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同棲喰人鬼  作者: 代篠
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第二話 第一幕

 俺の名前は小野塚信太郎。どこにでもいる普通の大学生だ。狭いボロアパートの一室を借り、勉強とバイトに翻弄されながら、そこで一人暮らしをしている。……いや、正確には『していた』だ。およそ一ヶ月前、うちに居候という存在が現れたのである。

 居候の名前はグーラ。中学生くらいの少女で、その性格は天真爛漫……と言えば、聞こえはいいだろうか。抑揚のない独特な喋り方をして、いつもどこを見ているのか分からない、何とも不思議な奴だ。

 そんなグーラなのだが、実は彼女は人間ではない。本人が言うには、喰人鬼――動物の肉を食らって生きる、妖怪や化け物の類らしい。

 まさか、鬼なんて現実に存在するはずがない――この話を聞いたところで、皆そう思うだろう。俺も、あいつが自分のことを鬼だと言いだした時は、そう思った。

 だが、つい先日のことだ。とある出来事をきっかけに、俺は『鬼』という存在を意識するようになってしまった。その出来事については、長くなるので細かい説明は省くが――その時、グーラは突然、普段の彼女からは想像も出来ないほどの力を発揮した。その力であいつは、人をいとも簡単に吹き飛ばし、そして食べようとしたのだ。

 いや、実際は『それ』が起こる前に止めたので、本当にグーラが人を喰おうとしていたのかは分からない。だが、あの時のグーラが漂わせていた空気……あれは普通じゃなかった。それだけは確かである。

 とはいえ、何も分からない状態で考えても仕方がない。あれからグーラの様子が変わったなんてことはないし、意外と俺の思い違いに過ぎないのかもしれない。



 そんなことを考えていた、ある日の昼下がり。

 その日の講義は午前だけで、俺は真っ直ぐ家路についていた。すると、アパートの一室――俺の部屋が、何やら騒がしいのだ。

 大方、グーラがテレビでも見ながら騒いでいるのだろう。最初、俺はそう思った。だが、それにしたって外にまで喧騒が届いてくるのは異常である。それに、何やら会話をしているようにも聞こえる。

 まさか、こんなボロアパートに真っ昼間から泥棒か!?

 泥棒というのは、少し考え過ぎだったかもしれない。だが、変なセールスマンや押し売りを、グーラが家に上げてしまった――これなら十分に考えられた。

 俺は慌てて自宅の玄関口にまで辿り着くと、鞄から鍵を取り出し、目の前の扉に差し込んだ。しかし、鍵を回したところで違和感――鍵が既に開いているのだ。

 どうやらグーラが一度、中から鍵を開けたらしい。益々もって俺の予想は現実味を帯びてきた。

「ちっ……」

 面倒なことが起こりそうだと予感して、舌打ちを一つ。そして玄関のドアを開け放ち、俺は自分の城に足を踏み入れた。

 するとそこには、俺のものやグーラが普段履いているサンダルとは別に、一足の見知らぬスニーカーが置かれていた。赤色を基調とした明るい色遣いのもので、サイズからして所有者はどうやら女性のようである。

 と、その時、ドタドタという足音と共に、あの独特な喋り声が俺の耳に飛び込んできた。

「あーうー。しんたろー、おかえりー!」

 そう言いながら姿を現したグーラの恰好は、水色のキャミソールに黒いスパッツというものだった。服をほとんど所有していなかった彼女のために、俺が僅かだが買い与えてやったものだ。

「おいグーラ、勝手に誰か家に上げたのか?」

 俺は靴を脱ぎながら、小声で尋ねる。

「んー。あかねぇ来てるぞー」

「……茜?」

 軽く眉をひそめて俺が聞き返すと、グーラはフルフルと首を横に振り、

「あかねじゃなくてー、あかねぇだー」

「はぁ?」

 いつものことではあるが、グーラが何を言っているのかが分からない。

 俺はグーラの横を抜け、入ってすぐの台所を通り、我が家のリビングルームへと向かった。

 すると、そこには見覚えのない女が一人――まだ日も高いというのに、片手にビールの缶を持ち、俺がいつも使用している座布団の上で胡坐をかいていた。

「あ、ども~。お邪魔してまぁす」

「……は、はぁ?」

 俺の存在に気が付いた女は、明るい調子でヒラヒラと手を振ってきた。

 その一方、何かの販売員がいるものだと思っていた俺は、その意外な存在にどう反応してよいものか分からず、小首を傾げてクエスチョンマークを浮かべた。





 日本人らしくない炎のように赤いショートヘアに、健康的な印象を抱かせる褐色の肌。そしてそれがよく映える白い半袖のシャツと、下にはジーンズを着用した女は、ビールをグビグビと豪快に喉に流し込んでいる。

