報告書
結局べスティの依頼は未達成となった。
ジョーカーが古代武器を持ったまま行方を眩ませてしまったためだ。
しかも改めてアルムに古代武器を譲ったヒトについて聞いたところ、まるで道化師のような仮面を付け、フードを目深に被った人物だったことが判明した。
つまりジョーカーは自らが有していた古代武器をアルムに譲り、その手で奪い返したのだ。
何かあればナイトメアに依頼させるように仕向けて。
「目的がどうであれ、現時点でジョーカーから古代武器取り返すことは出来ない」
イグノアはアルムにそのように説明した。
「ちょっと待てよ! 受注した依頼は最後までやり通すのがスジだろ?! なんで達成前に無理だって決めつけるんだよ!」
「そうだよ! 無責任だよ!」
「こちらにだって、事情があるんだよ……」
イグノアとデルニールは、ディズとべスティを静止した。
「事情ってなんだよ?!」
イグノアとデルニールは顔を見合わせる。
話すべきなのか。
それを図りかねているようだった。
しかしそんなことは眼中に無いアルムは、発狂に近い叫び声を上げてイグノアにすがりつく。
「とにかく! 何としてでも取り返してください! 他の武器だって盗まれたままなんですよ?! 譲ったものを奪うなんて、そんな非常識は許せませんよ!」
けれどイグノアは首を横に振るだけだった。
「……現在ギルド中央支部では、ジョーカー案件は全てSSランクに設定するように指示が出ているんだ」
「だったらなんだと言うのです。設定すればいいでしょう!」
「SSランクメンバーは、国家試験に合格した極一部の凄腕で、ギルド内にはひと握りしかいない」
デルニールは淡々と事実を告げる。
「そして彼らには今、ジョーカー絡みの依頼が山のようになだれ込んでいる」
「それなら、今回も同じじゃないですか。一体何が問題なんです?」
「ジョーカー案件はここ数日で急増し、手が回っていないのが現状だ。さらに、依頼達成率は0%」
「そ、それじゃ……」
「順番待ちだ。解決しない可能性も視野に入れておけ」
デルニールの言葉に、アルムは絶句した。
「古代武器はジョーカーだと判明したけれど、他の武器はまだ分からない。そちらについては引き続き調査することを約束しよう」
デルニールは淡々と告げる。
その後もいくつかのやり取りを重ねたが、その決定がくつがえることがないと理解したアルムは、不満げであったが渋々了承した。
「それじゃ、一度ギルドに戻ろう」
ディズはイグノアの笑顔を見つめた。
取り繕ってはいるが、焦燥に駆られていることは容易に想像ができた。
――ジョーカー……。一体何者なんだろう?
ディズは首を傾げた。
フードと仮面で顔は見えなかった。
けれど違和感を感じた。
――俺は彼を知っている気がする……?
「ディズ。何をぼさっとしている。置いていくぞ」
「あっ、ちょっと待てよ!」
いつの間にかディズはその場に取り残されていたらしく、彼は大急ぎで三人と一匹を追いかけた。
その後ギルドは大混乱だった。
イグノアやディズがギルドに戻るなりAランク以上のメンバーを緊急招集したためだ。
二人は既に大会議室に向かい、報告を終えて残されたディズとべスティは自由時間となった。
「あー、つっかれたー!」
ディズはギルドに到着するなり、ロビーに置かれたソファーに飛び込んだ。
「あはは、お疲れ様、ディズちゃん」
べスティは労うと、ドレス姿のディズのすぐ側にちょこんと座る。
「あー、そうだった……。飯食う前に着替えねぇとだな、これ」
「えー、勿体ないよ。せっかく似合ってるのに」
「そうですよ」
「そうは言ってもよ……ん?」
ディズは聞き慣れない声を聞いた気がし、ゆっくりと声の方を振り返る。
「お疲れ様です、ディズさん」
「ふぎゃぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁああ!!!」
「ディ、ディズ?!!」
ディズは飛び起きるとべスティに抱き、顔を真っ赤にしたべスティはあたふたと手を宙でばたつかせる。
「あ、あ、あんたはさっきの……!」
二人の前に立つのは、肩あたりに切りそろえられたボブと、身の丈に合わない大剣を背負った女性だった。
「フラウ・ベライウンです」
フラウは改めて自己紹介をすると、お辞儀をした。
「先程は突然の依頼にも関わらず、引き受けてくださってありがとうございました」
「あ、こ、こちらこそ、ちょっとやりすぎちゃって、ごめんなさいね」
ディズは身なりを整えると、べスティから離れた。
「ディズ、このヒトは?」
「さっき訓練所で戦ったのよ。とても強くて、魔剣士って言うのかしら? 魔法を纏いながら大剣を振り回すの。とても見事な戦いだったわ」
すっかり女性らしい所作で返答すると、ディズはフラウに向き直る。
「ディズさんはどちらが素顔なのかしら? 先程の乱暴な口調でも構いませんよ?」
「なっ! これが素顔です!」
キッパリと否定すると、ディズはフンッと鼻を鳴らした。
「それで? わざわざギルドまで来て、どうしたのかしら?」
すると、フラウは巾着を差し出してきた。
「依頼達成報酬です。直接渡していいと、受付の方に許可をいただきましたので」
「あら、悪いわね。怪我までさせてしまったのに……」
ディズは受け取ると、中身を確認する。
中には金貨一〇枚が入っていた。
「え、こんなに?! 冗談だろ?!」
べスティが隣でコホンッと咳払いをする。
それを聞いたディズは、「しまった……」という顔で態度を改めた。
「わがままを聞いていただきましたから」
「え、あっ、ありがとう。頂戴するわ」
「ところで……」
フラウは表情を変えると、ディズの目をじっとのぞき込む。
――まさか、女装がバレた?!
