その事情、私に関係ありませんよね?
「恐れ入りますがお客様。当店はお子様連れの方には、ご遠慮いただいております」
私のドレスに纏わりつく少年と少女を見て店員が言った言葉に、虚を突かれて立ち尽くした。
が、すぐに気を取り直し、交渉する。
「ち、違うんです。この子たちは私の子じゃなくて……。先に中に。中に私の婚約者と、彼の姉──子どもたちの母親が入ってしまったんです! すみませんが、ふたりを呼んで来ていただけますか?」
今日、私は婚約者とデートに来ただけなのに。
どうして私のもとに子どもを置いて、彼は自分の姉をエスコートしたのか。
そして私を置いて、ふたりでさっさとレストランに入っていったのか。
(このお店を予約をしたのは、私なのに!)
私は痛む頭を押さえながら、彼の家を訪れた時のことを思い出していた。
ヨエル・ロンカイネン侯爵令息が私、エリセ・アールニオの婚約相手だ。
我が家は伯爵家で、格上の貴族家との縁談が持ち掛けられた際、父も母も大喜びで同意した。
婚約当初は良かった。
ヨエル様は私に気遣ってくださり、様々な贈り物も細やかに、あらゆる場所に連れて行ってくれて、私たちはとても楽しい時間を過ごした。
それが一変したのは、彼の姉君ユスティーナ様が、夫君との別居で侯爵家に戻られてから。
ユスティーナ様は格下のヴァハラ伯爵家に嫁がれていたけれど、ご夫君が気ままな方らしく、愛人である男爵令嬢の子を跡取りにすると宣言した。
息子と娘……、つまりヴァハラ家の正統な後継ぎが、ユスティーナ様との間に生まれていたにも関わらず、だ。
当然ご夫婦は盛大に揉め、ユスティーナ様はお子ふたりを伴って実家に戻られた。
ヴァハラ家の後継者を手元に、ご夫君と話し合いをする予定で。
離縁にしろ、復縁にしろ、後々の取り決めをして、身の振り方はそれから。それまではご実家であるロンカイネン侯爵家で過ごされるらしい。
しばらくの間のことと聞いていたのだが、数か月経った今も話し合いは決着せず、いよいよ裁判かと言われている状態。
どちらも立派な貴族家なのに、そんなことがあるのかと私は驚いたのだが、困ったのは何かにつけユスティーナ様が、私たちのデートに子連れでついてくることだった。
最初に一度、同行を同意しただけで、その後も承認済みにされるとは想像もしていなかった。
「ごめんなさいね。この子たち、父親が恋しいみたいで。ほら、ヨエルがちょうど独り身だから気の良い叔父として頼ってるの」
そんなこと言われても。
控えめに抗議したこともあったけど、肝心のヨエル様は「姉上は不安なんだよ。僕たちは将来家族になるんだ。甥や姪にも広い心で接して欲しい」と笑っておしまい。
もうずっと、ふたりきりのデート時間は取れていない。
そのうち約束の時間にも、遅刻や予定変更が続くようになった。
今日も待ち合わせ場所にヨエル様が来ないから、もしや事故ではと心配し、彼の家まで訪ねたら。
ご家族揃って、庭で談笑してらした。
「えっ、もうそんな時間だった? ごめんね、エリセ嬢。すぐ準備するよ」
ヨエル様が言うには、出かける前に引き留められ、「ちょっとだけ」子どもたちの相手をしていたらしいのだ。
「そうですか」
表情に出さないよう、けれど暗い気持ちで頷くと、ユスティーナ様が声を弾ませ手を叩いた。
「ちょうど良かった! この子たち退屈していたの。一緒に出掛けて良いかしら?」
(は?)
「今日は評判のレストランに行くのでしょう? 何でも隣国の伝統料理を出してくれるという」
「そうですが、それは──」
(私が隣国の文化に興味があって、その勉強も兼ねて席を取ったのに)
落ち着いて料理に向き合えない!
断ろうとした私の前で、ヨエル様がこちらも見ずに了承した。
「もちろんだよ、姉上。賑やかな方が楽しいからね。エリセ嬢も喜んで歓迎してくれるさ」
「えっ?」
「まあ、嬉しい。じゃあ早速。私、以前からそのレストラン、気になってたのよ」
「ヨ、ヨエル様、あの」
(珍しい食材は、予約した人数分しか確保できてないはず)
慌てる私をよそに、侯爵夫人が笑顔で頷く。
「あらあら、エリセさんが優しい方で良かったわね。家族仲が良くて嬉しいわ」
「!」
(私はまだ結婚してないから家族ではないし、お義姉様はさらに別だし!)