 さらにテーブルには、ビールと共に彼女が持参してきたのか、肴としてサラミが数本置かれていた。

「つまり、キミ……アカさんは、グーラの知り合いってわけだな?」

テーブルを間に置き、俺はその女の向かいに腰を下ろしたままで口を開いた。

 アカ――それが二、三、会話を交わしたことで判明した、この見知らぬ女の名前だ。なんでもグーラの姉貴分のような人物であるらしく、散歩をしていたグーラを偶然見かけ、そのままここで久々の再会を祝っていたのだという。

「アカでいいよ。多分、タメくらいだろ? 何にせよアタシ、そういうの気にしないからさ」

 アカはそう言うと、テーブル上のまた別のビールの缶を取り、それを先程と同様、とても美味そうに飲み干した。

「っぷはぁ! いやぁ、昼間から飲む酒はやっぱいいねぇ。ほら、信太郎も飲みなよ」

「いや、俺は……。ん? つか、俺の名前……?」

「あんたのことはグーラから聞いたよ。色々、良くしてもらったってね」

 いやに『色々』の箇所を強調して、ニヒヒッと、アカは意地悪そうに笑った。それに対し、別に後ろめたいことなど無いはずなのだが、俺は思わず体を強張らせてしまう。

 『色々』――その部分が、何故だか妙に気になる。一体、グーラの奴は何を喋ったんだ? まさか誤解を招くような変なことを言ったんじゃないだろうな……?

 俺はチラリと、隣に座っているグーラを横目で見た。グーラは何本ものサラミを一生懸命になって口へと運んでおり、そのせいで手はサラミの油でテカテカになっていた。

 いやしかし、よく考えればグーラがそんな嘘になるようなことを言うとは思いにくい。

 では、アカの言う『色々』とは? ……いくら考えても仕方がない。気になるのであれば、本人に聞く以外なさそうだ。

「色々って、その……例えば?」

「んン~? 何、気になるの、自分がどういう風に話されちゃったのか?」

 ニヤニヤと嫌らしく笑うアカ。そんなアカに、俺は小さく首を縦に振って答える。

「そうだなぁ。例えば……信太郎が、無理矢理グーラの着替えを手伝ったりしたとか」

「……は?」

「あと、無防備なグーラに欲情して、ここに住まわせる代わりに夜の御奉仕を迫っちゃったこととか~。まぁ、でも仕方ないか。若い盛りの大学生――女の子と二人暮らしなんかになったら……ねぇ」

「ち、ちょっと待てっ!! ほ、ほ、本当にそんなこと言ったのか!?」

 俺は目を見開き、バッとテーブルに身を乗り出した。

 今、アカが言った出来事――そんなもの、これっぽっちも身に覚えがない。着替えを手伝ったやら夜の奉仕やら……そもそも、俺はグーラをそんな目で見たことは一切ない! 完全なる誤解だ!!

 と――俺が必死になってアカに詰め寄っていると、彼女は急にケラケラと笑い声を上げ始めた。アルコールが入っている者特有の、えらく上機嫌で、放っておいたらいつまでも続けていそうな笑い方だ。

「あは、あはははは! ウソウソ、嘘だよ、嘘~。 夜の御奉仕って、そんなの……あははは!」

「なっ……!? う、嘘って、じゃあ……」

「普通に親切にしてもらったって話しか聞いてないよ。あはは! それにしても、そんなに驚くなんて……。もしかして~、身に覚えがあっちゃったりするのかな?」

「そ、そんなわけないだろ!」

「あはははっ! だよね~。もし本当にやっちゃってたら、犯罪だもんね~」

 そのままツボにでも入ったのか、アカは狂ったように笑い続けた。

 初対面だというのに……。どうやらアカは、彼女自身が言った通り、本当に『そういうの』は気にしない人柄のようである。フレンドリーと言えば聞こえはいいのだろうが……ただ単に、酒癖が悪いだけなんじゃないだろうか、これは。それとも、これが素か?

