03_檻の中
荷台に乗せられていた僕たち十数人の奴隷は、街に入る直前に、列になるように縄で繋がれた。
各荷台で一列、合計3列が、そのまま街の中に入れられた。
街は高い城壁で囲まれており、城壁の上からは大きなクロスボウが顔をのぞかせていた。
鎧で身を包んだ兵士にダンとカルロが何やら丈夫そうな紙を見せ、奴隷たち全員がボディーチェックのようなものを受ける。先が三つに分かれたような形をしている棒を一人一人に近づけ、何も問題がない事を確認されてから、僕らは街に入れられた。
後ろにつながれていた筋骨隆々の男、モンドというらしい、に聞いたところ、この街はノースランドと敵対関係にあるネオンの国と山脈と川を挟んだ隣にあるらしく、警備も厳重なのだという。
この川というのは僕の流れてきた川だそうだ。
城門をくぐると、城壁の外からも聞こえていた市民の賑わいが大きくなり、スパイシーな屋台料理のにおいのようなものが漂ってきた。
城門すぐは市場になっているらしく、布や青果、穀物などが積まれていた。
知っているものも知らないものも混ざって売られている。
中でも僕の興味を引いたのは味付けをした蟲の脚を売っている店だ。
モンド曰く、ノースランドではメジャーな屋台料理だそうで、濃い味付けが酒とよく合うそうだ。
市民たちは皆機嫌がよさそうな顔をしており、首に輪のある人、奴隷を連れている人も珍しくない。首に輪のある人が誰かの奴隷だというのも、モンドに教えてもらった。
売ってある品物もバリエーションが豊かで、商人たちも装飾品などを身に着けていて羽振りがよさそうだ。
ここに来る途中も多くの品物を積んだ商人の蟲車ともすれ違ったし、繫栄している街なのだろう。
僕達奴隷の列はそんな大通りから外れて少し歩かされ、レンガの塀に囲まれた建物の前についた。
もっと街の様子を見て、いろいろ知りたかったのに残念だ。
門の両脇の警備がダンとカルロに挨拶をし、大きな扉を開けた。
高い塀の内側には商館のような建物があり、入ってすぐの地下へ続く階段を降り、頑丈そうな壁に木の格子のついた檻に入れらた。
縄や拘束具はすべて外されたので、ここが終着点ということだろう。
後ろについていたネオンたちの二列が入った檻の格子は金属製だった。カルロから聞かされた通り、彼らの筋力はそれほど強いという事だろう。
拘束具も僕らと違ってそのままだった。
「僕たちはいつ頃出られるんですか?」
座っている僕の隣であぐらをかき、暇そうにしているモンドに尋ねる。
「んー、そうだなあ。向こうの檻にいる尻のデケェ綺麗な姉ちゃんとか、俺みたいに武術のできる奴は明日にでも市場に立たされて競りが始まるだろうな。
そこで買い手のなかった奴や、アンタみたいな普通の奴隷はしばらくこの商館に置かれて、奴隷を見に来た客の指名を待つわけだ。
それでも買われなかった奴は残念ながら、鉄格子の檻のネオンどもと一緒に国に買われて労働奴隷さ。
アンタがここを出るのは、そうだなあ。早くて一週間、遅くて一月ってとこだなあ。」
俺はモンドが顎で指した女の人を見た。
二つの格子越しに目が合った彼女はすぐにふいっと目をそらして、奥の方に移動してしまった。
それにしても一週間から一月か。
「それは、暇ですね……」
僕は立ち上がって檻の中を見回す。
一月過ごすのに良い場所とは到底思えない。
高いレンガの壁は所々ひび割れて土が見えている。格子もささくれ立っており、天井付近には採光と換気のために隙間が設けられているが、空気はよどんでいる。
それに、モンド以外は僕と話す気がなさそうだ。
僕はしばらく横になって時間が過ぎるのを待った。
少しの間とはいえ荷台に揺られて疲れたし、少し眠った。
しかし床は硬いうえに冷たく、すぐに目が覚めてしまう。
他の奴隷たちに邪魔そうに見られながら、うろうろ歩き回ってふと思った。
外に出よう。
レンガは割れていてとっかかりはあるし、換気の窓も僕が通れるくらいの大きさはある。
直接窓に手は届かないだろうが、そこまでは十分登れそうだ。
荷台の中で教えてもらった通り、僕を含めたここにいる人たちはみな、おそらく待遇の悪くない奴隷だ。
外に出ようという気すら起こらないのだろう。
だから格子も木でできているし、換気窓もあんなに大きい。
しかし僕だけは、この檻にいるほかのどんな人間とも違い、記憶がない。
この欲求だけは、とてつもなく強い。
そうだ。
先程通った時に見物しただけでは足りない。
この檻の外について、この街について。
僕の忘れてしまった、この世界についての全ての事を。
「知りたい。」
「どうした?急に立ち上がって。『知りたい。』ってなんだ?」
モンドは決意を固めた僕を怪訝そうな顔で見上げる。
「僕はここから出ます。街をもっと見て回りたいんです。」
「おまえ、本気か?
脱走奴隷になっちまえば奴隷商ギルドから追い回されて、つかまればネオンどもと一生岩を掘る生活だぜ。
悪いことは言わねえ、やめときな。」
静止するモンドの声を背中で聞きながら、格子とは反対側、天井付近に換気窓のある壁の方へゆっくりと歩く。
窓から差し込んだ光が足から顔の方まで上がってくる。
外のにおいがする。
「まあ無理な話だな。力がありゃあひび割れくらいのとっかかり使って窓から抜けられるだろうが、商館を囲んでる塀の高さは3メートルはあるぜ。
警備につかまっちまうのがオチだろうよ。」
へこんだレンガへ右手をかけ、体重の一部を預けてみる。
指先にぐっと力を感じた。よし。登れそうだ。
すぐ横で座っている男が、様子をうかがうような、変なものを見るような目でこちらを見ている。
右手はそのままで少しかがんで勢いをつけ、軽くジャンプする。
その勢いで、届かなかった窓の縁へ左手をひっかけ右手を浮かせ、代わりにへこみへ右足を突っ込んだ。
右手も窓へ。
今度は両腕で体を持ち上げて……
「外だ。」
窓から外が見えた。
性格には、塀と、草、歩く警備の足が見えた。
「お、おい。
本当に出るのか?」
いつの間にか背後に来ていたモンドがタイミングをうかがっている俺に声をかけた。
「はい。外のことを知らなくちゃ。」
モンドはまた何か僕を止める言葉を考えた様子だったが、あきらめたように小さく笑った。
「……ああ、そうかい。じゃあ、頑張ってきな。」
モンドは僕の腰をつかみ、上へ持ち上げた。
どうやら僕が外に出るのを手伝ってくれるようだ。
丁度警備も遠くへ行ったタイミングだ。
「ありがとう。じゃあ、また!」
「またって、お前……」
モンドが何か言おうとしていたが、それを聞いている暇は僕にはない。
右腕を先に外に出し、肩を若干斜めにして、沿わせるようにした左腕ごと体を外に出す。上半身が地面につけば、もう後は足を引き抜くだけだった。
さて、どうにかして目の前の塀を越えないと。