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ダニエルのお見合い  作者: 岸野果絵
五年後
7/12

タチアナの失態

 頭の奥がわんわんする。

この感覚は二日酔いだ。

久しぶりに飲みすぎてしまったようだ。


 タチアナはゆっくりと目を開けると、こめかみを軽く押さえる。

寝起きと二日酔いで、ぼーっとした頭を動かし、昨晩の記憶をたどるように、ふと横を見た。


 気持ち良さそうに静かな寝息をたてている若い男の姿が、タチアナの目に飛び込んでくる。

タチアナはその姿に仰天し、思わず男に背を向けるようにして口元をおさえた。


 やってしまった・・・・・・。


少しずつ記憶が蘇ってくる。



 昨日タチアナは仕事帰りに、歌劇に行ったのだ。

タチアナは、昔からから歌劇が好きで、よく出かける。

昨日は今注目株の歌手が出演することになっていたので、とくに楽しみにしていた。

実際、歌劇の出来栄えはなかなかで、とても満ち足りた気分になった。

その公演の幕間に、タチアナはいつものように、軽くシャンパンでも飲もうかと、売店の列に並んだ。

そこで、たまたま知人を見かけたのだ。


「あれ? ダニエルくん?」

 タチアナは思わず声をかけた。

「あ、タチアナさん」

 ダニエルは振り向くと、驚いたよう目を丸くした。


「あ、やっぱりそうだ。よく来るの?」

 タチアナはニコニコしながら尋ねた。


「あ、はい。たまにですけど。僕、結構好きなんですよ」

 ダニエルもニコニコしながらこたえた。


「へぇー。そうなんだぁ。なんか嬉しいなぁ~。今日の公演、なかなかだよね」

「ですねぇ。カロリーナさん、今日はスゴくのってますね」

「そう!! ここんとこ、ずっと調子いいかんじ」

「こないだの『花の香』も、良かったですもんねぇ」

「えー、みたの? あれは良かったよねぇ。カロリーナにぴったりのお役だったし。あの新人。パメラだっけ? あの娘もなかなか良かった」

「柔らかくて透明感のある声してますよね、彼女。これから楽しみですねぇ」

「そうだよねぇ。あ、ごめん。お連れさんに悪いね」

 同志を見つけた嬉しさで、タチアナはついつい我を忘れそうになって反省した。


「あ、いえ。僕、一人ですから」

「え? そうなんだ」

「はい。あんまりお好きじゃない方と来ても……。一人で来た方が堪能出来ますから」

「だよねぇ。無駄な気を使わなくてすむもんね」

 そんな話をしているうちに、開演5分前のブザーがなった。


「あ、時間だね。ダニエルくんのお席、どの辺?」

「一階の上手側です」

「あ、私もその辺りだよ」

 二人は連れ立って場内に入る。


「僕、あの辺です」

 ダニエルが自分の座席を指差す。

「私はそこ。結構近かったんだね。全然気づかなかった」

「ですねぇ。では」

 二人はニコッと軽く手を振って、それぞれの席についた。


 終演後、二人はなんとなく一緒に劇場を出た。

 そこで大人しく帰るべきだった。

 しかし、舞台の出来栄え、とくに終盤のアリアがあまりにも素晴らしかったので、タチアナはその感動を誰かと分かち合いたくてたまらなかった。


「ダニエルくん。良かったら、この後どう?」

 そう言って、タチアナはグイッと飲む仕草をした。

「いいですねぇ。是非」

 ダニエルは心なしか上気させた顔で、嬉しそうに目を輝かせた。


 きっとダニエルも同じ気持ちに違いない。

タチアナは嬉しくなって、ダニエルをとっておきのバーにいざなった。


 そこまでは良かった。

 しかし、調子に乗ったタチアナは飲みすぎてしまったのだ。

足元の危ないタチアナは、ダニエル自宅まで送ってもらい、そのまま勢いで一夜を共に過ごしてしまった。

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