プロローグ
いつものカフェで、いつものように。
彼女は毅然とした表情で座っている。
真っ直ぐと僕を見つめる瞳でさえ、いつものように、その透き通るような輝きを忘れてはいなかった。
「別に私は、強制するつもりなんてないの」
テーブルの上のコップに手を伸ばす。
手が震えるのを必死で抑えながら、ストローを口元まで運んだ。
ゴゴッと、音が鳴る。
さっきも鳴ったその音に、僕は驚き、彼女は眉を寄せた。
コップの中身はとっくの昔に無くなっている。
僕は慌ててコップをテーブルに置くと、飲み物が無くなるということがどうしてこんなに心細いものだろうか、と半ば本気で考えた。
僕は仕方なくそばにいたウエイトレスに、飲み物のおかわりを頼む。
「……やっぱり、コーラは体に良くないと思うわよ? 年相応とも思えないし」
「そ、そうかな」
いつものやりとりのはずなのに、ちょっとしゃべっただけで口の中が乾いた。
彼女の透き通る瞳は、僕を捕えて逃がさない。
「……私はもう決めたから……」
彼女の前にはアイスコーヒーが置いてあった。しかしながら僕と違って半分も減ってはいない。
真夏の、とても暑い日だった。
カフェの店内は恐ろしいまでに冷房が効いていたのに、額から流れる汗は止まらない。
「いいんだよ、無理しなくて。まだ学生だもんね。私は就職している訳だし、問題ないから……」
そう言って彼女は初めて僕から目線を逸らす。
分かっていたんだ。
目を伏せた彼女の表情が、悲しみであることを。
一体僕に、何を言ってほしいのかも。
分かっているのに……!
一瞬、時が止まったかのような錯覚に捕らわれる。
世界に存在するのはただ僕一人で、周りは暗闇に包まれていた。
そんな孤独な世界の中で、僕の日常が崩れ去って行く音を聞いた。
その音は、事実を自覚すればするほど大きく耳障りで、
僕にはとても耐えられなかったんだ。