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アルフォンス商会

契約不履行?営業なんて、絶対いやぁぁぁぁぁ!~アルフォンス商会宣伝部・ビビの受難~

作者: 紫水なお
掲載日:2026/07/07

 昔々、あるところにアルフォンス商会の宣伝部に所属している女性がいました。


彼女はチラシ作りから表立っての宣伝まで。

本当に宣伝部の仕事が大好きでした。


そんなある日、彼女は人生で最大の面倒な出来事に遭遇していた。




♢♢♢




 「なんで、私がお貴族様と交渉・・・。」


私、ビビはある貴族家への道を、足を引きずるようにして歩いていた。

なぜ、宣伝部である自分が貴族家に契約の不履行を咎めに行く役割を担っているのか?

押しつけだよ、押しつけ!

緊急の案件にもかかわらず、先輩方は出払ってるし、営業部はまだ新人ばっかり。

結果、私が行くことになったのだ。


「めんどくさい・・・。」


思わず声に出して呟く。

そんな私の様子を怪訝そうに見ているのが隣に立つ青年。


「そんなこと言うなよ。めんどくせぇのは俺もだ。」


「口が悪いよ。」


「お前もな。」


この口が悪いのは、同期のニール。

彼はなんと、私についてきてくれたのだ。


ぐちぐちと言いながらも、私たちはひたすら足を動かし、目的地に到着した。

イディオット伯爵家だ。

立派な門の前に立つ門番に身分証を提示すると、屋敷の中にある応接室に通された。


「なんで契約不履行なんてするかねぇ。金なんて有り余るほどありそうなもんだが。」


ニールの言う通り、この屋敷は豪奢。

その一言に尽きる。

広い応接室には鑑定など全くできない私でもわかるほど立派な家具が設置されている。

壁には何枚も絵画がかかっており、謎の壺なども置かれていた。


部屋をきょろきょろと見ていると、不意に私たちが入ってきたのと同じ扉が開く。

そこから姿を現したのは、まさに貴族。

いくらするかもわからない服に身を包み、のしのしと音が付きそうな歩き方をしている。


「それで、天下のアルフォンス商会が何の用だ?」


傲岸不遜、をそのまま人にしたような態度。

待たせたことも謝らないのだ。

めんどくさい、そう顔に出す前に終わらせてしまいたい・・・。

私はいつもの営業スマイルで完全武装する。


「私は、アルフォンス商会所属のビビ、と申します。本日は、契約の不履行について伺いに来た次第です。」


「はっ。契約?契約なんてした覚えはない!」


ちっ。

めんどくさ。


私の隣に座っているニールも同じことを考えたのか、さっそく証拠を取り出した。


「こちら、契約書になります。」


イディオット伯爵は契約書をちらりと見て、緩慢な動作で腕を組む。


「そんなものは知らん!」


「しかし――」


「知らんものは知らん!」


・・・まずい。


「では、こちらは伯爵様のサインではない、ということですね?」


私が尋ねると、伯爵は胸を張って言い放った。


「その通りだ!」


私は内心で頭を抱える。


うわぁ、本当に言っちゃった・・・。

ニールも同じことを思ったのか、微妙な顔をしている。

私は深く息を吸い、営業用の笑顔をさらに上にべた塗する。


「かしこまりました。」


「では、こちらの契約書は偽造文書ということで記録いたします。」


「そうだ!」


「また、伯爵家の印章も偽造されたということになりますので、王都の商業監査局にも報告が必要になりますね。」


「・・・は?」


伯爵の顔がぴくりと引きつった。

私は笑顔のまま続ける。


「アルフォンス商会としては、貴族家の印章が偽造されたとなれば見過ごせません。伯爵家の名誉にも関わりますから。」


「ま、待て!」


お、効いた。

ニールは契約書をしまおうとしていた手を止める。


「もう一度見せて見ろ!」


私が頷くと、彼は元の位置に契約書を戻す。

伯爵はまともに契約書を見ずに、驚いたような声を出した。


「おお!これは我が家の印象に間違いない!ここに傷がついているからな!」


懐から印象を取り出し、見せつけるように目の前に置く。

いや、普通に出したらだめでしょ。


「ですが、契約はしていないのですよね?」


「その通り!印象は盗まれでもしたんだろう。」


なんでだよ!

