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スカイ・ノイズ

作者: 空気雲

 時は西暦2045年。年号は『平成』から変わり、『永了えいりょう』になった。

 新しい年号も幾分馴染んできて、永了生まれが義務教育の責任をその小さな背中に背負う準備をしている、そんなある日。

 世界中に声が響き渡った。


《地球にお住みの皆様、御初に御目に掛かります》

 そんな定型句が空から降ってきた。人類は訳が分からず、ただただ空を見上げるばかり。

《とは言いましても、我々には実体が在りません故、声だけでのご挨拶になります。どうかご容赦を》

 丁寧な『声』は人々に様々な憶測を抱かせた。

侵略者?親交を深めたい他星人?征服者?地球の価値に惹かれた異星人?

しかし、そのどれも的外れと言わざるを得ない結果を、『声』は丁寧に、無機質に放った。

《貴方方人類はこの第二十四型α種銀河系に永住するには不適切とみなされました。よって星ごと排除致します》


ここで一つ、質問を貴方に投げかけよう。

『貴方は地球最後の日、何をしますか?』




 それはある日突然、二人の少年と少女の日常に降りかかった、非日常的な運命。

『おはようございます。本日の天気予報です。全国的には晴れが目立ちますが、九州地区は午後に雨が降る可能性があります。折り畳み傘を用意しておくと良いでしょう』

 そんな声がテレビから漏れ出てくる。それを聞くとも無しに聞き流し、朝食の後片付けに入る。

 そんな風に夏休みの初日を向かえ、今日の予定は特に無いことを確認して自分の部屋に戻ろうとした時、声が響き渡った。

「おはよ〜う! ムウ起きてる〜?」

 この声はネネか。朝から一体何用か、と思いながら玄関へ向かう。

「あ!ムウおはよう!」

「おはよう。ネネ」

「ネオンだっての」

 拗ねたように口を尖らせながら反論するネネ。

「ネオンだっての」

「いや、心の声にまでツッコむなよ」

「だったら正しい名前で呼びなさい」

「分かったよネオン」

「よろしい」

 この明るい系の女子は音音おとなり 音音ねおん。僕は名前を二つとも訓読みして『ネネ』と読んだり呼んだりしてる。呼ぶたびに訂正されるが、その時見せる拗ねた顔が結構ストライクなので、何度も『ネネ』と呼んでしまう。

 そういえばまだ自分の紹介をしていなかった。僕の名前はあらず 無有むう。周りからは普通に『ムウ』と呼ばれている。

 僕らは友達以上恋人未満的な関係で、強いて言うなら親友というのが一番近い。まあでも、世の中には男女間の友情を信じていない人もいるので何とも言えないが。

「んで?何の用?」

「いや、暇だったから何となく来た」

「安い理由だな」

「別にいいじゃ〜ん。夏休み中もムウと一緒にいたいんだよ〜」

「はいはい。ほら上がれよ」

「やたー!」

「飲み物は適当に出していい?」

「うん。ありがと」

「いやいや」

 台所へ向かい、お盆の上にコップ二つとソーダ、そしてストレートティーを乗せ運ぶ。本当はコーラとレモンティーにしたかったのだが、僕が飲みたいだけでネオンが飲みたいわけじゃ無いからよしとする。

「お待たせ」

「ありがと」

 ネオンはソーダのペットボトルを取って、蓋を開けコップに注ぐ。そして、その分を一気に飲み干す。

「――――っはぁ!おいしい!」

「そりゃ良かった」

 そんなのんびりした一時は、一時的なものでしかなかった。

《地球にお住みの皆様、御初に御目に掛かります》

「ん?何この声?」

「さあ。何かのイベントかなんかが近くでやってるんじゃないか?」

「かもね」

 などと軽く受け流して、また飲み物を少しだけ煽る。

《とは言いましても、我々には実体が在りません故、声だけでのご挨拶になります。どうかご容赦を》

「一体どんな設定の舞台なんだろうね」

「ん?」

「何?どした?」

「いや、うちの近くにここまで声が響くような施設あったかなって……」

《貴方方人類はこの第二十四型α種銀河系に永住するには不適切とみなされました。よって星ごと排除致します》

「は?」

「へ?」

 二人がそれぞれに頭に疑問を浮かべる。

「何だ、それ」

「さあ……」

《排除と言いましても、決して痛みを感じることはありません。なぜなら、破壊するのではなく消去するのですから》

「まさか……」

「え?」

 僕は不思議そうにするネオンを置いて、リビングの窓を開け、テラスに出る。そして確信する。僕の『まさか』は的中していた。

《除去の仕方は至ってシンプルです。超過重力空間体、つまりブラックホールに地球ごと入って頂きます》

「……本物かよ」

 その『声』は、空から降り注いでいた。




 地球全体が混乱に陥ったのは言うまでも無い。世界各国が協力し、対策案を練っていた。地球滅亡となれば、戦争なんて無意味なこともやってられず、皮肉にも世界から戦争が消えた記念すべき日となった。

 人類は今までにこのような事態に対したことなど無く、耐性も無く体制も無く、成す術など無かった。

 そこで人類は『声』を『天』と名付け、おののき、戦慄わななき、戦慄するしかなかった。


 『天』は、あくまで一方的に発言した。

《ブラックホールと言っても、そう簡単に手に入るものではありません。つまり、我々でオリジナルを作る必要があるのですが、完成はそちらで言う明日の正午。つまりそれまでは生存出来るわけです》

