魔剣士と魔弾の射手
世は血で血を洗う戦乱の時代。
敵国には恐るべき英雄がいた。男は正に一騎当千と呼ばれる実力を持ち、多くの兵士を討ち取った。単独で敵陣に突っ込み、彼の回りには常に首が舞っていたと云う。魔の才を持つ剣士。人々は彼を「魔剣士」と恐れ、同時に敬った。
業を煮やした将校たちはあらゆる策を講じ、遂に魔導士達によってある武器が産み出される。男を殺すために造り出した、一本の弓矢。それは、狙いを付けた相手の心臓を確実に貫く、必殺の弓矢だった。
だが問題があり、魔弾で狙いをつけることが出来ても、それを防がれない訳ではない。相手は「魔剣士」と呼ばれる才を持つ程の天才剣士、感付かれてしまえば即座に叩き落とされてしまうだろう。「魔剣士」が単独で大群に太刀打ち出来る理由がそこにある。
眼には眼を、歯には歯を、魔才には魔才を。だが、そんな人物が存在するのだろうか。「魔剣士」を確実に仕留められる程の才を持つ者が。将校達は直ぐに部下達に命じあらゆる情報を集めさせた。
…直ぐに見付かった。かつて、軍隊の指南役として使役していた男だ。武芸百般であらゆる武技に精通、何よりも弓の扱いを得意としていた。彼は常人では引くことすら叶わない剛弓を携え、狙いを付けずに即座に弓矢を放ち確実に命中させる事が出来た。まるで吸い付くように命中する様を兵士達は「魔弾」と喩え、彼はあらゆる場所で多くの敵を撃ち抜いてきたのだ。
だが、問題があった。男はとある怪我が切っ掛けで酒に溺れ、堕落していた。彼を追い込んだのは、「魔剣士」。
かつて彼は「魔剣士」と対峙した。回りの兵士に気を取られて此方には気付いて居ない。チャンスだ。弓を構え、即座に放つ。弓矢は真っ直ぐに飛んでいき、「魔剣士」の肩を射抜いた。肩を貫かれた「魔剣士」は激昂し、鬼気迫る迫力で男に迫る。立ち塞がるもの達を血祭りに挙げながら。
男は覚えている。怪物染みたその殺意と形相を。男は味わった。鋭く、重い刃が肩に食い込む痛みを。
男は利き腕を失い退役を余儀無くされ、更に酒に冒され残された片腕は小刻みに震え、使い物にならなくなっていた。こんな男に役目を果たせるのだろうか。
「魔剣士を、一矢で仕留められなかったのが悔いに残る。」男はそう語り、グラスに注がれた強い酒を喉に流し込み、男は言った。
「町の外れに少年が住んで居る。私の弟子だ、彼に頼むといい。」
彼の弟子という少年。未だ成人の儀すら済ましていないが、彼は独自に技を研究し、弓に刃を仕込んだ剣弓一体のスタイルを編み出していた。しかし年端のいかない少年に「魔剣士」は討てるのだろうか?
部下達は少年の元へ訪れた。零細な体つきに幼さを残しながらも鋭い目付きした彼は、既に分かっていたかのように部下達を出迎えた。
少年は町の外れに住んでおり、時折町へと下りてくる程でしか顔を見せないため彼の事は余り知られていなかったが、まさか男に弟子が居たのは全く分からなかった。
部下達は少年に事情を話すと、少年は快く引き受けた。遂に、師の仇を討てると。少年は早速例の弓矢を手に取る。
…急いで「魔剣士」の元へ。少年はそういい、部下達に「魔剣士」の出陣する戦場へと案内させた。
戦場の最前線、「魔剣士」はそこにいた。大剣を振るい、瞬く間に首を舞い上げる。彼は兵士達の目線に合わせて武器を振るうことで、視認することが困難な太刀筋を得意としていた。凄まじい勢いで前線を突破しようとしたとき、一本の弓矢が飛んできた。
素早くかわす「魔剣士」。
矢が放たれた先には弓矢を携えた少年が無表情でじっと「魔剣士」を捉えており、弓刃をちらつかせながら素早く二発目を放つ。
この程度…
「魔剣士」は身を翻し、少年に迫る。斬りかかってきた兵士を切り捨て、兵士の槍を投げつける。
少年は体を捻るようにして槍を受け流し、空中から矢を引き絞る。
「小僧…!!」
「魔剣士」は地に大剣を突き立て、土埃を巻き上げながら少年目掛けて大剣を振るう。
少年が炸裂する土埃から咄嗟に身を守った直後、「魔剣士」が少年の足を掴み投げ飛ばす。
大地に体を打ち付けられ、痛みを堪えて立ち上がる少年を睨み付けた「魔剣士」は止めを刺すべく武器を構え迫り、武器を降り下ろした。
ドス…!
