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龍花の涙  作者: まのじ
第一章 ナイトメア編
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クエストクリア

 

「お帰りなさいませ、イグノア様、デルニール様、ディズ様」


 ギルドの二階にあるギルド長室で三人を待っていたのは、執事風の、白髪混じりの老人であった。


「僕は帰ってきたくなかったけどね。わざわざナイトメアに依頼するなんてさ!」


 〈雷の束縛(サンダーバインド)〉によって拘束されたギルドマスターのイグノア・ジェンジスは、ムスッとした表情で老人を見る。


「フォフォフォ、多少はお嬢様との時間を設けて差し上げたのです。感謝をしていただきたいものですな」


「そりゃ、ヴァレットが相手だったら、逃げた瞬間に捕まるだろうけどさ……」


 それでも不服らしく、イグノアはツンとした。

 それを華麗に無視した執事のヴァレット・エーデノーブルは、デルニールとディズに向けて丁寧に頭を下げた。


「このような茶番に付き合わせてしまったこと、お許しください。最近働かせすぎだとは思っているのですが、何分、人手不足でして」


「人手不足……か。確かにアイツ一人だと苦労するだろうな」


「分かってるなら休ませてよ〜!」というイグノアの声が聞こえているが、やはり華麗に無視をするヴァレット。

 そのあしらい方はお手の物であった。


「他のギルドに申請は出せないのか?」


 デルニールは訪ねるが、ヴァレットは首を横に振る。


「どこも同じく手一杯でして……」


「まぁ、式典を控えているから、そうなるのだろうな……」


「対処はこちらで考えますので、ひとまずお二人にはこちらを」


 ヴァレットは話を区切ると、デルニールに小さな麻袋を差し出す。


「今回の報酬です」


 デルニールは中身を確認すると頷いた。


「確かに受け取った」


「ねぇ、デルニールからもなんとか言ってよ。愛娘との触れ合いが極端に不足してる僕が可哀想だと思わない?! 可哀想でしょ??」


 イグノアのあまりの威厳のなさに、ディズはジト目で彼を見る。


「あと一週間は我慢しろ。この国は今、大事な時期を迎えているんだからな」


「それは分かってるけどさ……」


 デルニールはマスターを窘める。


「それに、いくらギルドが忙しくなろうと、王国軍を動かさずに済むならそれがいいと、お前も言っていただろう」


「そりゃ、そうだけど……」


 マスターはそれでも口を尖らせる。


「いい大人が、迷惑かけるんじゃない」


「ちょっと冷たくない? もう少し優しくしてくれたっていいんじゃない? ギルドと国のために頑張ってるんだよ?」


 しかしデルニールは踵を返すと、歩きながら右手をひらひらと振った。


「これ以上付き合うと、俺達の睡眠時間が削れる」


 ディズも大きな欠伸をすると、デルニールのあとをついて行く。


「じゃあね、マスター。おやすみ〜」


「うぅ……おやすみ……」


 デルニールとディズはギルド長室を後にする。

 イグノアとヴァレットは、それを見送るとため息をついた。


「全く……またディズに変な目で見られちゃったよ……」


 イグノアは〈雷の束縛(サンダーバインド)〉の術式を破壊すると、大きく伸びをした。


「フォフォフォ、威厳のなさに辟易しておるのでしょうな」


 ヴァレットは楽しそうに笑うと、ふと優しい表情を見せる。


「ディズ様がここに来て、もう一八年になりますか」


 ヴァレットはそう言うと、暖かい紅茶をイグノアの前にことりと置く。


「あの頃は産着を着てふにゃふにゃだったのにね。月日が流れるのは早いねぇ」


「……お話は、されないのですか?」


 イグノアは両手でカップを包むように持つと、紅茶の香りを嗅ぐ。


「……まだだね。まだその時ではないよ」


 そのかぐわしい香りに頷くと、一口だけ口に含んだ。


「あなたがそう仰るのであれば、そうなのでしょう。ところで、イグノア様。僭越ながら、一つだけ意見してもよろしいでしょうか」


「言いたいことは想像つくけどね。SSランク依頼(クエスト)のことだよね?」


「そうです。イグノア様お一人でこなすには、些か多すぎはしませんか。他ギルドや中央からの派遣などは、本当にないのでしょうか?」


「ヴァレットもさっき言ってたじゃない。どこも手一杯だってさ。理由は別のところにあるんだけど。とりあえず、良くないことが起きているのかもしれないね」


「やはり我々だけで対処するしかないと?」


「そういうこと」


 イグノアは肩を竦めた。


「でしたら、何人か国家試験に推薦してはいかがでしょうか? SSランク試験の推薦資格があるとすれば、ナイトメアの御三方でしょうか。他にも、Sランク試験への推薦も行うべきでしょう」


