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好きな人に勘違いされるのでこれ以上付きまとわないでね。てことで、バイバイ。クソ野郎。

作者: 神経水弱
掲載日:2026/03/27

 

 中学二年の冬。交際一か月目にして、当時付き合っていた彼女、あずま由亜ゆあに突然別れを切り出された。


 放課後の校舎裏で、別れたくないと情け無いくらいに涙を流して懇願する俺に彼女は冷笑を浮かべながら言った。


「はっきり言わないとわかんないの?正直言ってあんたと恋人になった記憶ないんだって」


「そんなこと……だってLINEで付き合おうって言ってくれたじゃん!……ほら!」


 スマホの画面を由亜に突き出すと、スマホごと俺の手を払う。

 スマホがアスファルトの地面に叩きつけられバウンドすると同時に彼女は大きな目を見開き、威圧するように顔を近づけてきた。


「だから?」


「いや、だから…その」


 言葉を無くす俺を由亜は鼻で笑って、すっと離れた。


「てことでさ、ゆあに付きまとうのはもうやめてね?勘違いされるから」


 そう言って立ち尽くす俺を置いて、由亜は清々しい笑顔で去って行った。


⭐︎⭐︎


 数日後の放課後。忘れ物を取りに教室へ向かうと由亜と彼女の取り巻きである女子が二人で話に華を咲かせていた。

 そんな教室に入る勇気は当然あるわけもなく、忘れ物を諦めて踵を返そうとした瞬間だった。


「あー、智哉?あれはただの踏み台」


「うわー、由亜ひどすぎー」


「いやいや、ひどいのは向こうだからね?しつこいからしゃーなし付き合ってあげただけだからね?」


「まあ南場くん確かにストーカー気味だったもんね」


「付き合ったらかまってくん発揮してさ。話もつまらないし、容姿もダサい、うざいし……ほんと最悪だったもん。そ れ に!耐えた上に、努力して流星くんと付き合えたんだよ!?どう考えてもゆあは褒められるべきだよ」


 その会話でようやく昨日の放課後、それまで親友だと思っていた北見きたみ流星りゅうせいに無理矢理校舎裏へ連れ出され、ぶん殴られた挙句、「今度、由亜をつけ回したら許さねえからな!」と言われた謎が解けた。


 由亜の言葉通り、俺は由亜が北見と付き合うための踏み台にすぎなかったからだと。


「流星くんめっちゃいいよ〜!野球部のエースで四番で、高身長で勉強もできるしさ。何よりイケメン!横のクソ野郎に付き合った甲斐あったわ〜」


「いいな〜流星くん。ゆあ勝ち組じゃーん」


「まあね!てか、南場智哉って名前、今後一切出さないでよね!ゆあとあいつは付き合ってなかったんだから!」


「歴史改変かよ」


 楽しげに笑う二人の会話から逃げるように涙を溢しながら立ち去った。


⭐︎⭐︎


 だが不運は続く。


 数日後、今度は親父の浮気が発覚。


 一か月もすれば、俺の苗字は南場なんばから母方の苗字の西にしに変わっていた。

 

 十四年間、大切な家族だと思っていた男はその十四年間をなかったことにするように他人行儀に頭を下げてきた。


「もう俺たちは家族ではない。わかるな?だから二度と目の前には現れないでくれ」

 

 それが父親としての最後の彼のセリフだった。


 こうして俺はあっという間に、大切に思っていた人たちに捨てられた。


 どれだけ記憶を探り自問自答しても、涙を流して心に問うても、なぜ捨てられたのかわからなかった。答えが出なかった。


 だから俺は今までの自分を否定することにした。それを答えにした。 


 答えを出せば、あとは早かった。

 

