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ダニエルのお見合い  作者: 岸野果絵
おまけ
11/12

観劇の夜に 前編


「ダニエル君が歌劇を見はじめたきっかけは?」

 ひとしきり本日の舞台について語らった後、タチアナはなんとなく尋ねた。


「僕、とっても不純な動機なんですよ」

「え?」

 意外な前置きに、タチアナは興味津々で身を乗り出す。


「憧れている方がいたんです。その方が見に行くって、誰かに話してるところをたまたま聞いちゃって。僕、その方のことをもっと知りたくて、どんなものを見てらっしゃるのか気になったんです。それで、劇場に行って当日券を」

 ダニエルはちょっぴり恥ずかしそうに、首の後ろをポリポリ掻く。


「うわぁ、青春だねぇ」

 タチアナはからかまじりに、肘でダニエルをツンツンした。


「でも、僕、お金無くて、立ち見だったんです」

 ダニエルは肩をすくめた

タチアナは思わず「クスッ」と笑った。


「結構するもんね、チケット代」

「そうなんです。舞台から一番遠い場所から見たんです。でも、あの時、勇気を出して見にいって良かった」

 ダニエルはその時の舞台を思い出しているのか、うっとりと遠い目をした。


「衝撃でした。カルチャーショックっていうんですかね。ジャンルは違うんですが僕もちょっと楽器やるんです。だけど、僕の知ってる音楽の世界とは全然違って。こんな表現の仕方もあったんだって、僕、ビックリしちゃって」

「ダニエルくんて、楽器できるの?」

 ふと気になったタチアナは尋ねた。


「あ、はい。でも、ジャンル違いますので」

「何の楽器?」

「えっと、琵琶とか琴とか笛とか……一通りは」

 ダニエルは考えるように視線を上に彷徨わせながらこたえる。


「そんなにいろいろ?」

 タチアナは目を丸くした。


「レイラ師匠に仕込まれましたから」

「へぇー。なんか意外だなぁ。あ、ごめん」

「いえ。広く浅くなんで」

 ダニエルは首を軽く横に振った。


「ねぇ、今度聴かせて」

 タチアナは目をキラキラ輝かせて頼みこむ。

「いいですけど・・・・・・。少し練習させてください。最近触ってないんで」

 ダニエルは少し考えながらこたえた。

「うふふ。楽しみ」 

 タチアナはニッコリと笑った。


「タチアナさんが見はじめたきっかけは?」

「私も不純って言ったら、不純かもね。恋人に連れてきてもらったのよ」

「うわぁ。それはロマンチックですねぇ」

 ダニエルは興味深げにニッコリと微笑んだ。


「そうね。いい思い出よ」

「その方とは?」

「婚約までしたんだけどね・・・・・・。死んじゃったの」

「え?」

 タチアナの言葉に、ダニエルはきょとんとした。


「事故にあってね」

「す、すみません」

「いいのいいの。もう25年以上も前の話だから」

 青ざめるダニエルにタチアナは「気にしないで」と言うように手をフリフリして微笑んだ。


「ねぇ。ダニエルくんがはじめてみた演目って何?」

「それが、今日と同じ『落日のラステルーム』なんです」

「ええっ。ホントに? 私も『落日のラステルーム』だったのよ」

 タチアナは小さく驚きの声をあげた。

「ホントですか?」

 ダニエルも驚いたように目を丸くする。

「うん」

 二人はお互いにクスクスと笑った。

「こんな偶然ってあるんだねぇ」

「ですねぇ。事実は小説より奇なりって本当なんですね」

「だねぇ」

 しばらくクスクスと笑っていた。


「タチアナさん。今度一緒に観劇しませんか?」

 ダニエルはちょっと緊張した顔で言った。

「うん。いいよ。ダニエルくんとなら楽しめそうね」

 タチアナはダニエルにニッコリと笑いかけた。

「やったぁ」

 ダニエルは小さな声でそう言うと、小さくガッツボーズをした。

タチアナはそんなダニエルを目を細めて眺めていた。


「そろそろ、お開きにしましょうか」

 ダニエルが時計を見て言った。

タチアナも時計を見る。

「あ、もうこんな時間だったのね。楽しくて、すっかり話し込んじゃったわ」

「僕もすごく楽しかったです。お送りしますね」

 ダニエルはニッコリ笑うと立ち上がった。


「いいよいいよ。すぐそこだから」

 タチアナは手をフリフリしながら言った。

「でも、こんな遅くに女性をお一人で」

「大丈夫、いつものことだから」

「そうですか」

「うん」

 心配そうな顔をするダニエルに、タチアナはニッコリ微笑みかけると立ち上がった。

歩き出そうとした瞬間、足がもつれ、軽くよろけた。

とっさにダニエルがタチアナの腰に手をまわして支える。


「大丈夫ですか?」

「ちょっと、飲みすぎちゃったみたいね。年のせいか、めっきり弱くなっちゃった」

「やっぱり、お送りしますね」

「そうね。ありがと。お言葉に甘えとくわ」

 思いの外、足元がふらついていたタチアナは、ダニエルの好意に甘えることにした。

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