 『天』は無表情に、無機質に、無感情に続ける。

《只今の時刻とか言いますものは、午前十一時ですか。言い換えますと二十五時間の命、でしょうか》

 『天』は懇切丁寧に全人類の寿命を告げる。正確には全人類ではないのだが。

《それでは此方(こちら)も諸々(もろもろ)の準備がありますので》

 そう言って『天』は、喋るのをやめた。

 これを受け、全世界は崩壊した。

 『天』を神と崇めその意思を尊重しようと言う宗教団体が出来たり、どうせ世界が終わるならこんな金必要ないと言ってヘリから海に札束をばら撒く金持ちが現れたり、自分の意志で死にたいと自殺するものが出たり、どうせ滅ぶんだったらあの人に復讐したいと殺人をする者まで出てきた。そんな表現したくも無いような光景が全世界で展開され、まさしくこの世の終わりと言えた。

 しかし、あくまでそれは極端例。確かに全世界で起こってはいるが、どの国もごく小規模である。殆どの人は大切な人と時を共にしたり、思い出の場所へ足を向けてみたり、ずっと会えていなかった人の所へ出向いたりと思い残したことを一つ一つやり遂げていった。

 そんな人々の終わりを受け入れる態度に反し、各国は対策をずっと練っていた。何かアイディアがあればどんな小さなものでも議論し、役立てようとした。しかし、どれも現状を打開できるものには成り得なかった。

 しかし、そこに一筋の希望の光が現れた。

 日本のある男が消滅を遅らせることが出来ると言ったのだ。あくまで『遅らせる』だけだが、手も足も出なかった人々はその方法を喉から手が出るくらい欲した。

 だが、その方法が明かされることは無かった。

 『天』を神と崇める宗教団体によってその男は命を狙われたのだ。男は何とか逃げ延び、今はどこかに潜伏している。

 宗教団体は、何とかして『天』に逆らうあの男を捕まえたかった。なぜなら、男を捕まえることによって『天』に認められ、お近づきになれるかもしれないと考えたからだ。宗教団体は懸賞金を出し、男を全国的に指名手配した。別にその指名手配は国家権力のものではないので、賞金を払わずともいいのだ。第一、滅ぶのに金が必要と言うわけではない。金など今やただの印刷された紙に過ぎない。しかし、それでも金が欲しい人はいるらしく、熱心に街中を血眼になってウロウロする人を各地で見かける。男はそんな狩人の眼をかいくぐり、とある町に到着した。

 そこで、とある男子高校生と女子高校生が、地球の命を任せられることになる……




「ねえ、ムウ。どうしよう……」

「さあ、な。僕にはどうにも出来ないよ。地球なんて重荷、背負えない」

「それは、誰だってそうだよ。今頑張っている人たちだって、みんなで力を分け合って支えてるし」

「そうだね」

 二人は、頑張って現実を受け止めようとしていた。しかし、現実離れし過ぎていて、なかなか感覚が現実に追いつかない。しかし、一つだけ分かっていることがあった。

 二人でいられる時間は、あと少し。

 離れ離れにならないとは言え、一種の別れと言えるような終わり方。二人で最後まで最期の時を過ごせるのはいいが、それは悲しみを共有することでもある。まだ若く、やりたいことなんてまだ全然やれていないだろうに。

 二人は何となく、本能的にそうしたかったのであろう。固く、手を繋いでいた。




 今、逃亡中の男はピンチを迎えていた。居場所が特定されてしまったのだ。唯一の救いは、その特定が大まかであること。男は特定されたことを、新たに更新された指名手配の詳細欄を見て知った。しかし、それでもその土地を離れる気にはなれなかった。そこにいれば、地球が救える、そんな予感がしていた。彼は導かれるように、見知らぬ土地を駆け抜けた。




 時刻は深夜。とは言っても十一時半くらい。ムウとネオンはあの後話し合い、ずっと一緒にいようと決めた。

「なんだか、落ち着かないね」

「ああ。僕の場合は違う理由だけどな」

「何?」

「夜中に、ネネと、二人きり」

「ネオンだっての」

「やっぱそこにつっこむんだな」

「もしかして試したの?」

「うん」

「……ちょっと期待したのに」

「え?何?」

「なんでもない!」

 とまあ、特にやり残したこともないので、二人でずっと話し合ってる。そんな二人は、夜中にもかかわらず、眩しく見えた。そこに、一人の来訪者が入ってきた。

 雰囲気を壊し、状況を壊し、雰囲気を一転させ、状況を一転させる、来訪者が。

「頼む……、俺を、かくまってくれ!」

 その来訪者は息も絶え絶えに言う。

「あの、あなたは……」

 ネオンはまるでそれが『天』の正体であるかのように、怯えながら聞く。

「……あ!」

「え?なに?」

「あなたまさか……、ポスターの……」

「そうだ、今、宗教団体に追われているんだ」

「分かりました!とにかく中へ!」

「ありがとう!助かる!」

 しかし、男が中へ足を踏み入れることは無かった。

 ターンッ

 その音を合図に、男は倒れた。

「え?え!?」

 二人は男が撃たれたのだと気づくのに、数秒を消費した。それは、響いた銃声が命を奪うのには、あまりに軽すぎる音だったからかもしれない。

「だ、大丈夫ですか!しっかり!」

「……っ!」

 男は苦痛に顔を歪め、声も出せない状態だった。見てみると打ち抜かれたのは心臓付近。もしかしたら直撃しているかもしれない。傷口から流れる血の量が男の寿命を削っているのが分かった。しかし、それでも男は伝えねばならないことがあった。

