第一話 カインの野望
「俺は、全ての読者に愛される“おいしい敵役”になるんだ!」
カイン・ヴェルウェザーは、漆黒のマントを翻しながら高らかに宣言した。だが、その瞳に宿るのは野心というよりも、計算高いきらめきだった。
魔王軍の一員でありながら、カインの望みはただ一つ。敵対する勇者パーティーに寝返り、劇的な魔王軍への裏切りシーンで読者の心を鷲掴みにすることだ。そうすれば俺も、「アイツはただの悪役じゃない」「なんだか憎めない」「実はいいヤツ」と称され、最終的にはファンアートまで描かれるに違いない。理想的な敵役を夢見て、カインは魔王軍の暗い城で密かにほくそ笑んでいた。
しかし、彼には一つだけ大きな問題があった。
「勇者どもが……どうしようもなくクズなんだよなぁ……」
カインはため息をつきながら、勇者ご一行の無様な行動を思い返す。傲慢で自己中な勇者。人の話を全く聞かない副隊長。寝てばかりで他力本願なヒーラー、挙句の果てには、戦闘中に宝箱を探している後衛の魔法使い。こいつらに裏切りの美学を持ち込む余地などない。
「こんな連中に寝返ったら、俺のキャラが崩壊しちゃうだろうが……!」
カインは頭を抱え、苦悩の日々を送っていた。読者人気を得るためには勇者側に付く必要がある。しかし、彼らに肩入れできるほどの魅力はどこにもない。どうすればいいのか_____
「おいしい敵役」という響きは、カインの中でまるで魔法の呪文のように輝いていた。
前世で俺はなろう系小説や異世界転生ものの熱心な読者だった。数えきれないほどの物語を読んできたが、好きになる登場人物は決まって憎めない敵キャラ。彼らには深い背景があって、時には主人公と手を組む姿が描かれていた。その瞬間、俺はいつも思っていた。「自分もこんなキャラになりたい」と。
そんな願いが叶ったのか、俺は魔王軍に転生した。この世界に生まれてからこれまで、理想的な敵役になるためにどれだけの犠牲を払ってきたことか。魔王軍のトップ、あの恐ろしい魔王グラモスのもとで昇進を続け、忠実な部下を演じてきたのも、すべては読者に愛されるための下準備だ。
カインは窓から外を見下ろす。遠くに見える勇者パーティーの陣営には、相変わらず無秩序な動きが広がっていた。今朝も、勇者たちは派手に口論していたと報告があった。原因は「誰が今夜の夕食を調達するか」。戦いに備えるどころか、完全に日常の些細な問題で揉めている。
「……俺が寝返っても、彼らを立て直すのに苦労しそうだな」
カインは額に手を当ててため息をついた。勇者たちの無能さが日々、彼の計画を狂わせる。印象的な裏切りシーンを狙っているのに、勇者たちの一行に加わったところで誰もがカインを無視して好き勝手な行動を取るに違いない。それでは「おいしい敵役」どころか、単なる添え物に終わってしまうではないか。
「ああ、どうしてこうも……クズしかいないんだ……」
思わず漏れた言葉に、カインは自分で驚いた。いつも冷静で計画的なはずの自分が、こうして感情をむき出しにすることは珍しい。しかし、彼のイメージしていた壮大な裏切り劇と、現実の勇者たちの無様な姿が、あまりにも乖離しているのだ。
「それに比べて、魔王軍は……」
無意識に、カインの視線は自軍に向かった。彼の背後に控える魔王軍は、魔王軍らしく残忍で冷酷な連中が多い。しかし、彼らには秩序があり、絶対的な指導者であるグラモスが君臨している。その支配力とカリスマ性たるや、カインも認めざるを得ない。
だが、それでもカインは魔王軍には飽き飽きしていた。いつまでも単なる手下で終わるつもりはないし、ただの「悪」では何の魅力もない。彼が目指すのは、もっと読者に愛される複雑で、人間味のある敵役だ。そのためには、一度華々しく寝返り、「敵でありながら、勇者パーティーに欠かせない存在」というポジションを狙わなければならない。
「そうだ……」
ふと、カインは何かを思いついたように顔を上げた。
「勇者たちがクズすぎるなら、俺が導いてやればいいんじゃないか?」
カインは、これまでの常識に囚われていた自分に気づいた。彼らの無能さを嘆いているだけでは何も始まらない。ならば、己がすべき事はただ一つ。自ら勇者パーティーを手引きし、秘密裏に育て上げるのだ。やがて彼らが力をつけた頃、魔王軍の幹部として堂々と姿を現し、彼らに敗北してみせる。そして、対魔王グラモス戦では力を貸し、「カインがいなければ勇者は勝てなかった」と読者が思わず感動するような状況を、巧妙に仕組んでやるのだ。
「これは……おいしすぎる!」
カインは興奮を抑えきれず、拳を握りしめた。最高のシナリオじゃないか。魔王軍としての実力も見せつけつつ、裏では密かに勇者たちを率いていく。敵役でありながら英雄を育て上げた物語の影の立役者という、まさに理想的なポジションを手に入れられる。
「よし、決めた。俺が勇者パーティーを変えてやる。そして、最高の敵役として名を馳せるんだ!」
カインの胸に、新たな決意が生まれた。これまでの計画とは少し違うが、むしろこれこそが真に「おいしい敵役」としての道だ。
「待ってろ、勇者ども……お前たちの真のリーダーは、この俺だ!」




