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凛子と青い車  作者: ふとん
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凛子の真実

 どう応えたものか分からず凛子が視線を泳がせていると、山原は苦笑する。


「名前だけなら知ってるよね」


 そう、名前だけならメディアで何度も耳にしたことがある言葉だ。急にオカルトめいてきた、と凛子は身を固くしたが、不思議なことなら今遭ってきた。

 不思議な森で、不思議なアヤカシ達に遭った。


「いつだったか話したかな。俺の家は古いって」


 山原からの告白を受けたデートの日、そんな話をしたかもしれない。記憶の端にそれを見つけて凛子が頷くと、山原は続ける。


「親戚が多いとも話したっけ。俺の家系は、何ていうか陰陽師を代々生業にしてる家系でね。俺はその家系の分家筋なんだ」


 山原は記憶を辿るように、すっかり空いた缶を手の中でもてあそんだ。  

  

「俺の家系は、家系ともいえないような端っこの分家の子供まで集めて適正検査をするんだ。素質のある無しをふるいにかけて、少しでも素質のある子供には陰陽師の教育を施す」


 からん、と缶が音を立てた。


「もちろん現代社会で陰陽師なんておおっぴらに出来る仕事じゃない。勉強した子供の大半が普通に学校行って普通に就職するよ。中には占い師やら特殊な仕事をする奴もいるけど、それは才能があったりする奴だけ」


 もう何も入っていないはずの缶をじっと見つめる山原に、凛子は思い切って声をかけた。


「……山原さんは、才能があったの?」


 凛子の質問に山原は「さぁ」と応えて、缶をベンチの脇へと置く。


「俺は、習い事みたいな感覚だったから、仕事にしたいとは思わなかったな」


 答えになっているような、なっていないような答えだ。

 山原はこの質問をはぐらかしたいようで、凛子の返事を今度は待たなかった。


「陰陽師っていう仕事は、元々妖怪退治するような派手な職業じゃないよ。大体が吉兆を占うのが仕事。良い方角とか方向とか」


 良い方角と方向。

 それは何かに当てはまるような。


 顔を上げた凛子に山原は「当たり」と頷く。


「俺は、凛子さんとデートする方角や方向を毎回占ってた」


 占いで何かを決めるなど大抵の女の子がしていそうなことだが、山原の占いは違う。プロの占いだ。


「……毎回占ってくれていたから、私はお金持ちに遭わなかったの…?」


 半ば呆然と凛子が問うと、山原は曖昧に笑った。甘さと苦さを含んだその笑みは、山原がこのことを話すつもりが無かったことを表しているようで。

 それは、こんなことでもない限り、山原は凛子に自分のことを話さない部分があったということで。


 それは、凛子の心に虚しさを植え付けるには充分で。


 少しだけ項垂れた凛子をじっと見つめて山原はやがて視線を逸らせた。


「――ずっと話さなくていいなら、話さなくていいと思ってた」


 呟くように言って、山原は息を吐く。


「……気味悪いでしょ」


 闇夜に消えていくような声に凛子は顔を上げる。


 それを言うのなら、


「き、気味が悪いのは、私の方でしょう!」


 ずっと、ずっと悩んできたのだ。

 どうしてこうもお金持ちばかりに好かれてしまうのか。

 その薄気味悪さをずっと誰にも言えずにいた。


 誰よりも自分の気味悪さを感じていたのは、凛子だ。


「――気味悪くなんかないよ」


 静かな声にハッとすると、山原が凛子を覗きこんでいた。


「凛子さんは、きっと前世でとっても良い行いをしたんだ。だから生まれ変わる時に神様がちょっとサービスしたんだね。この子に良い運勢がつきますように、良い運命が現れますようにって」


 優しい声に凛子が瞬きすると、目蓋からするりと重さが取れた。

 

「それが度を過ぎたから、今度は福の神みたいになっちゃったんだよ。だけど、あなたは優しいから、凛子さんの居る場所は幸運がばら撒かれるものだから、色々なものが集まる」


