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ダニエルのお見合い  作者: 岸野果絵
ダニエルのお見合い
2/12

相談

 王都での買い出しを終えたダニエルは、魔術師協会本部の廊下を歩いていた。

 今日は天気も良く、買い出し日和だ。

 いつものダニエルなら、買い出しついでに、美味しいお店によってランチを食べるのだが、今日はそんな気分にはなれなかった。


 お見合いの日が目前に迫っていた。


 どうにか回避する方法はないかと、決まってからも、父や兄たちに話をふってみたが、「そういうことは女たちに任せてある」という態度だったし、宮中の女官である母や姉にはなかなか会う機会がなかった。

師のニコラスに相談しようかとも考えたが、魔術とは全く関係のないことを相談するのは憚られたし、かといって子育てで大変そうなニコラスの妻・セーラにはなんとなく話しずらかった。


 結局、何もできないまま、時間だけがが着実に経過して行った。


「ダニエルくん、どしたの? この世の終わりみたいな顔して」

 突然声をかけられ、ダニエルはハッと顔を上げた。

事務局本部のお局・上級魔術師のタチアナが立っていた。


「あ、タチアナさん、こんにちは」

「こんにちは。なんか元気ないねぇ」

 タチアナは軽くダニエルの顔を覗き込んだ。

ちょっと癖のある毛先が踊る。


「そ、そうですか?」

 ダニエルはドキッとして、軽く視線を逸らしてとぼけた。


「うん。またニコラス先生がなにかやらかしたの?」

 タチアナは眉間にしわを寄せた。


「いえ。僕、師匠のトラブルには慣れてますから。それに、師匠、最近はちょっとだけ大人しくなったんですよ」

 ダニエルは最近のニコラスの様子を思い出しながらこたえる。


「そうだねぇ。良い奥さんもらったもんねぇ」

「はい」

 タチアナの言葉に、ダニエルは大きく頷いた。


 ニコラスの妻・セーラは素敵な女性だ。

優しくて、愛情豊かで、可愛らしいところもあって、そこにいるだけで周りの空気が和らぐ。

気難しくて、他人を寄せ付けない雰囲気のあるニコラスも、セーラがいると雰囲気が穏やかになる。

本当にお似合いの夫婦だ。


「うーん。なんかやっぱり暗いなぁ」

「え?」

 タチアナにじっと見つめられ、ダニエルは顔があつくなってきた。


「そうだ。ダニエルくんお昼食べた?」 

「まだです」

「じゃあさ、ランチ一緒しない?」

「えっ?」

 ダニエルは突然の申し出に素っ頓狂な声を出した。


「あ、ごめん。先約あった?」

「ないです」

「なら良かった。今日は私、おごっちゃうよ。協会の食堂でだけどね」

 タチアナはそう言うと、軽くウインクする。


「いいんですか? ごちそうさまです」

 内心はかなりドキドキしていたダニエルだったが、努めて平静を装ってこたえた。


*****


 ダニエルとタチアナは協会の食堂で日替わりランチプレートを注文した。

ラッキーなことに、本日のメニューはダニエルの大好きなカニクリームコロッケだった。

 大好物が目の前にならび、ダニエルのテンションは上がった。

お見合いのことはすっかり忘れ、ほわーんと満面の笑みを浮かべて、カニクリームコロッケを味わう。

パリッとした衣から、まろやかな熱いクリームがムニュッと出てきて、軽く舌を火傷したが、そんなことは気にならないくらい美味しかった。


「で、悩み事はなに?」

 食事が一段落すると、タチアナが言った。

「え?」

 ダニエルは一瞬キョトンとしたが、すぐに現実に引き戻された。


 どうしてタチアナがダニエルを突然ランチに誘ったか、やっと氷解した。

タチアナは悩みを聞きだそうとしてくれたのだ。

ダニエルは、そんなことにも気づかず、さっきまで大喜びで食事をしていた。

ニコラスに「お花畑がある」と、いつも言われてしまうのは、こういう事を指摘してだ。

ダニエルは自分が情けなくなった。


「あ、僕……。今度、お見合いすることになってしまって……」

 うつむいて、しどろもどろに告げる。


「お見合いかぁ。ダニエルくんも、もうそんなお年頃になったのかぁ」

 タチアナは感慨深げに腕を組んだ。


「いや、まだ僕には、結婚とかって早いって思うんです」

「そうだね。師範目指して頑張ってるところだもんね」

「はい」

 ダニエルはホッとした。

義姉たちと違って、タチアナにはすんなりと話が通じる。


「そのことは言ったの?」

「はい。でも、義姉たちは全然取り合ってくれなくて……」

「そっかぁ~。業界の人じゃないと分かりにくいもんねぇ」

「はい」

「で、相手はどんな方なの? ダニエルくんの好み……じゃなさそうね」

 タチアナはうつむいたダニエルの顔を覗き込むように首をかしげた。


「はい。相手の方は、良いお家のお嬢様で……。僕なんかにはもったいないというか……」

「お嬢様かぁ。お嬢様じゃ、ニコラス先生とは渡り合えないわね」

「そうなんです!!」

 ダニエルは顔を上げ、語気を強めた。


「ちょっと変わってますけど、僕、師匠のことはすごく尊敬してるんです。だから……」

 一生懸命タチアナに訴える。


「お嫁さんにもニコラス先生を受け入れてほしいと」

「はい。少なくとも毛嫌いしてほしくないんです。うちの師匠、そういうことにすごく敏感で……」

 ニコラスはかなり気難しい。

気に入らないモノはスパッと切り捨ててしまう。

ニコラスが一番嫌うのは、物事を見た目だけで判断すること。

物事の本質を見ようとしない姿勢だ。