「……お……けいっ……」

「え?なんですか?」

 ムウは男の口元に耳を近づけ、全神経を聴覚に集める。

「……おき……とけい……」

「時計?時計がなんですか!?」

「『天』を……倒す方法だ」

「え!?」

「頼んだぞ……!」

 男の最期の言葉は、死に逝く者とは思えないほど力強く、死に行く者とは思えないほど希望に満ちていた。

「え、ちょっと、しっかりして!」

 そこへ、見知らぬ二人の男たちがやってきた。一人がムウを押しのけ男の首筋に手を当て、耳を近づけて呼吸を確認する。

「うん。死んでる」

「やった!」

「これで俺たち一歩天神様に近づいたぞ!」

「待て待て、そう慌てるな。まずは上に報告だ」

「それもそうだな」

 男たちは人殺しを称えあっていた。死体を目の前に、死体を無視して。死体を目前に、死体を眼中に入れず。笑顔で、喜びの声を上げて。

 ムウは、男たちに殺意を覚えた。

 死を体感した後に殺意を抱くのは普通の人間ではまず無いだろう。しかし、そんな常識を崩壊させるくらいに、ムウは激怒していた。

「あんたら、なにしてんだよ」

「あ?なにが?」

「何がじゃねえよ!人殺ししておいて!お前ら自分達をなんだと思ってるんだよ!人殺ししても許されるとでも思ってんのか!」

「そうだよ」

 男の一人が自信満々に言い放つ。

「お前こそ、俺たちのこと知らないのか?」

「は?」

「いやいや、俺たちは下の連中なんだ。まだそんなに有名じゃないだろ」

「そっか。でもこの一件で有名になれるぞ」

「そうだな。お前、運がいいな。一番最初に有名人と話せるんだから」

「……なに、言ってるんだ?」

「そうだったな。自己紹介しておこう」

「よく覚えておけよ。あとで自慢できるぞ」

 男たちは楽しそうに話を続ける。

「じゃあ俺から。俺は【「天」からの使者にして「天」への死者の団体「天神教(てんじんきょう)」】の沖縄支部第六聖者隊、金城きんじょう 秀人ひでとだ。」

「同じく第六聖者隊、三谷みたに 三鬼みきだ。」

 二人は誇らしそうに、自分を語る。そして、それをスイッチに、ムウは壊れた。

 まず金城を殴り、驚いている三谷を殴った。二人ともすぐに反撃をしようとしたが、ムウは二人に反撃を許さなかった。二人から銃を奪い、奪った銃で起き上がる前に殴り、立ち上がる前に蹴った。

 それが数分間も続き、二人の意識がなくなったところでようやく終わりを迎えた。その時のムウは、泣いていた。ただただ、泣いていた。

「……ムウ」

「ネオン……」

「ムウ、だよね?」

「大丈夫。俺だよ」

「そばにいて……、お願い」

「うん」

 ネオンの気持ちも分からなくは無い。目の前で人を殺され、ただでさえ心が不安定になっているところに、好きな人が鬼のようになって人を殴ったり蹴ったりしている光景を見せられたのだ。

「あたし、あたし何も……」

「大丈夫。俺も、俺も何もできなかった。助けてあげられなかった」

 二人は、それからしばらく、ただ、泣いていた。


 男の死体は、二人の出会いの場所である海辺の草原に埋めることにした。二人の大切な思い出の地に、眠らせることにした。

「……結局名前、聞けなかったな」

「そうだね」

「おやすみ。名も無き英雄さん」

「おやすみ」

 二人は別れを告げ、立ち去ろうとした。しかし、そこでムウは、あることを思い出す。

「そうだ。あの人最期に『天』を倒す方法、言ってた」

「え!?本当!?」

「うん。確か、『……おき……とけい。』だった気がする」

「おき、とけい……。置き時計?」

「置き時計!」

「でも、置き時計が何?どうすれば倒せるの?」

「分かんない。とりあえず、一度家に帰って考えよう」

「分かった」

 二人は、足早に家への道を急ぐ。その足取りは、確実な未来を踏みしめているようだった。


 家に帰った二人は、まず男について調べることにした。

インターネットで『天 倒す方法』と入力するとすぐに出てきた。名は、しがらみ 咲哉さくや。咲哉はIQ256という頭脳を認められ、政府関係の仕事に就いていた。仕事内容は機密情報らしく、伏せられていた。彼は生前、時計をコレクションしていて、腕時計から置き時計、壁掛け時計に至るまで、家に飾れるものであれば色々な時計を集めていた。