「魔剣士」に一本の弓矢が刺さっていた。何故だ。気配など無かった。一体何処から…?
少年が土埃を被った直後、天空に向けて矢を放っていた。ただの矢ではない「魔剣士」を殺すためだけに作られた必殺の矢、それが少年の放った「魔弾」だった。魔法の矢は「魔剣士」に深く食い込み、心臓を貫くまで止まらない。
その筈だった。
「魔剣士」が倒れることは無かった。「魔弾」をその強靭な体で抑え込み、心臓に達するのを防いでいたのだ。
やはり駄目だったか…
少年は師から「魔剣士」の話を聞かされていた。かつて師が肩を射抜いた時、貫通していなかったと云う。常人には引くことすら叶わない剛弓であるにも関わらずである。少年には師のような腕力は持ち合わせていない上「魔弾」が通用しなかった今、打つ手が無くなってしまった。
だから、仕込んでおいたのだ。
「魔弾」に毒を。
「…!!!」
「魔剣士」の動きが鈍る。
少量で致命的な猛毒だが、「魔剣士」を絶命させるには至らなかった。しかし、動きに弊害が出ている。
少年は剣弓を振り抜く。
幾千の敵を葬ってきた「魔剣士」と、師の仇を討つべく最強の剣士に挑む「魔弾」の後継者。
両方に刃を備えた剣弓は絶え間無い連撃を得意とする。手数では「魔剣士」を上回るが、毒に侵されてもなお、他の兵士も含み、少年を圧倒していた。「魔剣士」の一撃をまともに受ければ武器ごと叩き斬られる。少年が選んだのは「受け流す」。常に「魔剣士」に張り付き、隙をうかがうい、攻め混むチャンスを逃さないようにし、相手の消耗を待っていた。
「魔剣士」が剣を降り下ろす。少年は上手く受け流すと、そのまま滑らすように「魔剣士」の手を斬りつけ、たまらず大剣を手放したところに袈裟懸け、そして腹部に突き立て、両足を斬りつける。
遂に「魔剣士」の膝が折れ彼は最早立つことも困難であった。
少年は止めを刺すべく武器を構える。だが、「魔剣士」は大剣を振り回し少年から距離を取った。
少年よ
貴様は何故戦う
私が何故今まで負けなかったのか
貴様には分かるか
私は何も恐れない
死も 苦痛も 敗北も 全てが愉悦
貴様の師 「魔弾」の使い手に伝えるがよい
貴様の弟子は強かったと
「魔剣士」は自ら大剣を振り上げると自らの首に刃を圧し当て、切り落とした。
「魔剣士」が自害したことで士気を挫かれ敵軍は総崩れ、大勝を収めた。だが、少年は気になっていることがあった。
何故、「魔剣士」は自分の事を知っていたのか。少年は師の元へと訪れ、報告をした。
そうか、奴は自害したか。
師はそう呟くと語りだした。
酒に溺れていた日々。彼が町の外れで飲んでいると、隣に大柄な男が座った。
鋭い目付き。「魔剣士」である。
「魔剣士」は隣に座るとやっと見つけた、とだけ呟きグラスに注いだ酒を一気に飲み干した。
私に何の用だ?
「貴様を探していた。私には傷を付けた戦士を。貴様に会うために敵国に訪れたのだ。」
「魔剣士」と「魔弾」は語り合った。僅かな間であったがかつて命を取り合った者同士で交わした酒。師はあの時「魔剣士」に敗北し、ズタズタになった心がほんの少しだけ癒された気がしたという。
そして約束を交わしたのだ。「魔剣士」に負けないほどの戦士を育てると。そして彼は養子を取り、弟子として鍛え上げた。師は約束を果たしたのだ。
出来れば、毒なんて使わないで欲しかったがね。
そう呟くと再び酒をのみ始めた。彼は既に酒に溺れてなど居なかった。かつて交わした約束が果たされる日を待ち焦がれ、その思いに更けながら酒を嗜んでいたのだった。
グラスを置くと、師は言った。
「魔弾」はもう、お前の物だ。奴を討ち取った事で、お前を更なる高みへと押し上げるだろう、と。
彼を討った訳ではない。一人で追い詰めた訳でもない。いろんな要素が噛み合ったお陰で掴んだ勝利。まだ、師にも「魔剣士」にも及ばない。
まだまだ、これからだ。
なれない酒を一口だけ飲むと、少年は戦場へと赴く。彼が新たな英雄になるのは、そう遠くないかも知れない。




