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ダニエルのお見合い  作者: 岸野果絵
ダニエルのお見合い
5/12

売店

 先ほどから、ダニエルは協会本部の売店の中を行ったり来たりしていた。

別に買うものなどなかったが、さしたる用事がなくても居られるのは売店しかなかった。


 勇気をふりしぼってここまで来たものの、その先がどうしても続かなかった。

それに、わざわざ呼び出したりしたら、不快な気分にさせてしまうのではないかという懸念もあった。

ダニエルはそんな不甲斐ない自分に対して大きなため息をついた。


 視界の端に、少し癖のあるやわらかな栗毛が映った。

ダニエルが振り向くと、売店の入り口付近で、売店のスタッフと何やらしゃべってるタチアナの姿が目に入った。

 タチアナはしばらくの間、スッタッフと立ち話をしていたが、おしゃべりが終了したのか、軽く手を振って売店から出て行った。

ダニエルは慌てて後を追いかけた。


「タチアナさん」

 ありったけの勇気をふりしぼって声をかける。


「ん?」

 タチアナが立ち止まって振り向いた。

「ああ、ダニエルくん」

 ニッコリと微笑むタチアナの姿に、ダニエルはへなへなと座り込みそうになるくらいホッとした。


「あ、あの。先日はすみませんでした」

 ダニエルは勢いよくバッっと直角になるくらい頭を下げた。


「あ、ああ。ごめんね。私もちょっと言い過ぎちゃった」

 タチアナは軽く視線を落としてそう言った。

そして、顔を上げたダニエルに優しく微笑みかける。

その微笑に、ダニエルは思わず泣きそうになったが、なんとかふみとどまる。


 嬉しかった。

もう、口もきいてくれないんじゃと不安だった。

あんなに怒らせてしまったのに、タチアナは何事もなかったように接してくれる。

それどころか、自分にも非があったと謝ってもくれた。


「あの、それと、ありがとうございました」

 ぺこりと軽く頭を下げたダニエルに、タチアナは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに何かを思いついたらしく、ニッコリ笑った。


「お見合いの件、うまくいったんだね」

「はい。見事に破談になりました」

 ダニエルはニッコリと笑う。


「お嬢様、わかってくれたのね」

「いえ、それが・・・・・・」

「それが?」

「師匠が現れまして、いろいろと・・・・・・」

 ダニエルは言葉を濁す。

あの出来事はどのように表現したらいいのか、分からなかった。


「あぁ、いろいろとねぇ」

 タチアナは察したように「うんうん」と頷く。

「はい。いろいろと・・・・・・」

 そこまで言って、ダニエルはハッとタチアナの顔を見た。


 料亭でニコラスと対峙した時にわいた疑問。

ニコラスがどこからお見合いの情報を入手したか、ダニエルは気になっていた。

お見合いが破談になってスッキリするはずが、それが引っかかっていて、いまいちスッキリしていなかった。 

 ニコラスに直接聞いても、教えてくれっこないとわかっていた。

それでも、ご機嫌に料理を頬張るニコラスに、それとなく話をふってみたことはみたのだが、案の定、あっさりとスルーされてしまった。


「もしかして、師匠に話してくれたのはタチアナさんですか?」

「え?」

「だって僕、タチアナさん以外の人に話してない・・・・・・」

 ダニエルはタチアナの瞳の奥を探ろうとする。


 それが一番辻褄が合う。

ダニエルのお見合いがあることを確実に知っていて、ニコラスと接点がある人物はタチアナしかいなかった。


「うーん。まぁ、そんなとこかも」

 タチアナは曖昧な返事をしたが、ダニエルはタチアナがニコラスにそれとなく伝えてくれたと確信した。


 あんなにも怒らせてしまったのに、タチアナはちゃんと手を打ってくれていたのだ。

 本来なら、ダニエルがきちんとニコラスに相談すべきだった。

だが、そのことをアドバイスされても、あの時のダニエルは聞き入れることができなかった。

タチアナはそのことまで見抜いたうえで、その場ではダニエルが受け入れることのできそうなアドバイスし、その後にニコラスに伝えてくれたのだろう。

ダニエルは自分の未熟さを目の前につきつけられたような気分になった。

 

「本当にありがとうございました。もう二度とお見合いの話は来ないと思います」

 ダニエルは再度深々と頭を下げた。

「二度とって・・・・・・。ちょっとお節介すぎたような」

 タチアナは困ったように首をひねった。


「いいえ。すごく助かりました。これで修行に専念できますし、僕、お見合いとか、そういうのじゃなくて、師匠みたいに自力で見つけてきたいんです」

 本心だった。

お見合いが決まってから、いや、決まる手前からずっとそのことに振り回されて、魔術の訓練に集中できなかった。

もうあんな余計なことで、煩わしい思いをしたくはない。

 それに今回のことで、ダニエルは痛感していた。

物事はただ漠然と待っているだけじゃいけない。

誰かの助けをただ待ってるだけじゃどうにもならない。

自分で切り開いて行かなければ、前に進むことはできないと。


「そっか。そうだね。ダニエルくんが選んだなら、ニコラス先生もきっと気に入ってくれるはずだよ」

 タチアナは目を細めてニッコリと笑った。

「はい」

 ダニエルはそんなタチアナをじっと見つめながら、深くうなずいた。


「それじゃ。訓練頑張ってね」

 ニコッとするタチアナに、ダニエルは「はい」といって会釈をした。

タチアナはくるりと向きを変え事務局の方へ向かって歩き出す。

ダニエルは顔を上げ、タチアナの後ろ姿をじっと見つめていた。


 今はまだ遠くて届かない。

でもいつかきっと……。

隣に並ぶことは出来なくてもいい。

一人前の人間として認めてもらいたい。

必ずタチアナが認めてくれるような魔術師になってみせる。

 ダニエルはかたく決意した。

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