「時計のコレクション……」

「つまり、そのコレクションの置き時計に方法かそのヒントが隠されているってこと?」

「多分……」

「で、咲哉さんの家はどこ?」

「静岡だ」

「静岡!?」

「ああ。ここにいたのは逃げてきたからだろう。」

「でも静岡って……。沖縄ってただでさえ周りに県とか無いのに……」

「……仕方ない。ヘリで行こう。」

「ヘリ?」

「うん。知り合いにヘリコプターの遊覧飛行会社で働いている人がいるんだ。その人に掛け合ってみる。」

「……ムウがいて良かった。」

「急に変なこと言うなよ。フラグになるぞ」

「ごめん」

 地球滅亡をなんとかできるかもしれないという考えが二人の心に余裕を作っていた。それが後でどう影響するのかは分からないが、決して悪い雰囲気ではないと思う。

 ムウは携帯電話でその知り合いに電話した。

 プルルルル……

 数秒の後、相手が応答する。

「おう、私だ」

「飛鳥さん?」

「ああ。どうした?ムウ。こんな時間に。地球最後の日にとうとう私と付き合う気になったか?」

「すいませんが、違います」

「ちぇ。で、何?」

「ヘリで静岡まで運んでもらえませんか?」

「……死に場所探し?」

「すいませんが、違います。」

「だろうな。何しに行くの?」

「もしかしたら、地球を救えるかもしれないんです」

「……マジ?」

「マジ」

「……オッケー。分かった。さすがに地球を見捨てるわけには行かないからな。色々世話になってるし」

「本当ですか?」

「ああ。あとお前のこと好きだし」

「……色々な意味でありがとうございます。」

「いやいや。じゃあ私が車で向かうから準備しとけ。地球を救えなかった時の準備も含めて、な」

「はい」

「それじゃ後で」

 相手が電話を切ったのを確認してから、ムウも電話を切った。

「今の人がそう?」

「うん。如月きさらぎ 飛鳥あすかさん」

「明日香さん?」

「飛ぶ鳥で飛鳥」

「あぁ。そっちね」

「うん。じゃあ、そろそろ準備しようか」

「うん」

 二人はちょっとした着替えや飲み物など、いざという時の物を少し大きめのカバンに詰めて、玄関先に出る。

 数分後、青いオープンカーに乗った綺麗な女性が颯爽と現れた。

「おまたせ」

「ありがとうございます。早かったですね」

「わざわざ地球最後の日にドライブする人はそうそういないさ。その上、朝の四時だ。車なんて皆無だよ。ん?そっちは彼女?」

「いや、まだ違います」

「まだ?」

「あ、いや違います!言葉の綾取りです!」

「言葉の綾、な。綾取ってどうする」

「……いつも通りですね」

「何が?」

「地球最後の日なのに、ですよ」

「ああ。だってお前が救ってくれるんだろ?」

「……未定ですけどね」

「私はお前を信じてるよ」

「心強いです」

「まあな。とにかく乗って」

「はい。お願いします」

「お願いします」

 二人は飛鳥さんの車に乗り込み、一応キチンとシートベルトをした。

「なんというか、飛鳥さんカッコいい」

「ん?なんか言ったネオン」

「うん。独り言」

「へぇ。ネオンって言うんだ。私は飛鳥。大体はムウから聞いてる?」

「はい。ヘリコプターの遊覧飛行の会社に勤めているんですよね?」

「ああ、それね。最近やめた」

「え?またやめたんですか?」

「だってさ、自分が好きなようにヘリ飛ばせないって意味無いじゃん」

「え!?操縦士の方やってたんですか!?」

「うん。何やってると思ったんだ?」

「てっきり整備士あたりかと」

「それはそれで女性向きじゃないけどな。私は女性って感じでは無いけど」

「それで、最近はなんの仕事してたんですか?」

「……言わないとダメ?」

「急に女の子みたいになりましたね」

「言いたくないんだも〜ん。秘密にしたいんだも〜ん」

「分かりましから車止めてまで抱きつかないで下さい」

「そうですよ。ムウは私のものです」

「僕は僕のものだ。ってあれ?ヘリがあるのってあっちの道じゃありませんでしたっけ」

「確かに私が前にいた会社はあっちの道だな」

「じゃあ何で?」

「いやさ、ヘリって元々長距離を飛行する為には作られてないんだよ。だから、遊覧飛行に使うようなやつじゃ沖縄から静岡まで行けないんだ。だから軍用のやつで行く」

「へぇ。え?軍用?」

「そ、軍用。沖縄の基地は伊達じゃないんだぜ」

「……コネはあるんですか?」

「コネなんてもんじゃないぜ。私が少し頑張れば沖縄から基地無くせるぜ」

「権力!?」

「……飛鳥さんって何者ですか?」

「ムウの元カノ」

「え!?」

「変な嘘吐かないで下さい」

「地球最後の日くらい付き合えよ」

「さっき信じるって言ってたじゃないですか」

「覚えてたか。っと」

 気付くと目の前には開け放たれたフェンスがあった。基地への入り口だ。入り口は入る方と出る方の二手に分かれ、その二つの道路の真ん中には小さな小屋の様なものがあった。中に一人軍人さんがいるところを見ると、どうやら警備員室のようだ。基地は今まで近くを通ってきたが、中に入ったことは無い。たまに、一般人も入れるイベントとかやっているが、それも行ったことないので、正直少し緊張している。それはネオンも同じらしく、少し表情と姿勢が硬い。

「ちょっと待ってな。」

 飛鳥さんはそう言って、警備員の軍人に話しかける。

「Can we go in?」

「Sure」

「Thanks」

 飛鳥さんは軽く言葉を交わした後、迷うことなく車を進める。

「よし、中に入るぞ」

「……飛鳥さん」

「何?ムウ」

「少し惚れそうです」

「ムウ!?」

「おぉ、そうかそうか。とうとう私の良さに気付いたか。さあ、気が変わらんうちにキスしよう」

「ちょっと、飛鳥さんやめて!せめて私のいない所で!」

「それだともっと、するよ?」

「じゃあここで!」

「いや。キスも止めてくれよ」

「着いたぜ」

 飛鳥さんがそう言って車を止める。僕たちは車から降り、荷物も降ろす。降りたところは、平屋みたいな建物の前だった。飛鳥さんはその建物のドアをノックする。すると、中から一人の男の人が出てきた。

「Hi、ジャン」

「アスカ!どうしたこんな時間にここまで。おや?後ろの二人はお前の子供か?」

「そんなわけないだろ。こいつらは救世主だ」

「救世主?」

「地球を救ってくれるんだよ」

「…Really?」

「Yeah」

「アスカの知り合いはやっぱりすごいな」

「こっちの男の子は知り合いじゃなくて恋人」

「…Really?」

「Yeah」

「さすがにつっこみますよ」

「え?違うのかい?」

「違います」

「ってことは隣の子が本命か?」

「まあ」

「いいね!実にロマンチックじゃないか!恋人同士の愛が地球を救う!オッケー!その話乗ったよ!」

 なんだか一人で盛り上がるジャンさんだった。僕達、まだ恋人では無いんだけどなぁ。

「そうだ、紹介が遅れたね。僕はジャンシー・マイケル。ジャンって呼んでくれ」

 ジャンさんは流暢な日本語で自己紹介してくれた。名前も日本語読みで言ってくれた。

「僕は無 無有です。」

「私は音音 音音です。」

「ムウにネオンね。ん?ムウ?」

「はい」

「君か!ムウって!」

「え?何ですか?」

「いや。アスカが会うたびに君の話をするから、会ってみたいとは思っていたんだよ」

 飛鳥さん、軍人にも僕の話してるのか……

「ジャン。悪いが、操縦も頼めるか?」

「もちろん」

「ありがとう。じゃあ早速向かうとしよう」

 飛鳥さんはそういって自ら先頭に立って歩いていく。勝手知ったる米軍基地、か。

 そう言えば、一体何時間ぐらいで向こうに着くんだろう。あまりギリギリだと困る。

「飛鳥さん」

「ん?」

「向こうにはどれくらいで着くんですか?」

「そうだな。大体ここから向こうまでが、約1500km。今から借りるCH‐53E、通称スーパースタリオンは、最大で速度が315km/h。つまり、単純計算で五時間ほどだ。今が午前の四時半だから、五時に飛ぶとしたら大体十時には向こうに着く。」

