2.ヒナ
有限公社エルフ製作所、工房の前に、ザックとゴーレムン。
二人は何かを指さして、ひそひそと会話をしているようだ。
ザックは、工房の高い屋根のあたりを見上げながら、指を差し出した。
「ゴーレムン先輩、あそこですよね」
ゴーレムンは無言で頷き、同じように空へ手を伸ばして指を差す。
その様子を、たまたま通りかかったリリィが見つけて、足早に駆け寄ってきた。
「なにか、あったのね?」
ザックは少し驚いた表情で振り向き、リリィに指差した先を示す。
「リリィ先輩!あそこ!屋根のところ、見てください!」
リリィはその指の方向を目を細めて凝視する。
「うーーーーん?なにかあるのね?」
日差しを避けて眉に手を当てると、屋根の張り出し部分に、何かがもぞもぞと見える。
屋根裏と壁の隙間に、乾いた藁がいくつも押し込まれていた。それは、まさしく鳥の巣だった。
「あぁ!鳥の巣なのね!」
リリィは声を上げ、目を輝かせる。
「いつからあるのね?ずっと前から?」
ザックとゴーレムンは、顔を見合わせ、両手を肩のあたりまで上げてお手上げポーズ。
「気づいたのは今日なんです……見つけたのはゴーレムン先輩で」
その時、ゴーレムンの肩にちょこんと止まっていたピリカが、くるくると羽ばたきながら飛び立つ。
白くてまんまるな体を小さな羽で支え、滑るように上昇していく。
「ピリカ、見るのね!」リリィが声をかける。
ピリカは屋根の縁に到着し、巣の中をじっと見つめてから、ふわりと中へ入っていった。
しばらくして、再びふわりと浮かび上がり、一直線に降下。ゴーレムンの肩へ着地する。
「どうだったのね?」リリィが身を乗り出して尋ねる。
ピリカは羽をパタパタと動かしながら、ピーピーと甲高い声で鳴き始めた。
その鳴き声に合わせて、ゴーレムンがコクリと頷く。そしてザックに向き直り、身振り手振りで何かを伝える。
「ええと……ゴーレムン先輩、それ、ほんとうなんですか?」ザックが驚きの表情で確認する。
ゴーレムンは再び真剣に頷き、ピリカは羽を広げ、「ピー!」と元気に鳴いた。
訳が分からずリリィは目をパチクリさせる。
「一体、何を言っているのね?」
ザックがリリィの方へ振り返り、少し沈んだ声で説明した。
「巣にはヒナが三羽いて……親鳥が餌を取りに行ったきり、戻ってきてないみたいなんです」
「それは大変なのね!」リリィは思わず口を両手で覆い、目を見開く。
「どれぐらい帰ってきてないのね?」
「ピリカ先輩とゴーレムン先輩が言うには……もう2時間は帰ってきてないみたいです……」
三人と一羽はそろって腕を組み、首を傾げた。
沈黙の中、リリィがぽつりと口を開く。
「親鳥を探す方がいいのね? それともヒナに餌をあげる方がいいのね? どうしたらいいのね?」
ゴーレムンとザック、それにピリカが再び集まり、小さな作戦会議を始めた。
手振り、羽ばたき、小声での相談の末、ザックが顔を上げる。
「ヒナの餌は、私が用意します。ピリカ先輩が届けてくれるそうです。ゴーレムン先輩は……森を探すって」
「リリィも探すのね!」リリィが勢いよく手を挙げた。
だが、ゴーレムンは即座に両手を広げて制止し、ザックにジェスチャーで何かを伝える。
「ゴーレムン先輩曰く、森は危ないから、リリィ先輩は工房で待っててください……だそうです」
ムーーーーッとした顔になるリリィ。
「じゃあ、リリィは近くを探すのね!」
そう言うなり、リリィは工房周辺をくまなく調べ始めた。
「親鳥さーん!お母さーん!どこにいるのねーーー!?」
茂みをかき分け、低木の間を覗き、枝の上を見上げながら、声を張り上げるリリィ。
だが、どこにもその姿は見えなかった。
何度か場所を変えて探すうちに、仕上工房の方からリュウが姿を現した。
「何をしてるんだ?」
リュウの無機質な声が後ろからかかる。
振り向いたリリィは、ほこりまみれの手を振って叫ぶ。
「主任!大変なのね!」
リリィは一生懸命、親鳥とヒナの件を説明するが、ふと途中で不安になり眉をひそめた。
「主任、小鳥に興味なんてないのね?」
リュウは無表情のまま一言だけ返す。
「あぁ」
その答えに、リリィは内心で「やっぱり…」とつぶやいた。
リュウの無関心な態度にがっかりしつつも、構わず再び捜索に戻る。
茂みの奥も、木の根元も探したが、成果はゼロ。
リリィは両手を腰に当て、ふぅっと大きなため息をついた。
「どこに行っちゃったのね……」
ふと振り返ると、そこにいたはずのリュウの姿は、もうなかった。
その静かな消え方に、リリィはぽつりとつぶやく。
「冷たい人なのね……」
それでも、諦めることなく、再び草むらへ向かっていくリリィ。
親鳥の帰りを信じて、歩き続けるのであった。