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凛子と青い車  作者: ふとん
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凛子と境界

 振り返った凛子に微笑んだ山原だったが、すぐに社殿のアヤカシ達に目を遣って彼らと対峙した。

 さりげなく山原の広い背中に庇われた凛子だったが、立て続けに起こった現実離れした出来ごとに眩暈を起こしそうになっていた。


 山原と対した耳と尻尾を持ったアヤカシはチッと舌打ちする。


「儂の境界に無理矢理入り込む奴を人とは言わぬわ」


 そう苦々しく言って、金の瞳が凛子を見遣る。


「……で? こいつはお前の何だ」


 尋ねられた凛子は絡まりそうになる舌を動かして口を開いたが、山原が一拍早い。


「人の世は人の営みがございます。どうか人の子は人里へお返しください」


 鏡月は山原を忌々しげに睨んで、


「人、人とうるさいぞ、小童。儂にそちらもこちらも無いことは知っておろう」


「なにとぞ」


 なおも低姿勢の山原を上から見下ろして、そしてアヤカシはニヤリと笑う。


「しつこいな。お前、この娘が何者か知っておるのか」


 アヤカシの言葉に山原の肩がびくりと小さく揺れる。だが、山原は静かに「はい」と答えた。


(え?)


 山原の思わぬ言葉に今度は凛子が彼を凝視した。

 しかし凛子の驚きに広い背中は応えてくれず、彼はただ前を向いてアヤカシと対峙している。


「――彼女は千年に一人出るか出ないかの強運の持ち主。人の世にあっては繁栄を、神の世にあっては神子ともなれることでしょう」


 ぐらり、と凛子は自分だけが傾いでいくような心地がした。

 山原は――知っていたのだ。凛子の不思議な性質を。


「……しかし今は人も神も曖昧な世。神子の娘は珍しいでしょうが、人として暮らしてきた娘にあなたさまの世界は酷なものです。どうか人の世にお返しください」


 山原からは凛子の顔は見えない。

 だがアヤカシは凛子の泣きそうになっている顔が見えているからか、意地の悪い顔で笑った。


「なら、お前はこの娘と何の縁もゆかりもなく、ここから救おうというのか?」


 今度は山原が押し黙ったが、やがて低く、しかししっかりとした声で答えた。


「――はい。私はそれが役目ですので」


(……役目)


 凛子は山原の背中を信じられない思いで見つめる。

 役目だったから。

 役目だったから凛子に近付いたのか。

 この、不思議な性質のために。


 心の底が抜けてサラサラと何かが流れていってしまうようだ。  

 きっとそのうち空っぽになってしまう。


 押しつけられた信じられない出来ごとに今度こそ気を失いそうになった凛子だったが、ぱっと誰かに手を取られて寸でのところで顔を上げる。


 大きなその手はアヤカシではなく温もりのある人の手。

 見上げると山原が厳しい顔で凛子の手を取っていた。


「つまらんな。実につまらん! すっかり興が殺がれたわ」


 大仰に首を振って耳と尻尾を持つアヤカシは立ち上がる。


「今日のところは帰してやる。なに、儂は何もせんよ」


 ははは、と笑いさえ残して鏡月と名乗ったアヤカシが背を向けると彼の周囲に居たアヤカシ達が一斉に牙を剥く。

 飛びかからんばかりのアヤカシ達に囲まれた凛子と山原を見送って、鏡月は姿を消した。


「人の子の一生は短いからな。気長にやるさ」


 そう残して鏡月が去ると、ぎゃっと叫んでアヤカシ達が襲いかかってくる。


 バチッ!


 何事かさっと唱えた山原が一枚のお札をアヤカシ達に投げつけると、半円に彼らは押しのけられてしまう。


「早く!」


 一瞬怯んだアヤカシ達を後目に山原は凛子の腕を引っ張って、二人は社殿を抜け出した。

 

 鳥居を抜けると森にはすでに明かりはない。

 ただの暗闇に沈んだ道を、山原は迷うことなく凛子を連れて走る。


「振り返らないで走るんだ!」


 ざっざっざっ!


 草に足を取られそうになっても、山原は凛子の手を離さなかった。時に彼女を引っ張り上げるようにして引きつれて、森を駆けた。


(……どうして)


 こんなに彼は必死なのだろう。

 絶対に離さないと強く握りしめる手は確かに繋がれていて凛子を導くというのに、先ほどの山原の言葉が頭から離れない。


 ふと、ひゅうひゅうと耳元に不思議な音を聞いて凛子は誘惑にかられてちらりと後ろを振り返る。


「ひっ」


 凛子と山原が走るよりも早いか。

 青白い火の玉が無数に木々の合間も縫い、その後ろを異形のアヤカシ達が猛然と追いかけてきている。


 悲鳴も凍った凛子を山原は「振り向くな!」と叱咤してぐい、と引き寄せたかと思うとそのまま担ぎあげてしまう。

 

「きゃあ!」


 今度こそ悲鳴を上げた凛子を山原はいともたやすく持ち上げて走り出してしまうので、たまらず彼の首にしがみつくと、ぐんとアヤカシ達が遠ざかっていく。

 山原が速いのだ。


 やがてアヤカシ達も火の玉も見えなくなって、森を抜ける。

 すると開けた視界いっぱいに暗闇を鏡のように映す湖が広がった。


「目を瞑って!」


 まさかと顔が引きつった凛子を他所に、山原はそのまま湖に飛び込んだ。



 ザバン!



 

――ぶくぶくと泡の音を聞いたのを最後に凛子はようやく気を失った。




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