第2話 影の谷の夜
谷の奥に差し込む月明かりは、まるで銀の針のように細く、地面に影を落としていた。
咲弥は山道を静かに降りる。胸の奥で微かに脈打つ光が、歩くたびに揺れる。
谷底に近づくと、空気がひんやりと変わった。
湿った土の匂い、苔の匂い、そして、どこか人の孤独の匂いが混ざっていた。
小さな人影が石の上に座っていた。
村の子どもだろうか、肩を震わせて泣いている。
咲弥はそっと膝をつき、声をかけた。
「泣かないで……大丈夫だよ」
子どもの背中に黒い霧のようなものがまとわりつき、微かに形を作った。
それは人の悲しみから生まれる“影”。
生きる心の裂け目に宿り、姿を変える。
光が胸で強く脈打つ。
咲弥は手を差し伸べ、影を押し返すように光を送り込む。
影はぎらりと光を嫌がり、少年の後ろでうねりながらも形を崩していく。
「怖くない……私が守るから」
咲弥の声に、少年の肩の震えが少しずつ収まる。
胸の光は柔らかく枝へ流れ込み、小さな桜のつぼみの形を作った。
それは、まだ壊れやすく、名前もない“守るための器”の最初の形だった。
影が消えた瞬間、咲弥は少年の肩に手を置き、笑みを浮かべた。
「もう泣かなくていいよ」
少年は首をかしげながらも、光の残る枝をそっと握った。
咲弥は胸の光を感じながら、未来に思いを馳せる。
“この光は、いつかもっと大きくなる。
誰かを守る力として、もっと確かに、世界に届く日がくる。”
その時、山の谷に風が吹き抜け、桜の淡い光が夜空へ舞い上がった。
咲弥はその光を見上げ、静かに誓った。
「私は、この力を誰かのために使う……
守る心を絶やさぬために」
夜の谷に、少女の決意が柔らかく、しかし確かに刻まれた。
そして遠い未来、
その光は一人の名も知らぬ青年へ届くことになる——
誰よりも折れない優しさを持つ者の胸へ。




