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龍花の涙  作者: まのじ
第一章 ナイトメア編
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はじめてのおつかい

 

 ノールコメヴィル――


 世界三大国家が一つ、イリニス王国南東に位置しており、レンガ造りの街並みが特徴的な、屈指の商業都市である。

 山の斜面に這うように発展したその町を眺めながら、少年は大きな欠伸をした。


「平和だなぁ……」


 風がそっと、彼の頬を撫でる。

 さわさわと、草原の草花も風に吹かれていた。


「ちげぇよ! それは、ざっそうだ!」


「えー、ちがうよ。そっちがざっそうだよ」


「ちがう、ちがう! どっちもちがうよ」


 そよそよと銀髪をなびかせながら、少年はゆっくりと声が聞こえる方へ、翠眼を向ける。


「だったらディズに、どっちがやくそうか、おしえてもらおうよ!」


「いいよ? ぼくのが、せいかいだもん」


「へんっ! せいかいは、おれのだ!」


 幼い子供が三人、その手に草を握りしめてこちらに走ってくるのが見える。


「「「ディズーーー!!!」」」


「のわっ!!」


 勢いそのままに突進してくる子供たちを受け止めきれず、後ろに倒れて、翠眼の少年ディズは頭を打ち付けた。


「いってぇ……」


 幸い、茂った草がクッションになったらしく、言うほど痛くはなかった。

 それでも、目の前がチカチカと点滅するような、そんな視界に支配された。


「ディズ、だいじょーぶ?」


 三人のうち一人の女児、イリスが心配そうに、倒れた彼の顔を覗き込む。


「だせぇなぁ、ディズは」


 少し口が悪いのが、育ち盛りの男児、カクテス。


「このくらい、べスティなら、ちゃんとぎゅーってしてくれるのにね」


 カクテスに比べて大人しいのがロゾーである。


 ディズは二人の男児をキッと睨む。


「うわぁ、ディズが怒った!」


「やーいやーい、もやし!」


 カクテスとロゾーは、そう言ってキャッキャ、キャッキャ声を上げると、ディズの周囲をバタバタと走り始めた。


「もやしは、かわいそうだよ! ほんとのこといったら、ディズ、ないちゃうよ!」


 イリス……守ろうとしてくれるのは嬉しい。

 嬉しいけれど、凄くダメージのある言葉が含められていて、ディズは握りしめた拳をプルプルと震わせた。


 ――パチパチッ


 ディズの周囲に静電気が弾けたような音が発生する。


「おーまーえーらー!」


 静電気がディズの魔力によって束ねられ、視認できるほどの極小の雷になると、空中で不規則にうねりながら地面に落雷する。


 威力自体はさほど無い。

 当たったら少しビリビリするくらいの、静電気の域を出ない雷撃だ。


「わぁ! ディズが、キレた!」


「もやしが、キレた!」


「にげろー! キャハハハハ!」


 子供たちはそんな雷から逃げるように散開していく。


「はぁ……」


 別に攻撃するつもりもないので、ディズは適当に子供たちの周囲に小さな雷を落としていく。


 それを楽しそうに避ける子供たちだが、ある程度遊ぶと飽きてしまったのだろう。

 再びディズのそばまで来ると、今度こそ手に握った草を差し出してきた。


「ディズ! このなかに、やくそうがあります!」


 イリスは得意げに切り出した。


「まおーを、たおせる、やくそう!」


「せいなる、やくそうだよ!」


 カクテスとロゾーも設定を盛り込みながら鼻息を荒くする。


「せいかいは、どれでしょう!」


 なるほど、そう来たか。


 最近流行りの、勇者と魔王ごっこだ。

 そういった類いの絵本を読み聞かせられたらしく、事ある毎にディズに魔王役をふっかけてくるのだ。


 ディズは三人から差し出された薬草を、まるで鑑定するかのようにマジマジと見つめる。


 まぁ、そんな観察しなくてもすぐに分かることなんだけどね。

 こういう子供と遊ぶ時は、雰囲気が大事だから。


 子供たちはその様子を固唾を飲んで見守りつつ、自分こそが正解の薬草を持っているのだと、目をキラキラさせてアピールしてくる。


「正解は……」


「「「はやく、はやく!」」」


 ある程度の間を置き、早く正解が知りたいとまくし立てる子供たち一人一人と目を合わせる。


「くくくくく……ははははは!!」


 ディズは大袈裟に笑い声を上げると、子供たちに向けて不敵な笑みを浮かべる。


 ごくりと、三人が唾を飲み込む音が聞こえる。


「全員……不正解だ!」


 その言葉に瞬時に反応したのはカクテスだった。


「なんだと! もういちど、よくみろ!」


 カクテスは、そう言うと魔王に雑草を突きつけてきた。


「そうだぞ! これこそが、ぼくたちがみつけた、せいなる、やくそうだ!」


「この俺様の目が、節穴だというのか? 勇者たちよ」


 雰囲気を出すために、周囲で魔力をパチパチと鳴らす。


「それらはどれも雑草だ! それでは、この俺様を倒すことなど出来ぬぞ! くはははは――うへッ!」


 魔王は後ろから襲撃を受けた。

 後頭部をパコンッと叩かれたのだ。


「魔王は私が抑え込もう! 勇者たちよ、今のうちに聖なる薬草を探し出すのだ!」


「「「きゃーーー!」」」


 凛とした声が勇者たちに命令を下すと、再び子供たちはキャッキャと声を上げながら草原に散っていった。