そうつっこみを入れながら、脳をフル回転させる。

頑張れ!

私の脳みそ!


印象を盗んだとか言い出したら終わりだ。

商業監査局に持ち込むこともできない。

本人が否定したし。

どうしよ・・・。


「帰れ、帰れ!」


伯爵が、もう話は終わった、とばかりにせっついてくる。


もう、打てる手はない。

いや、それじゃあ・・・。


私は黒い机の上に置かれている契約書を見つめる。

黒い机、黒・・・。


「話は終わりだ!早く帰れ!」


うっさいなぁ。

もうちょっとでなにか――あ、商会長!


私は少し前に商会を継いだ若い商会長の存在を思い出した。


『何かあったら、頼ること。抱え込むな。』


そんな言葉を思い出した私は、営業スマイルを継続しつつ口を開く。


「それでは、契約書は何らかの間違いだった、ということですか?」


「そうだ!」


「承知いたしました。」


私は頷き、立ち上がる。

眉間にしわを寄せるニールのすねを蹴り、立ち上がらせた。


「それでは、失礼いたします。」


私たちは、挨拶をして応接室を出た。




♢♢♢




 「おい、ビビ!どうするつもりだ!?このまま帰ったら負けだぞ!?」


屋敷を出ると同時に、ニールが声を荒げる。


「大丈夫!忘れた?我らが商会長を!」


1年と少し前にあった大事件を思い出しながらそう言う。

多くの貴族が会長に()()()()を加えられた事件を。

契約違反を許さないことで、商会はすっかり有名になっていた。

そんな中でも、契約不履行なんてする者もいるわけだけど・・・。


「あー・・・。」


ニールは苦笑し、肩をすくめる。

私は思わず笑ってしまった。


少し歩けば、見慣れたアルフォンス商会の建物が見えてくる。

慌ただしく出入りする商会員たちを横目に、私たちは真っすぐ最上階へ向かった。




♢♢♢




――コンコン。

大丈夫、と思っても少し緊張する。


「失礼します。ビビです。」


「入りなさい。」


落ち着いた声が返ってくる。

扉を開けると、窓際の机で書類に目を通していた商会長が顔を上げた。

まだ20になったばかりの商会長。

若いにもかかわらず、商会を率いるその姿には、不思議と誰も逆らえない空気がある。


「お帰り。悪かったね、門外漢な事させて。」


私は一歩前へ出る。


「申し訳ありません。交渉は失敗しました。」


「そ。」


それだけだった。

責めるでもなく、落胆するでもない。

ただ続きを促すように頷く。


私はほっと息を吐き、イディオット伯爵家での出来事を一つも余さず説明した。


契約を否定したこと。

署名を否定したこと。

印章は本物だと認めたこと。

そして、最後には「盗まれた」と言い出したことまで。


 話し終える頃には、喉がからからだった。

会長は机の上に、ニールが置いた契約書を手に取り、一枚ずつ静かに眺める。

やがて、小さく口元を緩めた。


「へぇ。・・・ビビ。」


「はい!」


「いい判断。」


会長はその顔に勝気な表情を浮かべる。


「一人で無理をしていたら、もっと面倒になっていただろうし、その判断は正しい。」


胸の奥にあった重たいものが、ふっと軽くなった。

やっぱ、ちょっと緊張してたみたいだ。


「さて、と。」


商会長は静かに立ち上がる。

その一言だけで、部屋の空気が変わった。


「今度は私が行く。」


私とニールは心の中で静かに手を合わせた。


ご愁傷さまです。


金色の瞳をらんらんと輝かせた会長は、まるで獲物を見つけた肉食獣のようだった。




♢♢♢




 私たちはつい2時間前に通されたのと同じ部屋に通された。


いや、なんでぇぇぇぇぇ!?