 今のやり取りですっかり疲れてしまった俺は、元の位置に座りなおし、ハァと深く溜息をついた。



「ところで、アカは――いや、アカも……」

 それから少しして、次第にアカの笑いが治まってきたところで、俺は不意に口を切った。

 俺には、先程からどうにも気になることがあった。それは、グーラの知り合いだというアカの発言だ。知り合い……しかも、グーラの姉貴分ということは、もしかして――

「アカも……喰人鬼、なのか?」

「うん、そだよ」

 これまた軽く、あっさりとした肯定の言葉に、俺は思わず拍子抜けしそうになった。鬼というのは、そんな簡単に知られていいものなのか? それとも彼女がこうも簡単に認めたのは、俺が既に鬼という存在を知っているが故だろうか。

「鬼……鬼って、一体何なんだ?」

 肯定され、逆に何を聞いて良いのか分らなくなった俺は、ふと思いついた質問をポロッと口にした。だが、少し漠然とし過ぎただろうか――アカは数秒ほどウーンと唸り声を上げて、

「何って聞かれてもなぁ……んー……肉食人種? いや、むしろ人間に最も近い動物って感じかな?」

「つまり、その……やっぱり人間じゃあないのか……?」

「まぁ、そうかな。でも体の構造はほとんど一緒らしいから、ヒトだけどホモ・サピエンスじゃないって辺りが正解……なのかな、多分? まぁ人によっては、妖怪や化け物の類なんて言う奴もいるけどね」

 そう言うと、アカはサラミのフィルムを剥がし、ガブリとそれに齧りついた。そのツマミを噛んで引き千切る歯は、まるで猛獣のそれのように鋭い。我が家の居候と同じだった。

 あんなにも発達した犬歯――いや、牙があれば、おそらく動物の肉を噛み切るくらいは朝飯前だろう。実際、グーラも俺と出会う前は、野良猫なんかを食糧としていたみたいだし……。だとすれば、きっと――

「……アカは……」

 ――人間を喰ったことはあるのか?

 俺は、そう問おうとした。だがしかし、思うように声を出すことが出来ず、俺は質問を一時中断して、ゴクリと自分の唾を飲み込もうとする。が、その唾ですら思うように飲むことが出来ない。気が付けば、いつの間にか口の中はカラカラに渇いていた。

 と、その時だった。いきなり台所の方から、ガシャァンッという大きな音が飛び込んできた。その音に驚き、慌ててそちらの方に目を移すと、そこにはビチャビチャになった床の上で、まばたきを繰り返しながらボーっと立ち呆けているグーラの姿があった。