 メガネを外してコンタクトにし、髪型も無造作な長髪から爽やかなビジネスショートにした。

 毎日ニ時間のランニングで体を絞り、うっすら腹筋が浮かぶくらいに肉体も改良した。


 表情も性格も母と祖父母の前以外では明るく、親しみのあるようにした。


 そうして県外にある母の地元の中学に転校した後、自分を磨き、みんなから好かれる好青年『西智哉』を演じられるようになった。


 結果的に、卒業式までに五人の女子に告白された。

 もちろん円満な方向になるように告白は全て断った。化けの皮がはがれて、また捨てられるのが怖かったから。


 高校は母が仕事の都合上、県内に戻るというので、母についていく形で県内の高校にした。

 もちろん、俺を捨てた彼らのことを完全に忘れたわけじゃないけど、眼前に現れなければそれで良しとしようって具合だ。

 それよりも、また周りの人に捨てられないために『西智哉』を演じきることだけしか頭になかった。


⭐︎⭐︎


 高校生活が始まると『西智哉』はあっという間にクラスの中心人物になった。

 

 でも彼を演じるのは肉体的にも、精神的にも、正直しんどい。


 それでも捨てられなければそれでいい。それだけを望んでいた……だけなのに。


「とーもや!」


 ゴールデンウィーク明けの昼休み。購買から教室に戻る途中、背後から声をかけられて冷や汗が止まらなくなった。


『あー、智哉?あれはただの踏み台』


 あのセリフの声、二度と聞くはずのなかった声。


 いくら思い出したくないとはいえ、県内なのだから彼女もこの高校にいる可能性を考慮すべきだった。

 そんな後悔がじわじわと広がっていく。


 とにかく聞こえないフリをしてやり過ごすことにしようと歩みを再び進める。この出来事をなかったことにしたかったから。


 だけどその声の主はわざわざご丁寧に自ら視界に映り込んできた。


 肩より少し下まで伸びたまっすぐで艶やかな黒髪と切れ長の目。筋の通った鼻筋と上下ともに薄い唇。中学から少し大人びたようにも見えるけど、苦い思い出にいる彼女で間違いない。


 東由亜だ。


 彼女だと確信した瞬間、思い出したくない記憶が沸々と浮かんで吐き気がした。

 それでもお構いなしに笑顔で話しかけてきた。


「あ!やっぱり智哉じゃん!おひさー!元気にしてた?」


「お、おひさー」


 やはり勘違いかと思った。

 冷笑を浮かべ、泣きすがる『南場智哉』を捨てた彼女とは思えない清々しい笑顔だったから。


 例えそうだとしても、俺は一刻も早くこの場から切り上げたいがために、無理矢理口角を上げて、相槌あいづちを打つ。

 だが彼女はそんな俺の心情などに気づくわけもなく、わがままに話し続けた。

 

「あれ、ひょっとしてゆあのこと忘れてるかんじー?もーひどいなー、中学の時付き合ってたのに」


 付き合ってた?

 俺は彼女が何を言っているのか理解できなかった。

 

『あんたと恋人になった記憶ないんだよね』


 あの日彼女に言われたこの言葉が全てで、事実だ。


「覚えてるよ。東さんだよね。付き合ってた…かは覚えてないけど」


「付き合ってたじゃん!ほんとひどいよ…ぐすんっ」


 泣き真似をする彼女に虫唾がはしる。

 不愉快で、吐き気が増していく。

 どうにかなってしまう前にこの場から逃げ出したい。


 けれどここは昼休み真っ只中の購買近くの廊下。人通りが多く、同じクラスの人たちもいる。

 その手前、俺はみんなに平等に愛想を振り撒く『西智哉』を演じなければいけない。みんながいる手前、彼女に対してもそうしなければならない。


 それをいいことに、東は距離を縮めながら話すことをやめないでいた。


「なーんてね!まあ忘れられても仕方ないよね。ゆあが智哉の彼女でいられたのは一か月だけだったし。そもそも、あの時のゆあは智哉に好かれる魅力もなかったもんね」


 彼女のわざとらしい周りへのアピール地味た言葉に違和感を感じる。


 魅力がなかったって何?