とはいえ将来義両親となる侯爵夫妻に言われて、これ以上私に何が言えようか。
「お前達、行儀よくするんだぞ」
「はぁい、おじい様!」
「行ってきます、おじい様、おばあ様!」
口をはさむ間もなく三人の同行が決定してしまい、ヨエル様とユスティーナ様、そして彼女のふたりのお子は私と同じ馬車に乗り、街に出向いた。
そして着いた途端ヨエル様は。
信じられないことに、姉君のユスティーナ様の手を取って、さっさとお店に入ってしまったのだ。
ふたりの子どもを連れて馬車から降り、急いで後を追った私を止めたのが先の店員。
私が店先で待っている間、無数の視線に晒された。
「あんなにお若い令嬢なのに、ふたりもお子様がいるの?」
「いったいおいくつの時に産んだのかしら」
通りの人たちの声が、私の耳に突き刺さり、心を容赦なくえぐっていく。
私は見た目通りの年齢で、まだ十八。
ユスティーナ様のお子は五歳と四歳。この国で女性の結婚は十六から。つまり婚前交渉で授かったと見做されているのだ。
カァァァ……!と一気に顔が赤くなる。
(どうして私がこんな目に。ヨエル様、早く出て来て……!)
祈るような気持ちで店先で待つ私に、とんでもない伝言を携えて店員が戻って来た。
「お連れの方は既にメニューをご注文されたようでして。"食べてから出る。中に入れないなら、どこかで時間を潰しておいて欲しい"とのことでした」
「そんな!!」
「えええ、母様は?」
「あたしたち、中に入れないの?」
私の両手にぶら下がって、引っ張り騒ぐ子どもたち。
「ちょ、ちょっと待って二人とも。もう馬車は返してしまったから困ります。もう一度中の二人に出てくるよう伝えてください」
「そうは言われましても……」
店員が眉を顰める。使い走りを何度もさせられるのはごめんだと、その顔が語っていた。
「ねぇねぇ、エリセおねえちゃん──」
「きゃあっ」
力いっぱい子どもに引っ張られてバランスを崩し、思わず転んでしまう。と、デートのために選んだスカートが泥にまみれて、泣きたい気持ちになった。
そんな私に周りの視線は冷淡で、潜めく声が聞こえてくる。
「なぁに? あの子たち。まるで躾がなってないじゃない」
「あんなに若い母親じゃ無理もないわ。育児に踵の高い靴だなんて、わかってない証拠よ」
「乳母も見当たらないわね」
「その程度のお家柄なんでしょ」
(っ! あんまりだわ!)
「この子たちは、私の子じゃなく赤の他人です!!」
気づくと思わず叫んでしまっていて、淑女らしからぬ態度に自分で自分が嫌になる。
(どうして私がこんな想いを……?)
涙を堪えてひとり立ち上がるのが精一杯だったのに。
「"他人"だなんて、子どもたちの前でなんて酷いことを言うんだ、エリセ嬢」
ちょうど様子を見に店から出て来たヨエル様に、思い切り責められた。
「きみがそんなに冷たい女性だったなんて思わなかったよ。見損なった」
「──!!」
かつて見惚れた彼の青い瞳が、今はとても冷たく氷のように目に映る。
白皙の美貌も彫刻のような空々しさで、何の温度も持たなくて。
憤怒にまみれた険しい声と表情が、私を思い切り傷つけた。
「ううっ……! 私、今日は……。気分が優れないので、もう帰らせていただきます……!」
「あ! エリセ嬢!」
「おじちゃま──、母様は中なのぉ?」
「おじちゃま──」
子どもたちはヨエル様に詰め寄ってるようだ。
そんな彼らを残して、私は家に、逃げ帰った。
◇
「もう十分! これ以上は我慢できません! 私、婚約を解消します!」
(いくら爵位が上でも、あんな常識のない一家に嫁ぐのなんて無理!)