「ばっ……グーラ、お前何やってるんだよ!?」

「あーうー……。お茶飲もーとしたら落としたー」

 そう言うグーラの足元には、いつも麦茶を入れているプラスチックの容器、及び縁の欠けたマグカップが転がっていた。

 その光景を目の当たりにし、俺は額に手を当てて、深く溜息をつく。

「ったく、世話のかかる奴だな」

「……あーうー。ごめん、しんたろー……」

「あ、動くな、グーラ! ちょっと待ってろ!」

 俺は即座に立ちあがると、隅のタンスからバスタオルを取り出し、それとスリッパを持って、グーラの元へと向かった。

「怪我はしてないな? ほら、破片が刺さるからスリッパを履け。ちゃんとタオルで足を拭いてからだぞ」

「んー、わかったー」

 グーラが俺に言われた通りのことを実行しているのと並行して、俺は雑巾と掃除機を使い、目の前の惨状の後片付けを進める。

 まったく、とんだ面倒事を起こしてくれたものだ、グーラの奴は。カップも一つ使えなくなってしまったし、近いうちにどこかに買いに行かなければならない。

 だが、グーラに怪我がないようで本当に良かった。小さく――自分でも気付かないくらい小さく、俺はホッと安堵の息を漏らした。

「くっ……くくっ……あははははは!」

 ふと聞こえてきたリビングからの笑い声に、俺は思わず驚いた。見ると、アカがこちらを指差しながら、愉快そうに腹を抱えている。

「あはっ。信太郎さぁ、まるでグーラの親みたいだね。お父さん……いや、どっちかって言うと、お母さんって感じだ」

 先程と同じように、アカはケラケラと上機嫌に笑う。その様子は、やはり酔っ払いのそれであった。

 しかし、そんな笑い声も徐々に治まっていく。これも先程と同じだ。だが、ただ一つ違っていたのは、次に口を開いたアカの口調が、とても穏やかなものに変わっていたということだった。

「ところで、グーラ……そろそろ本当の親に、顔を見せに行った方がいいんじゃないかい?」

 優しく諭すようなアカの言葉。それを受け、グーラの体が一瞬ビクッと震えた。それでも構わず、アカは続ける。

「大事な一人娘がいなくなって、二人とも心配してたよ、グーラ?」

「……あーうー。あかねぇは、グーラをさがしに来たのかー?」

「いんや、今日会ったのは本当に偶然だよ」

 まさかグーラがこの街にいるだなんて、全然思ってもみなかった。そう付け足し、アカはヒラヒラと手を軽く横に振った。

 一方、二人の会話を聞いていた俺は口元に手を当てて、いきなり現れた『親』という単語についてグルグルと脳を回転させていた。

 親――それは一部を除いた全生物に、ほぼ等しく与えられる一対の存在である。もちろん、俺も持っている。なら、今まで何故か気に掛けなかったが、グーラにもソレがいるのは当然というものだ。

 しかし、それならどうしてグーラはここにいるんだ? 親と一緒にいて然るべきはずの年頃であるグーラが、俺と共に暮らしている理由――そう、ホームレス生活をしていたグーラを、俺が拾ったんだ。では何故、グーラはホームレス生活をしていたんだろう?

 鬼だから――いや、これでは説得性に欠ける。彼女達を見る限りでは、鬼と人間の見た目に大差はない。それに言語能力もあるし、金銭や衣服という人間の文化にも順応している。このことから考えると、もしかして鬼というのは、人間社会に溶け込んでいるのではないだろうか?

