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凛子と青い車  作者: ふとん
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凛子とコーヒー

 幼い頃の凛子には、友達はいなかった。


 いや、友達と呼んでいた人は居たが、凛子を取り巻いていた人々は総じて平凡とは言い難い、いわゆるお金持ち達だった。


 そのため、近所の子供たちどころかその親たちにも嫌煙され、あるいはお金持ち達とのつなぎ役として扱われ、凛子と両親はその中間で苦労した。あちらを立てればこちらが立たず。どこかで贔屓されればどこかで妬まれるのは世のバランスというやつなのか、凛子も例にもれずお金持ちたちに可愛がられれば、同級生たちには遠巻きにされた。


 お金持ちたちとはいえ彼らも人の子であるから、同年代の子供との交流が楽しくなかったといえば嘘になる。

 それでも、凛子はやはり孤独だった。


 だから、高校生に上がった時分に出来た琴美を始めとした数少ない友人たちには感謝しているし、お金持ちとはいえ、長く仲良くしてくれている友人たちも相まって凛子は今ある人間関係を大切に思っている。

 

 その、希薄とはいえ築いてきたはずの人間関係さえ自分の生まれで崩れ去ってしまうとしたら。


 佐々木凛子という女は普通の女だ。

 綺麗な者も甘い物もほどほどに好きで、仕事もほどほどに好き。普通に結婚だってしたいし、――好きな人もいる。



(どうしたらいいの)


 どれが本当で何が嘘なのかも分からない。

 ただ寄る辺なく漂っていた凛子はずしりと自分の体が戻ってくる感覚に襲われ、次いで温かいものに誘われるように目を開いた。





「――凛子さん?」


 丸い瞳が凛子を見下ろしている。

 大型犬によく似た、けれど男の形をした顔が彼女を心配そうに覗きこんでいた。


(覗きこむ?)


 いくら彼の背が高いからといって真正面に見下ろせるものなのだろうか。


 ぼんやりとした頭が次第に晴れてきた凛子はようやく自分が寝転がっていることに気がついた。

 そして不思議なことに服が濡れていない。

 さわさわと自分の服を触っていると、丸い瞳が少しだけ綻んだ。


(あ)


 その優しい顔は凛子の好きな顔だ。

 彼は思わずふっと微笑んでしまって、そのまま目が優しく綻ぶのだ。

 釣られるように凛子もほっと力を抜いたが、ここに居る理由を思い出して身を起こすと大きな手の平が彼女の背を支えた。

 そして起き上がって気がついた。


 凛子は、山原の膝に頭を預けて寝ていたらしい。


 自分の体勢にようやく気がついて、顔がみるみる熱くなる。


 がばりっと音がするほど跳ね起きると山原が小さく笑った。

 苦い顔で彼を見遣ると、優しい顔は苦笑している。


「……元気そうで良かった」


 静かな声に、ここがどこかの公園のベンチだと気付く。

 急に肌寒さを感じると、凛子の膝には男物のスーツの上着がかけられていた。

 山原の静かな視線を感じて、凛子はベンチに自分で体を起こして座ると、彼は少しだけ息をつく。

 呆れなのか、緊張なのか。

 そのどちらか分からなくて凛子は山原を見遣った。

 そんな凛子に山原は何か口を開きかけるが、結局唇を結んでしまう。


 凛子は耳を塞ぎたくなった。

 彼の言葉が聞きたいと思う反面、言い訳も理由も聞きたくないと心が騒ぎたてるからだ。

 

 しかし凛子の様子を知ってか知らずか、山原は再び口を開いた。


「……話すよ、全部。聞いてくれる?」


 丸い瞳にじっと見つめられ、気持ちは渋っていたが凛子は小さく頷いた。理由はどうあれ、ここで逃げてしまってはいけないと思ったからだ。

 凛子が、これからも山原との関係を望むなら。


「長くなるからコーヒーでも買ってくるよ。待ってて」


 山原はそう言ってベンチを立った。

 彼の背中を追いかけて視線を遠くへやると、見慣れたネオンが公園の木々の向こうに見えた。町中の公園にしてはやけに静かだったが、この辺りは住宅が多い。ぽつぽつと見える家の明かりに凛子はホッと息をついた。


(……疲れた)


 体は確かに疲れているというのに、頭ばかりは冴えている。これではこのまま家に帰りついても眠れるかどうか。

 凛子がもう一度息をついた頃、山原が暗がりから戻ってきて缶コーヒーを一つ凛子に渡してくれた。


「あ、お金…」


 とっさに自分の鞄を探したが、凛子は手ぶらだ。あの森に落としてきたのか。


「はい、これ」


 山原が凛子のカーディガンと仕事用の鞄を差し出してくれ、凛子はようやく顔を綻ばせた。


「ごめんなさい。持っててくれたのね」


 そう謝ったが、山原は「うん、まぁ…」と苦く笑って頬をかく。

 それを不思議に思って凛子が鞄を開くと、見覚えのない紙が入っていた。

 綺麗に折りたたまれたそれを開くと、



ぶわり!



 煙が広がって凛子の視界を一瞬白く埋める。

 その中で、


『――忘れ物だ。受け取れ、娘』


 聞き覚えのある声がして、そのまま煙はふわりと消える。


 煙の消えた凛子の手の中には、一粒のビー玉が転がるばかりだった。

 どんな手品だろう、と混乱した凛子がじっとビー玉を睨みつけると、一緒に煙を被った山原がぱっぱっと手で何かを払うようにしていた。

 凛子の視線に気付くと、彼は「あっ」とそれをやめて手を引っ込める。


「……あの、これ何だと思う?」


 煙の正体はやはり先ほど森で出会ったアヤカシだろうが、ビー玉はまた不可思議だ。


「――神様からの贈り物だから、持っておいても害はないと思う」


 山原はそう言いながら、つるりとしたビー玉をまるでいが栗でも見るような顔をするので、凛子はビー玉を鞄の中にしまいこむ。

 ビー玉が目の前から無くなると今度は山原がホッと息をついて、コーヒーの缶を開けた。

 かすかな開封の音と共に甘いコーヒーの香りが漂う。

 その様子に倣って、凛子も缶を開けた。こちらは豆の香りだった。


(いつもの山原さんだ)


 凛子がブラックコーヒーが好きなことを忘れていない山原なのだ。

 決して、彼に似た誰かではない。

 なぜか当たり前のことを納得して凛子はコーヒーに口をつけた。



 二人してコーヒーで落ち着いたところで、山原が缶を置いて凛子を見つめて、


「話そうか」


 山原の丸い瞳を見つめ返して凛子も背筋を正す。

 

 凛子の覚悟が決まったのを計ったように、山原は「どこから話そうかな」と呟いて、


「――陰陽師って知ってる?」


 突拍子もない言葉で話し始めた。



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