オルレアンの乙女
作者が連載中の、『破壊神は少女のために』の設定と世界観を踏襲し、同じく作者が連載中の『あいまいっ!』の作風で書いた、ラブコメディ小説です。
この小説を読むにあたって、上記の二つを読んでいなくても大丈夫です。
肩の力を抜いて、一晩で一気に書き上げました。
同じく肩の力を抜いて楽しんでいただけたら幸いです。
俺――
津田風音は、白銀のロングヘアーとスレンダーな体型が自慢の女子高生だ。
ただし、普通の女子高生ではない。
市内最大級の不良グループ、“悪髏零闇”の創設者でありボスなのだから。
幾多もの不良を蹴散らしてきた、不良の中の不良。最強の女。平成のジャンヌ・ダルク。それが俺だ。
「また紅い特攻服なんか着て……。おい風音、今日も喧嘩してきたのか?」
俺が家に入って靴を脱ぐなり、リビングのドアを開けて話し掛けてきたこの優男は――
俺の兄貴、津田裕だ。
高校時代は陸上部に所属していたらしく、実は筋肉質な体格なのだが、服を着てるとまったくわからない。妹の俺でも勝てそうだ。というか勝てる。
なぜなら俺は、最強だから。
タイマンなら誰にも負けねえ。
この自信は過剰なんかじゃない。今までの戦績という裏付けがある。男だろうが女だろうが、武器を持っていようがいまいが、全て蹴散らしてきたのだから。
「うるっせえんだよコノヤロォ! 関係ねえだろうが! 俺がどこで何しようか勝手だろ!」
俺は脱いだばかりの靴を兄貴に投げ付けた。兄貴はモロに顔面に喰らい、盛大にずっこける。避けろよなこれくらい……
「風音、関係ないなんて言うなよ……。俺はお前が心配なんだ」
兄貴は靴を投げ付けられたことを怒りもせず、なよなよとした言葉をかけてきた。
「黙ってろコノヤロォ! どうせ心配っつっても、世間体が心配なんだろ! そりゃそうだよな、妹がこんなヤンキーだなんてご近所様には肩身が狭いよな!」
「それは違う……。俺は、純粋に風音が心配なだけなんだ」
兄貴はゆっくりと腰を上げ、
「喧嘩なんて、するもんじゃない。お前が怪我したらどうするんだ」
俺のメンチにも怯まず、俺の目を真っすぐと見つめてきた。
「……は、はあ!? バ、バッカじゃねえのテメエは! 何寝ぼけたこと……」
「俺は真面目だ」
……それが嘘じゃないってことぐらい、偏差値32の俺でもわかる。いつになく、兄貴は真剣な眼差しをしていた。
「俺はお前が大事なんだ。大切な妹に、人を傷付けるのも傷付けられるのもしてほしくない。わかるだろそれぐらい……」
「何一つわかんねえよ!」
俺は一段と声を荒げ、ドカドカと廊下を踏み鳴らして2階へと続く階段に向かった。
「俺はお前のことなんてなんとも思ってねえんだよ! 二度と話し掛けてくんじゃねえぞコノヤロォ!」
そう吐き捨て、俺は階段を一段一段踏み潰していくように登って行った。
自分の部屋に入るなり、俺は机の引き出しを開けて、男物のTシャツを取り出した。そしてそのまま、ベッドへと……
「兄貴……だーい好き!」
兄貴のTシャツをギュッと胸に抱きしめ、豪快にダイブした。
「やばいやばいやばい、俺の兄貴ちょーカッコイイ~! マジ惚れるぅぅぅ!」
ついさっき、兄貴に散々酷い言葉を浴びせていた俺は、本当は――
兄貴のことが、大大大大大好きなんだよ!