「詳しいですね。というか何で向こうまでの距離まで分かるんですか?」

「今までやってきた仕事のおかげさ」

「……飛鳥さん」

「何?」

「やっぱり惚れそうです」

「また!?」

「いいぞ。その調子だ。さあ、その勢いで私の胸に飛び込んで来い」

「飛鳥さん胸大きいからダメ!」

「小さかったらよかったのかよ」

「じゃあ今度さらし巻いてくる」

「飛鳥さんも本気にしない」

 そんな三人のやり取りを見ながらジャンさんは爆笑していた。

 そんなことをしている間にヘリの格納庫に到着。荷物をジャンさんに渡し、ヘリに積んでもらう。ジャンさんからヘルメットを貰い、ヘリに乗り込む準備をする。

「あれ?飛鳥さんはヘルメットいいんですか?」

「いや。私は乗れない」

「え!?」

「このヘリは三人までしか乗れないんだ。まあ、本当は乗れないことも無いが、やっぱりここで別れるのがいいだろう」

「そんな……」

 正直、静岡まで来てくれると思ってた。飛鳥さんがいれば、時計のこともすぐに分かるんじゃないかと思ってた。

「大丈夫だ。お前ら二人ならできるさ。私が保証する」

 飛鳥さんは不安そうな僕らに、そう言ってくれた。その笑顔は長い付き合いの僕も一度も見たことがない、優しい笑顔だった。

「……飛鳥さん」

「何?ネオン」

「あたしも惚れそうです」

「だろ?」

 そういって無邪気に笑う飛鳥さんの姿を見て、体から余分な力が抜ける。

「二人とも、準備できたよ」

 ジャンさんがこちらに歩いてきながら言う。ヘルメット姿のジャンさんはとても凛々しくて、憧れるくらいかっこよかった。

「ありがとな、ジャン」

「いやいや。アスカの頼みだからね」

「今度呑みに行こうぜ」

「ああ。その時はぜひおごらせてもらうよ」

「その言葉忘れんなよ」

「もちろん」

「じゃあな」

「ああ」

 男女がするとは思えないかっこいい別れをするジャンさんと飛鳥さん。

「二人も、また会おうぜ」

「「はい」」

 二人揃って返事をし、ヘリに乗り込もうとする。すると、飛鳥さんが僕を呼び止める。

「あ、ムウ。ヘルメット被るのちょっと待った」

「はい?」

「ちょっとこっちきて」

「?」

 言われたとおりに飛鳥さんのところへ行くと、急に頭を撫でてくる。

「え?ちょ、なんですか?」

「髪にゴミ付いてた」

「あ、すいません。ありがとうございます。」

 すると飛鳥さんは撫でていた手をゆっくり下に降ろし頬に添え、もう片方の手も反対の頬に添える。そして、ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねる。

「「!?」」

 僕も驚いてはいたが、横目に見えるネオンはその倍ぐらい驚愕していた。ていうか、やわらけぇなこの人の唇。数秒くらい経って、飛鳥さんはゆっくりと離れる。そして、僕の手からヘルメットを取る。

「信じてる」

 そういって僕にヘルメットを被せ、本当に惚れそうなくらいの笑顔を見せた。

 僕はそれを見て小さく頷き、しっかりとした足取りでヘリに向かう。ジャンさんが、乗り込んだことを確認してからドアを閉める。そして、ジャンさんも乗り込み、とうとう離陸の時。

「ねえ、ムウ」

「何?」

 ネオンがヘルメットについてるマイクを通して話しかけてくる。ちなみに、マイクを通った声はヘルメットに内蔵しているスピーカーから聞こえる。こうしないとヘリコプターの音で声が聞こえないのだ。

「聞きたいことがあるんだけどさ」

「な、なに?」

 ネオンの目が若干怖いので思わず怯む。

「さっきのキス、まさかファーストじゃないよね」

「……」

「違うよね?」

「……ファーストです」

「そんなぁ!」

 そう叫んでネオンは崩れ落ちる。まあ、シートベルトのせいで中途半端な崩れ方だけど。

「よし。離陸するぞ」

 ジャンさんはそう言って操縦を始める。すると、ゆっくり機体が持ち上がっていくのが分かり、ついつい外を見る。外では、飛鳥さんが大きく手を振って何かを叫んでいた。口元の動きからするとたぶん、こう言ってると思う。

『待ってるからな』

 僕はそれに手を振って返した。色々な意味と気持ちを込めて。


 離陸してからしばらくは凍結状態だったネオンだが、突然キリッと姿勢を正し、僕を指差しながらこう言い放った。

「帰ったら強引にでもキスするからね!」

 ……もしかして飛鳥さん、この展開狙ってた?