ニコラスを毛嫌いするということは、見た目で判断するということだ。

そういう人物に対して、ニコラスは決して容赦はしない。

そんな愚かな女性を妻にしたら、ダニエルまでもニコラスに切り捨てられるに違いなかった。

 ダニエルにとってニコラスは、この世で最も尊敬する師匠だ。

ニコラスに切り捨てられるくらいだったら、死んだ方がよっぽどましだった。


「うーん。とりあえずお見合いして、それからお断りすれば?」

「それはちょと……。こちらから断ったなんてことになったら、相手の方の体面にキズがついちゃうかもしれなくて……」

「じゃあ、ダニエルくんが向こうに嫌われればいいんじゃない? ニコラス先生を見習って」

「え、いや、さすがに、師匠みたいには……。義姉や間に入ってくれた方々に失礼ですし……」

 ダニエルの声はだんだん小さくなっていく。

 せっかくタチアナが真剣に考えて提案してくれているのに、次々にダメ出しをしてしまうのが、心苦しかった。 


「それなら、相手に断るように頼めばいいんじゃない? 二人きりになる時間があるはずだし。お付き合いしてる女性がいるとかなんとか言ってさぁ」

「あ、そっかぁ]

 ダニエルはひょこっと顔を上げた。


「僕、全然思いつきませんでした。そうですよね。彼女がいるって嘘ついちゃえばいいんですよね」

 ホッとした顔で、軽く「うんうん」と頷く。

「ありがとうございます」

 ダニエルはニッコリと笑うと、ぺこりと頭を下げた。


「どういたしまして」

 タチアナは目を細めて微笑むと、コーヒーを一口飲んだ。


「ダニエルくん。この際、彼女つくっちゃいなさいよ。そしたら次のお見合いも阻止できるかもよ?」

 瞳にちょっぴり悪戯っぽい笑みを浮かべ、小首をかしげる。


「え……。いや、そんなに簡単には……」

 ダニエルはポリポリと首を掻いた。 


「ダニエルくんは好きな()とかいないの?」

「え? あ、いますけど……」

 タチアナの問いにダニエルは視線を逸らし、あいまいな表情を浮かべた。


「なら、この際、告白してみたら?」

「ええええっ!! 絶対無理です!」

 目をむいて、首を左右に大きくブンブン振る。


「あ、もしかして人妻とか?」

「まさか。僕、そういうのはダメです」

 ダニエルは、そういう倫理上問題があるようなことは苦手だった。

相手がいると分かった時点で、割とあっさりと気持ちが醒めるタイプなのだ。


「フリーなんだ」

「それが……分からないんです。独身なのは知ってるんですが、お付き合いしてる方がいらっしゃるのかも……」

 ダニエルは小さなため息をつきながら視線を落とした。


 彼氏がいるのか分からないのが悩みの種だった。

いると分かれば、きっぱりと諦めることができる。

 きいてみようと思ったことは、何度もある。

他の人に、それとなく探りを入れたことだってある。

でも、直接きいていいような間柄ではなかったし、知ったところで、どうにもならないのは分かっていた。

いればいいが、いなかった場合、ダニエルは一体どうしたらいいのか。

 どちらにしろ、ダニエルは自分が相手にされないだろうということは、よく分かっていた。

それでも、少しでも可能性があるかもしれないと、無駄だと分かっていても期待してしまうのだ。

諦めてしまうことができれば、どんなにいいか。


「相手のこと全然知らないの? 全然接点ない()に一目惚れとか?」

「ち、違います。知り合いって言ったら知り合いですけど……」

 こうやって一緒に食事をすることだってできるくらい親しい。

でも、なにか理由がなければ、言葉を交わすことはない。

本当に微妙な距離だ。


「なら、当たって砕けろだよ。ぼーっとしてると別の男にかっさらわれるわよ」

「いや……、でも……」

 ダニエルはうつむいて、もごもごとしていた。

 居たたまれない気分だった。


 どう考えても、砕けるバージョンしか思い浮かばない。

一縷の望みもない気がしてならない。

今すぐここから逃げ出したいと思いながらも、もう少しだけこうやってタチアナとしゃべってもいたかった。

二つの感情がぐるぐると渦巻いて、ダニエルは戸惑っていた。


「はぁ。煮え切らない子……」

 タチアナは盛大なため息をついた。

その様子に、ダニエルの心臓は止まりそうになった。


 タチアナをがっかりさせてしまった。

このままでは完全に嫌われてしまう。


「……タチアナさんなんです」

「はい?」

「僕、タチアナさんのことが好きなんです」

 ダニエルは勇気をふりしぼって言った。

タチアナはしばらく口をあんぐりとあけてダニエルを眺めていた。


「……そう。ありがとねぇ。ダニエルくんてホント優しい子だよね」

 鼻で笑いながら、タチアナが言った。

 どうやらタチアナは、ダニエルがお世辞で言ってると勘違いしているようだった。

 ダニエルは慌てた。


「違いますよ。僕、本気です」

「はいはい。分かった、分かった。ダニエルくん。あんまり年上をからかうもんじゃないわよ」

「違います。僕、本当にタチアナさんのことが好きなんです。信じて下さい」

 ダニエルは必死で訴えたが、タチアナは全く取り合うつもりがない様子だ。


「あんまり、おふざけがすぎると、おばちゃんマジ切れするよ?」

 タチアナはダニエルをジロリと睨みつけると立ち上がった。

伝票を手に取り、何も言わずにそのままレジへと向かう。

 ダニエルは追いかけることもできず、ただタチアナの後ろ姿を悲しい瞳で見つめていた。


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