 まるで俺が彼女を振ったみたいな言い方じゃないか。


「それでもいい思い出だよね。だってこんなかっこいい男子と付き合ってたんだもん。鼻高々だよ」


 あの日、散々否定して捨てたくせに、彼女はその過去を無かったことにしてるらしい。


 聞くに耐えない。もうお願いだから、これ以上口を開かないでくれ。


「あーそう言えば智哉、苗字変わったんだね」


「うん」


「だから智哉の噂が回ってくるまで、元カレの智哉だって、気づかなかったよー」


「元カレかは忘れたけど…噂って?」


「あれ?知らない?キミかなり有名人なんだよー。特に女子の中で!」


「へー」


 もう限界だった。思考回路が火花を散らしているようで、何も聞きたくも考えたくもない。


「一組にめっちゃかっこいい男子がいるって噂でね。ほら私、八組だからさ──」


 この直後からの記憶は曖昧だ。


⭐︎⭐︎

 

 あの出来事から四時間経った放課後、俺は図書室で週二回の図書委員の仕事をしている。


 意識を仕事に向けようとしても、何度も何度も脳裏に二年前の冷笑を浮かべた東の顔が浮かんでしまう。


 ようやく過去を捨て去り、『西智哉』として生きていけると思ったのに、よりによって東由亜と再会するなんて。


 ほんと最悪だ。


 そうやってため息を一つ受付カウンターの机に落とすと、視界いっぱいに緑色の可愛らしいカエルのぬいぐるみマスコットが映った。


「元気だしてぴょこ!」


 一瞬、何が起きたのか分からず、声をたどるように見上げる。

 すると同じクラスで同じ図書委員の南雲なぐも真夏まなつが慌てたような素振りを見せた。そんな自分を隠すかのように眼前へと、ぬいぐるみを突きつけてきた。


「ぼ、僕はぴょん太!元気がない西くんが心配で飛び出してきたんだぴょこ!」


 戸惑いつつある俺に気付かぬまま、ぬいぐるみの奥で南雲さんは表情を見られないようにするためか、顔を横に逸らしながら腹話術を続けていた。


「僕でよければ話聞くぴょこよ?」


 普段寡黙な彼女が語尾にぴょこをつけ話しているのが地味にツボってしまう。


「ぷっ…く……あははははっ!」


 凍りついた心に温かい陽が差し込み、その溶けた氷から溢れるように笑い声が出た。

 唐突な俺の笑い後に南雲さんはぴくりと肩を揺らし、こちらを向いた。彼女の大きな丸い瞳は見開かれ、頬は赤くに染まっていた。


「ご、ごめんなさい!小学生の弟が元気ないときはこうやって相談を訊いてるから…私なりに精一杯やってるんだけど、うざい…よね」


「いやいや!」


 澄んだような地声で謝る南雲さんに俺は笑いながら手を振る。


「そうだな。じゃあぴょん太くんにお話聞いてもらおうかな」


 俺は南雲さんに笑顔のまま頷くと、彼女はカウンターの下に隠れて、ぴょん太くんだけをひょこっと出した。


「ぴょん太に任せるぴょこ!」


「ありがとう」


「じゃあさっそく質問!西くんは今日、特に何か嫌なことでもあったぴょこ?」


 いきなり的を射た質問でどきりとした。


 正直に話すべきか一瞬ためらったが、まあ南雲さんは教室でもあまり人と話さないし、彼女になら本心を打ち明けてもいいよな。と結論付けて、甘えて胸のうちを明かすことにした。