「兄貴兄貴兄貴ぃ……ああもう! どうして兄貴は兄貴なんだよコノヤロォ! 兄貴が兄貴じゃなかったら力ずくでモノにしてやるのによ! エヘヘヘ……」
私は兄貴のTシャツを顔に押し当て、兄貴の匂いをおもいっきり吸い込んだ。
昨日兄貴が一日中着ていたTシャツには、兄貴の良い匂いがタップリと染み込んでいる。禁断の香りが、俺の鼻腔を甘ったるくくすぐった。 体の芯から熱くなってくる。
「兄貴だーい好き……。それにあのセリフ……。兄貴ったら俺のこと、大事とか大切とか……ってキャー! うーれーしーいぞコノヤロォ!」
――兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴愛してる兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴愛してる兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴愛してる兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴……
親が死ぬ前から、俺の面倒を一生懸命見てきてくれた兄貴……
俺が5人もの男に闇討ちを受けたとき、たまたま通りかかったのを幸いと捨て身で俺を庇ってくれた兄貴……
次の日病院のベッドで寝る羽目になったにもかかわらず、自分の体よりも俺のことを心配して病院を抜け出してきてくれた兄貴……
この感情はいつからだろう。
思い出せない。が、とにかく、俺は昔っから兄貴のことが大好きだった。
兄貴の前じゃ、素直になれない。心にもないことをいつも言ってしまう。そして後で後悔する。
こうして独りでいるときにしか、俺は本当の気持ちを吐き出せない。独白独唱、誰ともなしに呟くだけ……
「兄貴……もう止まらないよぉ……」
俺の頭ん中が、兄貴で満たされてゆく。もう限界だ。
俺は本能のままに、自分の胸と股の間に手を伸ばし、自らの体を慰め始めた。
「アンッ! 兄貴、兄貴ぃ……そんなところ触らないでぇ……アンッ! き、気持ちいいよぉ……」
もちろん、オカズは兄貴以外に考えられない。
次の日――
「オイコラ津田! てめえ、女の分際でチョーシこいてんじゃねえぞコラ!」
時刻は午前0時、場所は市内の河川敷のデカイ橋の下。
俺らが住んでいる黒割市に隣接する狐原市の不良グループ、“狐狩猟犬”の一部隊と、俺達“悪髏零闇”の特攻部隊が対峙していた。
先程俺を怒鳴り付けてきた敵の頭は、後ろに10人ほどの仲間を従えている。皆一様に目が血走っていて、殺る気満々といった感じだ。
対する俺も、後ろに仲間を10人ほど(男7人に女3人)従えている。
“悪髏零闇”と“狐狩猟犬”の戦時協定として、戦いを仕掛けるときは事前通告の部隊戦とし、一つの戦いで動員できる人数は部隊の頭一人と部下10人までと決めているのだ。
お互いとてつもなくデカい組織であるため、総力戦など行ってしまえばあっという間にサツが来て中止になってしまう。まどろっこしくてチマチマしているが、こうするしかないのだ。
「うるっせえぞ柏木! んでテメエみてえな三下がノコノコ出てきてんだコノヤロォ!」
俺も負けじと、敵の頭を怒鳴り付ける。気合いで負けたら終いだ、女だからこそ絶対にナメられちゃいけねえ。
「黙れ! テメエなんかこの柏木サマ一人で十分なんだよ! 10分で十分に終わらせてやるぜ!」
シーーーン………………………。
柏木の寒いギャグに、敵も味方も静まり返った。
――ここはどこだ? 夏だってのに氷点下じゃねえか。テメエのくだらねえギャグを温暖化防止に利用しやがれ。
「くっ……、この……
オメエら! 殺るぞオラァ!」
オ、オウ! と慌てて声を張り上げる、柏木の部下たち。
オメエら、こんなやつの下につかなきゃいけないなんて不幸だよな……
一方の俺の部下たちも、「上等じゃねえか!」「殺れるモンなら殺ってみやがれ!」と口々に怒号を放ち、臨戦態勢を整える。
まさに一触即発。
猛獣共が血で血を洗う、猟奇な大サーカスの幕開けが近づく。
そして俺は、紅い特攻服の腕を捲くりあげ、
「ミンチにしてやるぜコノヤロォ!」
舞台の幕を開けた。
――さあ、戦争の始まりだ。
テメエらの命、ねこそぎ刈り取ってやるぜ!