 僕にキスをすることによって、対抗心を燃やしたネオンにキスをさせようと。僕たち二人の関係を密接にしようと。まあ、それは五十%くらいだろう。残りの五十%は、自分がしたかったから、もしくは、僕を惚れさせようとして。どちらにしても、あの人らしい。


 飛行を続けて大体一時間半くらいだろうか。ジャンさんが窓の外を指差しながら言った。

「日の出だ。」

 ジャンさんが指差すほうを見ると、確かに空が仄かに明るい。

「後、数分もすれば、朝日が顔をだす。」

 ジャンさんがそういうので、しばらくその方向を眺めていた。すると、ゆっくり、ゆっくりと、朝日が現れた。

その光景は、とても綺麗で、少し目頭が熱くなった。光を放つ太陽。空に広がる光のグラデーション。それを受けて表情を変える海。その光景を見て、僕たち二人は、無意識のうちに手を握っていた。

 それからさらに数時間。細かい場所を大まかに説明しながら飛行を続け、飛鳥さんが言っていた通り、十時を少し過ぎたくらいに目的地に着いた。そこは、どこかの施設のヘリポートのようで、近くには管制塔らしき建物が見えた。

 静岡

 初めて来た。というか、県外に行くのが修学旅行以外は皆無なので、なんというか、浮き足立ってしまう。

「僕はここで待ってるよ、メシア」

 ジャンさんがヘリにもたれかかりながら言う。

「メシア?」

「『救世主』の意味だよ」

 ジャンさんはいたずらっぽく笑いながら答える。

「それじゃ二人ともがんばってね」

「はい。帰る準備をしててください」

「もちろん」

 そう言ってジャンさんは建物の中に入っていった。

「じゃあ、行こうか」

「うん。家の場所は分かるの?」

「ああ。地図をメモしてきた」

「オッケー。急ごう」

「うん」

 僕たちは確かな光を掴むために、走り出した。


 古本屋から静岡の詳しい地図を貰い(ちゃんと買おうとしたのだが、店主が「いいよ。本も読まれないよりかは、読んで最後を迎えたほうが幸せだろう」と言ってお金を受け取らなかった)、その地図を元に家にたどり着いた。

 そこには、豪邸があった。

 僕たちは唖然として、なかなか門をくぐれなかった。というか、萎縮して足を踏み入れられなかった。しかし、さすがにずっとそのままでいるわけにも行かず、思い切って玄関まで駆け抜けた。玄関までは目測でも百メートル以上あり、駆け抜けようとして途中でバテた。やっとたどり着いた玄関は、一般庶民を寄せ付けない造りの扉で閉ざされていた。もしやと思って引いたり押したりしてみたが、案の定鍵がかかってた。しかし、ふと思い立って近くにあった植木鉢などを探っていると、その中の一つの植木鉢の下に合鍵が隠されていた。住んでる人間はかなり庶民的だったらしい。

 鍵を開けて中に入ると、冗談じゃなく自分の家より広いんじゃないかという冗談じゃなく広い玄関ホールがあった。中は静まり返っていて、人の気配はない。もちろん、家主がいないのだから当然といえば当然だが、もしかしたら教団の人間がいるかも知れないと思って少し警戒していたのだ。だが、その心配は不要のようだ。

それにしても広いな。玄関でこの広さか……、時計コレクションの部屋を探すだけで時間がかかりそうだ。と思っていたのだが、意外と簡単に見つかった。その部屋は、玄関を入ってすぐに目に入る目の前の大階段を上ったところにある部屋だった。分かりやすくいうと、玄関から真っ直ぐ進み続ければ、すぐにその部屋にたどり着くというわけだ。

 部屋には鍵などは見当たらず、自分の世界に浸る部屋という感じではなさそうだった。なぜ、扉も開けずにそこがそうであると分かったかといえば、扉に時計をかたどった彫刻が施されていたからである。二人は、時計屋を想像しながらその部屋へ足を踏み入れた。

 しかし、そこに広がっていたのは、一つの確立された、隔離された世界だった。

 扉の向かい側の壁はすべてガラス張りで、外にはバルコニーがあり、バルコニーの向こうには青空と草原。さらにその奥には果てしなく広がる海。そしてそこから差し込む光に照らされた部屋は、無数の時計で埋め尽くされていた。煩雑に並べられた置き時計、壁に規律無く掛けられた壁掛け時計、所々にあるテーブルに乱雑に置かれた腕時計。どれもが無造作に見えて、しかしそこに無ければいけないと思わせるような配置、そして存在感。自分が着けている腕時計とは、別物のように思えた。すべての時計がバラバラの時間を示し、それによって己のアイデンティティーを示しているかのようだった。部屋に響く秒針の音は、なぜかとても心地よかった。時折聞こえる定時を示す音が、アクセントを加え決して単調な繰り返しにしない。多分、それぞれの時計が少しずつずれていて、日に日に違う表情を見せてくれるのだろう。しかし、それを造った創造主はもういない。神を失った世界、とも言える。

 そんな箱庭的世界に浸っている時間は、今は無かった。

「……探すぞ」

「うん」

 僕たちは手分けして置き時計を見て回った。しばらく物色していると、なにやら気になる時計があった。

「なあ、ネオン。」

「ん?」

「この時計、なんか気にならないか?」

「……確かに、なんか、気になるね」

「だろ?」

「ん〜、あ!分かった!」

「何?」

「これ、秒針の回り方が逆だよ」

「あ。ホントだ。ってことは」

 僕はその置き時計を調べる。が、別に変わったところは無かった。ただ単に変わった時計というだけだったようだ。それからさらに探していると、明らかに異彩を放つ時計があった。

「これは……」

「すごい、ね」

 その一言に尽きた。壁一面を一つの時計が占領していた。というか、多分これは壁を時計にしたのだろう。そしてそこで、自分達の間違いに気付いた。

「これだよ……」

「え?」

「咲哉さんはこれのことを言っていたんだ」

「どういうこと?」

「咲哉さんは『……おき……とけい』って言っていた。けど、置き時計だったら『とけい』じゃなくてちゃんと『どけい』って言うはずだ。つまり、咲哉さんが言っていたのは『置き時計』じゃなくて『大きい時計』だ」

