Dragon's Mistake
「あら、今日は早いのねグゥハちゃん」
「竹流から起こされた。川に行くから。」
竹流の母、水城 清子さんは、俺に朝の挨拶をする。俺がこの家族の一員になってからは竹流、清子さん、そして俺の三人で暮らしている。父は十二年前に事故死したそうだ。
「そうだったの!だったら早く言ってくれればお昼作れたのに」
残念そうにそう呟くと、清子さんは朝食の焼き魚と白米を机に出す。竹流と清子さんは椅子に座り、俺は床に座って顔を覗かせた。今日もいい匂いがするな。
「いただきまーす」
手を揃えて(俺は前足)から温かいご飯を食べ始める。俺は箸を器用に使って魚の身をご飯にのせた。
「ふふっ箸も上手に使えるようになったわねぇ」
その一言に初めて箸を使った時の事を思い出す。そういえば、物を俺の指の間で掴むという事自体が困難だったな。懐かしい。少し恥ずかしくなり、目を泳がせた。
「あ、恥ずかしがってる」
竹流に図星を指されて焦りながらも平常心を保つ。すぐに優しい笑い声達がこだました。
「ハハハッもうお前面白いよな〜!いつみても飽きないや」
俺もつられて笑顔になった。俺の笑顔は人間の笑顔とはかけ離れているが、この二人は知っている。俺の細められた目を直に見てくる竹流は、よく笑うようになったよな、と言ってくる。
そう思えばそうだ。十年前までは一人で暮らしていたし、楽しい事もないという訳ではなかったが、少なかったのだ。だがこうやって複数の生物と暮せば会話もあり、笑いもあり、ときには涙や怒りなどもある。この色とりどりな生活が楽しいのだ。
「ほらさっさと食べろよグゥハ。あんまり時間ないんだからさ」
「す、すまない。すぐ終わる」
急かされて焦った俺はちまちまと食べていた魚を咥え、白米を箸で口にかき込んだ。
「もう竹流?グゥハちゃんにお行儀悪いこと教えないの」
げっ、とうめき声のようなものを上げたがすぐに謝る。この純粋さがとてつもなく愛おしい。この宝をもう手放すことはできないだろう。飲み込み、俺は行って来ますと声をかけて家から出た。
「竹流!乗れ」
「はーい」
しゃがんで竹流か俺の背中に乗りやすいようにする。そして俺のたてがみを掴んだのを確認してから思いっきり走り出した。昔はよくこうやっていろいろな場所に行ったものだ。だがジュケンセイという時期のせいでその機会も減った。だからこうして今できていることに俺は嬉しく思っていた。
「グゥハ、お前少しでかくなってないか?」
いきなり彼は叫んだ。風があってあまり聞こえないからちょうどいい大きさだが。
「そうか?まだ俺も成長期だったようだな。このままだと家に入れなくなる...」
「大丈夫だって!俺、高校卒業したら大工になって家をもっと大きくするからさ。だから.....」
竹流の声が小さくなった。一体どうしたのか気になり、速度を落としてゆっくり止まる。
「......竹流?」
「だからさぁそれまであんま大きくなるなよ?」
さっきの消え入りそうな声とは逆に、明るい声でそう言う。さっきは風のせいで聞こえなかったんだろう。きっと気のせいだ。寂しそうに感じたのは。