ディズは平然を装うも、その目は少しだけ泳いでいた。
「先程の〈荒れ狂う雷撃〉について伺いたいのですが……」
「あー、あれか……」
「とても強力な魔法でした。どちらで習得されたのですか?」
ディズは返答に困った。
どこで習得したも何も、突然頭に響いた声に合わせて詠唱しただけなんだよな……。
なんと返答すれば良いのだろう?
「た、たまたまかしら?」
「たまたま放った魔法があんなに強いわけがないです」
フラウはずいっと、ディズに近寄る。
「何かタネがあるのでしょう?」
「な、ないわよ」
鼻の頭が付きそうなくらいに密着され、ほのかに女性らしい香りがディズの鼻腔をくすぐる。
――ちょっと近い……!
しかしその至近距離を打開してくれたのは、他でもないべスティだった。
「ディズが困ってます!」
べスティは二人の間に割り込むと、両手を広げて仁王立ちする。
「私はその場を見ていないけど、ディズがたまたまと言うなら、たまたまなんです!」
「あなたは純人種ですね?」
「そ、それが何か?」
「純人種にはきっと分からないでしょう。口出しは控えていただけますか?」
「種族差別は罰則対象です」
べスティはキッパリと反論する。
「そうよ。この子は私の大切な仲間なの。それ以上彼女を傷つける言葉を吐くなら、許さないわよ」
ディズはべスティを守るように前に立つと、フラウをキッと睨む。
「失礼致しました。けれど私は知りたいのです」
「私は知らないわ。突然頭に呪文が浮かんだから、その通りに詠唱しただけ。それ以外に何も無いわ」
「ですから、それは有り得ないと……」
「ディズがそういうなら、それが事実だよ」
べスティとフラウは睨み合った。
バチバチと火花を散らすほどの剣幕の二人だ。
「というか、どうしてそこまで〈荒れ狂う雷撃〉にこだわるのかしら?」
ふとディズは声を出した。
自然な疑問だ。
しかしフラウは少し過剰な様子で肩がぴくりと反応する。
「それは……」
フラウはたじろいだ。
しかし言えない事情があるらしい。
俯くばかりで口を開く気配はなかった。
「答えられないならこのお話はおしまいだね! 行こう、ディズ」
「ちょ、べスティ!」
「あのヒト、話を聞かないくせに一方的なんだもん。これ以上話してたって埒が明かないよ」
べスティはディズの手を掴むと、ずんずんとギルドの中を移動し、地下へと続く階段を降り始める。
「フラウ! 報酬ありがとう!」
ディズは振り返って手を振ると、フラウが視界から消えたのを確認してべスティに振り向く。
彼女は落ち込んでいた。
背中から見ただけでも明らかな程に。
「やっぱり、魔導種はいいな……私も魔法が使えたら、ディズと一緒に……」
ディズを握る手に力が入る。
ディズはそんなべスティの背中に向けて微笑むと、空いた手でそっと握り返した。
「俺は今のままでいいと思うどな」
「どうして? 純人種なんて何も出来ないし、足でまといだよ……」
地下一階に到着すると、二人は歩みを止める。
「べスティは生き物と心を通わせることが出来るじゃねぇか。それはどんな魔導種にも出来ないことだぜ?」
「でも、話せるだけじゃ……」
「今日はその力でジョーカーを見つけられた」
ディズは笑顔を向けた。
「デルニールにもイグノアにも出来なかったことを、べスティとリュジットはやってのけたんだ。大活躍じゃねぇか!」
べスティは目をぱちぱちと瞬かせると、直ぐに笑顔を見せた。
野原に咲いた花のような笑顔だった。
「……ディズはいつも、私の欲しい言葉をくれるね」
すると、少しだけ頬を赤らめながら、べスティははにかんだ。
「……ありがとう、ディズ」
「どういたしまして!」
ニシシシシとディズが笑う。
それにつられてべスティもふふふと笑った。
穏やかな光景が広がり、通行人はニヤニヤと二人を見る。
それに気がついた二人はあたふたと繋いだ手をほどく。
「それよりさ……」
ぐぎゅるるるるる……
ディズの腹が元気な音を立てる。
ディズは顔を逸らしながらもべスティに手を差し出す。
「……腹、減らねぇ?」
「うん、とってもペコペコ! 行こう!」