「今日ね、思い出したくないことをふと思い出しちゃって」


「ほうほう。きっかけはなんだぴょこ?」


「昔、自分を捨てた人に会ってしまって」


 捨てたって大袈裟?でもそれ以外に適切な言葉が見当たらない。


「それがきっかけで思い出しちゃったわけだ」


「そうだね。その嫌な思い出に関わってる人だし、もう会いたくなかったから余計にね」


「もし西くんが気を悪くしなければでいいんだけど、西くんはその人になんで捨てられたと思ってるぴょこ?」


「それは……」


 言おうか悩んだ。

 言ったところで自分の弱点を晒してしまうだけだから。マイナスでしかない。


 でも心がその思考を無視して、言葉を口から押し出した。


「俺が誰からも必要されないくらいにつまらなくて、魅力がない人だからだよ。昔も、今も…」


 ぴょん太の動きと言葉が止まり、静寂に包まれる。

 俺は我に戻り、喉元まで上がっていた本心を飲み込んだ。


「なーんちゃって!元気がなかったのは、ちょっと寝不足だったからだよ〜。まあでも話聞いてくれてありがとうね。人形劇、いいね」


 そんな空元気からげんきを残して、仕事に戻るべく立ちあがろうとした瞬間だった。


「わ、わたしは…西くんのこと、そんな風には思わないよ」


 ぴょん太ではなく、南雲さん自身の声に俺は反射的に動きを止めた。


 ぴょん太をそっと置くと、南雲さんはカウンターの下からひょこっと半分だけ顔を出す。


 目線は俺ではなく、カウンターに逃しながらだが。


「西くん、やっぱり無理してるよね」


「あ、いや、寝不足なだけだから。大丈夫だよ。別に無理なんかしてないからね」


「嘘だよ。だって西くん、ここにいる時はため息ばかりついてる。気苦労みたいな」


「そうなのかな。気づかなかった」


 南雲さんの指摘はまた的を射ていた。

 確かに図書室の利用者が少なすぎて『西智哉』を必要以上に演じることがない。

 だから無意識に安心して、ここにいる間は素の自分が出てしまっていたのだろうか。

 そんな自分に猛省していると南雲さんは目を細めてなぜかくすくすと笑う。


「やっぱり、西くんは変わらないね」


「変わらないって?」


「嘘が下手なところ」


「嘘って、俺は南雲さんに嘘なんかついたことないよ」


「この高校の入試の日も嘘ついてた」


「高校入試の日?」


「そう。私、西くんの右隣にいたんだけどなあ。覚えてない?」


 入試の日、確かに右隣の席は女子生徒だった。メガネをして、三つ編みで、まるで昔の自分みたいパッとしない容姿だと思った記憶がある。


 コミュ力さえあれば間違いなくクラスのマドンナって感じの今の南雲さんとは正反対だ。


「南雲さんだったの!?」


 驚かざるを得ないのは言うまでもないくらいに、南雲さんは大変身を遂げたということか。


「うん……まあ、わからないよね」


「そりゃそうだよ!だって今の南雲さん、あの日よりもめちゃくちゃ可愛いし」


 何気なく発した俺の一言に南雲さんは赤面したまま、またカウンター下に隠す。


「かわいい…とか…」


「いや、ごめん。変なこと言って」


 俺の言葉に反応するように、またカウンターの下からひょこっと目元までの赤面した顔を出す。


「ごめんって言わないで。嬉しいことだから…」


「そか。まあ嬉しいって言ってくれたのは、なんだか救われるな」


「うん…だって西くんのこと、あの日からずっと追いかけてたから」


「え…」


「あ、いや!追いかけていたっていうか。その会いたかったっというか」


 そういうと彼女は赤面した顔をようやくこちらに向けて、上目遣いにぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。