とその時――――
「風音!」
河川敷の土手の上から、俺の名を叫ぶ金切り声がした。見ると――
「あ、兄貴!」
俺の兄貴が、息も絶え絶えといった顔で膝に手をつき、俺を食い入るように見つめていた。
「な、何しに来たんだコノヤロォ! とっとと帰りやがれ!」
――なんで、なんで兄貴が……?
こんな喧嘩してる姿、ホントは兄貴に見られたくないのに……
謎の男の登場に、敵も味方もキョトンとしてしまっている。出鼻をくじかれた、気勢を削がれた感が戦場に漂う。
「俺一人じゃ帰らない。……風音、一緒に帰ろう。もうこんなことは終わりにして」
――アレ、姐さんのお兄さんじゃねえか?
――ホントだ! 暗くてよく見えなかったけど、たしかにそうだ!
――でも、なんでわざわざこんな所に……?
――決まってんだろ! 姐さんが心配で加勢しに来たんだよ!
――さっすが、姐さんの兄君っす! 気質なのに男気あるぅっす!
俺の仲間たちが口々にひそひそ話を始めた。アイツらには昔、俺の兄貴には死んでも手を出さないようにさりげなく言って置いてあるから、間違っても兄貴に手を出すことはないだろう。全部隊のメンバーに兄貴の顔写真をメールで送ってあるから、大丈夫なはずだ。
一方、“狐狩猟犬”の連中はと言うと……
「オイコラてめえ! いきなり出てきて何チョーシこいたこと言ってんだオラァ!」
「俺達は今、このメス豚とお楽しみ中なんだよ!」
「殺されてえのかクソ野郎が!」
口々に兄貴を罵倒し始めた。
「テメエら、何俺の兄貴に汚い言葉吐きかけてんだコノヤロォ! 兄貴をバカにすんじゃねえ! ミンチにすんぞ!」
――とは、心の中で思っていても口には出せない。やっぱり、兄貴の前じゃ素直になれないんだ。
兄貴は“悪髏零闇”も“狐狩猟犬”も眼中にないようで、俺だけを見つめながら、土手を駆け降りてきた。そして、一歩一歩、俺が立っている場所へ近づいてくる。
「風音……昨日も言ったろ。お前は俺にとって、この世に二つとない大切な存在なんだ」
――た、大切な存在!? またそんなこと言って……
一歩一歩。
間合いと一緒に、心の距離も縮めようとする兄貴。
「う、うるせえよ……コノヤロォ……」
――今が真夜中で、そのうえ月も星も出ていなくて助かった――
こんな顔、兄貴にも敵にも仲間にも見られたくねえからよ。こんな――
嬉しそうにほほ笑む、“悪髏零闇”のリーダーの真っ赤な顔なんて。
「風音……」
とうとう、兄貴は俺の目の前まで来た。相変わらず、俺の目を真っすぐ見つめてくる。俺は堪らず、斜め下に顔を逸らした。
すると兄貴は、俺の頬に手を添え、俺の顔を自分のほうに向かせると……
「お前は、俺のこと嫌いか?」
ニッコリと、慈愛に満ちた優しげな笑みを浮かべた。
「う、う、う、う、うるせえぞ、コノ、コノヤ……きら、きらいなわけなんてな……きにしもあらずもあらずがなでこれはその……」
――なにテンパってんだ俺は!
今こそ、素直になるチャンスだろうが!