 だから、と長い指が凛子の目元に触れる。


「泣かないで。凛子さん」


 目元を拭われてようやく凛子は自分が泣いていたことに気付いた。


「ご、ごめんなさ…」


 気付くと上手く言葉が出てこない。

 何か、と縋るものを探していると、凛子にハンカチが差し出された。

 顔を上げると山原が困り果てた顔をしてハンカチを差し出している。

 それが何だかおかしくて、凛子はほのかに笑いながらそれを受け取った。

 凛子の様子にホッとしたのか、少しだけ山原が口元を緩めたが、すぐに気難しげに目を細めた。


「――あなたは、とても珍しい生まれなんだよ」


「で、でも…」


と、凛子は思わず口を挟んでしまった。

 凛子の生まれは珍しくも何ともない。


「私の両親はそれぞれ普通だし、私も普通の病院で生まれたんです。誕生日だって…」


 山原のような特殊な家系でもないのだ。祖父母はいたって元気に田舎で農業をしている。

 そんな凛子に山原は「そういうことじゃないんだ」と首を横に振って、


「占いは日々変わる。良い方角も毎日違う。一分一秒、その人にとっての良い時間、良い方角があって、同じじゃないんだ」


 そう山原は凛子を真っすぐ見つめた。


「本当に信じられないことなんだけど、あなたの生まれた暦、時間、方角、すべてが黄金比とでもいうべきか、恐ろしいほどの強運に恵まれて生まれたんだよ」


 まるで、新手の詐欺のようだ。

 しかし山原は知ったかぶりの詐欺師でもない。

 彼は今にも「あなたは不運に見舞われています」とでも言いそうな顔だ。


「――凛子さんの運の強さが気になって、あなたの生まれた日の星図を見てみたらとんでもないことになっててね」


「……あれ、私、生まれた時間まで言った?」


 確かに誕生日は教えているし、生年月日さえ分かれば計算で曜日ぐらいは分かるかもしれない。だが、生まれた時間はそうはいかない。

 山原は今までで一番苦い顔をしたが、結局白状した。


「――悪いけど、調べた」


 調べられるものなのか、と妙なところで凛子は身を引きかけたが、山原は「とにかく」と言葉を切った。


「今までは大丈夫だったようだけど、これからは……さっきみたいな目に遭うかもしれない」


 さっき、というものが何か知れて、凛子は複雑に顔を歪めた。

 社会に出て普通に暮らしているいい大人が、いきなりオカルトに放り込まれてハイそうですかとなじめるはずがない。

 

 ふと、凛子は閃くものを感じて山原を見遣った。


「――もしかして、私のこと、前から知っていたの…?」


 彼は、凛子が強運であることを知っていたなら。


 山原は凛子を見つめ、押し黙る。

 彼と彼女の間に沈黙が落ちて沈むが、それでも凛子は待った。

 

 沈黙は雄弁だ。

 しかし凛子は山原の言葉を待った。


 違うというのなら、違うと言って欲しかった。

 

 凛子が、本当に強運だというのなら。


 今、この時ぐらいは何もかも自分の思う通りになって欲しかった。


 けれど、


「――ごめん」


 山原は凛子を見つめたまま、今にも泣き出しそうな顔をする。

 苦くて苦くてたまらない、泣きたくても泣けないような。


「俺はあなたを知ってたよ。あの会社からは凛子さんの気配が滲んでいるからね」



……訊きたくない。


 今にも耳を塞ぎたい心地だったというのに、凛子は訊いてはならないことを口にしていた。

    


「……あの日、私に声をかけたのは、その気配のせい?」



 凛子の問いかけに、山原の口元がぎゅっと強張った。

 

 それだけで十分だった。


「――少し、考えさせて」


 凛子は山原の応えを待たずに自分の荷物を掴むと、走り出していた。

 後ろから山原の声が聞こえたが振り返らなかった。

 

 

――山原と出会って半年経った、少しだけ肌寒い夜のことだった。


  

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