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凛子と青い車  作者: ふとん
13/17

凛子と罰

「結婚してくれないか」


 プロポーズってこれで何回目だろう。


 指折り数えてしまう自分が嫌で、凛子は驚いた顔をすぐに引っ込めてしまった。

 しかし目の前の相手は真剣で、冗談ですよねとは尋ねにくい。


 凛子は確かここには仕事に来ていたはずだ。

 在庫の確認を兼ねてパソコンの前に陣取って、今日も唸っていたはずだ。

 マルベーリックの通販事業は思いのほか手広く、質の良さだけが売りだった我が社の昆布が飛ぶように売れる。生産が追いつかないほどなのだから今時嬉しい悲鳴だ。通販すごいと社長が泣いて喜んだとかなんとか。


 とにかく、凛子に与えられたブースまで時折尋ねてくるマルベーリックの社長に「一休みしないか」とコーヒーを持ってきてくれたところまではよく覚えている。


 だが今はどうだ。

 マルベーリックの社長が凛子の前で頭を下げているではないか。


「正確には、俺と偽装婚約してほしい」


 え、なにそれ。


 咄嗟に言葉を呑みこんだ凛子は自分をえらいと思った。

 社長が語った話は実に馬鹿馬鹿しいものだったから。


 社長には、想い人がいる。

 彼女は同じお金持ちのお嬢様だが、社長の実家とは仲が悪いお家柄。しかし幼馴染の彼女とどうしても結婚したいが、両親は納得しない。

 その前に両親の方が勝手に見合い相手を連れてきてこの人と結婚しろという。

 それが嫌なら自分で見つけてこいという。期限は一年。

 想い人の彼女が納得するなら説得はどこまでもやってみせるが、相思相愛の彼女は家の事情で結婚に納得しない。

 その間に期限が迫る。


 残すところ、あと三日。

 

 思い余った社長に目をつけられたのが、


「――君は、俺を避けていただろう」


 どんなに近寄っても社長を避け続けていた凛子が余程珍しかったようだ。


「馬鹿な話だと分かっている。だが、俺にはもう、この方法しか…!」


 思いつめた人間をどうして止められることだろう。

 

 この会社に出向してすでに三か月。二日置きに現れる社長のひととなりは分かってきた。

 強引に見えてとても繊細だ。気遣いも出来て人との距離をとても正確に計れるのだろう。何となく人見知りのする凛子によくしてくれた。

  

「――どれぐらいで、お相手のお嬢様を説得できますか?」


 いつまでも頭を下げたまま動かなかった社長が初めて顔を上げた。

 泣き出しそうにくしゃくしゃに歪んだ顔を見て、凛子は後悔した。やっぱり辞めておけばよかった。


 後悔してももう遅い。

 次の日には、もう凛子は社長の婚約者として彼の両親に紹介されてしまった。

 彼の両親は凛子の持ち前のお金持ちに好かれる体質のせいかすぐに彼女を気に入って、社長との婚約を快く了解してしまった。


 そしてその日、凛子はようやく社長の名前を覚えたのだ。

 真川英一。



 いい加減な気持ちで引き受けたことを、凛子は心底後悔した。




 その後、社長、真川のお相手であるお嬢様、大槻麗子という女性にホテルで会った。

 直通のエレベーターを使って隠れるようにしてホテルの一室に居たのは、お嬢様のイメージとはかけ離れた、黒髪のストレートと黒い瞳が印象的な強い女性。彼女は真っ先に私に頭を下げた。


「ごめんなさい。あなたを巻きこんで」


 彼女の家庭事情は本当に複雑だった。

 今、彼女の父親が体を悪くしていて、親戚同士で相続争いが起きているのだという。


「私の家のことに、誰も巻き込めないと思っていたの」


 それでも、と真川は食いついた。だから彼女は彼との結婚を納得したものの、相続争いが落ち着くまではと両親の説得には肯かなかった。


 

 偽物の婚約者を立てて時間を稼ぐことが、良いことか悪いことか凛子には分からない。

 どちらかといえば、悪いことのように思えてならないが、社長たちを責める気にもなれなかった。

 

 まだ二人で話すからという彼らを置いて凛子が密かにホテルを出ると、


「きゃあ!」


 アスファルトからしゃれこうべが顔を出しているではないか。

 かくかくと鳴ったかと思うと、


『凛子さまですね?』


 低い男の声が骨の間から滑りだす。

 凛子が道端で腰を抜かしていると『大丈夫ですか』と気遣いまでしてくるからいただけない。


『わたくしはさるお方の使い者です。どうかお話だけでも』


「お、お話って?」


 咄嗟に応えて、凛子は自分の迂闊さを呪った。


『これは有りがたい』


 しゃれこうべががくがくと激しく揺れたかと思えば、今度は首の骨、鎖骨と現れてそれはどんどん太くなり、丸太のように膨れ上がった。そうしてしゃれこうべの頭も体に合わせて大きくなり、気付いた時には凛子を一呑みできるほどになっていた。


『では、参りましょうか』


「ま、まっ…」


 洞穴のようなしゃれこうべの瞳に見つめられて悲鳴もうまく出てこない。

 

(罰が当たったんだ!)


 山原に意地を張って、いい加減に妙なことを引き受けて、今度はこれだ。


 凛子に向かってどういう原理か指の骨が差し出されたが、それはぴたりと止まってしまった。

 指の骨だけでも大きなものだが、それは凛子にそれ以上近付かず、しゃれこうべはかくかくと鳴る。


『……忌々しいことだ。これでは近付けない』


 どうやら先ほどかくかくと鳴ったのは舌打ちをしたらしい。

 凛子がどうでもいいことを考えていると、しゃれこうべはみるみるうちに縮んで、元の人の大きさになった。


『また、いずれお伺いいたします』


 そう告げて、ますます小さくなったかと思うとふわりと消えてしまった。



「……な、なんだったの」


 しゃれこうべが消えた虚空を凛子はしばらく眺めていたが、やがて大きく息をつく。なにはともあれ、凛子は今日も無事連れ去られなかったのだ。


(そういえば、来てないわね)


 いつもこんな時に現れる白髪頭は来ていない。

 スカートから埃を払って立つ頃には、凛子はようやく胸の動悸を抑えられた気がしていた。

 このプリーツスカートは買ったばかりだったのに、と恨みがましいことも考えながら。


 だが、顔を上げた凛子は、今まで以上に後悔した。


 山原が歩いていたのだ。

 ジャケットを着ただけの私服の彼は、困ったように笑っている。凛子が好きだった顔で。


 隣には、小柄な女性を連れて。


 彼らは楽しそうに話しながら、先ほどまで凛子が居たホテルへと消えていく。



(罰だわ)



 いい加減なことばかりしているから、神様が凛子に愛想を尽かしたのだ。



 その日、凛子は化粧も落とさずに布団に潜り込んで、馬鹿みたいに泣いた。



少しだけ文章を付けたしました。内容に変更はありません。

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