私は帰宅直後に感情をぶちまけた。
「ま、待つんだエリセ。婚約解消と言っても、相手は侯爵家だ。うちから断るなんて難しい……」
「じゃあお父様は私が不幸になっていいの? 婚約者を優先できない男性が、結婚後、妻を助けると思う?」
「うぐ。し、しかし」
「"エリセは急遽留学が決まりました。帰国がいつになるのかわからないので、結婚は出来ません"。これでお断りして」
「留学!?!」
目を白黒させるお父様を尻目に、私はトランクに荷物を詰めながら主張する。
「学園に連絡するわ! 前にお声がけくださった話をお受けしますって!」
今日行きそびれた隣国料理のレストラン。その国に対する研究論文を書いた結果、留学の話が来ていたのだ。
卒業したし、結婚を控えた身だからとお断りしていたけれど。
無理な婚家に嫁ぐより、自立した方がずっと良い!
留学費用ならあるもの。翻訳の副業で貯めた分が!
「育てて貰った御恩は、私がこの家の名をあげてお返しするわ。だから許可してください」
貴族娘として、実家への貢献は絶対だ。
「女の子ひとりで留学なんて危なくて、到底許可なんて出せんぞ。ヨエル殿には改善を相談するから、しばらく待て」
「いいではありませんか、父上」
頑ななお父様に、騒ぎに駆けつけたお兄様が、助け船を出してくれる。
「俺は以前からロンカイネン家を、好ましく思っていませんでした。あの家はあまりに他者に配慮しない。変に縁を繋いでも、後々苦労するだけです」
「だが」
「俺の代で面倒事はごめんです」
きっぱりと、次期アールニオ伯爵が言う。
「けれどおっしゃる通り、家を出たこともないエリセを、遠い異国にひとり出す懸念はある」
「そうだろう? だから」
「だから、俺の考えを聞いてください」
──ヨエル様が私に会いに来たのは、それから数週間後のことだった。
◇
「考え直してほしい、エリセ嬢。女性ひとり隣国へ行くなんて、危険極まりないだろう? 姉上なら家を出たから、僕との婚約を戻そう」
ヨエル様との婚約は穏便な話し合いの末、白紙に戻った。
であるにも関わらず、彼が縋りついてくるのには訳がある。
ロンカイネン侯爵家の醜聞で、嫡男ヨエル様の結婚相手が見つかりそうにないからだ。
なんと姉君ユスティーナ様のふたりのお子は、夫君ヴァハラ家の血を引いていなかった。
ユスティーナ様が当時の執事見習いと不貞して出来た子だったのだ。
ヴァハラ伯爵様はずっと疑念を抱いていたが、執事見習いが屋敷を辞め、行方を晦ませていたがために、確証が得られなかった。
ユスティーナ様との別居期間が長引いていたのは、その執事見習いを探し、証拠を探すための時間だったのだ。
つまり私たちが聞かされていた話とは、まったく違う事実がそこにあった。
だからと言って愛人を孕ませたヴァハラ伯爵様にも問題はあるが、先に不貞を働いたのはユスティーナ様。
もともと男爵家の娘と恋を育み、婚約までしていた仲だったのに、ヴァハラ伯爵様に一目惚れしたユスティーナ様が家の力で割り込んだのが、事の始まりだったのに。
結婚した以上はと割り切って、ユスティーナ様を大切にしていたヴァハラ伯爵様だが、次第にユスティーナ様は夫に飽きて閨を拒否。
私にはよくわからないけれど、なんでもお身体の相性?が、合わなかったという理由で奔放に振舞われていたユスティーナ様は、夫にまるで似てない子どもを産んだ。
そしてヴァハラ伯爵様の子だと主張したのだが──……。
この件は家の乗っ取りと疑われて、ロンカイネン家諸共、いま厳しく詮議されているらしい。
慌ててユスティーナ様を家から出し、籍を抜いて知らぬ存ぜぬを通そうとしたところで、もはや手遅れ。
非難の矢面に立つことになったロンカイネン家は、"実直"と名高い我が家の名声にすり寄ってきた。
アールニオ家が言うのなら、ロンカイネン家の噂は嘘かも知れない。
世間にそう、思って貰うために。
髪を乱し、必死の形相で私を見るヨエル様に、私の心は全く動かない。
(私の元・婚約者様は、こんなに情けなかったかしら?)