「西くんは覚えてるかな?初対面の私におにぎり二つくれたの」


 たしか昼食の時間、かばんの中をなんどもがさがさと漁り、結局お腹を鳴らしながら一人俯いていた南雲さん。

 彼女と同じ制服を着た女子が、南雲さんの前に三人グループで昼食を食べていたが、彼女らは南雲さんに声を掛けるどころか、むしろその様子を楽しんでいるようだった。


 パッとしない容姿と見捨てられたような南雲さんは一年前の自分を見ているようだった。

 だから俺は昼食として持ってきていたコンビニのおにぎり二個を彼女にあげたのだ。


「覚えてる覚えてる。そう……たしか、たまたまお腹いっぱいになったところで、食べきれなかったからあげたんだよ」


「本当にお腹いっぱいだったの?あの時」


「確かそうだったはずだよ」


「私、知ってるよ……朝、西くんが友達に『昼はおにぎり二個だけでいいや』って話してるの」


 南雲さんは少し照れたように言う。


「なのに西くんは『僕もう食べたから大丈夫だよ』って言って……しかも今だに嘘ついてる」


「え…あ…えっと……」


 言葉を見つけられない俺を南雲さんは小さく笑うと、続けて口を開いた。


「きっと西くんは、自分を飾らなくても本当に優しくて、魅力的で、思いやりのある人なんだよ。だから私、そんな西くんが大好きだ」


 そう話した瞬間、窓から差し込んだ夕陽が、図書室の中を橙色に染め、南雲さんの頬を赤く染める。

 肩のあたりでふわりと揺れる柔らかな茶色のナチュラルボブも光を受けて金色みたいに輝いて見えた。

 いつもはおっとりした大きな丸い瞳も、今はどこか落ち着きなく揺れていて、いつも見る彼女とは違って、より美しく見えた。愛おしく見えた。


 そう思って見惚れていると、南雲さんはまた急いでカウンター下に隠れた。


「ごごごごっ、ごめんなさいっ!その!あの!大好きってのは異性としてではないって言うか…憧れとしてって言うか……あわわわわわ」


 ひどく慌てふためく南雲さんを見て、なんだか気持ちがだんだんと温もりを取り戻していく。


 そんな心境からか、ふと本音が喉元まで上がってきた。


「じゃあ……俺のこともらってくれる?」


「えっ!?」


 南雲さんはばっと立ち上がる。

 赤面したまま、目を大きく見開いている。


 あれ…


 てか俺は今なんて言った。


 『オレノコトモラッテクレル?』


 自身のセリフだが、脳内で再生された瞬間、やかんが沸騰するようにぐつぐつぐつと顔が熱くなってきた。


「いや!えと、今のは俺の願望というか、だったらいいなというか…じゃなくて……そのお」


 こんなに慌てふためいたのいつぶりだろうか。

 いつもは余裕ぶった親しみのある好青年を演じているから、その対処法がわからない。

 いや、そもそも思考能力自体、今は皆無だ。


「南雲さんっ!」


 勢いでまた言葉を吐いてしまう。


「はっ、はいっ!」


「も、もしよかったら、その…友達、いや、親友になってくれませんか?」


 言葉に、南雲さんは勢いよく立ち上がる。


「ははははいっ!こちらこそっ!」


 思考回路がショートしてしまい、彼女に目を合わせることができない。

 心臓がばくばくと早鐘を鳴らすよう昂っているのがわかる。


 どうしよう。どうしたらいい。

 どうしたらいいかな南雲さん。


 そう内心で呟き、ちらっと彼女に視線を合わせるとしっかりと視線があってしまう。

 お互い視線を逸らすことができず、運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏の音すらも遠くなっていく。


「ぼ、ぼくも親友になっていいぴょこ?」


 沈黙を破るように左手に握っていたぴょん太をさりげなく動かす南雲さん。

 どう返事していいのかわからないまま、とりあえず俺は口を開いた。


「い、いいぴょこ〜」

 

 お昼のバラエティ番組のようなセリフを吐いてしまい余計に顔が暑くなる。


 だが、そんなセリフに南雲さんはくすくすと笑う。

 そんな彼女を見ると、俺もなんだか緊張の糸がほぐれて自然と笑みが溢れた。


 

 この日から、俺と南雲さんは親友になった。



⭐︎⭐︎


 図書室でも、登下校でも、休み時間でも、LINEでも。休日でさえも。

 気づけば、俺は南雲さんと一緒にいる時間が当たり前になっていた。


 そのおかげで、俺の意識からも、視界からも東は消えていった。


 それくらい南雲さんは素敵な人だ。

 優しくて、不器用だけどまっすぐで、人を疑うことを覚えてしまった俺でも信頼できる人だった。


 そんなことを感じて、気がつけば俺は彼女に恋していた。


 ただ、東に植え付けられたトラウマは消えないので、俺からいつ告白ができるかわからないけど。

 それでも夏休みで彼女をもっともっと知れたら、二学期には告白できる勇気を持てるかもしれないってわくわくはある。


 そんな一学期の終業式を向かえた放課後。

 南雲さんと過ごす夏休みのことを考えながら胸を躍らせ、足早に図書室へ向かう。

 入り口の引き戸を開けようとしたその瞬間、中から女子の怒号のような声が聞こえてきた。


「なんであんたが智哉の彼女づらしてんのよ!!」


 何事かと思い、俺は引き戸を勢いよく開ける。


 するとカウンター席で俯く南雲さんと、カウンター越しで彼女の前に立ち、目を見開いているこちらを向いている東が視界に映った。


 俺は東が何を企んで、ここにいるのかすぐに理解できた。


「南雲さん、どしたの?」

 