私、いる!?

宣伝部の仕事したい!

伯爵、留守であれ!

私は帰りたいんだ!


そんな自己中心的な願いもむなしく、伯爵は先ほどとは比べ物にならないくらい早く姿を現した。


「イディオット伯爵様、私はアルフォンス商会、会長のリシエンヌ・アルフォンスです。」


柔らかい笑みを浮かべ、きれいな淑女の礼を披露する。

私も気持ちを切り替え、営業スマイルを浮かべながら彼女の隣で礼をした。

伯爵は明らかにめんどくさそうな顔で私をちらりと見てから会長に視線を移す。


「これはこれは!何の御用だ?」


私たちに対する者よりも幾分か下手にでる伯爵。

会長は微笑みをたたえたまま、おもむろに口を開いた。


「もちろん・・・」


会長に目配せをされ、私は静かに契約書を机に置く。


「こちらの契約書の件ですわ。」


まるで貴族のような仕草――実際に貴族だったよ、会長・・・。

とにかく、優雅に扇子で口元を隠す。


「ああ、それか。」


伯爵が自信満々に頷く。


「この者によれば、契約は存在しない、ということで間違いはありませんね?」


「その通り!」


ピキリ、と額に青筋が浮かぶ。

私はぞくりと背筋を震わせた。

おずおずと横を見ると、扇子で隠れた部分は優雅さのかけらもない。


かんっ全に切れてるぅぅぅぅぅぅ!


私はもう一度ぶるりと体を震わせた。

伯爵はそんな会長に気付いていないのか、自信満々に続ける。


「こちらは被害者だ!」


「・・・なるほど。」


声のトーンが一段階下がる。


「つまり、契約は存在しない。」


「そうだ!」


「署名も違う。」


「そ、そうだ!」


「印章は盗難。」


「あ、ああ・・・。」


その瞬間、部屋を支配したのは、まぎれもなく商会長、その人だった。

一拍置き、会長はパシリ、と扇子を閉じる。

その顔に見たことないほどの満面の笑みを浮かべる。


「つまり、伯爵家は現在、王都で印章偽造事件の被害に遭っている、ということですね?」


「あ・・・。」


「ご安心ください。アルフォンス商会が全面的に協力いたします。」


「あ、ああ!」


伯爵はわずかに目を泳がせて頷く。


かっこいいなぁ。


私は会長を見てぼんやりとしていた。

のんきな傍観者でいられたのは、その瞬間までだった。


「もちろん、担当はこの者にやらせますわ。」


会長が私を見る。


えぇぇぇぇぇぇ!?

私!?

私なの!?

いや、えぇぇぇぇぇぇ!?


