならば適当に理由をつけて強行するだけだが。


依頼(クエスト)以外で魔法を使うことは、あまり褒められたことじゃないけれど……」


 イグノアはあくまでもギルド・ノールコメヴィル支部長として回答をするに留めた。


「でしたら、私はディズさんに指名依頼(クエスト)を依頼します」


 フラウは依頼書を差し出してきた。

 このような事態に備えて事前に作成していたのだろう。

 準備のいい者だ。


「しかし――」


「いいわ。受けて立つ」


 イグノアが何かを言いかけたのを言葉で制すると、ディズは依頼書にサインした。


「ディズ! そんなこと勝手に……」


「イグノア」


 ディズはイグノアに向き直ると、真っ直ぐに翠眼を向けた。


「俺はフラウの言葉が気になるんだ」


 ディズはイグノアにしか聞こえないほど小さな声で語る。


「フラウは、俺によく似た魔力を知っていると言った。俺は……それが誰なのかを知りたい」


 彼は恐らく、探しているのだろう――


「何度も言われているはずだよ。君はデルニールの子供だ」


「本当の……親じゃない……」


 ――本当の親を。


 ディズは少し目を伏せ、悲しそうにつぶやく。


 彼をここまで育てたのは、確かにデルニールとシエル、ナイトメアのみんなだ。

 それはもちろん感謝をしているだろう。

 それでも譲れないのが生みの親の存在だ。


 生きているともわからぬ親との再会を夢見た、彼の前に転がるまたとないチャンスに飛び付きたいのだ。


「……分かった。認めよう」


 イグノアは右手を差し出すと、地面に魔法陣を展開した。

 それはある程度の大きさまで広がると、即席の結界のようなものを作り出す。


「〈障壁(ウォール)〉を応用した試合会場だ。中で暴れたとしても、外への影響はない。僕が抑え込めるまでなら」


 ディズは頷くと、フラウに向き直る。


「待たせたわね。ギルドマスターのイグノアに審判を任せる。異存は?」


「ありません」


「イグノアも、いいわね?」


 イグノアは頷いた。


「武器はギルド支給の木剣を使用のこと。魔法の使用は認めるが、即死魔法の使用は禁止とする。伏した状態でスリーカウントで起き上がれなかった場合、試合終了とする。〈障壁(ウォール)〉外は失格。異論はあるかな?」


 イグノアはルール説明をしながら木製の大剣をフラウに、短剣をディズに手渡す。

 そしてフラウが装備していた大剣を預かると壁に立て掛けた。


「ないわ」


「ありません」


 フラウとディズは同時に返答する。


「では……はじめ!」


 イグノアの合図を皮切りに、フラウは一気に踏み込み大振りの剣で横に薙ぎ払う。

 しかしそれを見切ったディズは後方へと飛び退く。


「〈雷よ 収束し狙い撃て 雷撃(サンダーショット)〉!!」


 手を拳銃のように構えると、指の先に魔力を収束させて一気に三発撃ち込む。

 指から放たれると、雷を纏った砲撃は、光の速さでフラウが踏み込んだ足元周辺の石畳を抉る。


「雷魔法……!」


 フラウは驚いたように声を上げる。

 そして次の攻撃に転じるために準備していた勢いを、横へ向けて飛び避ける。


「大剣を振る割には動きが俊敏ね!」


 男性が大剣を振るう際もそうだが、巨大な武器は己の力だけで持ち上げるのは苦労がかかるので遠心力を使って大きく振ることが多い。

 そのためモーションが大きくゆっくりになるのが特徴的である。


 それは木剣であっても同様だ。

 金属製の体験に比べれば幾分か軽さのある剣であるが、それでも重さはしっかりとある。


「貴女こそ、直接攻撃するのではなく足元を狙うなんて、嫌な戦い方ね」


 フラウは低く構えると再びディズの懐めがけて踏み込む。


「実践的と言ってちょうだい!」


 ディズは再び後ろに飛び退き雷撃を喰らわせようとするが、フラウは構わず剣を薙ぎ払う。


「チッ……!」


 ディズは詠唱を中断し、短剣を構えると剣を受け止めた。


「へぇ、やるわね」


 フラウは渾身の力を受け止められて口の端を釣りあげた。


「ならこれはどう?!」


 フラウは足を踏み込みディズの剣を弾き飛ばす。


「あっ!」


 ディズはそのままバランスを崩してよろける。

 その瞬間を捉えたフラウは、すぐさま詠唱を開始する。


「〈水よ 束縛の鎖となれ 水の拘束(ウォーターバインド)!〉」


 練り上げた魔力でディズの手足を拘束し自由を奪う。


「な、バインド?!」


 しかし彼女の魔法は水属性だ。そして水は雷に弱い。

 フラウはここぞとばかりに大剣を振りかざすが、ディズは笑う。


「水魔法なら私の雷の方が相性がいいわ!すぐに引き千切って――」


 雷の魔力を〈水の拘束(ウォーターバインド)〉に流し込むが、〈水の拘束(ウォーターバインド)〉はビクともしなかった。


「――え? 手足が動かない……!」


「はぁぁぁぁぁあああ!!!」


 フラウは木剣に魔力の水を纏わせ高度を強化する。

 水といえど、魔力により凝縮すればそれは金属をも切り捨てる鋭利な刃物となるだろう。

 そしてそれを思い切りディズの頭部めがけて木製の大剣を振り下ろす。


「っ……! やられるかよ!!」


 地声に戻ったディズの頭に、突如呪文が響く。

 彼は咄嗟に魔力を練り上げ、魔法の詠唱と同時に解放する。


「〈雷よ  天駆けし稲妻よ 混沌にさす一筋の光は 神雷 我が魔力をもって轟き  神の裁きをこの地に示せ 荒れ狂う雷撃レイジングサンダーボルト〉!!」


「〈荒れ狂う雷撃レイジングサンダーボルト〉?! そんなっ、これはあの方の……!」


 フラウの声はディズの魔法にかき消される。

 放たれた雷は術者を中心にドーム状に広がり、広範囲にわたって瞬時にダメージを与える。

 それはまるで地上に半月が現れたかのようにイグノアには見えた。


「ディズのやつ……いつの間にこの魔法を……!」


 雷光は不規則に幾重にも重なり分かれ、雷鳴を轟かせながら青白い光を鈍く放つ。

 ディズを拘束していた〈水の拘束(ウォーターバインド)〉は一瞬で蒸発し、フラウの体を電撃が襲う。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 四方八方から襲う雷撃はフラウの体を駆け抜け、為す術もない。


 それでも〈水の拘束(ウォーターバインド)〉から解放されたディズは、肩で息をしながらフラウの次の行動に警戒した。


 魔法が収まると、フラウは持っていた木剣で体を支えようと地面に突き立てていたが、強力な雷撃に付随する麻痺の付与効果が発生しているのだろう。

 うまく力が入らず地面に伏した。


 尽かさずイグノアはカウントを開始する。

 三カウント目、フラウはか細い声で負けを認めた。


「勝者、ディズ! 救護班は彼女の手当を!」


 イグノアは宣言をすると、救護班を呼ぶ。

 ノールコメヴィル支部に在籍する治癒魔法の専門家だ。


 短い詠唱のあと、フラウの周囲には淡く光る緑色の魔法陣が出現し、彼女の外傷を癒していく。


「最後の魔法、すごかったね、ディズ」


 イグノアは立ち尽くすディズに優しく声をかける。


「あ、あぁ……」


 しかしディズは何か思うところがあるらしく、歯切れの悪い返事をするだけだった。

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