「あ、ともやー。なんでもないよー。ちょっと今お話してただけ!ねっ、南雲さん」


 そう言って白々(しらじら)しい即席の笑顔を東は俯き続ける南雲さんに向けた。


 俺はそんな東に見向きもせず、南雲さんの隣に座り、南雲さんにだけ顔を向けた。


 そしていつも通りに話しかけた。


「南雲さん、今日の放課後空いてるかな?」


「え?」


「ほら、こないだ言ってた日帰り旅行の話!行き先とか日程とか決めたいから」


「で、でも……」


「楽しみにしてるんだから、今更行かないとか言わないでよ?」


 ごめんなさい南雲さん。

 俺が過去あずまから逃げたせいだ。


「えーゆあとも日帰り旅行行こうよー!ともやー!」

 

 いい加減、ケリをつけなければならないということか。


 こいつと同じところまで成り下がってしまう気がしてほんとはこんなもの使いたくないけど、でもここでケリをつけなければ、俺はまた大切な人に捨てられてしまう。だから、あの日とっさに録音したアレを使う決心をして東に向き合った。


「東さんとは行かないよ。今年の夏は、南雲さんとたくさん出かけるんだ」


 東の笑顔が崩れかける。


「え?な、なんでよお〜。てか最近ともやさ、なんかつめた〜い」


「そうかな」


「そうだよお〜。あーあ、付き合ってた時はもっと優しかったのになあ〜」


「前にも言ったけど、俺、東さんと付き合った覚えないんだけど?」


「そ、そうだよね。やっぱ忘れてちゃったよね。ゆあのことなんて」


 悲し気な顔を浮かべるお前のおはこ芸にはうんざりだ。


 俺は画面がひび割れたスマホをズボンのポケットから取り出し、操作しながら口を開いた。


「忘れたことなんてないよ」


「え?」


「俺は、自分を無惨に捨てた()()()()どものことなんて、忘れたことないって言ってんだよ」


 そう東に言い放ち、俺はスマホの画面をタップした。


 次の瞬間、俺にとっては忌々しいあの日の彼女の声がスマホから聞こえてきた。


『あー、智哉?あれはただの踏み台』


『いやいや、ひどいのは向こうだからね?しつこいからしゃーなし付き合ってあげただけだからね?』


 目を左右に揺らしながら、狼狽える東。


「え、これ…」

 

