第八話 本当の敵
「面白いことを聞いた。」
何者かがその場にはいた。誰も気がつかなかった。湊人もリエナも。湊人たちに危害を加えるわけでもなく湊人たちが話終わると、その場から姿を消した。
朝になり、湊人たちは今日の戦いの準備に取り掛かった。イオナからもらった金は底をつきそうで、お使いで頼まれたものは買えそうになかった。
「どうしようか?」
「イオナなら言えば許してくれるよ。最近ミナトにあまいしね。」
「そうだったかな?でもすごく優しくて、感謝はしてるよ俺も。」
「そうね、イオナに自慢するためにも今回は絶対に勝たないとね。」
「ああ、そのために準備はしっかりしておこう。備えあれば憂いなしってね。」
「備えあれば...?何を言っているかわからないけど、頑張りましょう!」
準備を終える頃には夕方になっていた。
「よし!じゃあ、行きますか。」
「うん。どこまで出来るかわからないけど、でも言ったように命だけは守ってね。」
「わかってるさ。」
この時二人は気が緩んでいたのかもしれない。戦いに行く前に浮かれていた。そう思ったのはこれから少し先のことだった。
「ここまで来た。やっぱりこう見ると数が多いな。」
「でも大体が寝ているわね。これならいけるかもしれない。」
湊人たちはスラム街の外れの丘に立っていた。丘からはスラム街が見渡すことができた。魔物たちは多いがその過半数以上が寝ていた。これ以上ない絶好の機会に湊人たちは丘を降り、スラム街へ向かう。
「ここからなら行けるか。スリーカウントで突っ込むぞ。」
「わかったわ。」
「三..二..一..今!!」
湊人は合図とともに走り出した。最初に目に付いた魔物の首元をナイフでえぐる。魔物は悲鳴を上げることなく絶命した。湊人は次から次へと魔物を殺していった。順調に作戦が進んでいると思われたときそれは起こった。
「ギャァァァァ!!!」
魔物が叫び声をあげたのだ。それに気づいた魔物たちが雄叫びをあげ湊人たちのもとに集まってくる。湊人はもう少し粘ろうとしたが魔物の数が多すぎるために隠れていたリエナを呼ぶ。
「リエナ!!頼む!」
その声を聞いたリエナはすぐに魔法を発動する。詠唱は湊人が戦っているときに既に終えていた。
「スペル・フリーズ・氷城」
湊人を追い詰める魔物たちが一気に氷に飲み込まれる。それは文字どうり氷の城だった。この魔術のおかげでかなりの数を減らしたに思った湊人たちだが、そう簡単にはいかなかった。
大規模な魔法を発動したために魔物たちが起き上がってきてしまった。それにリエナは魔力を使いすぎ満身創痍の状態だ。湊人は魔物の群れに突っ込もうとしたが、それを見たリエナの声に立ち止まった。
「ミナト!!ダメよ!下がってだいぶ数は減らしたはずだし一旦引きましょう!」
「くっ。わかった。」
湊人はリエナを抱えるとその場から一目散に逃げ出した。
なんとか魔物たちを撒いた湊人たちだったが、体力はもう底をつきかけていた。
「ミナト大丈夫?」
「うん。大丈夫...。」
力のない返事に心配するリエナ。宿まであと少しなのだがその距離がとても遠く感じる。
「着いたわ。ミナト?ミナト!」
「う...うん。」
返事はできたが湊人はそのまま地面に倒れこむ。焦ったリエナは宿屋の亭主を呼び近くの診療所まで湊人を運んでもらった。
湊人が目を覚ましたのはそれから数時間後のことだった。
「ミナト!起きたのね。どう具合は?」
「好調とは言えないかな。ごめん。足を引っ張って。」
「そんなことないわ。私を宿まで運んでくれたのは湊人じゃない。」
「浮かれてたな。俺たち。今までがうまくいきすぎて、このままいけると思ってしまっていた。」
「そうね。作戦も、もっと練っていれば良かったわ。ごめんなさい。」
「なんでリエナが謝るんだよ。これは二人のミスだ。もう一回ちゃんとやればできるはずだよ。」
「ありがとう...。今日はもう遅いわ。もう休みましょう。」
「そうだな。おやすみ。」
二人が目を覚ますと街は騒々しくなっていた。街の住人に話を聞くと。
「昨日の夜に魔物が少数だが王都に侵入しようとしていたっていうことを憲兵から聞いてね。心配になったんだ。なんせ一年ぶりだし、近くのスラム街には魔物が生息しているしね。」