「そうなんだけどね……」


 マスターは窓の外に目線をやる。


「推薦できない理由は例の件でしょうか?」


「んー、まぁそんなところ」


 イグノアは紅茶を飲むと、ホッとため息を漏らす。


「ナイトメアはあの人との約束が果たされるまで、ギルドでの活動は制限させる。中央にはそれで呑んでもらっているよ」


「存じ上げております。ですがあの方は、あれ以来姿も見せません。本当に信用できるのでしょうか……?」


 マスターは少し困ったように笑った。


「僕たちに選択の余地はないよ」


 もう一口紅茶を飲んだイグノアは、「ただ……」と言葉を続けながら、カップに映る自分と目を合わせる。


「確かに最近はSSランク案件が増えてきて、一人で対処するにも限界が出てきたかな……。指名依頼(クエスト)として、有力パーティに振り分けるべきかもね」


 イグノアは、ゆっくりと顔を上げると、ヴァレットに向けて微笑む。


「お言葉に甘えて、事務作業は君に任せるよ」


「かしこまりました」


 飲み干したカップをイグノアから受け取ったヴァレットは、代わりにと、書類の束を差し出す。


「では、私が依頼(クエスト)の発注作業をしているうちに、こちらを片付けていただけますか」


「え、事務作業は任せろって言ったばかりだよね? なんで早速僕に事務作業が回ってきたんだろう?」


 イグノアは突然の意見の変わり様に動揺を隠せずに居る。


「こちらはイグノア様の拇印が必要な書類でございます。親指を切り落としていただけるのであれば、私が処理致しましょう」


「あ、痛いのは勘弁して……!」


 ギルドメンバーの証言によると、その日、ギルド長室の明かりが消えることは無かったという。

 また、時折「僕の天使に会わせて〜!!」という、絶叫にも似た声が寝静まったギルドに響き渡っていたらしい。






「あー、疲れたー!」


 ディズはギルド長室を出ると、デルニールと共にルームへと戻ってきた。


 ルームとは、ホーム登録をしているギルドから提供されている、住居の事である。

 パーティは最大で三〇名が所属可能なため、ルームも三〇名が快適に過ごせる程の広さを誇っている。


「あ、おかえり、ディズ」


 ルームの扉を開けると、ロビーでは数名が談話していたようだ。

 その中の一人、べスティはいち早くディズの帰宅に気が付き手を振った。


「ただいまー」


 装備を解いたデルニールとディズは、早速その輪の中に加わる。


「何してたんだ?」


「はじめてのおつかい依頼(クエスト)の様子を、報告してたんだ」


「あぁ、聖なる薬草か」


「カクテスについてだよ。あの子、自分が純人種って分かってすぐ、立ち直ったでしょ? 本人はもう気にしてはいなさそうだったけど、念の為、みんなと共有しておこうと思って」


「そりゃいい。ついでに、あの小生意気な口もどうにかしてもらえよ」


 ディズは椅子に座るなり、大きなあくびをした。


「もう、ディズってば、すぐにそうやって意地悪なこと言うんだから」


 べスティは少し膨れると、プイッとそっぽを向いた。


「まぁ、私たちからしたらディズもカクテスも変わらないけれどね」


 シエルはそう言うと、周りの大人も同意する。


「ガハハハハ! そいつは違ぇねぇ!」


 そう言って笑うのは、ナイトメアの幹部で純人種の、ミュスクル・イディオットである。

 鍛え上げられた筋肉がトレードマークの、Sランクメンバーである。


「は?! どこが似てるってんだよ」


「ディズの小さい頃にそっくりじゃないの。ねぇ? べスティ」


 シエルは笑いながらべスティを見た。


「そっくり、そっくり!」


「ばっ、馬鹿にしてんのか!」


 頬を赤く染めたディズの周囲で、バチバチと雷が迸る。


「ディズ、雷出てるよ!」


「ガハハハハ! 感情的になると魔力が暴れる癖、まだ抜けてねぇのか! まだまだガキだなぁ」


 ミュスクルは小馬鹿にしたような目でディズを見るので、ディズの雷は更に激しく周囲で弾ける。


「いい加減にしろ、ディズ」


 それを魔法で相殺したのは、デルニールだった。

 空中に迸る雷を全て凍らせると、ディズの頭を殴りつけたのだ。


「いってぇー……殴ったな!」


「室内で魔法を使うなと、あれほど言っただろう」


 それから周りの大人達にも喝を入れる。


「あまりディズをからかってやるな。狭量さが知れて憐れだ」


「あんたもだよ! ったく、どいつもこいつもからかいやがって……」


ディズは悶々とした気持ちで立ち上がると、シエルが思い出したように声を上げた。


「そうだ、ディズ。明日はあなたに指名依頼(クエスト)が入っていたわ」


「は? ……誰の?」


「イグノアよ。楽しみにしてなさい」

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