13.忠誠のつるぎ
「ニルアニア殿下」
執務室の椅子に座り外の様子を眺めていた時だった。
扉が開くのと同時に、少し低めの、勇ましい声が優しく彼女の名を呼ぶ。
ニルアニアと呼ばれた女性は、胸まで伸ばしたブロンズの髪を耳にかけ、窓から外した視線をゆっくりと声の主に向ける。
「リーデル騎士団長」
彼女は空のように青く澄んだ美しい碧眼でその者を捉える。
声の主は左手を剣に添える30代半ばの男性だ。
茶髪をさっぱりと揃えた男性の目元はキリッと強い意志を感じられる。
王宮内のため鎧は脱いでいるが、未だ現役として兵を率いる彼は服の上からでも鍛えられていることがよくわかる。
「どうなさいましたか?」
執務室にはニルアニアが業務を行うための椅子と机が窓際に置かれ、その前の談話スペースにはソファーが一対とテーブルが置かれている。
ニルアニアは用意されたソファーに掛けるようリーデルに促すと、彼は律儀に礼をして腰掛けた。
「例のギルドより報告が上がりましたのでお伝えに参りました」
「例のギルド……。ノールコメヴィル支部に登録しているナイトメアへの依頼の件ですね」
リーデルは頷く。
するとニルアニアは緊張した面持ちでリーデルの言葉を待った。
「ギルドからの報告によりますと、ナイトメアには無事に受注頂けるとのことです」
「よかった……」
ニルアニアはホッと胸を撫で下ろし、安堵の表情がこぼれる。
「しかし……パーティリーダーのデルニール殿は戦力の不足を危惧しておられるようです」
デルニールの危惧はもっともである。
そもそも一国を治めるニルアニア・ロイ・イリニス王女が、自国の兵士でもないパーティに依頼をするなど、歴史的にも稀な事例である。
自国軍によって大抵の問題は解決するためだ。
そのイリニス王国が持つ兵士の数、戦力は世界的にも圧倒的である。
一方でデルニール率いるナイトメアはギルド規定の限界人数を抱えているとはいえ30人の、しかも大半がAランク、Bランク以下メンバーである。
戦力に差が付くのは仕方の無いことだ。
「伝えなければなりませんね。私たちが求めているのは戦力ではないと」
リーデルは頷く。
「彼らを見かけた時、創造神は我らに味方しているのだと、はっきりと感じました」
「ナイトメア……かつて悪魔の光を受けてなお生き延びたパーティ……」
それは僅かに語り継がれた、信じ難い噂である。
しかしそれが真実であるとするならばと、彼女らは藁にもすがる思いで依頼した。
「ノールコメヴィルのマスターによると、本日の夕刻には到着する見込みとのことです」
「では関所の門兵に指示をお願いします」
「到着次第報告させます」
「よろしくお願いしますね」
ニルアニアは再び外を見た。
イベントに向けて着々と準備が進む王宮前広場には演説台が設けられつつある。
式典当日、彼女は戴冠式の後、あの場に立ち国民に向けて演説を行う。
それは世界の平和に向けて大きな一歩となるだろう。
「……お父様が成しえなかった、リストリク帝国との平和条約の調印……。今度こそ失敗するわけにはいきません」
ニルアニアはあの日の光景を思い出す。
雨の中、ニルアニアは父の亡骸に縋りついた。
それはあまりにも唐突のことで、まだ幼かった彼女はすぐには受け入れることが出来なかった。
──あれから10年……。
当時10歳だったニルアニアには兄弟はなく、唯一の王位継承権者として、父親亡き後国王の座に即位した。
それから彼女はずっと走り続けてきた。
父が歩んだ道を、小さな足で一歩ずつ。
これまでの道のりは決して平坦ではなかった。
一人で成し得る事など出来なかった。
幼かったニルアニアは周辺の小国を始め、様々な国に見下されてきた。
何せ即位したのはわずか十歳の時なのだから。
彼女は教養の時間を大幅に増やし、寝る間も惜しんで勉学に務めた。
国内外の環境整備のために国の上層部とも毎度数時間に及ぶ会議を繰り返し、彼女は驚くべき速さで国を豊かにしてきた。
そこに至るまでにリーデルを初めとしたイリニス王国に関わる全ての人の尽力があった。
だからこそ彼女は今この場に立っていられるのだ。
「ニルアニア様ならば、必ずやディーセット前国王の遺志を果たしましょう。それはこの国に住む全ての者が同じく思っております」
「リーデル……ありがとう」
ニルアニアは小さくか細い声でお礼を言った。
少し礼を欠いたものではあるが、目を潤ませた彼女にはこれが精一杯であった。
「もったいないお言葉でございます」
「リーデルはよくしてくれています。貴方無しに私はこれまで頑張ることは出来なかったでしょう。今後もよろしくお願いします」
ニルアニアは立ち上がり、深くお辞儀をした。
それを見てリーデルも慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「か、顔をお上げください。我々はあなたのそのひたむきな性格に惹かれ、尽力したいと思うのです。そしてそれはこの私も同様。このリーデル、貴女様を必ずやお守り致します。あの裏切り者の様に見捨てることなど決して致しません!」
“ あの裏切り者 ” ……。
その言葉にニルアニアは視線を逸らし、目を伏せる。
その裏切り者の事については謎が多く、彼女も物心ついた頃に一度だけ、王宮の庭で父ディーセットと話している男性の姿を見掛けただけであった。
その存在は秘匿されており、王宮内でその存在を知るものは当時その者を雇っていたディーセット国王と、彼の腹心の従者三名、そして偶然目撃したニルアニアの五名のみである。
しかし十年ほど前、ディーセット国王も腹心の従者三名も彼の裏切りにより死亡している。
手がかりはニルアニアの記憶と、父ディーセットより聞かされた情報がほんの少しである。
その者はかつて、ディーセットがまだ若く王子だった頃に王宮へ連れてきたと言う。
それから四十年もの間、彼を守護してきた者だと聞かされている。
そして名前は「ジョーカー」というらしい。
ジョーカーは十年前のあの雨の日を最後に忽然と姿をくらませ、その足取りは最近まで掴めていない。
それが近頃、世界各地でジョーカーの名を聞くようになった。
それがあの裏切り者と同一人物であるのかは情報の不足により断定が出来てはいない。
しかしようやく掴めた情報だ。
そしてそれが、ナイトメアに依頼をするに至った理由でもある。
リーデルは立ち上がると剣を引き抜き剣先を天井に向ける。
その剣はかつて前国王より賜った大切な愛剣である。
「私はかつてこの剣で王家への忠誠を誓いました。私はこの剣に再び誓います。ニルアニア様はこの身に変えても守り抜きます」
それはあの雨の中墓前に誓った最後の使命だ。
決して違えることは無い。
彼はその身をニルアニア王女とイリニス王国に捧げる覚悟である。
ニルアニアは視線をリーデルに戻すと、少し悲しそうに微笑んだ。
「頼りにしていますよ、リーデル騎士団長」
「はっ!」
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