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ダニエルのお見合い  作者: 岸野果絵
ダニエルのお見合い
4/12

料亭

 約束の料亭見えた瞬間、ダニエルは違和感を覚えた。

近づくにつれ、それはだんだん大きくなっていく。

胸騒ぎがする。

 ダニエルは一気に走りだした。


「おい、ダニエル」

 長兄・サントスの声が背後から飛んできたが、そんなことに構っていられる場合ではなかった。

長兄夫婦を置き去りにして、ダニエルは料亭に飛び込んだ。


「お、お客さま・・・・・・」

 仲居の制止も振り切って、きれいに磨かれた廊下を駆け抜ける。

一室の扉の前に立つと、ノックもせずにいきなり開けた。

中にいた人々の視線が一斉にダニエルに降りそそがれる。


「やぁダニエル。先にいただいてるよ」

 ニコラスのほがらかな声に、ダニエルは脱力しそうになった。


 いつも通りの小汚い姿。

ボロボロでヨレヨレの、使い込んだ感たっぷりのローブに、ボサボサ頭。

無精ひげが伸び放題で、どっから見ても不審者。

乞食と言っても過言ではない。

 そんな料亭の座敷に最もそぐわない姿のニコラスが、一番上座に堂々と鎮座ましている。

目の前の机には心づくしの豪華な料理が所狭しと並んでいた。

 そのニコラスを、遠巻きにという感じで、おそらくは先方や仲人であろう、きちんとした身なりの紳士たちと着飾った淑女たちが、引きつった顔でながめている。

 不思議な感覚に陥る、奇妙な光景だ。


「師匠、どうして……」

 ダニエルは動揺をあらわにつぶやいた。


 ニコラスが居るということは、料亭の前に立った時点で確信した。

わざとらしいくらいに堂々と魔力の気配を感じたからだ。

だから、ニコラスがここに居るということはわかっていいた。

 ダニエルが驚いたのは、ニコラスが今日のお見合いを知っていたということだ。

どこから情報を仕入れたのだろうか。

 父・ルアードからではないことは確かだ。

ルアードとの橋渡しはダニエルが行っているし、仮にダニエルが知らないところで事前に話をしているとしたら、ニコラスがこのような姿でここにいるはずはない。

 ニコラスは明らかに、ダニエルのお見合いを妨害しに来たのだ。

おそらくそれを指摘しても「無料ただで美味しいご飯が食べられるから来たんだよ」ととぼけるに違いない。


「いそがしいルアードの代わりに来てあげたんだよ」

 ニコラスはニヤッと口元をゆがめた。

黒い笑いとでも表現したらいいようなニコラスの表情に、ダニエルの緊張が増す。


「父の代わりには兄が来てますから」

「帰ってもらって。師匠と言えば親も同然。オイラのが格上さ」

 ニコラスはニタニタしながら、ボサボサの髪をゆらゆらさせ、歌うように言った。


「そ、それはそうですが……。他の方々が驚いていらっしゃるようなので」

 とりあえずニコラスにここから移動してもらおうと、ダニエルは慎重に言葉を選ぶ。

 本当は「他の方々に迷惑です」と言いたかったが、そんなことを言ったら、どんな因縁をつけられるかわかったもんではない。

これ以上ご機嫌を損ねたら、「迷惑」というレベルをあっという間に飛び越えてしまうのは確実だった。


「なんで?」

 ニコラスは気味の悪い笑みを浮かべたまま小首をかしげる。

その瞳はしっかりとダニエルを捕え「説得できるもんならしてみろよ」と言っている。

 ダニエルはまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。


「オイラ、ビックリされるようなことは何にもしてないよ? ご飯食べてるだけ。そうだよねぇ? ミュリエルちゃん」

 ニコラスは部屋の隅で震えている、可憐なお嬢様にニタァっと笑いかける。

ミュリエルは怯えた表情で傍らにいる母親らしき女性にしがみついた。


「こちらより、他のお部屋のがのんびりお過ごしになれますから」

 ニコラスの瞳の呪縛から解放されたダニエルは、作り笑いを浮かべ、慎重に説得を試みる。


「えー。オイラが動くの?」

 ニコラスは口をとがらせてそう言うと、頬を膨らませた。

ダニエルの額にじっとりと汗がにじむ。


 ニコラスは完全にへそを曲げている。

こういうおどけた顔をしている時が一番やっかいなのだ。

この状態になったニコラスは、梃子でも動かない。

下手なことを言ったら、さらに事態は悪化する。

とりあえず、先方を他の部屋へ誘導した方が良さそうだ。


「う、上様」

 背後から驚声が飛び込んできた。

サントスが慌てた様子でダニエルの前にでる。

床に額をこすり付けんばかりに平伏する。

 後からやってきたロセッティナは呆然と立ち尽くしている。


 ダニエルは、ロセッティナはニコラスが城を出たあとに兄の元へと嫁してきたということを思い出した。

可哀想に、おそらくニコラスとは初遭遇だ。

 ロセッティナのような貴族のお嬢様にとって、今目の前にいるニコラスとは、普通に街で遭遇しても不快になるだろう。

料亭の座敷にこんな乞食がいること自体、ロセッティナには信じられない光景に違いない。

その小汚い乞食に、夫・サントスが「上様」と平伏しているのだ。

サントスが「上様」と呼ぶ人物。

それは、ゼルストラン公以外にはいない。

 ロセッティナが思考停止状態になるのも無理はなかった。


「ご尊顔を拝し奉り……」

「うっとうしいなぁ。オイラそういうのキライ」

 ニコラスはあからさまに眉間にしわを寄せた。


「はっ。申し訳ござ……」

 サントスが言い終わらないうちに、ニコラスは立ち上がる。

そのまま平伏するサントスの上をまたいで、ダニエルのすぐ横にたっているロセッティナの目の前に立った。


「邪魔」

 ニコラスは感情の消えた冷たい声を出した。

ロセッティナはハッとした様子で、飛び退くように移動すると、平伏した。


「ふぅーん。勘は鈍くないんだね」

 ニコラスは平伏したロセッティナを一瞥すると、そのまま廊下に出た。

ダニエルも慌てて廊下に出る。


「師匠」

「他の部屋ってどこぉ?」

 ニコラスはキョロキョロと辺りを見渡している。

ダニエルは慌てふためいたが、廊下の向こうからすぐに女将らしき、貫録のある女性が現れた。


「ニコラス先生。あちらにお席をご用意いたしております」

 女将は会釈をすると、ニッコリと微笑みながら、手で「どうぞこちらに」と誘導する仕草をする。

ニコラスは眉をピクリと動かす。


「もちろん、いつものアレもご用意してございます」

 女将は意味ありげな視線で、ニコラスの目を見る。


「そ。さすがは女将、気が利くね」

「おそれいりましてございます」

 深々とお辞儀をする女将にニコラスが満足そうにニンマリした。

女将はダニエルに軽く目配せをしてから、「こちらへ」とニコラスを先導する。

ニコラスは機嫌よさそうにに鼻歌をうたいながら歩き出した。

ダニエルはホッと胸をなでおろし、後に続いた。

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