伝えるんだ、俺の本当の気持ちを……
恋愛感情は伝えなくてもいい。ただ、「兄貴のことは嫌いなんかじゃない、本当は大好きで、いつも感謝しているんだ……」と、そう伝えたいんだ。
たったこれだけのことが、今までずっと言えなかった。
けど今、俺は素直になれている。兄貴の前で、自然と、喜びの笑みを浮かべられている。今しかない、今しかないんだ……
俺の本当の気持ちを……
「き、嫌いなんかじゃない。俺は、本当は兄貴のこと……」
「イチャついてんじゃねえぞクソアマがァァァ!」
柏木がダッシュで向かってきて、俺の言葉を掻き消した。
柏木は己の顔面の非芸術性と女性経験の乏しさを呪うかのように、私がこの世で1番美しいものと考える兄貴の顔面目を、拳で汚そうとしてきた。
驚いて目を見開いた兄貴。体がすくんでいる。
――マズイ、このままじゃ兄貴が……
気付いたときには、体が勝手に動いていた。
「俺の大切なモンに手ェ出すんじゃねえ!!」
ゴバッ!
渾身の右ストレートが、柏木の鼻っ柱を捕らえ、数メートル向こうへと吹っ飛ばした。
「邪魔すんじゃねえぞコノヤロォがァァァ!! こちとらおとりこみ中だ、後にしやがれ!!」
「柏木サン!」
「このアマ!」
「ぶち殺してやる!」
今度は、柏木の部下共が一斉に襲い掛かってきた。
「姐さんと兄上の邪魔すんじゃねえ!」
「腐った犬っころ共がぁ!」
「姐さんとお兄様を護れぇぇぇ!」
俺の大切な仲間たちが、“狐狩猟犬”から俺達兄妹を護るために飛び出し、次々に連中と衝突し始めた。
「姐さん、兄君、雑魚は俺らに任せて、後はごゆっくりどうぞっす!」
“悪髏零闇”随一の戦闘力を誇る和馬が、俺と兄貴に向けてウィンクを決めると、手をブンブン降りながら駆けていった。そして間もなく、敵を2、3人一瞬で蹴散らし雄叫びを揚げた。
兄貴はそんな和馬を見て、
「不良の友達なんて早々に縁を切って欲しかったんだけど……良い仲間を持ったんだな、風音」
「兄貴……」
――やばい、どんどん顔が熱くなってくる。
おい柏木、なんかくだらねえこと言って俺の顔面冷やしてくれよ……
「……なあ風音、あのさ……」
――何だ?
さっきまでクールだったのに、突然頬を赤らめモジモジしだして……
「さっきの言葉、本気にしていいんだな」
「さっきの? ……ってあああ!?」
――そ、そういえば俺、柏木を粛正したとき……
『俺の大切なモンに手ェ出すんじゃねえ!!』
こ、こんな恥ずかしいセリフを!!!!!!!
「え、えと、あれはその場の勢いというか、テンションに身を任せた結果の事故というか、なんというか……」
――これじゃダメだ。
せっかく、無意識とはいえ、本当の気持ちを叫んだんだ。
ごまかしちゃダメだ。
なかったことにしてはいけない。
勇気出せよ俺……
お前、“悪髏零闇”のリーダーなんだろ!
平成のジャンヌ・ダルクなんだろ、コノヤロォがァァァ!
「本気にして、いい……ほ、本気にしやがれコノヤロォ! 俺は、本当は兄貴のこと大大大大大好きなんだからな!」
言った。
ついに言えた。
ずっと言いたかったこと、今まで言えなかった本当の気持ちを……
「お、俺も……だ。昔から言ってるが改めて言わせてくれ。しつこいかもしれないけど…………俺も、お前のこと大好きだ」
兄貴は俺と同じく顔を真っ赤にして、はにかんだ笑顔を浮かべると……
ナデナデ。
俺の頭を、優しく、寝かし付けるように、撫でてきてくれた。
ボンッ!