 この仮説が正しければ、普段、鬼は人間として生活しているはずである。ならば多くの者は、人間と同じで住居も構えているだろう。

 なら、グーラは? 未だ幼さを残した少女が一人、外で生活をしていた訳――その中で最も考えられるもの、それは――

「……なぁ、アカ」

 まるで園児に言って聞かせるようにしているアカに向かって、俺は呼び掛けた。アカはこちらに注意を向けると、「何?」と小さく口にした。

「アカ、もしかしてグーラは……家出、したのか?」

 次の瞬間、アカは数回目をしばたかせると、再びグーラの方に向き直り、小さく息を吐いた。

「ありゃあ~、てっきり話してるもんだと思ってたけど……。グーラ、信太郎に何も言ってなかったのかい?」

「……あーうー。ごめん……」

 珍しくしょぼんとして、下を向くグーラ。そんなグーラを見て、やれやれといった感じで肩を竦めると、アカは再度こちらに目を向けて口を開いた。

「そう、信太郎の思ってる通り――グーラは父親と喧嘩して家を飛び出した、家出娘だよ」

「父親と……喧嘩?」

 コクリと、アカは首を縦に振った。

「ちょっと色々あって、ね。まぁ、グーラも反抗期ってことかな」

 クスッと微笑しつつ、アカは新しいビールに手を伸ばした。

 俺は、俯き加減のグーラに視線をやった。その目は、相変わらずどこを見ているのか分からない。感情のこもらぬ、人形のような目だ。

 だが一瞬、その瞳の中に何かが揺らめいているように見受けられた。それのせいで、まるでグーラが何かを悩んでいる――そんな風に、俺には感じられた。

「……グーラ。大人しく帰った方がいいんじゃないのか?」

「しんたろー……でもー……」

「何だ? 父親がまだ怒ってるかもしれないって、不安に思ってるのか?」

 俯いたままで、グーラはコクンと頷いた。

「大丈夫。何で喧嘩したのかは知らんが、きっと父親の方も、もう怒ってなんかはいないと思うぞ。むしろお前のことが心配で堪らないはずだ」

「そうだよ、グーラ。それに、いつまでも逃げられる問題じゃないんだからさ」

「……あーうー……」

 それから、しばらくグーラの沈黙が続いた。その間、俺達は何をするわけでもなく、ただじっとグーラが答えを出すのを黙って待つ。

 と、そのまま数分ほど経った時、不意にグーラが下げていた頭を上げ、いつもの調子で言った。

「んー、わかったー。グーラ、帰るー」

「うん! グーラ、よく言った!」

 グーラの決断を聞き、アカはニパッと顔を明るくした。それに釣られて、俺もウンウンと頷く。

 だが同時に、俺はあることに気が付いた。グーラが帰るということは、俺は再び一人の生活に戻るということだ。もう二度と会えなくなるということはないだろうが……顔を合わせる機会は、格段に減るだろう。

 いや、しかし……それが普通なのか。そうだ、ただ元に――一ヶ月前に戻るだけだ。それに、一つ屋根の下で知り合って間もない男女が寝食を共にするというのは、やはり不健全だしな(もっとも、俺はグーラを女として見たことは一度もないが)。

 ……とはいえ、やはり少し寂しい気はしないでもないが、な……。

「あーうー。でもー」

 と、その直後、グーラはフラッと俺の横に来ると、いきなり俺の腕をグイッと引っ張った。そして、彼女が何をやりたいのか分かっていない俺の顔をジッと見つめ、一言。

「でもー、しんたろーもいっしょなー」

 ……いっしょ?

「いっしょって……い、『一緒』にグーラの家に付いて来いってことか!?」

「んー」

 コクコクと、グーラは首を振った。

 その一方で、俺は予想だにしていなかったグーラの発言に呆気に取られ、見事に目を丸くしていた。何か言おうにも何と言って良いか分からず、口は半開きになったままだ。

 すると、そんな俺の表情があまりにも間抜けだったのか、アカがまたもや陽気に笑いだした。

「あはははは! いいね、いいね! よし、信太郎も一緒に行こう、グーラの家に!」

「なっ……な、何で俺も!? 俺は関係ないだろ!」

「何言ってんだよ、一ヶ月近くグーラの面倒見てくれたくせに。……それに――」

 ――それに、ちょうどいいかもしれないしね。

「……え?」

 それがどういう意味なのかは分からない。だが、何故だかその言葉の時だけ、アカの様子が他とは明らかに違っていた。何かを憂いているような、そんな感じだ。

「ま、とにかく信太郎も行こうよ! グーラを養ってくれたお礼もちゃんとしなきゃだしねっ! あははは!!」

 気付いた時には、彼女は再びケラケラと笑い声を上げていた。あたかも、今の一瞬は俺の見間違いだったかのように――。

「お礼って、別にそんな……」

 チラッと、俺は未だに腕にしがみ付いたままのグーラに視線を移した。その曇りのない両の目は、ひたすら真っ直ぐに俺を射抜いてくる。少しも動かすこともなく、ただジッと。

 しばらく見ていて、それが彼女なりの『おねだり光線』だと判明した時、俺は溜息混じりに、もう一方の手で自分の後頭部をポリポリと掻き――そして、観念した。

「……分かったよ。行けばいいんだろ」

「あーうー。やったー」

 俺の言葉を聞いた途端、グーラはパッと俺の腕を離し、万歳を繰り返しつつその場で飛び跳ね始めた。さらにその様子を見て、アカは一層笑いに拍車をかける。そんな二人とは対照的に、俺はもう一度深く溜息をついた。

 ――まさか、こんな展開になろうとは……。

 面倒だ、という俺の素直な思いが肺から空気を押し出す。だが同時に、それとは違う考えも、俺の中には渦巻いていた。

 ――しかし、もしかしたら鬼について詳しく分かるのかもしれないな。

 その両極の気持ちに挟まれ、俺は三度溜息を漏らした。

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