「あぁ、これ?二年前の東さんの声だよ」


「ど、どうして」


「さー。たまたま?」


 そんな会話を繰り広げていると、スマホから決定的な音声が流れてきた。


『南場智哉って名前、今後一切出さないでよね!ゆあとあいつは付き合ってなかったんだから!』


「だってさ、東さん。やっぱり東さんの勘違いだったんだね」


「ちっ、違うっ!今はそんなこと思ってない!」


「思ってなくてもさ。もう付きまとったり、自分が元カノです!みたいなことを言いふらすのやめてくれないかな?」


 二年前に泣きすがる俺を捨てた彼女の冷笑を重ねて、片方の口角が上げる。


 そして俺はその冷笑を引っ込めて目に涙を浮かべた南雲さんへはいつもの笑顔を向けた。


 そしてまた東に冷たい視線を向けて、俺はあの日の言葉を返してやった。


「南雲さんに勘違いされて、嫌われたくないから」


 そう言い放った瞬間、東は大きな目を見開き、威圧するように顔を近づけてきた。


「調子に乗らないで」


 スマホを弾いて、俺にトドメをさしたあの日の、あのシーンのまんまだ。


 だけど俺はもう怖くなんてない。


 ポケットにスマホを突っ込んで反論した。


「調子に乗ってるのは東さんだろ」


「何それ。てかそれでゆあに仕返したつもり?」


「ああ。だからこれくらいで勘弁してやるよ」


「図に乗らないでよ。ゆあの言うことに耳を貸すやつはいっぱいいるんだから。そいつらにあんたたちの酷評を流してやる」


「でっちあげてか?」


「ええ。聞くにたえないものにしてやるわ」


「そう…」


「今更びびってんの?」


「まあ、もしそんなことをしたら、さっき流したやつと今録音したやつを、今度は……あー、校内中に垂れ流してやるから」


 そう言った瞬間、思わずほくそ笑みが浮かび、俺はスマホを取り出しタップした。


『図に乗らないでよ。ゆあの言うことに耳を貸すやつはいっぱいいるんだから。そいつらにあんたたちの酷評を流してやる』


『でっちあげてか?』


『ええ。聞くにたえないものにしてやるわ』


「やっぱり変わらないね。昔から詰めが甘いというか、クソというか。まあ、はっきり教えてやると、お前は最悪なクソ野郎…いや、クソ女郎だな」


 すると東はじだんだを踏み、きっ!と南雲さんを睨みつけた。

 俺はすかさず南雲さんの前に立つと、東は歯を食いしばり、憎悪のこもった目で俺を睨みつけた。

 

「絶対…不幸にしてやる」


「あぁ。なんとでも言えよ。俺は南雲さんを絶対に幸せするから」


「あぁぁぁ!うるさいうるさいうるさい!!」


 そう叫びながら東は図書室の引き戸をばんっ!!と勢いよくしめ出て行った。


 災難が消え去り、ため息を落とした瞬間、ふと視界に目をぱちくりとさせながら唖然とする南雲さんが映った。


「あの…その……これは」


 汚い自分を見せてしまい、弁解しようにも上手く伝えるための言葉が見つからない。

 そんな具合で口をぱくぱくさせていると南雲さんがぽつりと言葉を落とした。


「私を幸せにするって……それって、私、西くんの彼女になっていいってこと?」


「え…」


「え、あっ!いや!その勘違いだよね!ごめんなさいっ!調子乗っちゃって、あわわわわ」


 慌てふためく南雲さんに俺は笑顔が溢れた。

 

 南雲さんの手を取り、彼女に視線を合わせて俺は言った。


「勘違いじゃないよ?」


 南雲さんはきょとんとした表情で俺を上目遣いで見つめた。


「ほんと?」


「ほんとだよ」


 俺は南雲さんの手をぎゅっと握る。

 彼女の温かさ心にまで染みていく。その温かさを感じながら俺は口を開いた。


「ねえ南雲さん」


「はいっ」


「こんな俺でもいいなら、もらってくれないかな?」


 南雲さんは大きな瞳を細め、満面の笑顔を咲かせた。


「はい!あの私でよければ!えと…智哉くん!」


 名前を呼ばれた瞬間、夏休みの始まりを告げるようなチャイムが鳴る。


 俺はようやく過去くそやろうにバイバイと手を振った。

まだまだ未熟者で勉強中ですので、おかしい点や不明な点、また誤植、誤字、脱字があればぜひ教えてください!

あ、友達のように気軽に教えてくださいね!


もし仮に、上記に当てはまらず、純粋に良かったと思っていただいた場合はお星様★★★★★をお願いします。

めっちゃ喜びます(๑˃̵ᴗ˂̵)



⭐︎たくさんのご評価ありがとうございました!!⭐︎


本作を読んでいただきありがとうございます!

読んでいただいた多くの方々にご評価いただき、2026/03/29に現実恋愛短編の日間1位!そして2026/03/30に全ての現実恋愛日間1位!さらにさらに、2026/04/01に現実恋愛短編の週間1位になりました(*≧∀≦*)


小説を書き始めて1年目の若輩者にはあまりにも栄誉に思えることです。


今後も、多くの方々の手に取られ、面白い!と思って頂けるような作品をたくさん輩出できるよう、精進しますので応援していただければとと思います!


改めまして、最後まで読んでいただきありがとうございました。

また次回の作品でお会いしましょ〜( ^_^)/~~~


2026/04/01 神経水弱



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― 新着の感想 ―
重箱の隅をつつく様な話なのでスルーして頂いて結構なのですが⋯⋯ 「野郎」は主に男性を指す言葉なのでちょっと引っかかってしまいます。
東さんを一蹴した西くん、その威勢の良さに南雲さんも惚れて... きっと2人は最上のカップルになると思います‼︎
北と東はどんな別れ方したのか? それとも二股狙い?
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