元々真っ赤だった俺の頭が、ますます真っ赤になってしまったのがわかる。
兄貴、そいつは破壊力抜群だぜコノヤロォ……
本当は、素直になれてる今でも、こんな照れてる顔見られるのは恥ずかしいんだけどよ……
「兄貴、……ありがとな」
ニコッ。
兄貴と同じように、俺もはにかんで見せた。
「兄貴、兄貴がそんなに俺のこと大事に思ってくれてるならよ、俺……足洗うわ。気質に戻って、もう少し真面目に人生考える。けどよ……」
俺は一呼吸だけ置いて、続けた。
「俺は、“悪髏零闇”の仲間も、黒割の街も護らなくちゃいけねえ。隣街の狐原は今、巨大な不良勢力が乱立していて、いつ黒割の街をめちゃくちゃにするかわからねえ状況なんだ。最近は『破壊神』とか呼ばれてる化け物みてえな不良も入って来たらしいし、いつ戦火がこっちへ飛んでくるかわからねえ。
“悪髏零闇”は最初はただのどうしようもないゴロツキの集まりだったけどよ、今は一般人には手を出さずにこの街を護るためだけに活動してるんだ。だからさ、もうしばらくは……」
この続きを言うのが怖くて、俺は目を伏せた。
俺には護らなくちゃならねえもんがある。けど、兄貴を落胆させるのが怖い。俺は……
――その時、俺は気付いた。
さっきまでの汚らしい怒号や人を殴打する鈍い音などの喧騒が止み……
河川敷が、真夜中相当の静かさを取り戻しているということを。
「姐さん、もう、大丈夫っす」
後ろを振り返ると、和馬が親指を立てたグッジョブのサインを送っていた。見ると、辺りに立っているのは全員“悪髏零闇”のメンバーだけで、“狐狩猟犬”の連中は全員仲良く地面に伸びていた。
「この街のことも“悪髏零闇”のことも、俺らに任せてください!」
「俺らもう、姐さんに護られてばかりの弱い奴らじゃありませんから!」
「一般人に迷惑かけない、敵とはいえ必要以上に痛め付けない、絶対に黒割を守り抜く。姐さんが作ったこの3箇条、自分は墓に入っても忘れません!」
口々に頼もしいことを言いやがる、俺の仲間たち……
「お、オメエら……コ、コノヤロ……」
――や、やべえ。涙声になってきちまったぞコノヤロォ。
リーダー泣かせるとか、不良失格だコノヤロォ……
「姐さん。もう、いいんっすよ」
和馬は今まで見せたことのないような穏やかな顔を浮かべると……
「もう、普通の女の子に戻っていいんっすよ」
その言葉が鍵となり、俺の記憶の扉が開いてゆく――
今から6年前――
父さんと母さんは、共に県会議員だった。
県の方針―― 狐原市の再開発に反対の立場をとっていた二人は、狐原の自称改革組織、“改革の狐”に敵意を持たれていた。
かつての狐原市は、これといった観光地もこれといった商業施設も、これといった大企業の支店もない、寂れた街だった。
とくに少子化と都市部への人口流出は顕著で、かつては8万人いたという学生は10年間でその30パーセント以下にまで減ってしまった。
このままではマズイ。対応策を模索していた狐原市は、救世主になりえる存在を見つける。
それが、日本最大、世界でも5本の指に入るほどの大財閥、磯菱グループだった。奴らが、狐原の再開発に全面的に協力すると申し出てきたのだ。
しかし、狐原市が磯菱グループに支配され、磯菱グループが全ての権力を握る『王国』になることを危惧した俺の両親は、徹底して反対の立場をとった。
――それが、俺達兄妹が幼くして二人暮しになってしまう原因だったんだ……
自称街を護るための改革組織、実態はただ暴れたいだけのイカれた不良集団“改革の狐”に、両親は殺された。警察はなぜか事故扱いにしやがって、結局犯人は裁かれなかった。
――なんで、父さんと母さんは殺されなきゃならなかったの……?
