政略結婚の相手はドラゴンでした。 魔物好きの私は大興奮。「愛するつもりはない」? 知るか、です。
それは、長い死闘であった。
今、人とドラゴンの戦いに終止符が打たれようとしている。
「ううっ……!」
「これで終わりだ。安らかに眠れ!」
戦士はドラゴンにとどめを刺そうと、大きな剣を振り上げた。
ドラゴンは身体中から血を流し、もはや立つ気力もないようだ。
だが、その顔は笑っていた。
「ふふふっ……。愚かな人間よ。誇り高きドラゴンがただ負けると思っているのか?」
「なに?」
「我が呪いを受けるがいい」
鳥肌が立つほど不気味な笑みだ。
嫌悪感を抱きながら、戦士はドラゴンに剣を突き立てた。
◎〇▲
……こうして、人々に危害を与えていたドラゴンは、英雄ジーク=ジバンケにより倒されました。
彼はドラゴンの巣窟であった土地を手に入れ、共に戦った仲間達と土地を開拓し、街を作り、国を興し、国王となったのです。
しかし、戦いに明け暮れていた英雄には妻がおらず。
隣国から一人、貴族令嬢を妃としてもらう事になりました。
それが私、メグ=セドリック元侯爵令嬢です。
「俺はお前を愛するつもりはない」
「……」
ベッドの上に腰をかけていた私は、ため息をつきました。
肩にかかった銀色の髪が、ゆっくりと前に流れます。
あー、分かっていました。分かっていましたとも。
戦いに明け暮れていた英傑。そう言えば、聞こえがいいです。でも、一度も結婚どころか、恋人も作ってこなかったのですよ。
男色家か、戦い以外に興味がないとしか考えられません。
どうも、後者のようですが。
それ、初夜に言う事でしょうか。
「俺達の関係はあくまで、ビジネスパートナーだ。お前には、この国の繁栄のため、俺の子供を産んでもらう。だが、俺はすぐに側室を娶る予定だ。お前だけでなく、そいつらにも俺の子供を産んでもらう。お前は己の子供を産み、育てればいい。だから、俺に必要最低限以上の接触を求めるな」
寝室に、ジーク様の声が冷たく響きわたります。
今、城は建設中。その為、今は大きめの邸宅に仮住まいをしております。豪華な調度品は無いですが、シンプルで清潔感があります。
それなのに、こんな不躾な会話がされるなんて、この寝室が可哀想に見えてきますわ。
「そうですか」
私は諦めたように了承しました。
そもそも、私はこの結婚に乗り気ではなかったのです。
一介の戦士がドラゴンを倒し、そこに国を築く。
協力した国もありましたが、私の国は彼に非協力的でした。
「ドラゴンなんか倒せるか。倒せたら、一国の王として認めてやる」
そう馬鹿にしていたのです。
まさか倒すとは思わず、我が国は慌てて、英雄にゴマをすり始めました。
そこで、ジーク様は妃になる令嬢を要求してきたのです。
皆、嫌がっていました。
彼の非道な戦いぶりは有名でした。血も涙もない冷血な戦士だと。「魔物よりも魔物である」なんて噂もあるくらいです。
でも、私の父は真っ先に名乗り上げました。
「私の娘、メグ=セドリックを差し上げましょう」
父は、私を疎んでいました。一国も早く、私を追い出したかったのです。
私は普通の貴族令嬢と違って、あるモノが好きでしたから。
そのせいで、私は妹二人から馬鹿にされ、父親には白い目を向けられてきたのです。
私が好きなもの。それは……。
「流石は貴族令嬢。物分かりが良くて、助かる」
ジーク様が私の隣に座り、大きな手を私の肩の上に置きました。
そこに愛が無くても、今から始める事は私にとっては初体験。緊張で身体が固まります。
「……」
まあ、よく見ると、ジーク様は意外にも綺麗な顔立ちをしているのですね。長く黒い髪も艶があり、そのくせ、全身は筋肉で覆われています。これは、市井の女性達に人気がありそうですわ。
ジーク様の体温を近くで感じます。戦いで負った傷が目に入りました。白いシャツの間からは、胸に彫られたドラゴンの紋章が……。
「えっ!」
私はジーク様のシャツの間から、胸を覗き込みました。
そこには、確かに、ドラゴンを象った刺青があります。
おかしいですわ。
だって、これはその名の通り、ドラゴンの胸部にあるものですよ!