私は脳内パニック。

会長は静かに頷いた。


「大丈夫。」


その言葉が、不思議とすんなりしみこむ。


・・・よし。


「まず、いくつか確認させていただきます。」


「ふんっ。」


いや、会長と態度変えすぎでしょ。


「契約は存在しなかった。お間違いありませんね?」


「ああ!」


「それでは、あちらの品は何でしょう?この契約に含まれている、限定品ですが。」


「・・・は?」


伯爵は私が指さした方を向く。

そこには珍しい東方の壺が置かれていた。


「似た物だろう!」


「いえ、私、普段は宣伝部に所属しておりまして、あちらは限定品に間違いないです。」


「は・・・?」


伯爵は明らかに焦りをその顔に浮かべる。


「それでは、あと1つ、印章は本当に盗まれたのですね?」


「そうだ!」


「それでは・・・」


私は鞄から手帳を取り出した。

何かを盗まれたとき、一番初めにすることと言えば・・・。


「盗難届は、いつ出されましたか?」


「・・・盗難届?」


「はい。」


私は営業スマイルを崩さないように心掛けながら口を開く。


「印章は伯爵家の財産です。盗まれたのでしたら、当然、王都警備隊へ盗難届を出していますよね?」


伯爵の表情が固まる。


「・・・。」


「提出日だけ教えていただければ結構です。」


沈黙。

会長は何も言わずに、ただ楽しそうに見ている。


「・・・まだ出しておらん。」


きた。

私は手帳を閉じ、にっこり笑った。


「では、今日中に王都警備隊と商業監査局へご同行いただくことになりますね。」


「・・・な、何?」


伯爵の声がわずかに裏返る。


「被害届の提出と事情聴取です。もちろん伯爵家は()()()ですから、ご協力いただけますよね?」


「・・・。」


「ご安心ください。私どもも最後までお付き合いいたします。」


ここへ会長が悪意ゼロ、とばかりに純粋な笑みを浮かべて追撃した。


「ええ。アルフォンス商会は被害者を見捨てるようなことはいたしません。」


()()()()お手伝いいたしますわ。」


「では急ぎましょう!印章盗難を隠していたとなれば、悪用を放置したことになりますしね!」


伯爵の額から汗が落ちる。

隣からククッと押し殺した笑い声がこぼれた気がした。


「それに、偽造犯が今も印章を持っている可能性があります!」


語尾が若干上がったのは仕方ないでしょ。

・・・たぶん。


「それでは、私共は帰らせていただきますね。ああ、あと、この契約で納品した限定品は、あとで回収にこさせますわ。」


会長がそう言い、立ち上がる。


「・・・は?」


伯爵は呆然とした顔で会長を見上げる。


「当然です。こちらも事件の証拠品となりますから!」


「ま、待て!」


「え?」


私は営業スマイルを浮かべて振り返る。


「被害者なのでしたよね?」


会長の援護を最大限利用して、伯爵に叩きつけた。

私たちは挨拶をしてから屋敷を出たのだった。


それをちゃんと伯爵が聞いたかはわからないけど!

何か突っ伏してたし!




♢♢♢




 「よくやった。」


馬車が動き出すと、会長にそう言われた。


「でも、会長のおかげです。私は何も・・・。」


そう、私が証拠を揃えられたのは会長のおかげ。

私は敷かれたレールの上を走ったのと同じだ。


「何言ってんの。一度帰るという決断をした。私の意を汲んで完璧な言質。」


指折り数え、会長は金色の瞳を細める。


「あんた、宣伝部から営業部に異動しない?」


「いやです!」


「意外と楽しいよ?」


「結構ですぅぅぅぅぅ!」


「冗談。」


会長が楽し気な笑みを浮かべてそう言った。

私は安堵し、ほっと息を吐き出した。

その次の瞬間、彼女がぼそりとつぶやく。


「・・・半分。」


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」


私の悲鳴が馬車の中に響いたのだった。




♢♢♢




 ――翌週。

新聞には、『イディオット伯爵家、印章管理不備か!?』『契約不履行疑惑』の文字が前面に押し出されていた。


結局、伯爵は契約代金の支払いに加えて違約金まで支払うことになったらしい。


「あれぇ? 被害者じゃなかったんですか?」


誰かがそう呟き、商会中が吹き出した。


「そういや、これ、ビビがなぜか担当した案件だろ?」


ニールが肘でこずいてくる


「ニールもでしょ!もう、二度と、営業なんてやらないんだから!」


私はこずき返しながら声を上げる。

商会員たちの笑い声が響いた。


「ビビー、営業部、人手不足なんだけどー。」


「いやぁぁぁぁぁ!」


私は耳をふさぎ、全力で拒否する。

そんな私の耳に届いたのは、無慈悲な声。


「あんた、営業部異動の件だけど。」


「聞こえないぃぃぃぃ!」


「決定事項。」


「聞こえないぃぃぃぃ!」


「辞令。」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


私の渾身の悲鳴は、建物の外にまで響き渡ったのだった。


――振り返ったビビが、地獄の宣告を言い渡した人物を見て青ざめたのは、また別のお話。


(終)

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