それを聞いた湊人たちは驚きを隠せなかった。自分たちの責任で街に危害が及びかけたのだから。今日こそは失敗することができないそう思いリエナと夜までよく作戦を練って休息をとった。
夜になり湊人たちがスラム街に向かっていると一人の男に呼び止められる。
「よお、お兄いさんがた、こんな夜更けにどうしたんだい?」
「今からスラム街に行くんだそこをどいてくれ。」
それを聞いた男は笑みを浮かべた。
「そうはいかないな。お前らが昨夜魔物たちをスラム街からおびき寄せたんだろ。」
「そんなことはしていない。スラム街を救おうとしただけだ。」
「でも、貴様らのせいで王都が魔物に襲われかけているが?それはどう説明するんだ?」
「それは...。」
湊人が答えに困っているとリエナがそれを代弁するように言う。
「だから、今からスラム街に行くって言ってるじゃない!襲われたからって何もしないあなたたちよりよっぽどマシだと思うけど?」
「ふん。話にならないな。出てきてくれ。」
そう男が言うと物陰から男や女がぞろぞろと出てくる。その中には湊人が知っている顔がいた。
「お前はこの前の貴族!」
「ほう、貴様か。あれほど言ったのに。二度目はないと。この場で死刑執行しても良いのだが?」
「なんだと!」
貴族たちは一斉に武器を構える。数はわかる限りで十七人。この数を二人で相手できるとは思えない。
万事休すかそう思った時だった。
「お兄ちゃん!!」
女の子の声がそこにこだました。湊人が振り向くとそこにはクレアがいた。
「クレアなんでこんなところに危ないから下がってろ!」
そう言うとクレアは首を横に振った。
「うんうん。大丈夫だよお兄ちゃん。だってパパやみんなが助けに来てくれたから。」
「え?」
その声とともにガタイのごつい男がぞろぞろと出てくる。
「よう、手ぇ貸したほうがいいみてぇだな。」
「貴族に刃向かおうなんてこの国も腐ってなかったてもんだぜ。」
それは過去スラム街に住んでいた者たちだった。その中から一人の男がで出来て。湊人に話しかけた。
「お前が俺の妻を助けてくれたんだってな。ありがとう。俺の名はレオン・ブラウン。本当に感謝している。ここは俺たちが凌ぐ。お前らは俺たちの故郷を救ってくれ。頼む。」
「ああ、救うよ絶対に。」
「ありがとう。死ぬなよなお互いに。」
「ああ、わかってる。」
湊人はそういい走り出す。それを見た貴族たちが追いかけろと言うが、レオンたちが貴族たちの前に出て行く手を阻んだ。
「ありがとう。」
湊人はそういい後ろを見ずに走り出す。するとリエナが。
「勝とうね絶対に。」
「ああ。必ず勝つ!」
二人は気合を入れ直しスラム街へと向かった。
そこに着くと、魔物たちは寝ておらず、街を徘徊していた。流石に昨日の今日で警戒を緩めるはずがなかった。しかし湊人たちはそれも踏まえて作戦を立てていた。作戦通り湊人が閃光弾をスラム街の路地に投げ込む。いきなりの閃光に目をつぶることができなかった魔物たちは一気に視界を遮られた。
その隙をつき湊人は次々と魔物を倒していく。先ほどの閃光で魔物たちがぞろぞろとまた集まってきた。
ここまでは想定道理だった。リエナは詠唱を終え、魔法を発動した。
「スペル・フリーズ・氷柱」
リエナの杖から魔法陣が出るとそのまま真っ直ぐに魔物たちを貫いていった。
「よし!いいぞ。このまま行こう!」
湊人がそういいスラム街の中心に向かおうとするとリエナが立ち止まる。
「まって...。」
リエナはものすごく青ざめた顔をしていた。
「大丈夫か?どうしたの?」
「ものすごく大きい魔力があそこから感じる。」
そういいリエナは高台を指差す。
その時高台から声が聞こえた。
「よく、ここまで餓鬼が暴れてくれたのう。調子乗るんじゃねーぞ。」
そういい細身の男が高台から下りてくる。そのものは人間ではなかった。しかし見た目は完全に人間であった。
「お前は...!」
そういい、湊人が一歩前に出たがすぐにステップを刻んで離れる。湊人はものすごい量の汗をかいていた。
「なんだよこれ。震えが止まらない。」
湊人は恐怖を感じていた。その者に。
「我の名はヴォルグ魔王様の下で四天王と呼ばれている。」
フッと不気味な笑みを浮かべてやつはそう言った。