なぜ、人間にあるのでしょう!?
「どういう事ですか!?」
私が無我夢中で、ジーク様のシャツのボタンを外し始めました。
興奮で、指が言う事をきかず、ボタンが上手く外せません。
ええい、邪魔ですわ! このボタン!!
「なっ! や、やめろ!!」
「え」
あら、嫌だ。
ジーク様が顔を真っ赤にして、目に涙を浮かべています。
私、ついジーク様のシャツをはぎ取ってしまうところでしたわ。
お恥ずかしい。
「すいません。ドラゴンの紋章があったので、つい……」
「あ、ああ。これか」
ジーク様は恥ずかしそうにうつむきながら、胸元をシャツで隠しました。
なんか、ジーク様、乙女みたいですわね。
「俺がドラゴンを倒したのは知っているな?」
「ええ。アモールドラゴンですわよね。ドラゴンの大きさは中レベルで、肉食モンスターです。果物や木の実を食べる事もありますけど、人間を含める動物を主に捕食しますわ。力の強いドラゴンですが、喉元が弱く、撫でられると大人しくなるようです。最大の特徴は、パートナーとのあり方で……」
「ストップ! よくしゃべる女だな」
「あ」
またやってしまいました。
私は頭を抱えます。
「すいません。私、魔物が好きで……」
「ま、魔物が好き?」
そうです。
お父様が私を疎んでいた理由。
それは私の魔物への愛。
私は魔物に関する書物を読み漁り、魔物の観察を趣味とします。スライムの独特な捕食方法、誘惑バタフライの優雅な舞、困惑虫のコミカルな動作……。
ああ、想像しただけでワクワクしますわ。
特に好きなのは、プライド高き魔物達の王・ドラゴンです! 一度、目の前で見たいと思っていただけに、「ドラゴンの紋章」に大興奮してしまいました。
「珍しいな」
「よく言われます」
萎縮しながらも、私は開き直っていました。
元々愛がないのです。引かれたところで、今更でしょう。
「……実は、ドラゴンを倒した時に、呪いを受けたのだ」
「呪いですか!?」
「お前、嬉しそうだな……」
ドラゴンに呪詛魔法があるなんて知りませんでした。
ああ、やっぱりドラゴンは奥が深いですわね。
「最初は気にしなかったのだが、徐々に身体が変化していき……。わかったのだ。呪いとは、俺がドラゴンになってしまう事だ、と」
「んまあ……!」
思わず、「素敵」と声に出してしまうところでした。
両手で口を押えても、目が輝いている姿が見えたのでしょう。ジーク様は呆れたような、恥ずかしそうな、複雑な顔をしています。
「実は、ツノや尻尾のようなものも生えてきて……」
「本当ですか!?」
すぐに私はベッドから降り、ジーク様の前に屈みました。
ジーク様のベルトを緩め、ズボンを引きずり降ろそうと手をかけます。
「ま、ま、待てっ! 何をやっているんだ!?」
「今から、下着の中身を拝見させていただきますわ!」
ドラゴンの尻尾なんか、なかなか見られるものではありません。
これは貴重な経験です!
ジーク様の手を振り払い、私はジーク様のズボンと共に下着を取っ払おうと奮闘します。このベルト、お退きなさい!
「やめろ! こういう事は女がやる事ではないだろうに!」
ちっ! ジーク様が引きずり降ろされまいと、ズボンから手を離しません。
アムールドラゴンの身体なんて、なかなか見られる機会はございませんのに……!
ん? アムールドラゴン?