「……ったく、いい所だったのによ」


 ディズは後頭部をさすると、顔だけで後ろを振り返った。


「あはは! 魔王様は背後がお留守なようで」


 そこに居たのは、ディズと同じ一八歳の女性、べスティだった。

 茶褐色の肌を隠すような服装が、どこか異国文化を感じさせる。


「どう?依頼(クエスト)の進捗状況は」


「どうもこうも、こんな遊びながらやってるんだから、なーんも進んでねぇよ」


 ディズは両手を上げて背伸びをすると、そのまま草原に寝転んだ。


「まぁ、常設依頼(クエスト)だし、急ぐ必要も無いから楽でいいけどな」


 ディズと子供たちは、依頼(クエスト)でこの草原に来ていた。


 依頼(クエスト)内容は、薬草採取だ。

 薬草を三本見つけ帰れば依頼達成(クエストクリア)になる、簡単な依頼(クエスト)である。


「ディズからしたら、依頼(クエスト)よりも、子守りの方が大変だよね」


「あんまり遠くに行かないように見てるだけだし、あくびが出るほど暇だよ」


 クエストには難易度(ランク)が振り分けられている。

 FランクからSSランクまでの八つである。


 目安として、

 Fランクは子供でも受けられる簡易依頼(クエスト)

 E~Cランクは初心者向け。

 Bランクは中級者向け。

 Aランク、Sランク、SSランクは国家資格試験に合格した上級者向けてある。


 今回のような常設依頼(クエスト)のほとんどがFランクに当たる。


「チビ共もいずれは一人で依頼(クエスト)に行くことも出てくるだろうからな。こうして常設依頼(クエスト)で慣らしながら、知識を増やさねぇとな」


「そうだね。私たちも、あの頃はこうしてみんなに見守られてたんだよね」


 爽やかな風が二人の間を吹き抜ける。

 べスティは、懐かしそうに目を細めた。


「……そうか? 俺はしごかれてた記憶しかねぇけど」


「確かに、ディズにはいつも厳しかったね! ひねくれてたからじゃない?」


 べスティはクスクス笑いながら、子供たちを呼び戻した。


「そろそろ見つかった?」


 すると、子供たちは自信満々に薬草を見せつけた。


「んー……みんな、正解!」


「やったぁ!」


「せいなる、やくそう!」


「まおーを、やっつけろー!」


 三人は口々にそう言うと、薬草を片手にディズに突撃してくる。


「望むところだ!」


 ディズは立ち上がると、ふっと魔力を練った。


「「「かくごー!」」」


「〈堅牢な盾よ 我を守りたまえ 障壁(ウォール)〉」


 ディズは前方に両手を突き出すと、魔法陣を描いて〈障壁(ウォール)〉を展開する。


 堅牢な、と詠唱はしているものの、子供相手に本気は出さない。

 子供の腕力でも、殴れば砕けるほどの紙防御力に調整した〈障壁(ウォール)〉を、それとなく展開してみただけだ。


「そんなの、きかないぞ!」


 ロゾーは薬草を振り上げる。


「くらえ! ひっさつわざ!」


「「「〈ぱちぱち、どっかーん!〉」」」


 そんな魔法はない。

 魔力も込められていない、ただの体当たりだ。

 それでも三人が一生懸命飛び込むと、〈障壁(ウォール)〉はパリンッと音を立てて砕け散った。


「うわー、やーらーれーたー!」


 そう言ってフラフラすると、三人は飛び跳ねながら喜んだ。


「やった、やったぁ!」


「まおー、たおしたー!」


「みたか! おれたちの、まほー!」


 べスティは、はしゃぐ三人から薬草を受け取ると、バッグに詰め込んだ。


「みんな凄いね!」


 べスティは膝をついて子供たちの頭を撫でた。

 すると、三人は得意気に腰に手を当てた。


「まおーと、とっくんしてるからね!」


 特訓という程のことは何もしていない。

 こうして依頼(クエスト)に同行している時に、走り回ってるのを眺めたり、時折寸劇に巻き込まれてるくらいだ。


「べスティも、いっしょにする?」


「とっくん、とっくん!」


 すると三人は、グググッと全身を力ませる。

 恐らく魔力を練ろうとしているのだろう。

 全く練られてはいないが、その動作はとても可愛いものだ。


「うーん、楽しそうだけれど……私はいいかな……」


 べスティは残念そうに返答した。


「どーして?」


 イリスはぎゅーっとべスティに抱きつくと、心配そうに顔を上げる。


「私は純人種だから、魔法は使えないんだ」


「ジュージュー……? なんだ、それ?」


「おいしそう!」


「おにく、みたい!」


 べスティとディズは顔を合わせて笑った。


純人種(じゅんじんしゅ)創造神(かみさま)から、魔力を貰えなかった人間のことだよ」


 べスティは優しく説明した。


「じゃぁ、おれたちは? おれたちも、じゅんじんしゅ?」


「うーん、どうなんだろう? ディズ?」


「そうだな。まだ日没まで時間もあるし、試してみるか?」


 太陽はまだ傾き始めたばかりで、茜色に染まるには、少し猶予がある。

 日が落ち切るまでに町に着けば問題ないだろう。


「ためす、ためす!」


「べスティ、みててね!」


「へへん! おれがいちばん、つよいんだからな!」


 べスティは口々に自己主張をしてくる子供たちが可愛くて、困った顔で笑った。


「見てる、見てる。みんな頑張ってね!」

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