なんで、殺した犯人はのうのうと暮らしているの……?
だったら、私が……
その日から、俺は一人称を変え、話す言葉も心の中の言葉も全て男口調に変えた。紙を銀色に染め、耳にピアスを空けたりもした。
そして、年上のワルそうな奴らを唆し、“改革の狐”をぶっ潰すだけが目的のイカれた不良グループ、“悪髏零闇”を結成したのだ。
普通の女の子でいることを捨てた。
それが、11歳の夏だった。
それから3年後――
狐原は見事に再生を遂げた。両親の危惧通りに『磯菱の王国』になってしまったものの、街には商業施設が立ち並び、企業の誘致や教育施設の充実にも成功した。人口はどんどんと回復していき、あと数百人でかつての人口に戻る、というところまできた。
だが、治安はさらに悪くなっっていった。
それが何故なのかは、未だにわからない。磯菱の奴らが非合法な商売をしやすいように警察関係に手を回しているせいだ、という噂が流れたが、真相は闇の中だ。
“改革の狐”は改革という仕事を終えたにもかかわらず、街を護る活動と称した暴力行為を行い、意味もなく周囲の市や黒割の住人たちを襲った。
さらには“改革の狐”だけではなく様々な不良組織が狐原と黒割、その周辺の市に乱立し、群雄割拠の戦国時代となっていった。
そして今度は……
俺と兄貴が、“改革の狐”の餌食となった。
まだ小娘だった俺に、高校生の男5人で闇討ち。徹底的にボコされることを覚悟した俺を――
たまたま通り掛かった兄貴が助けた。
俺の代わりに、兄貴が病院送りになってしまった。
――その日、俺は決心した。
“改革の狐”をぶっ潰す? そんなくだらねえ目的じゃねえ……
黒割と兄貴を護るために、俺は“悪髏零闇”を導くんだ……
神のお告げを聞いた気がした。
それが、14歳の夏だった。
そして今――
「姐さんがずっと無理してきたの、俺達は知ってるっすよ」
「おい、和馬コノヤロォ……何言って……」
「姐さんがコンビニに置いてあった少女漫画を物欲しそうに見てたのを、自分は知ってます!」
「大石! テメエ、どうしてそれを!」
「男物の服を好んできているようで、実際はカワイイ服を着てみたいって思ってることも、知ってます!」
「美好! テメエまで!」
「姐さんが本当に護りたかったのは、この街とアタシ達と、何よりお兄さんなんだなーってことを、アタシだけじゃなくみーんな知ってまーす!」
「リー子! な、何言い出しやがるんだコノヤロォ!」
「風音……」
――今度は兄貴かよ!
兄貴は再び俺の頬に手を添え、自分の顔へと振り向かせた。
俺の視界が、兄貴だけで埋まってゆく。その力強くも美しい瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
「お前が本当は誰よりも優しいやつだってことは、俺が1番よく知ってる……。だから今度は俺に、お前をめいいっぱい優しく護らせてくれ」
「……あ、兄貴ぃ……」
うるうると、俺の目に涙が浮かんだ。
泣いてはいけないなどと、もう思えなかった。
普通の女の子である自分は、棄てたはずだった。その反動で、兄貴に恋をしたのかもしれない。
ずっと無理してきた。
そのことに今さら気付かされた。
喧嘩慣れしていくうちに男よりも強くなっていったため、自分が生きる場所は戦場なのだと思い込んできた。
けれど、違ったんだ。
私|は、普通の女の子として生きて……
「俺達は、磯菱グループが狐原の治安の悪化に関わっていると睨んでいる」
私の頬から手を離すと、突然真剣な面持ちになった兄貴。
「俺……たち?」
何のことだか全くわからず、私は聞き返した。
「俺と大学の友人達だ。狐原市にキャンパスがあるからな、狐原の住人とその周辺の住人数人で、狐原の治安悪化の真相を究明するグループを作ったんだ」
「い、いつの間にそんなの……」
「構想は以前からあったけど、今日の夜結成したばかりだ」
兄貴はそう言ってはにかむと、
「風音には、そのメンバーになって欲しい」
黒割を護るための、新たな道を提示した。
「普通の女の子として生きて、幸せな人生を送って欲しい。けれど、風音の中に『この街を護りたい』という強い意志が見えた。だから、喧嘩とは別の方法で、黒割と狐原を護っていかないか?」
「兄貴……」
「もちろん、お前に危険は及ばせない。お前は俺が護る」
ボンッ!