「失礼します」
私はおもむろに腕を伸ばし、ジーク様の喉を撫でました。
途端に、ジーク様の鋭い目つきが垂れ、一文字に結ばれた口が半開きになり、顔全体が溶けたかのように穏やかになりました。
「ぐぅ~ぅ~」
ジーク様が興味深い声を出しました!
目を細め、うっとりと恍惚していますわ。
やっぱり。
アムールドラゴンの特徴がしっかりと表れています。
まぁ、まぁ。あの英雄がまるで猫のようですわね。
「ほ~ら、ジーク様。お願いですから、尻尾を見せてくださいませ」
「し、しかし……」
「あら、じゃあ、撫でるのを止めますわね」
私が腕を引っ込めると、ジーク様は我に返りました。
顔が真っ赤です。
悔しそうに私を見ています。
「あ、いや、も、もっと撫でて欲しい……のだが……」
「では、見せてくださいませ」
「でも……」
「見せてくださいませ」
「……うっ……うっ……!」
結局。
ジーク様は身体中のありとあらゆる所を見せてくれました。
よっぽど喉を撫でられるのが気持ち良かったのでしょうね。私の胸の中で、安心したように眠っております。
ジーク様の頭に生えている小さなツノを、私は何度も何度も優しく撫でるのでした。
数か月後。
「殿下。いつ、側室は娶りますの?」
「……」
建国したばかりの国の内政は落ち着かず、毎日忙しい日々を過ごしております。
ドラゴン退治や建国に協力してくれた国とは定期的に交渉を続け、まだ魔物が侵入する場所には兵を配置し……。
そんな忙しい中でも、ジーク様は毎晩、私の元に通ってきます。
ジーク様の身体の変化が気になるので、私としては嬉しいですが……、最初の話とだいぶ違うではありませんか。側室はどうなったのでしょう?
午後からジーク様と共に行う執務があるので、彼とお昼を共にしております。
その際、側室の事を尋ねてみたのです。
すると、ジーク様はカップを置き、うつむいてしまいました。あら。英雄らしからぬ態度ですわね。
「変なのだ……」
「変?」
「そなたの傍にいると、やたらと落ち着く。とても安心できるのだ。逆に、離れるとイライラするし、寂しくなる」
「……」
ジーク様には申し訳ありませんが、ちょっと口元が緩んでしまいました。
まるで愛の告白を受けているようです。
「それに……」
「妃殿下。ちょっとお話、よろしいですか?」
側近の一人が、私に声をかけました。
私が振り向く前に、ジーク様が俊敏に立ち上がり、私を後ろから抱きすくめます。
「え?」
「俺の妃に近づくな! 殺すぞ……」
背筋が凍るような、殺気に満ちた声が私の耳元で聞こえてきました。
声をかけた側近の顔は青ざめ、身体中震えています。
私から顔は見えませんが、よっぽどジーク様は恐ろしい顔をしているのでしょう。
「し、失礼しました……!」
可哀想に。
側近は震えながら、その場から逃げるように立ち去ってしまいました。
彼の姿が見えなくなっても、ジーク様は私を離しません。
「殿下?」
「……それに、そなたに近づく男が全員、敵に見える。そなた以外の女は、物言う人形にしか見えん。とてもじゃないが、子供を成そうなんて思えないっ……!」
「まあ」
なるほど。
これもドラゴンの呪いですわね。
元々、ドラゴンは一夫一妻制。特に、アモールドラゴンはパートナーに対して、執着ともいうべき愛情を示します。一日中、くっついているという報告もあるくらいです。
でも、黙っておきましょう。
これで、呪いに打ち勝とうと、無理矢理でも側室を設けられたら、私がジーク様の身体を観察する回数が減ってしまいます。
それに……、
今のジーク様は、何だかとっても可愛らしいですわ。
「ご安心ください。私はどんな殿下でも受け入れますので」
私は、ジーク様の喉元に向かって、ゆっくりと手を伸ばしました。
少し意地悪な笑みをこぼしながら。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。