「何と言われようと、復縁はありません。私は今日、出発しますので」
「なら僕も行こう。行って向こうで、きみを守るよ」
隣国でほとぼりを冷ますつもりだろうか。
侯爵家の跡取り息子が。
(呆れちゃう。それに何の志もなくついてこられても、邪魔なだけだわ)
「結構です。私が困った時に助けてくださらなかったあなたが、隣国で私の危機に動いてくださるとは思えませんもの」
「あの時とは事情が違うだろう? 考え直してくれ。隣国で助け合って生きればいい」
「ふぅ」
彼の言い分には、もう溜め息しか出ない。
「ご心配なく。私には頼りになる方がご一緒くださいますので」
私がヨエル様を拒絶したタイミングで。
ちょうど背後から声がかかった。
旅装を整えた、長身美麗な貴公子。
「エリセ嬢。ご出発の準備は済みましたか?」
「っ? エリセ嬢、その男性は?」
ヨエル様が息を呑む。
「あら? ヨエル様にはご面識ありませんでしたか? 私と同じ学部の先輩で、今回の隣国行きにご一緒くださる公爵令息・リクハルド様ですわ。このたび外交官として就任なさるので、私は彼の助手的お役目もいただいてますの」
あの日、「留学する」と決めた私にお兄様は、自身の同級生をご紹介くださった。
お兄様としては元より、"いつか引き合わせたい"と算段されていたらしい。
ただリクハルド様が上級文官の試験真っただ中のタイミングで私の婚約が決まり、断念していたそうだ。
今回はちょうど隣国赴任となった公爵家のご次男リクハルド様が、アシスタントを探しているという事で。
面接して貰った私は、面白いくらいリクハルド様と話があった。
その上リクハルド様はさすが知識も豊富で、特に隣国への深い見識は、私の"学びたい気持ち"をさらに高め、刺激してくれた。
公爵家を継がないリクハルド様。彼は、文官として身を立てる設計をされている。
(この方についていきたい!)
折よく隣国に赴任されるリクハルド様にご挨拶するため、私は両親と共に、彼の家に赴いた──。
「未婚の男女がそんな、破廉恥だぞ!」
ヨエル様が眉を吊り上げ唾を飛ばす。
「ですが、私とエリセ嬢は向こうで式を挙げますので」
そんな彼に、さらりとリクハルド様が言ってのけた。
「──は?」
目を丸くするヨエル様に、私も告げる。
「婚約したんです、私。秋にはリクハルド様の妻になります」
「は……? はああああ??」
隣国に行くリクハルド様への同行。
いくら何でも赤の他人の面倒を見ろだなんて、そんな厚かましい事、私には言えない。
でも夫婦なら。
もちろん私は面倒を見て貰うつもりはないけれど、堂々と彼と一緒に渡航するには、婚姻が手っ取り早いのだ。
それに外交官は妻帯だと信用度も違う。私もリクハルド様のお役に立てる。
(何より私を尊重してくれて、価値観も好みも合う。身元も完璧で、これ以上ないご縁だわ)
焦ってヨエル様と結婚しなくて良かった。
リクハルド様も私といると楽しいと言ってくださるし。
それが本心だと言う事は、リクハルド様の情熱的な眼差しからも伝わってくる。
ヨエル様にこんな目を向けられたことはなかった。
私はリクハルド様と出会って初めて。
恋する男性の目を知った。
にこにこと、私とリクハルド様は手を取り合って微笑み合う。
「そ、んな、身勝手な……。ロンカイネン家のことはどうするんだ」
「さあ? どうすると言われましても、もうご縁は切れてますので。そちらの事情、私に関係ありませんよね?」
がっくりと膝を落とすヨエル様。
勝手に期待され、勝手に落ち込まれても……。
私の未来には一切影響しないのだった。
私は私のために生きますわ!
お読みいただき有り難うございました!
たまに書きたくなる理不尽な義実家シリーズ。スカッとしていただければ何よりです(;´∀`)
ネトコン14はいよいよ明日が締め切りですね。何か、何か出したい気持ちで昨日これ思いついて、今朝突然書きました。
なのでいろいろ設定や文章が甘いところがありますが、そこはお見逃しいただけますと嬉しいです。
名前はフィンランドから取りました。おおぅ、耳馴染のないネーミングに、自分でつけててキャラ名忘れそうよ?(なぜそれにした?)
誤字があったらそっと教えてやってください(誤字報告いつもありがとうございます! 助かっております)
お話を楽しんでいただけましたら、下のお星さまを塗って応援くださると大喜びします♪
よろしくお願いします\(*^▽^*)/




