タチアナの失態
頭の奥がわんわんする。
この感覚は二日酔いだ。
久しぶりに飲みすぎてしまったようだ。
タチアナはゆっくりと目を開けると、こめかみを軽く押さえる。
寝起きと二日酔いで、ぼーっとした頭を動かし、昨晩の記憶をたどるように、ふと横を見た。
気持ち良さそうに静かな寝息をたてている若い男の姿が、タチアナの目に飛び込んでくる。
タチアナはその姿に仰天し、思わず男に背を向けるようにして口元をおさえた。
やってしまった・・・・・・。
少しずつ記憶が蘇ってくる。
昨日タチアナは仕事帰りに、歌劇に行ったのだ。
タチアナは、昔からから歌劇が好きで、よく出かける。
昨日は今注目株の歌手が出演することになっていたので、とくに楽しみにしていた。
実際、歌劇の出来栄えはなかなかで、とても満ち足りた気分になった。
その公演の幕間に、タチアナはいつものように、軽くシャンパンでも飲もうかと、売店の列に並んだ。
そこで、たまたま知人を見かけたのだ。
「あれ? ダニエルくん?」
タチアナは思わず声をかけた。
「あ、タチアナさん」
ダニエルは振り向くと、驚いたよう目を丸くした。
「あ、やっぱりそうだ。よく来るの?」
タチアナはニコニコしながら尋ねた。
「あ、はい。たまにですけど。僕、結構好きなんですよ」
ダニエルもニコニコしながらこたえた。
「へぇー。そうなんだぁ。なんか嬉しいなぁ~。今日の公演、なかなかだよね」
「ですねぇ。カロリーナさん、今日はスゴくのってますね」
「そう!! ここんとこ、ずっと調子いいかんじ」
「こないだの『花の香』も、良かったですもんねぇ」
「えー、みたの? あれは良かったよねぇ。カロリーナにぴったりのお役だったし。あの新人。パメラだっけ? あの娘もなかなか良かった」
「柔らかくて透明感のある声してますよね、彼女。これから楽しみですねぇ」
「そうだよねぇ。あ、ごめん。お連れさんに悪いね」
同志を見つけた嬉しさで、タチアナはついつい我を忘れそうになって反省した。
「あ、いえ。僕、一人ですから」
「え? そうなんだ」
「はい。あんまりお好きじゃない方と来ても……。一人で来た方が堪能出来ますから」
「だよねぇ。無駄な気を使わなくてすむもんね」
そんな話をしているうちに、開演5分前のブザーがなった。
「あ、時間だね。ダニエルくんのお席、どの辺?」
「一階の上手側です」
「あ、私もその辺りだよ」
二人は連れ立って場内に入る。
「僕、あの辺です」
ダニエルが自分の座席を指差す。
「私はそこ。結構近かったんだね。全然気づかなかった」
「ですねぇ。では」
二人はニコッと軽く手を振って、それぞれの席についた。
終演後、二人はなんとなく一緒に劇場を出た。
そこで大人しく帰るべきだった。
しかし、舞台の出来栄え、とくに終盤のアリアがあまりにも素晴らしかったので、タチアナはその感動を誰かと分かち合いたくてたまらなかった。
「ダニエルくん。良かったら、この後どう?」
そう言って、タチアナはグイッと飲む仕草をした。
「いいですねぇ。是非」
ダニエルは心なしか上気させた顔で、嬉しそうに目を輝かせた。
きっとダニエルも同じ気持ちに違いない。
タチアナは嬉しくなって、ダニエルをとっておきのバーに誘った。
そこまでは良かった。
しかし、調子に乗ったタチアナは飲みすぎてしまったのだ。
足元の危ないタチアナは、ダニエル自宅まで送ってもらい、そのまま勢いで一夜を共に過ごしてしまった。