べスティは笑うと、すっかり元気になった足取りで食堂に向かった。
「結局、ジョーカーって何者なんだろな?」
パンを頬張りながら、ディズは呟いた。
食事の前に着替えを済ませたディズは、フードを深めに被っていた。
フラウを警戒したためだ。
魔導種で十八歳の銀髪の男を探しているフラウ。
この街でその条件に当てはまるのはディズ以外に聞いたことがない。
そのため、デルニールは最大限に警戒するようにディズに指示を出していた。
「さあ? そういえば、ジョーカー関連で噂話を聞いたよ。最近マスターがずっとSSランク依頼につきっきりだったじゃない?」
「あぁ。そのおかげでイグノアは脱走して、俺とデルニールが捕まえに行ったんだよ」
ムスッとした表情のディズは、オニオンスープを飲み込んだ。
スープはほかほかだった。
熱すぎず温過ぎず、程よい温かさが身体中をぽかぽかに温めた。
飴色になるまで炒められた玉ねぎから滲み出すほんのりとした甘みと、コンソメの塩味。
このバランスが絶妙で、彼は表情を緩める。
ほっと息をつきたくなるような優しい味付けのスープは、立て続けに依頼に挑んだディズの体に染み渡った。
「あはは、そうだったね!」
べスティ同じようにスープをすすると、ほっと息をついた。
「マスターが付きっきりだったその依頼、どうやらジョーカーの追跡だったみたいなの」
「そういえば面識ありそうだったよな、イグノアとジョーカー」
ディズは先程の会話を思い出した。
放たれた矢を避けた時、ジョーカーはイグノアの名前をファミリーネームまで言い当てた。
「きっと依頼で会った時に名乗ったんだろうね」
ディズは再びパンを頬張る。
「依頼か……。そういやイグノアは、誰から受注したんだろうな?」
「え……? 確かに、受注したってことは、依頼したヒトがいるってことだよね」
べスティは首を傾げた。
「暴虐の道化師なんて二つ名のジョーカーを見つけて、何をしたいんだろうな? ろくなもんじゃねえだろうけどよ」
「うーん……調べてみる?」
「調べるって、どうやっ……あっ!」
「地下の資料庫。マスターがジョーカーの依頼を受注していたなら、報告書が保管されてるはずだよ」
「ジョーカーが何者なのかもそれで分かるかもしれねぇ!」
食事を急ぎ終えた二人は、一つ下の階にある資料庫に向かった。
そこにはこれまでギルドが取り扱った全ての依頼の詳細が厳重に保管されている。
最近ではデータ化も進んでいるらしいが、この支部で保管している資料は膨大だ。
五〇年よりも昔の資料は未だデータ化が追いついていなかった。
「検索お願いします」
べスティはギルドカードを受付に見せる。
いわゆる身分証だ。
ステータスやランク、加入チーム情報などが閲覧できるようになっている。
「はい、Bランクのべスティさんですね。確認しました」
受付はコホンと咳払いをすると、手元の板に魔力を込める。
「本日はどの情報をお探しですか?」
「ジョーカーに関する全ての資料です」
「ジョーカーですか。最近多いみたいですね」
「ここにもよく届くんですか?」
「もちろん。依頼書や資料、報告書は全てこちらに取りまとめられますから」
ディズとべスティは頷き合う。
やはりここに来て正解だったようだ。
「どれぐらいあるんですか?」
「そうですね……ここ一ヶ月の間で、五〇〇件近い依頼が王国内のギルドに殺到しています」
データ化された情報は、例え他支部での依頼だとしても閲覧ができる。
その権限を使って、職員は情報を探していく。
「ですが、そのほとんど全てが閲覧制限が設けられています。現在のランクで閲覧可能な資料はこちらの資料一点のみですね」
差し出された板には、報告書の概要を写し出していた。
「えっと……これ、本当?」
「虚偽報告は罰則対象です」
つまりそこに書かれているのは確かな情報だ。
「でもこれって……」
報告書は四〇年ほど前に作成されたものらしい。
異国の言葉だろうか?
報告内容は職員にも読むことは出来なかったが、彼らにも一つだけ読むことの出来る箇所があった。
――以上、報告内容が正しいことを認める。報告者、ジョーカー
ジョーカーが報告している……。