「ってことは、この時計にヒントが?」

「多分、あるはずだ」

 僕達は壁時計を調べた。そして、見つけた。

「ムウ!あった!」

「ホント!?」

 ネオンの言うとおり、それはあった。

 謎だ。謎があった。

「これってもしかして……」

「鍵、だろうな」

 そう。そこには鍵を開けるための『謎』があった。よく小説とかで見る類のものだ。

 そこには、こう刻まれていた。

【我、最大にして最小。また、中間でもある

 我、始まりにして終わり。また、途中でもある】

 そしてその文章の下には、一から十二の数字が書かれたボタンのようなものがあった。

「つまり、問題を解いて正解のボタンを押せば、何かが起こる、ってこと?」

「だろうね」

「じゃあさ、一個ずつ順番に押していけば当たるんじゃない?」

「それはやめたほうがいい」

「どうして?」

「大体、鍵を掛けるほど重要なモノが中に隠されているんだ。外には出したくない筈。つまり、もし外に出されるようなことがあるなら、未然に防ぎたい。だから、もしここで間違えたら、主以外の何者かに外に持ち出されようとしていると判断されて、中のモノは消去される恐れがある」

「……爆発、ってこと?」

「または炎上する、とか」

「分かった。慎重に行こう」

 二人はまずそれぞれ考えてみることにした。

「一、かな」

「始まりってことか?」

「うん。でも終わりでは無いんだよね」

「後、最小でもあるな。最大ではないけど。ん?」

 僕は数字のボタンを見て閃く。よくよく考えてみたらこの部屋にはヒントだらけじゃないか。

「どうしたの?」

「答えが分かった」

「え?何?」

「十二だよ」

「確かに最大ではあるけど、最小じゃないじゃん」

「いや、最小だよ」

「どうして?」

「時計で十二時って他にも呼び方あるだろ?例えば日付が変わる瞬間とか」

「……午前零時」

「そう。それと二十四時。つまり、始まりは零時、途中は十二時、終わりは二十四時ってことだ。そして、最小は零時、中間は十二時、最大は二十四時だ。」

「そういうことね。じゃあ、十二のボタンを押せば…」

「鍵が開く」

 そういって僕は、静かにボタンを押す。

 すると、機械的な音が部屋中に響き、壁時計が変形を始める。まるで生き物のように、その姿を劇的に、芸術的に変える。そして、目の前に人が通れるくらいの穴が開いた。

「……行くぞ」

「うん」

 僕達はゆっくり、中に足を踏み入れる。

 中は普通の書斎だった。

 しかし、そこには時計は無かった。まるで、時間の流れから逃れるための部屋。時間を忘れるための部屋。日光が入る窓などは無く、正確の時間を計るものは部屋には無い。そんな部屋の中には、立派な机と椅子、そして本棚があり、それだけだった。その机の上に、なにやら文章が書かれた紙があった。

「……これか」

 そこには「『天』の駆除、及び対抗策に関するメモ」と書いてあった。

「それ?」

「うん。ここにヒントがあるはずだ」

「これで、地球を救えるんだね?」

「うん。多分だけど」

 僕は読み落としが無いように、かつなるべく早く読み進めていった。

 答えが、分かった。そして、そこで一つの勘違いに気づいた。

「分かったよ。『天』を倒す方法」

「本当!?」

「うん。正確には、地球の消滅を止める方法だけど」

「どういうこと?」

「この方法で、地球の滅亡は止められる。けど、『天』は消滅しない」

「え?」

 まだよく意味が飲み込めないようでいるネオンに、答えを明かす。

「ネオン、地球の消滅を止めるにはどうすればいい?」

「『天』を倒す」

「他には?」

「う〜ん……、時間をとめる、とか」

「まさしくそれだ」

「え?」

「『天』は倒せなくとも、時間さえ止めれば地球の滅亡は止められる。そうじゃなくても、少なくとも時間は稼げる」

「でも、時間を止めるなんてどうやって……」

「ネオンは『天』が言っていた言葉、どれくらい覚えてる?」

「大体は」

「じゃあ『天』がこう言っていたのも覚えてるかな。

《ブラックホールと言っても、そう簡単に手に入るものではありません。つまり、我々でオリジナルを作る必要があるのですが、完成はそちらで言う明日の正午。つまりそれまでは生存出来るわけです》

《只今の時刻とか言いますものは、午前十一時ですか。言い換えますと二十五時間の命、でしょうか》

これを聞いて何か変だと思わない?」

「確かに、日本語が変だなって思ってはいたけど、それって相手がこの国の言葉をそんなに知らないからでしょ?」

「違うんだよ、ネオン。日本語を知らないんじゃない。時間という概念を知らないんだ」

「は?時間を知らない?」

「うん。時間は地球人が勝手に作った概念だ。つまり、地球外存在体である『天』は、時間がどういうものかをいまいちよく分かってない」

「じゃあ、どうしてあの時『只今の時刻』が言えたの?」

「それを示すものがあったからさ」

「どこに?」

「日本に。正確には静岡に」

「ここに?」

「うん。ここからそんなに遠くない公園に、世界一大きな花時計があるらしい。ここに地図も書いてある。つまり、『天』はその花時計を見て時間を言っていたんだ」

「花時計……大きい時計……」

「そう。咲哉さんは最初から答えを言っていたんだ」

「じゃあその花時計を止めればいいの?」

「そういうこと」

「今何時!?」

 僕は自分の腕時計を確認する。

「十一時五十分」

「時間無いじゃん!」

「ああ!急ごう!」

 僕は地図を持ってネオンの手を取り、ネオンが握り返したのを感じながら、走り出した。


 走ってから数分が経ったころ。目的地が見え出した。

「多分あれだ!」

「スパートかけよう!」

「うん!」

 僕達は今までで一番であろう全力ダッシュをした。さすがに数分も走ってさらにダッシュは若い体でもキツい。到着した時にはへたり込みそうになった。

 まだだ。まだ倒れちゃダメだ。

 自分にそう言い聞かせ、何とか堪える。そして、前を見据える。

 綺麗な、大きな時計があった。

 直径は三十メートルは優にあるであろう花時計が、そこに鎮座していた。それは、壊すのを躊躇うほど存在感を放ち。壊すのを躊躇するような綺麗な花々が咲いていた。しかし、地球のためにも、全人類のためにも、破壊しなければならない。

