汝、左頬を叩かれたら目覚めよ。
気がつくとどこかの庭園に座っていた。
僕のいる緩やかな斜面から、赤・青・黄色、様々な色の花が咲き乱れている。のどかな景色にぽかぽかした陽気。いいところだな。そんなことを思うとすぐ隣からちょんちょんと、肩を叩かれる。いつのまに居たのか、そこにはまるで僕の理想の女性像を具現化したような、そんな女性がにっこりと微笑んで佇んでいる。僕は慌てて立ち上がろうとしたが、身体が思うように動かせない。身体どころか視線さえも動かせず、まるで映画を見ているかのような感覚に陥る。その女性は恐らく何か話しかけてくれている。ただし、その声は聞き取ることができない。僕はなすすべもなく事の顛末を見守る。自分のことなのに見守ると言うのもおかしいけれど、僕の意思は動作に移すことができないので仕様がない。
ふと、彼女が視線を落とすとその手元には青い本の様なものを携えていた。その本はなんだろうか。すると、彼女は顔を上げまたにっこり微笑んで何かを言う。今度は短く、おそらく何か一言。また聞き取ることができず不可解に思っていると彼女は本を持ち上げて、そのまま僕の顔に平手打ちの様に叩きつけた。
「ぐえ」
突飛なその行動を予測できるはずもなく、間抜けな声を上げて薄れゆく意識で彼女を見るとやはり、その顔は朗らかな笑顔のままだった。
がばっ!と、身を起こす。先ほどの穏やかな内容から一転、ヴァイオレンスな内容へと変貌した夢を反復してますます自分の精神状態を疑った。
「あはは。今度は綺麗な女性に虐められたい深層心理でも現れたのかな。そっか。僕、Mだったんだ。」
乾いた笑いと共に、酷い夢の内容に独りごちると、先程眠りについた洞穴にいることを察した。そしてもう1つ。
「…これって」
傍に落ちているのは先程顔面に叩きつけられた青い本。それを拾い上げパラパラと内容を確認した。が
「何にも書いてないや。新品のメモ帳かな?」
手のひらに収まるようなサイズのメモ帳のようなもの。一体全体これはなんなんだろう。恐らく夢の中に出てきたものではあると思うのだが、どうしてここに。
「というかこの夢、何段オチがあるの?まだ目覚めないの?勘弁してよ…」
あまりにも不思議な状況に混乱した僕は天を仰ぐようにして放心状態になる。何もする気が起きず、ただ虚空を見つめていると、ちょんちょん。と肩を叩かれた気がした。
慌てて振り返るとそこには、猫耳らしきものをつけたなんとも可愛らしい少年と少女がいた。