本日二度目の顔面沸騰。
兄貴の最っ高にクールなセリフに、心臓どころか全身を撃ち抜かれた。
「う、うん……。私、頑張る……」
熱を出した病人みたいに朦朧としながら、私は何度も頷いた。
それを見るやいなや、仲間達の歓声がドワッと耳に飛び込んできた。パチパチといった拍手や、ヒューヒューといった口笛の音も聞こえてくる。
「和馬、“悪髏零闇”のリーダーは、お前に任せた。しっかりやれよな!」
これが、“悪髏零闇”のリーダーとしての私の、最後の命令だった。
「ハ、ハイっす! …………よっしゃあ! 頑張るっすよぉぉぉ!!」
みんなが一斉に、笑みを浮かべながら和馬へ抱き着いていく。予想通り、この人選に誰一人として文句を言う奴はいなかった。
「兄貴、」
「なんだい、風音?」
「今まで、冷たくしててごめんね」
「なんだ、そんなことか……。そういう部分も含めて、俺はお前が好きなんだよ」
ナデナデくしゃくしゃ。
今度はさっきよりも少しだけ力強く、私の頭を撫でてきた。
――もう、心地良さ過ぎて死んじゃいそう……
兄貴のナデナデにうっとりとし、トリップ状態になっていった。けれど……
「やべえ! ポリ公だ! ポリがきやがった!」
仲間の誰かが叫んだ。慌てて土手の上に目をやると、パトカーらしき車両が2台停まっている上に、警官らしき人物が土手を駆け降りてこようとしていた。
「おいオメエら! ずらがるぞ! モタモタすんじゃねえ!」
最終的には、これが“悪髏零闇”のメンバーに出した最後の命令になってしまった。俺ら全員、猛ダッシュで河川敷を駆け抜ける。
「やっぱ、警察呼んだのはまずかったかな……」
兄貴が苦笑いをした。
「……はあ!? 兄貴が呼んだの!?」
「いやさ、狐原でグループの結団式やった帰りに、そこで伸びてる不良連中が「津田の野郎ぶっ殺す」って言ってるのを聞いたから、風音のことかと思い心配で後をつけたんだよ。そしたら大人数で喧嘩が始まりそうだったからさ、つい……」
「コ、コノヤロォォォ!」
その後俺達兄妹は顔を見合わせ、豪快に笑い出しながら深夜の河川敷を駆けてゆくのだった。
光りの道筋が見えた。その先には、黒割の平和になった街と、笑顔でじゃれあう“悪髏零闇”のメンバーと、仲良く手を繋ぐ、私と兄貴の姿が――
兄貴とは、恋人になれるのかわからない。けど、今のままでも十分幸せだ。
これが、17歳の夏だった。
津田裕の名前の由来は、Janne Da Arcというバンドのギタリストの名前です。ちなみに、バンドのJanne Da Arcの名前の由来は、百年戦争の英雄のジャンヌ・ダルクではなく、漫画のキャラクターから取ったそうです。
“狐狩猟犬”などの組織や数々の設定は、『破壊神は少女のために』で出てきます。よろしかったら、そちらも読んでみてください。
兄妹ラブコメの作風は、『あいまいっ!』を書くような感じで書いています。よろしかったらそちらも読んでみてください。
最後に…
『オルレアンの乙女』を読んでいただき、本当にありがとうございました!