 腕時計を確認すると、十一時五十六分。

 猶予なんて余裕は、残されていなかった。

「ムウ!」

「分かってる!」

 僕は一目散に時計へ走り、まずは秒針に手を掛ける。

「ぐっ……!硬ぇ!」

 そりゃそうだろう。屋外に設置するからにはそれなりの強度があって当然だ。

「日本の技術が恨めしいと思ったのは初めてだ、クソ!」

 針の先端を中心の軸に向かって押し上げる。

 ガキンッ

 音を立てて針が根元から折れる。

「あと二本!」

 次は短い時針を引っ張る。どうやらさっき秒針を壊したときのダメージが伝わってたらしく、軸ごと折れた。

「ラスト!」

 しかし、これはかなり手強い。ダッシュの時の体力がまだ回復しておらず、さらにそのまま続けざまに巨大な針を二本壊したのだ。

 もう、力が出なかった。

「……くっ!」

 駄目か……。ここまで、ここまでようやく来たのに。飛鳥さんやジャンさんにだって手伝って貰って、ここまでたどり着いたのに。それに、地球を救えるかも知れないという気持ちで、お世話になった人とかにお礼も言えてない。

 後悔の念が押し寄せてきて、手に加わる力が弱くなる。

「ムウ!」

「!」

 そうだ。ネオンがいるんだ。それに帰る準備をしてくれているジャンさんも、沖縄で帰りを待ってくれてる飛鳥さんも、他にもたくさん待ってくれてる人が、信じてくれてる人が居るんだ。

 それに、地球の運命が、この針にかかってるんだ。

 どうにか、どうにかしないと……!

「そうだ!」

 僕は思い立ち、折った時針を運んでくる。それを地面に突き立て、それで分針を下から押し上げる。なるべく時針の端を持って、てこの原理が最大限活用されるように。

 すると、後ろから何かに包まれる。

「ネオンっ!」

「最後も、最後まで、一緒だよ!」

「……当たり前だ!」

 最後の余力を振り絞って、針に全力を注ぎ込む。

「んぁあ!」

「うぅあ!」

 ガキィンッ

 二人の力が加わった針は、遂にその身を空へ放り出した。大きい物が壊れる時独特の低い音と、金属が壊れる時特有の高い音が混ざった音が公園に響き渡り、少し遅れて針が地面に落ちる音がした。

 その音を聞いて、僕達はその場に崩れ落ちた。

「「……」」

 ピッ

 僕が着けている腕時計から、十二時を知らせる電子音が鳴る。

《全人類の皆様、大変申し訳ございません。とある反乱分子により調和が崩れました。全人類及び地球排除計画を検討し直します》

『天』は簡潔に述べ、その見えない姿を地球から完璧に消した。

「……やったね」

「……うん」

「やったんだよね」

「うん、やったんだ」

「私達、生きてるよ」

「うん。あんまり死ぬって実感も無かったけど」

「そうだね」

 僕達は咲き誇る花の中で、青空を仰ぎながら、言葉を交し合った。正直、このやり方が本当に正しいのか不安があった。ブラックホールを生成して地球を消し去るような存在が、時計一個が壊れただけで本当に諦めてくれるのか。もしかしたら既に時間の概念を理解し、もう時計は不要になってしまってはいないか。

 だけど、僕達に未来を託した咲夜さん、僕達を信じてくれた飛鳥さんやジャンさんの存在が、最後まで突き動かしてくれる原動力になった。

 お礼、言わないとな。

「……帰ろっか」

「あぁ。咲哉さんにも報告しないといけないし」

「そうだね」

「待たせてる人もいるしな」

「うん」

 僕達は起き上がり、走ってきた道をゆっくりと戻り出す。

 そういえば、ネオンにもお礼しないと。

 そこで、飛鳥さんの顔がよぎる。

 ……なんでここであれ思い出すかな〜。でも、思い出したからにはやんないとな。本当、やってくれるな飛鳥さん。帰ったら惚気話してやろう。

 心を決めて、言葉を紡ぐ。

「それと、ネオン」

「ん?」

「最後、ありがとな。おかげで諦めすに済んだよ」

「ううん。私も、頑張ってるムウの姿を見たから私も力にならなきゃって思えたんだよ」

「そっか」

「うん」

「それじゃ、お礼とご褒美に」

「え?」

 不意に立ち止まった僕を見て、なんだろう?というような顔で立ち止まるネオン。そのネオンの顔に右手をなるべく優しく、けどしっかりと添えて、自分の唇を重ね合わせる。

「!?」

 驚きの表情をするネオン、顔の色はさっきの花時計に咲いてた花よりも真っ赤に染まっている。

 僕も気恥ずかしいので一秒経つか経たないかくらいですぐに顔を離す。

「ほら、行くぞネネ」

 しばらく惚けてたネオンだったがやがて、ニヤニヤしだす。そして、前を歩いてた僕を追い越して振り返る。

「ネオンだっての」

 その笑顔を見て僕は、やっと終われたんだと感じた。少し速歩きしてネオンに追いつき、機嫌よく振っている左手を握ってそのまま歩き出した。ネオンもその手を握り返したのを確かめて、また歩き出す。

 その手に確かな未来が握られてるのを、僕たち二人はしっかりと感じた。



 空は静かに、澄み渡っていた。


この小説自体は高校の時に一度完成していて、そこから少し手を加えたものになります。ちなみに、その時入っていた文芸部で行った三題噺で出来上がった作品です。

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